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下心

作者: 沢山書世

ほのぼぼとした日常の中に、その雰囲気に合ったコメディーを入れたつもりです。笑っていただけるとうれしいです。

 第一章 守との出会い

(まさかなあー、あいつが商売替えをすることになるなんて、思いもよらなかったなー。別に赤字だったというわけでもないっていうんだろ、あのまま続けてくれていてもよかったんじゃないのかねえ。ひいきにしていた一消費者にとっては、迷惑千万な話だよ、まったく)

 ぶつぶつ言いながら、住宅街を歩いて行く。

(それもだよ、継いだ魚屋をさ、よりによってサーフショップに変えてしまおうっていうんだからなあ、八百屋や団子屋にっていうんだったらまだわかるよ、食べ物屋なんだからさ。それがサーフショップときたもんだから驚いたよ。職業選択の自由が認められているとはいえ、いやああれにはびっくりさせられたなあ)

 立ち止まり、バッグの中からお茶のペットボトルを取り出して、一口口に含んだ。

「ふー、うまい」

 バックに戻してまた歩き始める。

(しかたがなかったのかなあ・・・でもさあ、でもだよ、こういう考え方も出来たんじゃないのかなあ・・・二つの商売をなんとか両立させてやっていくようなこと・・・そうだよ、そうして欲しかったなあ。だって海つながりなんだからさ)

 大きな道に出た。信号が赤である。

(おかげでこうやってわざわざ隣町の魚屋まで出かけていかなきゃならないはめに落ち入っちゃったんだもの。まったくやんなっちゃうよ)

 ポケットから手書きの地図を取り出して現在位置を確認する。

(世の中驚かされることが起るものだよなあ。そのうち肉屋が動物園を始めるとか、そんなことを言い出す時代がやってくるんじゃないのか?)

 信号が青に変わった。独り言を続けながら歩き出す。

(まあなんだ、動物園が肉屋に変わるよりはいいか)

 一丁目と二丁目の境目までやって来た。十段ほどの登り階段があり、その一段めに足をかけようとしたところに、

 どたたたた

 けたたましい足音とともに、階段を急ぎ降りてくる人影が視界に入ってきた。女の子である。最後の三段を飛ばして哲也のすぐ横に飛び降りてきた。

 ばしゃ

 着地はきれいに決まったものの、あとがいけない。女の子のショルダーバッグから、中に入っていた持ち物が辺りに飛び散ってしまったのだ。本人はそのことに気付いておらず、勢いそのままに走り去っていく。

(ちょっとちょっと、これだけまき散らしておいて気付かないものかあ)

「お嬢さーん、落し物ですよー」

 女の子の背中に向かって哲也が大声を張り上げると、足にブレーキがついているかのような急停止をして、後ろを振り返った。

「あー、またやっちゃった」

 どうやら状況を飲み込んでくれたようだ。急ぎ戻ってきて地面に散らばった自分の持ち物を拾い始めた。哲也も一緒になって拾っていく。しゃがんで作業に没頭する二人の距離がだんだんと近づいていき、おでこ同士がごっつんこ。

「あっ、すみません」

「いいえ、こちらこそ」

 最後のひとつを女の子が拾って立ち上がると、丁度二人が向き合う形になった。

「ありがとうございました」

「どういたしまして」

 哲也が、自分が拾い集めた分を女の子に手渡す。

「すいません」

「いいえ」

「私、ちょっと急いでいるものですから、これで失礼します」

 女の子はお辞儀もそこそこに、背中を向けて駆けていった。哲也も向きを変えて再び歩き始める。

(なんだろう・・・とびきりの美人というわけではなかったけど、なんか気になる)

 先ほどまで考えていた魚屋の件が、どこか頭の端っこの方へと追いやられてしまい、今しがた出会ったばかりの女の子のことで頭が一杯になりかけていた哲也の鼻に、

「ん?」

 魚の臭いが入ってきた。

(おっと、ここだここだ。危うく通り過ぎてしまうところだったよ)

 当初の目的であった魚屋のことに、思考が戻ってきた。

(なんだ、ずいぶんとちいさな店だな)

 キョロキョロ

(おっ、でも品揃えは結構充実しているんじゃないの。なによなによ、ひょっとするとこいつは期待していた以上の店かもしれないぞ)

「しつれいしまーす」

 品定めをしながら中を進んで行き、奥のショーケースまで辿り着いた。顔を近付けて覗いてみる。

(おいおい、いいマグロがあるじゃないの)

 べつに勉強をしたわけではないのだが、魚を見る目には、本人なぜか自信を持ってしまっている。なんとなくきれいな色をしているなあと感じとると、彼の食欲中枢に、これはおいしい、そう合図が送られていくようだ。難点は、判断材料となっているその色合いの好みが、日によってぶれてくることだ。

(ほらね、やっぱり値段がそれなりだもの)

 色の具合が気に入って、かつ値段が高いとなれば、それは間違いなく良い品物なのだと哲也は結論付ける。値段が高いという点だけでこれは良い物だと決めつけてしまう人よりは、ほんの少しだけまし、という程度の選別眼だ。

(でも、この値段では手が出せないぞ。しかたがない、今日は他の魚にしておくとするか)

 マグロのことは諦めて、他の魚を見て回る。

(アジにするか・・・でも、おととい食ったしなー)

 一歩横に移動してみる。

(サケにしようか・・・いやいや、好物だけど、おにぎりで今日の昼に食ったからなー)

 腕を組む。

(うーん、やっぱりさっきのマグロ様に後ろ髪をひかれているぞ)

 顔が自然とマグロの方に向いてしまっている。考え込む哲也。

(そうだ、店側と値切り交渉をしてみるか)

 グーとパーを作って、その手を打つ。

「でも、待てよ」

(初めて入った店で、自分が裕福ではないとわざわざ自己申告するっていうのもなんだかなあ・・・)

