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私はちょっとの間だけ、そうした過ぎ去っていく日常の切れ端や風景の岸辺に立ち止まって、耳を澄ませてた。澄ませるっていうよりは、どちらかと言えば、なにかを待ってた。なにを、待っているんだろうか。タクシーを?バスが来るのを?それとも、明日がやって来るのを?そうやって何度も考えながら、じっとしていたけど、無性に足を動かしたくなって、思考停止した感情の渦から、無理やりにでも足を引っ張ってこようとした。そのぎこちなさは、今世紀一、華奢で、力弱く、それでも、きめ細やかな心の行方を、忘れずに残すことができた…気がする。
私の家は、私が今立っている場所のコンビニから、5ブロックほど離れたところにある。私は買い物袋を引っ提げてトボトボと、路地を歩いていると、途中化粧水で有名な会社の名前が、黄色い文字で彩られた看板が前方に設置されてあるのを見て、ようやくここまで帰ってきたかとホッと息を吐いていたけど、同時にあることに疲弊した。よく見てみると、その固定された金属板と広告の影の下に、背の低い道路脇のかげろうがアスファルトの上で煙りのように燃え上がって、それが真正面から生暖かい熱源を飛ばし、私の背すじをピンと垂直に操作しながら、筋肉の奥を硬直させる。もやもやするこの感情の奥行きで、夏の空から降りて来る光の屈折を道の隅で発見し、それが私のテカテカの革靴を徐々に熱して、足元から汗が沸き上がって来るのを感じる。そうしてそのたびに私は深い息を吐く。この決まった美しいバランスの連動体が、日常と日常の繊細な肌を合わせる時、私はその時の真ん中に、パレットいっぱいの絵の具を持って、キャンバスいっぱいにカラフルな線を伸ばして、自由に羽ばたいていけたらなと思った。家に近づくたびに、この胸の内側のたくさんの色彩とカラーコードが、少しずつ色褪せながら生気を落として、世界から離れてしまわないように。
私はそっと胸を撫で下ろすように前を向いて、遠回りもせず、最短ルートで、家のある方角を目指すことにした。夜は近い。そうしてその夜に花火が上がる。せっちゃんと待ち合わせをしている時間は、19時25分。それまでにきちんと支度をして、体のコリや倦怠感を全部取っ払ってほぐさなければ。
いつもは自転車で通る狭い道も、歩いてみると案外広かったりする。私の短い歩幅の前進が、ほんの少し強く助走をつけてテンポを上げていっても、うまい具合にスッとその場に着地できて、それがピタッと足の裏に吸い付く心地の良い弾力になったりする。
自転車だと、こうはならない。ペダルをこぐたびに加速する車輪の水平な角度が、道の角と角を擦り減していって、目と耳が追いつかないくらいに風を揺らしていくから、自分がどこを通って帰ったかっていうそのハッキリとした輪郭が、どこまでいっても確かな形を微塵も残さず、ずっと遠くに、近くに、光を落として、ペダルと車輪の間に隙間もなく土ぼこりを巻き上げていくほど、回転するその音は騒がしいんだ。
車輪の下を降下していく風の通り道は、私が思っているよりもずっと忙しい時間を過ごしているようで、あっという間に通り過ぎる自転車の影の通過を見ても、それが視界の外から滑り落ちるように前のめりになって、凄まじい勢いで通過し、景色の色を変えずびくともしない。それでいて、その地平の表面に隣接するストレートな大地の歪みは、徐々にその体つきを変えていき、加速する車輪が滑らかな輪を描いて地面の上を一周するたびに、大きな大きな窪みを作る。この地面の上にできた窪みは、私と私の界隈をすべてを通り抜けて、一つの巨大な曲がり道を作る。カーブミラーも何も無い、前方が確認できない未開拓なアスファルトのウェーブが、突然パッと目の前に現れるように出現して、ペダルを急に重くする。




