騒音
暑いなあ~」
ショートにしてた髪も、だいぶ伸びて余計に暑く感じるし
「少し切ってスッキリしよう」
そう思うと、どこかに美容院はないかな~と辺りを見回した
あいにく、良い感じの美容院はない…けど
床屋さんはあった。「女性客も歓迎」と
手書きのポスターが貼ってあって、それが安心なのか
逆に不安材料なのか、微妙だけど
この暑さには代えられないっ!と店に入る事にした
「何もイメチェンする訳でもないし、すっきり梳くくらいなら平気でしょ」
店に入る前から気が付いてはいたけど
隣の店が、工事中らしく、その音がすごい
「いらっしゃいませ~」と言う声も、聞き取れないほど…
でも、時折、その音も静まるし、カットだけだから我慢しよう
「カットをお願いしたいんですけど…」
そう言うと、店主らしいオジサンは、ハイハイ、とイスを指して
私がそこに座ると、さっとカットクロスを付けた。
「暑いですねえ~それに音がうるさくて、すいませんね~」
愛想の良いオジサンは、そう言いながら、もう私の髪を霧吹きで濡らしている。
「どれくらい切りますか?」
鏡に映った私の髪は、しっとりと濡らされて、ようやく肩に付くくらいになっている
「もう前回切って、だいぶ経つので、ずいぶん伸びたし、量が多くなってしまって…
暑苦しいので、すっきり薄くしたいんですけど…」
そう言うと、くしで全体を梳かしながら
「すっきりね…じゃあ・・・・・・・・・・・しちゃっても良いのかな?」
工事の音が激しくなり、オジサンの声がかき消される程だった。
「え?ああ、はいはい、お願いします」
良く聞こえなかったけど、すっきり…と言ったのは伝わったみたいだし
適当に、返事をして、任せる事にした
「じゃあ、思い切って…」
後ろで何やら支度をしていたオジサンが、そう言ったけれど、それも聞こえず
次の瞬間、何やら冷たい感触が、うなじに伝わり、それが上にあがってきた
「えっ、何?何?」
ちょっと下を向かされていた頭を、慌てて起こして、何が起きたのか見ようとすると
「あっ、動かないで…ほら~下の方だけのつもりだったのに、上まで行っちゃったよ…」
鏡に、オジサンが持っている物が映っていた…大きなバリカン…
「なっ、何でバリカンなんかで…!」
皮肉にも、工事の音は止んで、今は、バリカンの音がジージーと聞こえている。
「だって…すっきりって言うから『じゃあ、この際刈り上げにしちゃっても良いのかな?』って
聞いたら、お願いします、って言うから…」
オジサンはそう言うと、呆れたように、私を見ている。
「聞こえなかったんですっ!」と言っても、聞こえないのに、返事をしたのは私…
「今更、聞こえなかった、と言われても…もう真ん中、かなり上まで刈り上げにしちゃったよ…」
オジサンは、合わせ鏡で後ろをそぉっと映して見せた。
何てこと!肩に付くくらいの後ろの髪の、真ん中に、真っ直ぐ後頭部半分くらいまで
バリカンが通りました、と言わんばかりの刈り上げ跡…
「ど、どうしてくれるの!」
「どうしてくれるって…今更隠せないしねえ~本当はもっと下だけのつもりだったのに
お姉ちゃん、急に頭上げるから、バリカンが上の方まで入っちゃったし…」
「だって、刈り上げにされてるなんて、判らなかったんですっ!」
押し問答をしていても、刈ってしまった部分が伸びてくる訳でもなく
かと言って、コレで「もう良いです」と終わりにして帰る訳にもいかない…
「どうにか隠せませんか…?」
と言ってみたものの、オジサンもその横の髪を触ったりしつつ
「どうにもならないねえ~」と答える…そりゃそうだろうなあ~
隠すように結ぶにも…髪の長さが足りない…
「じゃあ…じゃあ、何とかおかしくないようにして下さい」
泣きたいような気持ちで、そう言うしかなかった。
「うーん…まあ、他の部分も同じように刈り上げにして、そうだなあ~
後ろをココまでしちゃったら、横だけ長いのは変だし…横も…」
「もう良いですっ、とにかくやって下さい!」
どんな頭にされてしまうのか、バリカンは勢い良く、私の髪を刈り始めた。
「涼しくて良いよ、絶対、お姉ちゃん頭の形も良いから、似合うよ」
バリカンが髪を刈る音と、オジサンの言い訳のような言葉がむなしく響く…
せめて、工事の音がしていたら、バリカンの音も、髪が刈りおとされる音も
聞かなくて済むのに、今は、まったくしない。
後ろの髪を刈り終えて、次は横の髪を、どんどん刈っていく
本当に…涼しい頭になっていく私…
「これなら、シャンプーも楽だよっ!気持ち良いよ~」
何が気持ち良いのよっ!
私は、みるみる変わっていく自分の髪型を見ながら
店を出たら、まず最初に帽子と、日焼け止めを買いに走らなくちゃ…
そう思っていた。
すっかりむき出しにされた襟足や首が、鏡の中で、妙に白く見えた