「いらっしゃい」

 突然後ろから呼びかけられた。

「うわっとと」

 店側から不意打ちをくらわされた形だ。身体が固まって、気をつけの体勢で振り返る哲也。

「あっ、脅かしてしまったかな」

「いえ、大丈夫です。どうも、おじゃましています」

「まいど」

 この店の店主、海野守が笑顔で立っている。

「丁度よかったです、教えてもらいたいことがありまして」

「なんでしょう? うかがいますよ」

「今、ひととおり店内の魚を見せてもらったんですけれど、ここのお店、品ぞろえは申し分ないですねえ」

「そいつはどうも」

「でもですね、値段のバランス、これがいまいちのような気がしましてね」

「バランス?」

「ええ。たとえばアジとサケなんですけど、ちょっと安すぎやしませんか? もっと高くてもいいんじゃないのかなあと感じた次第でして」

「でもねえ・・・アジとサケは大衆魚の代表でしょ、やっぱり安い方がいいんじゃないのかなあ?」

「いやいやいや。たとえ大衆魚といえども、品質の良い物を置いているんだから、それなりの値段にしておいてもなんらおかしくはないと思いますよ」

「そりゃあ高く売れるのであればうちとしてもありがたいことはありがたいよ。だけど、なんだか気が引けるなあ」

「だったらその代わりに他を安くして帳尻を合わせるというのはどうです」

「他ってどれを?」

「そうだなあ・・・そうだ、そこのマグロなんかはどうでしょう」

「ちょっと待ってちょうだいよ。そいつはけっこういいマグロなんだよねえ」

「そうでしょうね、いい色していますもん」

「このレベルのものは、なかなか入ってこないんだから」

「うんうん、いつでも入ってくる代物ではないと・・・だからこの値段を設定したと」

「そう、しょうがないんだよ、いいものっていうのはどうしてもねえ」

「しかしですよ、値段が高いと売れ残る確率も高くなるんじゃありませんか? せっかくいい魚を仕入れたとしても、それじゃあもったいないと思いますけどねえ」

「その点は大丈夫。残ったら、そんときゃ自分の口に入れちまえばいいんだから。これは、魚屋の特権」

「ちょっとちょっと、商売しなきゃだめですよ。お客の口に入ってなんぼの世界でしょう」

 解ったような返答をして切り崩しを試みる哲也。

「まあそれはそうなんだけどねえ」

 どたたたた

「ちょっとだけただいまー」

 女の子が二人の脇を通り抜けて、そのまま店の奥へと飛び込んでいった。

「チケットチケット!」

 いつ脱いだのか、靴がちゃんと残されている。

「また忘れ物かい? 持ち物検査をしてから出かけて行くようにって、いつも言っているだろうに」

 後追いで声をかける魚屋のおやじ。

(今の娘、さっき階段のところで会った女の子だよなあ・・・)

 どたたたた

 階段を下りてくる音を引き連れて彼女が戻ってきた。

「また行ってきまーす」

「こら、裏から出なさい」

 通せんぼをするおやじ。

「今日だけ、お願い」

 手を合わせて懇願する女の子。

「だめだめ、商売の邪魔になるから」

「急いでるの、今回だけ、許して」

 おやじが哲也を振り返って、

「お客さん、迷惑でしょ?」

 そう話を振ってくる。

「へ?」

 困惑する哲也。

「ほら、お客さんだってこうして困ってる」

「いや、困った顔をしたのは、いきなり話を振ってこられたからで・・・」

「ほんと、今日だけだから、お願い! パパ大好き」

 靴を履きながら手を合わせ懇願する。

「ふだんはパパだなんて言わないくせに」

「えへ」

 舌を出す娘。

「まったく」

 渋りながらも道を開けてやるおやじ。

「行ってきまーす」

 娘が笑顔で駆け出していく。

 ばらばらばら

 またバックから中身が飛び散った。

「あーあ」

(またやってるよ)

 三人で拾い集めて女の子に手渡す。

「おい希実、バッグの上下がさかさまだ。蓋も開いているしさ」

(希実っていう名前なのか)

「あ、ほんとだ」

 急いでバッグの調節をする希実。

「こんどこそ行ってきまーす」

 そう元気に挨拶をして、あらためて店から飛び出して行った。

(今日何度目の、行ってきますなんだろうな)

「早く帰ってこいよー」

 おやじが店先に出て行って見送る。

「はーい」

(とびきりの美人というわけではない・・・でも、なんだか気になるんだよな)

「いってらっしゃい」

 おやじの横で一緒になって手を振る哲也。

(行かないでここにいてくれたほうが、僕としてはうれしかったかな)

「お客さん、どうもお騒がせしまして」

「今の、お嬢さんですか?」

「あわてん坊でね、困ったもんだ」

「おやじさん、マグロを全部ください」

「えっ?」

「全部もらって帰ります」

「は?」

「本当は最初から全部買って帰るつもりだったんですよ」

「そうだったの?」

「ずけずけと言いたいことを言ってしまって、さっきはすみませんでした」

「いやいや、あれはアドバイス、言ってもらってむしろありがたいと思っているから」

「おやじさんと話をしたかったもので、つい・・・」

「俺と?」

「ええ。いい人だなあと感じたもので・・・」

「よせやい」

 赤くなるおやじ。

「僕、一人暮らしをしていましてね。家に帰っても、話し相手がいなくて」

「そうだったのかい」

 腕組みをしてうんうんと頷くおやじ。

「おやじさん、またお店に寄らせてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだとも。なんなら毎日でもどうぞ。いつでも話し相手になってあげるからさ」

 おやじが哲也の肩をぽんぽんとたたく。

「ありがとうございます」

「あんた、いいお客さんだよ」

「そうですか?」

「魚が好きなんだね」

「いやあー、解っちゃいましたか?」

「この手のひらを介して、俺の心に伝わってきているよ」

「いやあ、良い店に出会えたなあー、僕ってラッキーな男だなあ」

(ふふふ、良い店を見つけたぞ)

「ははは」

「世界一魚を愛している店主がいる店をみつけたんですからね」

「いやあ、ばれてしまったか、はははは」

「魚愛に関して言わせてもらえば、僕ごときなどは、おやじさんの足元にも及びません。はははは」

「うははは。いい魚を仕入れて待っているからね」

「ええ、ぜひ。それじゃ、今日はこれで失礼します」

 上機嫌の笑い声で挨拶を交わし、帰路につく哲也。来たときと同じ道を戻っていく。

(おやじさんに気に入られて、あの家に入りこむことが出来れば、彼女と会える・・・まずは外堀から埋めていこう)

 娘に近づくためには、まずはおやじに取り入ることから、そう考えたようだ。

(おやじさんが僕のことを気に入ってくれて、褒め言葉が娘の耳に届いてくれれば・・・娘と仲良くなれるかも・・・)

