はじめに
一番静かな空の色から、地面に向かって青いペンキを落としたように、まっすぐ降る夏の日差しが、街の表面をチカチカと照らして眩しい。今年の7月。高校一年目の生活をスタートさせたばかりの私が、もうすぐ夏休みを迎えようとしている矢先だった。交通事故に遭った私は市内の病院に運ばれたあと、簡素な病院の一室に移され、家族や友人達に見守られながら午後10時30分、息を引き取った。私は、天井に向かって仰向けになりながら、最後まで自分のその「死」を自覚していなかったせいか、ベットの横に張り付けになって、私の手を握りながら座る同じクラスの友達の一人が、ギュッとその手を握りしめてくれる理由を理解することはできなかった。確か、今日、一緒に花火を見る約束をしていたね?ズキズキ痛む頭の後ろ側の方で、二人で約束した待ち合わせ場所に、早く行かなきゃと唱える心の奥の声が、暗転する視界の内側できりきりと舞う。
急がなくちゃ、いけない。
待っててね、すぐ行くから。
服を着替えて、くつ紐を結んで、花火大会の会場にある砂利道の裾に、着物を着て歩きながら遠ざかっていく友達の後ろ姿に向かって、早く声をかけなきゃと駆け足で走る。待たせてごめんね、なんて言いたくないんだ。きっと友達は、私のことを待っているだろう。夕暮れ時に沈む空の下で、まだ待ち合わせ場所に到着しない私のことを街の景色の向こう側に捉えながら、私の足音が、静かに聞こえて来るのを待っている。
夜は、もうすぐやって来るかもしれない。まだ、もう少しの間だけ沈まない太陽のそばで、私は電話を手に取り、がむしゃらにボタンを押してみた。それが誰に向けた電話かは、今ではもうわからない。それはこの先で待っている友達かもしれないし、まだかけたこともない電話番号なのかもしれない。だけどもうすぐそばにやって来る夜空の黒の断面図から、わずかに明るい星々の光が、私やあなたの目に届く頃、私はきっとこの街のどこかで、誰かとすれ違う。
待ち合わせ時間はもう過ぎたかな?
それともまだ、夜はやって来ないのだろうか。
応答せよ。こちら大阪彩音。
きこえますか?
「(速報ニュース&スポーツ)23:58
10日午後6時頃、××県××区×××の国道交差点で、歩いて道路を渡っていた同区××、女子高生、大阪彩音さん(15)が、右折してきたトラックに轢かれて胸などを強く打ち、病院へ搬送されたが死亡が確認された。」




