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私は歩く。授業の終わり、その遠ざかる校舎を横目に足を前に踏み出して、できるだけ遠くへ、歩いていこうとする。その午後。学校の帰り道。
なんだか身体の中の筋肉が痙攣しそうになるくらい、切羽詰まった憤りが、気分を灰色にしてしまって、まるで家へと続く道路の線がただのコテコテのハリボテにしか見えなくなる。けれど、息が吸えなくなるまで肺に酸素を目一杯取り込み、少しずつ少しずつ道の真ん中に近寄って、大きく歩幅を広げていこうとする自分がいた。
アスファルトの真ん中に、自分が探しているものがあるわけじゃない。ただ、この午後一番の空の下で、憂鬱な気持ちに苛まれるのは、懲り懲りなんだ。気楽に生きていたっていいじゃないか。心を意味もなく弾ませたっていいじゃないか。私は後ろめたい気持ちの一つを強く握り締めて、平然と立っていられるほど利口じゃないし、そんなに器用でもないけれど、いざっていう時は、自分の気持ちの全面を出してでも、私の中に沸いて起こった意味もない気迫を押し出していこうとする意気込みがある。人生の中で、一際力強くなれる瞬間がある…はずなんだ。きっとこの午後の空のどこかには。
これから先、もしなにもできない人間になったらどうしようかな。もし自分が、明日死ぬのだとしたら、世界は何を変えるのだろう。何も変わらないのだろうか。だとしたら、ちょっとさみしいな。
私は歩く。放課後の終わり、その時間のすぐ側で。
歩いて、歩いて、家に近づくに連れ、麦の緑の濃い色や匂いが強くなる。そうして少し時間が経って、学校からだいぶ遠ざかってきたときに、前方に白い看板が見えた。コンビニだ。私はそう思って、一気に走り出した。
大通りのすぐ向こう側に、甘いスイーツたちが待っている。そう思いながら、目の前を走る車の往来を目の当たりにして、コンビニのある向こう岸に早く渡れないかそわそわしている自分がいる。
そういえば!、こういうなにか待ちきれない感情って、昔からあった気がする。なんていうのかな、パッと明るいものっていうか、心の隣にある平穏が、一気に膨らんで弾ける時の、沸騰寸前の高揚感。上がり調子の、アップテンポの、きれいでこまやかな粒の集合体が、スッと平らな地面の上に足を揃えて着地する感覚。美しい軌道。音符。
多分、それはきっとどこか、近い場所にある、心の奥の奥で、燻りつづけるろうそくの火のようなもの。宝の地図を見る時のような賑やかで明るい気分にさせてくれるものだったと、感じることができる。思い出そうと思えば、すぐにでも出てきそうな身近なウェーブが、足を前に突き出して記憶の端で零れそうになっている、あのぎりぎりの攻防。私は知っている、この感覚を。そうしてそのあとに待ち受ける運命も、やるせなさも。
運命というと聞こえはいいけど、この「運命」っていうのは、さながら哲学的な分野の角度と面積の表面にあるような、重厚なヒフの厚みを伴っていない。その言語の中にあるプログラムは、一見複雑そうに見えるけど、至って単純だ。例えばまばたきをする時の無意識の中のアルゴリズムが、次の瞬間には綺麗に一つの場所に収まっている無駄のなさ。それに近い。ゴムのように反発力があって、それでいてとてもしなかやかに、元の形を戻していく清潔さや柔軟さが、形を持たない時間となって雫のように落ちるだけ。ただそれだけのリズムが、一気に坂道を登って、あとはその来た道を下るだけっていう、ただの虚しい時間が訪れる。
それはジェットコースターに近い。坂道の上から、急降下するように加速して加速して、スピードに乗っていくのは良いのだけど、最終的には、速度を落として安全地帯に戻っていく。その明確な線路の道筋と、危なげない安心感が、蛇足的にすべてを相殺して、あとには何も残さない。待ちきれなくて待ちきれなくて、アッと思ってスタートしても、次の瞬間には、心拍数はだだ下がり。「熱が冷める」、というリズムの骨頂。そういう骨組みの確かさが、辺りに散らばって少しも壊れようともしない。とくに忙しい日常や生活の中では。
今のこうした、早く道を渡りたくて仕方がないと思う感情も、そういうやりきれない感覚が、最後にはフッと現れてしまうのかなと思った。道路の向こうにあるスイーツたちが、この手に渡った瞬間に、上昇した気持ちの高揚を一気に落として、何事もなかったかのように全て丸く収まってしまうのだろうか。
…ブツブツブツブツブツ
私は頭の中で色々と手をこまねきながら、車の往来が止まるのを待った。そわそわする。非常に。
ーーーそう思い思い、コンビニ、到着。その駐車場にくつろぐ1匹の猫。ああ、と思って私は、我に返る。考えすぎか。色々と。パンクしそうになる頭を抱えて、ジタバタ身悶えしても、なにもいいことはない。パッと私の目の前に、王子様か、背の高いイケメンが現れてくれたら、どんなにいいか、考えたことはあるにしても、結局なるようにはなるし、スタートしたジェットコースターの行方が、線路を飛び越えてぐんぐん高いところへと広がっていくとは思えないし…。なんだかすごく、気怠い。
一日の疲れ、2000万年前の歴史、サイレン。そういったたくさんの情景を、ただでさえ目や耳に飛び込ませてモジモジしているのに、これ以上余計なことを考え出してしまうと、心がそのデータ使用量を飛び越えてしまい、一日の通信制限に引っかかる。そういう感覚になる。なんにしても、目的地には辿りつけたわけだし、高校生活は始まったばっかりだし、季節は夏だし、私の半径30メートル以内には、至福のスイーツたちが今か今かと首を揃えて待ち構えているし。焦っても、しょうがない!じたばたしたってしょうがない!
そう思い思い、自動ドアにぶつかるような勢いで、颯爽とコンビニの中に入り、色々と物色することにした。
チョコ、スナック、サンドイッチ、プリン、プリン、プリン、エロ本…。
その陳列の見事な並びは、私の視界の中で一際際立つ清潔さと存在感のデュエットとなる。
毎回思うけど、エロ本があるコーナーって大体トイレが近くにあるよね。そういうお店に限ってトイレの中に「雑誌等の持ち込み禁止」の貼り紙がバッサバッサと貼られていて、捜索願いが出されたときのあの慌ただしさ、文字のきつさ、「見つけ次第警察に突き出します」っていうその勢い、それらが全部、ものすごい必死の形相で、なんだかすごく不安になる。いつか店員に殴られるんじゃないのかっていう不安に駆られる。私はなにもやってないんですけどね?だってメッセージの一つ一つが、ものすごい勢いで書かれているし、もうそこに礼儀とか作法とかなんにもなくて、落ち窪んだ瓦礫のように天井からガラガラ残骸が落ちてきて、無造作に攻撃されているような気がする。あの密室で。
持ち込みされたくないんだったら、いっそ場所を変えればいいのにな、と思ったりもする。ま、そう簡単な話じゃないんだろうけど。
気が向いたら、私もいつかこのコンビニのトイレで、冒険がてら、エロ本持ち込みのスタッフロールを、大々的に打ち上げてみようかしら。誰も損はしないしね。主に私が、そわそわしている傍らで、挙動不審に行ったり来たり、トイレの中を歩き回るだけだろうし。そのあかつきには、もう二度とこのコンビニには来れない気がするけど。
って言うか、そんなことはどうでもよくて、私が今するべきことは、プリンプリンプリンプリン…