 前方から当の娘が駆けてきて、脇を通り抜けて行ったのだが、哲也は気付いていない。

(うひゃひゃのひゃー)

 満面の笑顔で階段を下りていく。


 第二章 二日目

「こんにちわー」

 哲也の元気な声に、魚をさばいている手を止めたおやじ。振り返って、

「よう、きのうはどうも。ありがとね」

 と、笑顔で迎える。

「よかったー。僕のこと、覚えていてくれたんですね」

 胸をなでおろす哲也。

「そりゃー、あれだけ大量のマグロを買ってくれたお客さんだもの、一生忘れることはないだろうね」

「一生は大げさでしょう。だけど、うれしいなー、ははは」

「あははは」

「あはははは・・・僕、立田哲也と申します。末永くよろしくお願いします」

 深く頭を下げる。

「末永くとは、ありがたいお客さんだ、こちらこそよろしく。あっ、今日はブリのいいのが入っているよ」

「そうですか。でも、ひととおりの魚を見させてもらってから決めたいなあ」

「どうぞ、ゆっくり見てみてよ」

 出来うる限り長居をして、彼女に会ってやろう、今日の哲也は、そういう腹づもりでやってきているのだ。昨日が初対面だったことと、ばたばたした出会いだったのとで、まだはっきりと娘の顔を記憶できていないのだ。あとで思い浮かべることが出来る程度には覚えて帰りたい、そう決心して出かけて来た以上、はいそうですか、ではそのブリを包んでくださいと、簡単に追い返されるわけにはいかないのだ。彼女がすでに帰宅しているのか、それともこれから帰ってくるのか、今の時点ではそれは解らないが、長時間ここに居座っていれば会える確率は確実に高くなる。

「これはなんていう魚なんでしょう?」

 指を指しておやじに尋ねる。

「おいおい、アジに決まっているじゃないの。どうしたのよ? それくらいはわからないことないだろうに」

「いやー、今まで僕が見てきたアジとは比べ物にならないくらい良い代物なので、ちょっと判断に自信を持てなかったんですよ」

「上手におべんちゃらを使ってくるねえ。まー、あからさまなお世辞だと解っていても、自分が扱っている商品を褒められて悪い気はしないからなあ」

 満面の笑顔を見せるおやじ。

「お世辞だなんてそんなあ」

「まー、いい加減な代物を置いていないということは自信を持って言えるけどね。だってうちをひいきにしてくれているお客さんが、ありがたいことに大勢いるもんだからさ、その人たちの期待を裏切るわけにはいかないだろ」

「すごいなあ、おやじさんは責任感の塊ですね」

「よせやい、照れるぜ」

 よく赤くなる顔だ。

「刺身をこさえている途中だからさ、あとは好きなように見ていてちょうだいよ」

 包丁に手を伸ばし、作業に戻っていった。

「はい」

 返事をしながら、店の奥の方へと目をやる哲也。

(彼女は居るのかな、居るのであればちょこっとだけでも顔を見せて欲しいなあ)

 耳をそばだててみるが、物音は聞こえてこない。

(外出中かな、だとしたらはやく帰って来て欲しいなあ)

 ときおり店の前に出て、駅方向へと目をやる。

(これは持久戦だな)

 そう自分に言い聞かせてゆっくりと店内を廻ってみたものの、個人商店の品数は限られている。時間を引き伸ばすにも限界があった。

(もう魚は一通り見ちゃったぞ)

 店員でもないというのに、値段まで頭に入ってしまっている。

(今日はこれまでだな)

「僕、そろそろ失礼します。今日はブリをもらって帰ることにします」

「そうかい」

(仕方ない、はあー)

「はいどうぞ」

 おやじからブリの包みを受け取ったそのとき、

「ただいまー」

 奥から娘の声が聞こえてきた。

「さあてと、あとは何を買って帰ろうかなあ」

 哲也がまた店の中を徘徊し始めた。おやじがその背中に目をやって、

「哲也さんって言ったっけかな」

 そう話しかける。

「はい、そうです」

 振り向いて笑顔を見せる哲也。

「たしか、おたくは一人暮らしだったよね?」

「ええ」

「なら、それでおかずは充分だと思うんだけど・・・」

「いやいや、これだけじゃあ不充分。餓死してしまいますよ」

「そんな大げさな・・・まあ、こっちも商売だから、買ってもらえるのはありがたいんだけどさ」

「いやあ、魚を見ているのって、ほんとに楽しいなあ」

 おやじの意見は聞き流して、ショーケースに顔を近付けていく哲也。それを見たおやじは、

「まるで水族館に来ている客のようだなあ、あははは」

 と、上機嫌だ。

「おとうさーん」

 娘の声がした。

「おう、おかえりー」

 奥へ覗きに行くおやじ。

「なんか用かー」

 おやじのうしろで哲也が聞き耳を立てている。

「お風呂一緒に入る?」

「今日はやめておくよ。先にお入り」

「わかったー」

「やれやれ」

「ちょっとおやじさん、娘さんと一緒に風呂に入っているんですか?」

 戻ってきたおやじに哲也が詰め寄っていく。

「違う違う。酔っぱらって帰ってきた時にでてくる娘の口癖だよ、冗談で言っているのさ」

「なんだ、あー、びっくりした」

「父親が娘と一緒に入るなんていうのは、たいがい九歳くらいまでのことだろ」

「そうですよねえ」

「風呂の話をしていたら、なんだか俺も浸かりたくなっちゃったなあ。今日はそろそろ店じまいにするとしよう。哲也さん、追加の魚は決まったのかな?」

「今日はこれだけにしておきます」

 ブリの入ったレジ袋を振って見せる。

「え? 少しぐらいの時間は構わないから、選んでいていいよ。それだけじゃあ餓死しちゃうんだろ?」

「ええ、まあ・・・」


 第三章 三日目

「こんにちわー」

 大きな声で挨拶をしながら哲也が店内に入っていく。店の中だけではなく、奥に続いている家じゅうに響き渡っている。

「まいど」

 目を丸くしたおやじが挨拶を返す。

「またやって来ましたー」

「気合の入ったいい挨拶だな。若者はそれくらい元気がなくっちゃあなあ。いやあ、感心感心」

 おやじがそう言って褒める。

(褒め言葉は、もっと大きな声で言ってくれー。家じゅうに聞こえるように言ってほしいぞー)

