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結局私の中にあるこのいいようもないモヤモヤ感、不快な違和感が、正確になんなのかはわからないけれど、女子高生になって、一つ年を重ねて、どこかもの寂しい気持ちになったことは、確かにある。
それがいつだったかははっきりわからないけれども、最近、ごく最近に於いて、朝が来るたび、朝目を覚ますたびに、そう思う時がある。耳障りなアラームが、居心地のいい私の巣穴を、丸ごと乱暴に掘り出すかのような暗い暗い陰気な跳躍。部屋に差し込む朝の日の光が、チカチカまぶしい。
私が中学生の頃は、こんなことはなかった。周りにいる友達と仲良く話しているだけで、世界が私の周りを回転していく座標軸になった。磁石のS極とN極が互いに惹かれ合い、勢いよく飛びつくそのジャンプ力を兼ねあいながら、私の日常の界隈を次から次へと軽やかに飛び越えた。世界の曲がりくねった道の先に、アスファルトの平面ごと私の体がダイブしていく様子は、景色と景色の影を突っ切って、大きな空を形作る。私はその上昇する日常と霹靂のエンジンを吹かして、ここじゃないどこかへ、虹のかかるその先へ、真っ直ぐ進んでいける気がしていたんだ。
ふと後ろを振り返っても、青い大地が、巨大に美しい三角形を下積みしていきながら、広い荒野の通り道を、自由に自由に、広げているかのように。
今年の3月に、中学を卒業して、新しい制服を着て、高校に入る。小洒落たリボンをクイッと胸の内側にしまうと、何もかも新しく感じるようになる。今まで大切にしてきたぬいぐるみや部屋のポスターの横顔が、日を追うごとに日焼けして、色褪せてしまいそうな一面を、どことなくターンする一日の終わりが、夕暮れ時の空の下に俯きになり、生温かな風を流す。夢は、続かない。もうすぐそこに折り返そうとしている季節の変わり目が、何もかも蹴散らして、寝覚めの悪いアラームを、天井からぶら下げているかのよう。
宙ぶらりんになった私の心の大部分は、たくさんの時間の経過を目の当たりにしながら、疲弊する息遣いになる。いつからか、そういうふうに思うようになった。朝起きて、靴ひもを強く縛るたびに、涙が出そうになった。踏み出した右足が、道の真ん中の、車道と歩道との境界を分けて、私の全体重が、世界のずっと深いところまで、急激に落下していくように見えた。
回転する時間軸のなかで、私がひと息に手を伸ばして、太陽に挨拶してあげても、返事はないんだ。しーんとしてる。まるで私のことが見えていなく、過ぎ去る猛スピードの時間と推進力が、ーーー地球の自転が、うつ伏せになった視界の隅で、すり潰されていくホコリのように、私のことを何事もなくスッと投げ飛ばしていく。私はそれに対抗するだけの力も脚力もないのに、朝、起きて、学校に向かう途中、そのいつも視界の外ですれ違う景色と、街の角に立つ信号はいつまでも青で、早く進め!ってさ。ハッ。
そんなに急がなくても、私は歩くし、ヒザの上げ方も一応知ってる。君たち信号は、道の真ん中で直立不動になって、白い線の内側で、ここを進めって大声で私に向かってうるさいけど、ここを渡らなくても、明るい街路地が私の背後に伸びてずっと続いてあったり、他の道があったり、街はいつも賑やかに、世界の片隅でさまざまな方向に向かって動いている。自動販売機の設置スペースが、広い街のどこかの片隅で、チカチカコンセントのコードの奥で物音を立てていたり、電信柱の一角が、どこからか来る強い風に揺らされて震えていたり、それはそれは賢いムーブが、静かに私たちの大地の上にセメントを埋め立てて、ずっと遠くまで肥大する軌道を、美しく描いているんだ。




