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「まってまって!」
待ってもクソもない。私が期待を込めて送った丁寧な、ーーー非常に丁寧な欲望とベクトルの先端を、ちょいっと摘まんで引き剥がしたかと思えば、ずけずけと土足で私のアップテンポを汚していくし、おでこにセロハンテープはくっつけるし、お腹は空いたし。
黙ってほっぺをつねらせろ。話はそれから。会話はそれから。
「ほら、あとでデッカイ焼きそば買ってあげるから」
焼きそば?しかもでかい…。と思って私はせっちゃんを睨むが、なんのことやら。
「今日、花火大会でしょ。その時にうちの知り合いが屋台開いてるって。焼きそば、焼くの」
ああ。なるほど。花火ね。数千発だか、打ち上げるんだったっけ。小さな街の、広い川のほとりで。
「焼きそばで手を打とうって?」
「うん。焼きそば好きでしょ?」
「好きとは言ってない」
「好きそうな顔してるし」
「どういう意味?」
「ほら、鼻筋とか、口とか、いかにもソースとめんをすすってきましたーっていう主張が激しい感じの、電波か、GPSか、あちこちに飛ばしてそうだから」
「…ごめん。あのさやっぱり、一回ちょっとつねらせて?主に右手で。私利き腕右手だから」
全くこの子は、私がなにをしたっていうんだ。言いたいことを棚の上から下まで、ずらっと並べること数十秒。おとなしく聞いてれば次から次へと、出てくる出てくる。
人間の頭の中に付いてる言語プログラミングのプロセスが、どこをどう進んで立ち止まったら、「ソースとめんをすすってきましたー」ってことになるんだろう。何気なく聞いてたら、とんでもないことを言い始めるんだ、こいつは。言い迷惑だ。全く。突然やって来る彼女からのステキなメッセージは、いつもと変わらない線路の上で、急停車する電車よりもたちが悪いし、失礼にもほどがある。だいたい「おとなしくできないの?」って書いてくれるのはいいけど、おとなしくするべきなのはあなたの慎ましい心の内側。その大動脈の、まわりの、滑らかな血管のたんぱく質や肥えた脂肪の塊。
人差し指を上に向けて大の字になり、あんたの胸に身体まるごと預けてあげるから、少しの間、目も口も閉じて、瞑想に浸ることをオススメする。黒板に映し出された文字の白とその基調のプラットフォームで、何十行かに分けて、「礼儀」とか「友情」とか、嫌でも節子の目に飛び込むような美しい漢字を、ぎっしり詰め込んででかでかと書き出してあげたい。
心もとない私の言語力じゃあ、心に響かないっていうんなら、この教室1番の美声で、ハイ!っと挙手をして先生の方を向いて、
「先生!どうか黒板の余白に、私の友達に向けて一言。「思いやりとは」って書いてください。はい。余白いっぱいにお願いします!」
って照れ隠ししながら、お願いしてあげてもいい。私の薄汚れた字だと、どうせ見にくいとか心がこもってないとか、それらしい理由をつけて批判するんだろうから、さらさらっと書き出された大人の対応力でもって、たくましい先生の手が、「思いやり」という四文字を描き切ったら、きっと少しはその胸の中に抱くものがあるはず。そう、願いたい。
私はやさしいから、わざわざ先生を呼びつけて叱ってくださいなんて言わないけど、せめてもの友情の印に、美しい日本語をプレゼントしてあげよう。
と、私は赤ペンを取り出して、せっちゃんの机の上にある、開きっぱなしになった教科書のページの適当な場所に、流れるように大きな文字を書き出す。右手が動く、動く。自分のノートに類人猿についてボールペンを走らせた時よりも、数段流暢に時間が進む。
<歴史の教科書大全>
そのP11、12に現れた類人猿たちの骨格図や専門用語のオンパレードが、せっちゃんの机の上でギッシリと整列しながら敷き並ぶ。ぶ厚い層に折り重ねられた類人猿についての説明書きが、ページ全体に渡って精密に印刷されているが、その紙の上に用意された一つのスペースがまるごと奪われるように、私の手によって無遠慮に新しい文字が書き加えられていく。ページの上で、類人猿たちは逃げ場をなくし、ついには両手を上げて拘束され、その全身に赤い文字が上書きされていくコーディネートになる。
類だがヒト科だかの文字の組み合わせがまるごと赤い線と乱暴なタッチによって呑み込まれ、すでに教科書の上に印刷されているインクと、私の手によって書き出されたインクが仲違いもなく混じり合う。
『愛してるよ、せつこ』
大々的にページ全部に書き出してあげた。ちゃんとP11、12に折り目をつけてあげて。なんて親切なんだろう。我ながら、涙がでてくるよ。本当に。
せっちゃんの私に向ける熱い視線 ✕(バツ) が物語っているように、私と彼女との間には絶妙な距離間の友情があり、絆があり、赤ペンがあり、歴史の教科書がある。だいぶ距離が近すぎて、たまに強烈な静電気がどストレートに伝わる時があるけど、なにも問題はないよね?