 哲也は、自分が褒められたいと願っているわけではない。

(娘の耳に褒め言葉が入ってくれればそれでいいんだ。自分にではなく、娘に聞こえるように言ってくれ)

 それが哲也の望みなのだ。

「その元気の源は、いったいどこからきているのかねえ?」

「もちろん食事です! この店の魚を食べているおかげなんです!」

「おいおい、うれしいことを言ってくれるねえ」

「今日もその元気の素をもらって帰りますよ。そうだなあ、ニシンがいいかなあ」

「あいよ」

「ニシンはどうやって料理するのがお勧めなんでしょう? プロの口からじっくりと聞かせてもらいたいな」

「ほー、勉強熱心だねー。ニシンはねー・・・まあ、煮たり焼いたりするわけだな」

「火加減は?」

「ほどほどに・・・だね」

「なんか素人の僕には、言葉で聞いただけではピンとこないようなんですけど」

「料理のことは俺も専門外でね、全部かあちゃんまかせなもんだからさ。そうだ、今日はうちで飯を食っていくといい。かあちゃんが料理するから、そんときに聞いてくれ」

「いいんですか? 本当に? ありがとうございます。うれしいです」

「ああ。本当だよ。どういたしまして。そりゃよかった」

「やったー」

 全身を使ってガッツポーズを決める哲也。

「ものすごい喜びようだな」

 おやじがつぶやくと、哲也の顔が赤くなった。

「そりゃ、なんていったって料理を教われるんですからね、こんなにうれしいことはありませんよ」

「そんなものかなあ・・・まあいいや、もうそろそろかあちゃんが帰ってくるだろうから、先に家に上がって待っていてよ」

(よしよし。作戦成功)

「ただ待っているというのもなんですから、僕、店を手伝います」

「そうかい、悪いねー」

「いらっしゃい、いらっしゃい」

 にわか店員の誕生だ。

「うん、いい声だ、なかなか様になっているよ」

「そうですか? じゃあ、頑張っちゃおっと」

 腕まくりをしたところに、哲也と同年代の男性客が入ってきた。

「いらっしゃいませー」

 二人の目が合った。

(うっ、ライバルの登場か? 店に長居をしていてわかったことだけど、この店には若い男性客が大勢やってくるんだよな。ひいきにしてくれている客がたくさんいるって、おやじさんが言っていたのはこいつらのことだな)

 笑顔を作ってはいるが、哲也の目は笑っていない。

(競争相手がいるとなれば、これはうかうかしてはいられないぞ)

 顎に手を当てる哲也。

(僕がおやじさんと仲良くしている姿を見せつけておけば、娘のボーイフレンドだと勝手に勘違いをして、身を引く者も出てきてくれるだろう)

「いらっしゃいませー」

(こうやって大声を張り上げて、男性客に僕の存在を知らしめてやるんだ)

「にいさん、いい声だ」

「ありがとうございます。哲也と呼んでください」


 第四章 静子との出会い

「ただいまー」

 住まいの方から声が聞こえてきた。

「おう、ちょうどよかった。かあちゃーん」

「はあーい。なあに、とうちゃーん」

「すまないけど、ちょっとこっちに来てくれないかな」

 しばらくしてあがり口から顔を覗かせた女性は、おやじよりも一回り程若く見える。

「かあちゃん、こちら、新しいお得意さんだ」

「それはどうも。はじめまして、海野の家内です」

「哲也と申します」

「新しいっていうと、最近越していらしたのかしら?」

「いえ、そういうわけではないんです。駅のむこうっかわに、前から住んでいるんですけれど、今まで通っていた魚屋が最近商売替えをしてしまいまして・・・」

「ああ、あそこのお店ね」

「ご存知なんですか?」

「そりゃあ、同業者だもの、わかるわよ」

「その店から、こちらを紹介してもらったというわけでして」

「そうだったの」

「かあちゃん、この人に魚の調理法を教えてやってくれないか?」

「え? あたしが?」

「よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる哲也。

「それで、いつなの?」

「今日って言っちゃったんだよ」

「今日? 急ねえ」

「すみません」

「まあいいでしょ。じゃあ、お上がりになって」

「ありがとうございます」

 すだれをくぐるとそこが居間になっていて、その先に台所が見える。

「いつもはどうやって魚を料理しているのかしら?」

「焼いています」

「煮魚は?」

「味付けがまるっきり解らないので、チャレンジしたことがありません」

「そう。じゃあ煮魚を教えてあげようかしら」

「はい、先生」

「じゃあいくわよ、海野静子料理教室の始まり始まり―」

「よろしくお願いします」

「水は鍋にこれくらい張ってね」

「はあ」

「火加減はこれくらい」

「はあ」

「・・・」

「・・・」

「ねえ」

「はあ」

「あなた、聞いてる?」

「はあ」

 教わっていても、気持ちは別の方に向かっていた。早く娘が帰ってこないかなあという思いで頭の中の九十九パーセントが占められているのだ。

「なんか、お腹に力の入っていない声ねえ」

(まずい、しょぼくれた男だと思われたら損だぞ。外堀を埋め損なってしまう)

