9
暗転する瞳の中で、私は欲望の限りの元気を乗せて、無造作に、両手首の内側とその先をせっちゃんの机の上に差し出している。放り投げているといった方が正しいか。とにかく投げる。せっちゃんの胸ぐらを掴むように、静粛に。ゴトッていう重力の反動が、私の手のひらからこぼれ落ちて筋肉の緊張がほぐれ、広い木製の板の上に華奢な手の甲は寝そべり、堕落する。沈黙。心を無心にして、せっちゃんの心に近づこうと優雅に寝転んでいる手のひらをいっぱいに開きながら、私は前のめりにさらに体を倒して、ありったけ、背骨の真ん中を伸ばす。深い眠りから覚めた猫が、目いっぱいに体を持ち上げて背伸びするように、ぎこちなくせり上がった全身のコリを、私は優雅に散歩するんだ。
そうして、まだかまだかと脈打っている傍らで、せっちゃんは鼻歌交じりに、もぞもぞと自由に動いている。遅い。
早くしろよ、と思い思いに、何度か机の上をコンコンと指の先で叩くと、その拍子に、私の暗い視界の上に、ハンコを押しつける勢いそのままに、平べったく薄長い衝撃が、突然おでこの上に襲いかかった。どうやら、親指か人差し指か知らないけど、私の顔の中央線に、ご丁寧にセロハンテープを貼付けて、ピタっとノートの切れ端を一枚、私の顔面に押し付けたらしい。眉間のシワの間にテープが食いつく。
ちょうど私の目が隠れるように垂れ下がった一枚の紙には、せっちゃんの指紋がキレイに収まっている。そうして黒いインクがだだ下がりに誇張を帯びて、ナナメに逸れていき、午後の授業の下で老けきった私の疲労困憊な顔面を隠しながら、うず高く視界の中を支配している。メッセージ。ノートの切れ端に書き込まれた美しいメッセージ。どれどれ、と私はテープを剥がして、その切れ端に書かれた文字の上に歩くせっちゃんの心を、読み上げる。
「おとなしくできないの?」
ーーーby節子
コノヤロウ。お菓子の1つもくれないくせに、何を言い出すのかと思えば。
私のおでこに貼り出した可愛げのない文字の斜体は、充分私の心に響いてうなる。涙が出そうになるくらい、嬉しい気持ちがこみ上げてきたり、そわそわしたり、言葉にならない感情が生まれたり、…しないでもなく。
まあ、ちょっと話し合おうか、節子。
私はせっちゃんのご親切なメッセージカードを心にしまって、まぶたを上手にこじ開ける。ノートの切れ端を剥がしたその先で、せっちゃんをじっと見つめて、お互いの距離と距離との絶妙なピントが合ったら、ヒジを前に突き出して、華麗にタックルしてやろうかなとも思った。生憎、教室の空気はどんよりしてて、先生はさっきからぶつぶつチョークと白に忙しそうに追われているし、邪魔するのも悪いから、あんまりうるさくはできないんですけど。身体がうずいて仕方がない。せっちゃんを身体ごと床に叩きつけてやりたい衝動に駆られて、むずむずする。
「他になにか言いたいことは?」
私はこの一個のクエスチョンマークに多大な恩恵を込めて、仁王立ちし、せっちゃんのほんのりと白い肌の上辺を、ぎゅっと強く掴んでやろうと、指を細かく動かし始める。人差し指と中指と、上腕二頭筋の窮屈さで持って、速やかに私の脳に信号を送る。狙いはせっちゃんの口、その調子に乗った顔の真ん中。ほっぺ。鼻の先。ーーーいや、何でもいい。