「そんなことはありません! うわーーー!」

 声を張り上げる哲也。

「こんどはうるさすぎ」

「すみません。本当はこれくらい元気だと伝えたくて」

「じゃあ、さっきのはなんだったんでしょ、お腹が減っていたからなのかしら?」

「じ、実はそうなんです」

「じゃあ、はやく作ってご飯にしましょうね」

「へ?」

「食べていけるんでしょ」

「いいんですか?」

「料理を教えて食べさせもせずに帰す・・・そういうわけにはいかないわよ」

「あ、ありがとうございます!」

 より一層の腕まくりをしてみせる哲也。

「ただいまー」

 娘が帰ってきた。

「おかえりなさーいいい」

 哲也が、静子やおやじよりも早く反応した。

「いい声よ」

「ありがとうございます」

「それだけ元気があるのなら、ごはんの必要はないようね」

「そんなあ」

 へたり込む哲也、心底がっかりしている。

「うそよ、うそうそ」

「よかったー」

 トントントン

 娘は二階にあがってしまったが、哲也は元気いっぱい。

「さあ、いっちょやったるぞー」

 そう叫んで腕まくりを試みたものの、もうこれ以上はまくりようのないところまでまくりあげられている。仕方がないのでこぶしを突き上げた。

「料理を始めるのにそんな掛け声が必要かしら・・・」

 耳を押さえながら静子がつぶやいた。

 ・・・ ・・・ ・・・

「娘さん、遅くないですか?」

 食事を終えた哲也が、お茶を飲みながら静子にそう尋ねる。

「お腹がすいたら下に降りてくるんだけど・・・降りてこないということは、もう眠ってしまったんでしょ」

「起こさなくてもいいんですか?」

「起こしても起きないのよ」

「へ?」

「あの娘は食い気もあるけど、眠気の方がその上をいっているのよねえ」

「そうなんですか・・・」

 娘とゆっくり話をする機会を得られないままで帰路につくことになってしまった哲也の三日目であった。


 第五章 希実との出会い

 どかどかどか

 まるで落ちてきたかのような音とともに二階から娘が降りてきた。台所をすり抜けて居間へと入っていく。

「おとうさん、あたしのネイル液取ったでしょ」

「父親に向かって人聞きの悪い言い方をしないでほしいなあ、ちょっと借りただけなんだからさ」

「おとうさんには必要のないものじゃないの!」

「胡坐をかいて坐った時に、ふと足に目が行ったんだよ。そうしたらなんだか足先が殺風景に見えちゃってさ」

「五十年以上それで暮らしてきたんでしょ、今更変えなくても死にはしないわよ」

「そいつはそうだけどさあ」

「返して!」

「あっ、希実」

 ネイルの小瓶を取り上げた希実、おやじの足先を覗き込んだ。

「なにこれ、へたくそねえ」

「そりゃ初めてだもの、しかたないだろ」

「つける前の方が、綺麗だったんじゃないの?」

「爪からはみ出しちゃうんだよねえ。難しいもんだ」

「ほら、足をこっちによこして」

「うん」

 まだ塗られていない指に刷毛を滑らせていく希実。

「ほほう、みごとなもんだなあ」

「女子のたしなみだもの」

 居間で父娘が仲良く過ごしているその一方、台所で料理に取り組んでいた静子と哲也はというと、

「あとはご飯が炊きあがるのを待つだけね。さあ、そこ座って」

 テーブルを指さす静子。

「はい」

 返事をしながら腰を降ろした哲也の向かいに、静子が座った。頬杖をついて哲也を見つめる。

「ねえ、哲也さんっておいくつなの?」

「僕ですか? 25歳です」

「何月生まれかしら?」

「ご兄弟は?」

 話好きの静子にとって新顔が現れてくれることは願ってもないこと、話し相手がまたひとり増えたとうれしいそうに次から次へと質問を投げかけていく。簡単な問いかけなので、哲也がそつなく返答していたのだが、哲也の様子に何か引っかかるものを静子は感じとったようだ。どうも視線があやしいと、哲也の観察をはじめる。たしかに顔は静子に向けられているのだけれど、視線がほんのわずかではあるが、自分の顔からはずれていることに気付いた。ずれた視線が向かっている先は静子の後ろ、居間だ。そこにいるのは父親と娘。静子はテーブルにあった布巾をさりげなく床に落とした。そして哲也に質問をぶつけた。

「魚とお米はどっちがお好き?」

 ゆっくりとしゃがんでいく。視線は哲也に向けたままで、床の布巾に手を伸ばした。

「はあ? あの、もう一度質問をお願いします」

 静子は見逃さなかった。返答する哲也の視線が娘の方へと向かっている。

(間違いない)

 自分がそっちのけにされているという不満は湧いてはこなかった。むしろうれしかった。

(これは使える)

 静子の口元だけが少し笑った。

(目的が娘なのだ、多少の苦難が身に降りかかってこようとも、きっとうちにやって来る。そうに違いない)

「たまにでよければこれからもあたしが教えてさしあげられるけれど、哲也さん料理はお好きかしら?」

「ええ、三度の飯よりも好きです」

「ふふふ」

「ご教示いただけるんですか?」

「よろしいですことよ。どうぞうちに通っていらっしゃい」

「では先生、末永くよろしくお願いします」

「末永く?」

「いや、あの、僕は覚えが悪いので、あはは、長い目で見てやってくださいということでして、はい」

 静子はうなずいて、

 パンパン

 二回手を叩いた。

「さあ、ごはんができたわよー」

 居間に向かって、そして玄関に向かっても、同じ台詞をもう一度叫んだ。

「?」

「はーい」

 娘が台所に入ってきた。

「いただきまーす」

 哲也のよそったごはんにすぐ手を伸ばす希実。

 もぐもぐ

 まだまだ育ちざかりの食欲を持っている。

「おかわり」

 茶わんを哲也の鼻先に元気に差し出す。

「はい」

 と、受け取る哲也。

「あれ?」

 と、希実。

 宙にある茶碗を間にして見つめあう二人。ぺこり、と哲也が小さくお辞儀をする。

「あんた誰?」

 希実が尋ねる。

「立木と申します」

「ふーん」

「おじゃましてます」

「いくつ?」

「25です」

「じゃあ先輩だ」

「ごはんどうぞ」

 お代わりをよそった茶碗を希実に渡す。

「ありがとう」

 ばくばく。

「それで、その立木先輩がなんでうちに?」

「おかあさんから料理を教わっているんです。あ、それとおやじさんからは魚のことをいろいろと」

「あなたも亜依のファンなんじゃないの?」

「亜依? 誰ですか? それ」

「知らないの?」

「はい」

「いずれ会えるわよ」

 ニコリと笑い、茶碗をテーブルに置いた。

「始めまして、希実です」

 ぺこりとお辞儀をする。

「実をいうと、僕、希実さんに会うのは初めてじゃないんです」

「は?」

「最初に会ったのは数日前、この先の階段のところで会いました」

「階段? あー」

「思い出してくれましたか」

「あのときの覗き男!」

「違います!」

「階段下で女子が通るのを待っていたんでしょ」

「それは誤解です」

「そうかしら」

「一緒に落し物を拾ってあげたのに」

「そうね。じゃあ今回は見逃してあげる」

「ありがとう」

「あっ、罪を認めた!」

「違う違う。今は流れでつい返事をしてしまっただけです。僕はやっていません、無実です」

「そういうことに今回はしてあげます」

「ありがとう・・・あれ?」


 第六章 亜依との出会い

「おじゃましまーす」

 哲也が店から家へとあがっていくと、居間の座卓に頬杖をついて座っている女の子の姿が。

 希実ではない。髪型や表情を変えただけでこんなに違ってくるものではなかろう。

「あれ? 娘さん、・・・二人いるの?」

 女の子が目だけを哲也に向けて、

「希実のともだち」

 ふてくされた表情でこう告げた。

「そうですか・・・あっ、はじめまして」

 お辞儀をする哲也。

「どうも」

「なんか、座卓と一体化しているような、ははは」

「ちょくちょく来ているからね、身体がここの居間の一部になっちゃったかな」

「ははは・・・」

「私、夕飯はだいたいここで食べているから」

「あっ、ひょっとして、亜依さん?」

「なんだ、あたしのこと知ってるんだ」

「名前だけです。希実さんから聞いていました」

「隣に住んでるの」

(ああ、だからこの前奥さんは玄関に向かって叫んでいたのか)

「よろしくね」

 首を右に傾けて挨拶をする亜依。

「はい、立木と申します。こちらこそよろしく」

 哲也も真似をしてみたが、ぎこちない動きになってしまい、亜依のように様になってはくれない。

「しばらく留守にしていたの。一週間の出張があったから」

「そうでしたか」

 座卓の上には土産とおぼしき手提げが置かれており、その横には、食べかけのバームクーヘンの乗った皿がある。

「よろしかったらどうぞ」

 亜依が勧める。

「はい、じゃあ」

 皿に手を伸ばしていく哲也。

 ペシッ

 すかさず亜依がその手の甲をはたいた。

「てっ」

 驚いて手をひっこめる哲也。

「それはあたしの」

「すみません」

「新しいものを出していいから」

 そう言って手提げを指さす亜依。

「は、はい」

 哲也が立ち上がって台所へ入っていく。うれしそうだ。

「バームクーヘン、好きなの?」

「はい」

 ホークと皿を手に、笑顔で戻ってきた。

「いただきます」

 ホークに刺したバームクーヘンを、大きく開けた口へと持っていった。

「ちょっと待って」

「は?」

 開けた口の形そのままで、疑問符を亜依に投げかけた。

「お茶いれてくれる? ご馳走するんだから、それくらいはお願いできるわよね」

「は、はい」

「冷たいのがいいな。冷蔵庫にペットボトルが入っているからそれを使って」

「勝手に、いいんですかね?」

「あたしのだから大丈夫。さっき入れておいたの、もう冷えてるころでしょ」

「そうでしたか」

 お茶とグラスを持って戻ってくる哲也。改めてバームクーヘンを口に運んだ。

「うーん、幸せです」

「そう」

「うち、バースデーケーキはバームクーヘンだったんですよ」

「ふーん、変わってるね」

「真ん中にろうそくを立てれば、垂れたロウがつくことがないとかいって」

「刺すんじゃないんだ」

「ええ、立てていました」

「ふーん」

「亜依さんのところは?」

「うちはかき氷」

「は?」

「8月31日なのよ、私の誕生日がね」

「真夏ですね」

「そう。暑いから、ろうそくは使いたくないでしょ」

「そうですね」

「代わりにストローを立てていたなあ」

「それも変わってますよ」

「そうかしら」


 第七章 前に通っていた店

(さあ、どうする)

 哲也が自宅の冷蔵庫の前で考えこんでいる。連日大量に買ってきた魚で冷凍庫がいっぱいになってしまっているのだ。

(そうだ)

 友人に電話をして相談することにした。

「魚屋時代の冷凍庫は、まだそこに残してあるのかい?」

「ああ。自宅用に一台だけだけどね」

「よかったー。すまないが、そいつを使わせて欲しいんだけど」

「ああ、そりゃかまわないよ。業務用だから、まだまだ余裕で入れられる」

「ありがとう、助かるよ」

「いいってことよ」

「で、サーフショップのほうはどうなっているんだい?」

「けっこー大変だ」

「どう大変なんだよ」

「お客が来ない」

「内陸だからなあ。それは予想していたんだろ」

「予想以上だ、魚屋にもどろーかな」

「ダメだ。弱音を吐くにはまだ早いだろ」

「俺には長くやっていたように感じるんだがなあ」

「歯を食いしばれ。三年は辛抱しろと昔からいうだろ」

(三年以内にこっちの件は決着をつけよう)

「昔の人は我慢強かったんだろ。俺にはそんなに長い辛抱は無理だよ」

「おまえにも昔の人の血が入っているんだ。大丈夫、頑張れ」

(もしも三年で決着がつかなかったら、あいつにはもう一年辛抱させよう)

「ところで親友、良い魚屋を紹介してくれてありがとう」

「え? ごく普通の店だろ、小ぢんまりした感じの」

「とにかくありがとう、サーフショップ頑張ってな、応援しているぞ」

「だったら一回くらい様子を観に来いよ」

「くれぐれも、魚屋にもどりたいなんて言うんじゃないぞ」


 第八章 将棋

「哲也さん、いっちょやろうよ」

 居間で足の爪を切っていたおやじが、哲也を誘う。

「いいでしょう。でも昨日のように、あんなに簡単に勝たせやしませんからね」

 台所で洗い物をしている哲也がそう返した。

「ほおーっ、一晩寝たら強くなっていたとでもいうのかい?」

 押し入れから将棋盤を出してくる。布巾で手をぬぐいながら哲也が居間へと入ってきた。

「お、もういいのかい?」

「洗い物の続きは後でやることにします」

「そうそう。将棋はすぐに終わるからな」

「おやおや、自分が簡単に勝ってしまう、そう聞こえましたよ。言ってくれますねえ」

 畳の上に向き合って座る二人。

「うーん」

 座卓でうつ伏せになっていた亜依が、居眠りから目覚めて伸びをする。

「へー、哲也さんも、将棋をやるんだ」

 亜依が頬杖をついた状態になって尋ねる。

「まだ始めたばかりなんですけどね」

「ふーん」

「やりたいなーとはずーっと思っていたんですけど、なかなか機会がなくて。この歳になっちゃった」

「新しいものに挑戦するのは、いくつになってもいいことだよ」

 駒を並べながらおやじがそうつぶやく。

「そうなんだろうけど、イマドキの若者が将棋を?・・・普通はゲームでしょ」

 亜依が言う。

「将棋もゲームですよ」

「まあ、それはそうだけどさ・・・」

 たいくつそうな表情でつぶやく亜依。

「昨日は飛車角抜きでも勝負にならなかったからな。今日は金も抜こうか」

 おやじが哲也に提案する。

「え? いいんですか?」

「ああ。あんまり一方的な展開になったんじゃあ、たとえ勝ったとしても楽しくないからな」

「接戦になった方が将棋が面白くなると」

「ま、そういうこと」

「いまのところ、おじさんの全戦全勝ですものね」

 亜依の目が大きく開いた。

「なに? あんた、守おじさんのへぼ将棋よりも弱いの? うそでしょ」

「何を言うんです、おやじさんは強いですよ」

「弱い弱い。私、何年もおじさんには負けたことないもの」

「えーっ! 亜依さん、すごいじゃないですか!」

 首を横に振る亜依。

「私は小学生の弟に教わっただけの素人。おじさんには負けないけれど、強い部類には入らない」

「いやいや、おじさんに勝つんだったら、姉弟ともに将棋の天才ですよ」

「おべんちゃらはやめなさい!」

「は? おべんちゃら?」

「しらばっくれるの?」

 亜依が立ち膝になって、

 バン!

 テーブルをおもいっきりひっぱたく。

 ひっ

 男二人が肩を縮ませて、上目づかいで亜依の顔を見る。

「こら、哲也!」

「は、はい」

「あんたさあ、勝負事でわざと負けるんじゃないわよ。おじさんに対して失礼でしょ!」

「僕、本気で向かっていっているんですけど」

「嘘おっしゃい。本気でやっているのなら、おじさんなんかに負けるわけがないんだから!」

「負けちゃうんですよ。悔しいけど負けちゃうの。仕方ないでしょ」

「まだ言うか!」

「失礼なのは亜依さんの方ですよ。僕は正々堂々と真剣勝負をしているんですからね。そりゃあ始める前は、万が一にも勝ちそうになったら手を抜いてやろう、そんな身の程知らずな考えも頭をよぎっていましたよ。でも、そんな必要はなかった。だって、おじさんは将棋が強いんだもの」

「どこのおじさんのことを言っているのかな? 聞くのが怖いけど聞いてみようかな? 哲也さん、私にそのおじさんってどこの誰のことだか教えてくれる?」

「もちろん、このおじさんです!」

「はああああ? あのねえ、この人はねえ、こっちがわざと負けるのが難しいくらい下手くそなのよ」

「違う、そんなはずない」

「あなたが手を抜いているだけでしょ」

「抜いてなんかいないって」

「だって、これ以上のへたくそ、世の中にいやしないわよ」

「そんなに悪く言わないでください」

「本当なんだもの、しかたないでしょ」

「それほどのへたくそに負けたとなったら、本気で向かって行っているこの僕の方が情けなくなっちゃいます」

「誰が何と言おうと、おじさんが弱いという事実は曲げられないの!」

「あ、ひょっとして」

 何か思いついたようで、哲也が亜依を遮る。

「なによ」

「おじさんが弱かったのは、それはきっと過去のことなんですよ、今は強くなっているということなんじゃないですかね」

「往生際が悪いわね。よし、私が試してあげる。おじさん、私の挑戦を受けてみる?」

「うん、やろうやろう」

 守と亜依が将棋対決することになった。

「手加減しないぞ」

 守が意気込む。

「はいはい」

 亜依が聞き流して対局が始まった。

 ・・・ ・・・ ・・・

「亜依ちゃん、また腕を上げたね」

「将棋を指すのは久しぶりよ、はい王手」

「待った」

「ダメ」

「褒めてあげたんだから、待ってくれてもいいじゃないか」

「しょうがないなあ」

 一度は待ったをしてあげたものの、それはほんの一時しのぎにしかすぎず、あっさりと亜依が勝ってしまった。

「これでも、あなたは手を抜いてなかったと言い張るの?」

 哲也を追い詰めていく亜依。

「う・・・うん」

「・・・ひょっとして、あなたって駒の動かし方をよく知らないとか?」

「そんなことはありません。ちゃんとおじさんに教わりましたから」

「念のために確認するけど、金が横に行けるというのは?」

「それは常識でしょ」

「銀が斜め下に進めちゃうってことは?」

「もちろん知っています」

「飛車と角の動かし方は」?

 守と哲也が二人して将棋盤の上で実際にやってみせた。いつの間にか二対一で対峙する形になっている。

「おかしいなあ、駒のことはちゃんと解っているようね」

「バカにするない」

「あなたよりもおじさんの方が強いということ、本当なのかもね、わたしが間違っていたのかしら。ごめんなさい」

 頭を下げる亜依。

「解ってくれりゃあいいんです」

「亜依ちゃん、これで気が済んだかい?」

 守がやさしく声をかけた。

「うん」

 小さくうなずくが、亜依の本意ではない様子だ。

「じゃあ哲也さん、名人戦を始めるとしようかね」

「はい、いざ勝負!」


 第九章 将棋の続き

 休日の昼過ぎ、海野家の居間。畳の上に置かれたお盆に、お茶の2リットル入りペットボトルと、鉄火巻の皿が乗せられている。傍らには、腕組みをして盤上を見つめる守と、その盤を挟んだ反対側には鉄火巻を口に放り込んでいく哲也がいる。咀嚼しおえてから哲也がつぶやいた。

「待った」

「待つのはいいが、この窮地から逃れる策がはたしてあるのかねえ」

 鉄火巻に手を伸ばす守。今日は食事休憩の時間を惜しんでの将棋対局、世紀の十番勝負の真っ最中なのである。

「忘れてもらっちゃ困るなあ。不可能を可能にしてしまうのが僕なんですよ」

「序盤に優勢だと見せかけておいて、あっさりと逆転負けをくらうのが哲也さんの持ち味だったね。だが今回は劣勢の場面が序盤からずーっと続いているよ」

「少し静かにしてもらえませんかねえ。思考の邪魔をするのは将棋指しのマナーに反しますよ」

「いいのかい? そんなことを言っても。逃げ道を教えてあげようと思ったのになあ。しゃべるなというなら、助けてあげられなくなっちゃうなあ」

 守が言いながらペットボトルに手を伸ばしたところに、亜依が姿を見せた。

「こんにちは」

「やあ」

「どうも」

 対局を覗き込んでびっくり。

「ちょっとちょっと、二歩があるじゃない」

「ん?」

 守が盤に顔を近付ける。

「しかも三か所も」

「え?」

「あ、ほんとだ」

 哲也も気付いた。

「二人してわからなかったの?」

「ははは」

「盤は広いからねえ。ちっとも気付かなかったなあ」

「おかしなことはそれだけじゃない」

「ん?」

「ん?」

「なんで飛車が四枚も並んでいるのよ」

「亜依ちゃん、これはこれでかまわないんだよ」

「実は角も四枚使ってやっているんです」

「そんな将棋、聞いたことない」

「金の裏には銀と書かれているんだ。好きな方になれるっていう寸法さ」

 守が駒を手に取って亜依に見せる。

「あきれた」

「他にも特別ルールがあるんです」

「待ったは五回まであり」

「まあ、やっているふたりの自由だけどね」

「王手」

 守はすでに対局に戻っている。

「それでは飛車をいただくとしましょうかね」

「ちょっと、王が逃げなきゃ終わっちゃうでしょ」

「ご心配なく。大丈夫なんです」

「もう一枚あるんだもんな」

「はあ?」

「そう、じつは王を二枚ずつ持っているんです」

「めちゃくちゃじゃない。なにが十番勝負よ、えらそうに。恥ずかしくないの?」

「全然」

「楽しいですよー」

「盤が手狭になって来たんで、マス目の数を増やそうかというアイデアもでてきているんだ」

「さっきは広いって言ってた」

「そうだっけ」

「よそでは通用しないわよ」

「あっ、鉄火巻が終わっちゃっているね」

「休憩がてら、何本かこさえてきましょうか」

 哲也が立ち上がる。

「わたしの分もお願いね」

「ええ、まかせてください」

 言いながら哲也が台所に入って行った。


 第十章 釣り

「哲也さんは、釣りをやったことはあるのかい?」

 将棋を終えて片づけをしながら守が尋ねた。

「金魚すくいくらいのものですかね」

「おいおい、金魚すくいを釣りのうちに入れてほしくはないなあ、あれは釣りとは別物だよ」

「魚を獲るという点ではおんなじなのでは? あ、いえ、なんでもありません」

「金魚すくいっていうのは、魚が丸見えだろ」

「まあ、そうですね」

「ところがどうだい、釣りの場合は魚の姿は見えていないときている。その見えない相手との熱い戦い、これが釣りなんだな。男のロマンが入っているんだよ」

「針を餌の中に隠して戦うのが、男のロマンといえるのかなあ、あ、いえ、そうですね」

「わかってくれるか」

「はあ、まあなんというか・・・魚の方は武器を持っていなくて人間の方が一方的に・・・いえ、はい」

「今度の休み、釣りに付き合わないか?」

「休日に釣りを? 毎日魚を見ているっていうのに、まだ足りないんですか?」

「趣味を悪く言わないでほしいなあ」

「一般的には広く楽しまれている趣味でしょうけど、おやじさんは魚屋でしょ」

「趣味は別物だよ」

「はあ」

「やってみる気はあるの? ないの?」

「海釣りですか?」

「いや、いきなりそいつは無理だろう。まずは近所の釣り堀からスタートだな」

「釣り堀がこの辺にあるんですか」

「ああ、商店街の突き当りにね」

「へえー」

「将棋では俺の独り勝ちだからさ、ひとつ、将棋以外のことで勝負をしてみようよ」

「はあ・・・」

 釣りというものは、金魚すくいのように自分のペースでできる遊びではない。魚の食いつきしだいの根競べだ。何時間もの間じーっと座っているので、お尻がしびれてしまいそうだし、なによりも、若い自分ではなく、おじさんたちの趣味の範疇だというイメージが哲也にはあった。

「気が進まないようなら、希実と行くからいいんだけど」

 娘の名前をだされると弱い。

「名誉挽回のチャンスをくださってありがとうございます。お供させてください!」

 と、頭を下げる哲也。

 ・・・ ・・・ ・・・

 遠出をした先で運悪く悪天候にみまわれてしまったというのであればまだしも、ここは街中の釣り堀なのである。行きたいと思えばいつでも行けるさ、そんな考えの近所の人たちが客層となっている場所だ。大雨の降っているこんな日にわざわざやってこようという客は他にはいなかった。広い生け簀を前に、座っているのはふたりだけである。餌の入った皿を挟んで合羽を着こんだ男二人が横並びで竿をたらそうというのだ。

「先ずは餌の付け方からだな」

「よろしくお願いします」

「いいかい、このみみずを使うんだ」

「うげ」

「なんだ、苦手なのか? うちの娘なんか平気でいじってるぞ」

「がんばってみます」

 守の手からみみずを奪い取った。

(男のくせにみみずひとつ触れない奴だったと希実に報告されてはたまらない)

 気持ち悪いなどとは言っていられなくなってしまった。見よう見まねで餌を針先につける。

「ふうー」

「うん、まあまあの出来具合だな、いいだろう」

 次はウキの見方である。守の後ろから肩越しに顔をのぞかせて、説明に耳を傾ける哲也。

 その場に亜依が通りかかった。広い生け簀を挟んで二人と向き合う形で金網越しに様子を覗う。遠めなので、ふたりが交わす話し声は亜依には聞こえてこない。聞き耳をたててみても、強い雨音がそれを邪魔している。釣りをよく知らない人間からすれば、哲也が守にくっつきにいっているとしか映らなかった。

「あいつったら、ひょっとしておじさんのことを・・・」

 亜依は困った表情を作ったが、所用をたすためにその場から立ち去っていった。

 ・・・ ・・・ ・・・

「おやじさん、そろそろ帰りませんか? 凍えちゃいますよ」

「今帰ったら、魚に笑われちまう」

「笑われてもいいから、温まりたいです」

 すでに釣りを始めてから二時間経っている。釣果は二人合わせてゼロ匹なのだ。

「寒いけれど、我慢も釣りの楽しみの内だぞ」

「楽しくないんですけど」

「楽しくなければ意地をだせ、一匹釣るまで俺は帰らないぞ」

「釣るどころかウキも動きやしないんですよ。ここの釣り堀、本当に魚はいるんですかねえ」

「魚のいない釣り堀なんて聞いたことないぞ」

「濁った水でごまかしているのかも」

「釣っているのを、何度も見ているよ」

「え? 見ている?」

「・・・」

「じゃあ、昨日全部釣られてしまったとかっていうことは?」

「この町内の釣り人に、そんな名人はいないよ」

「あーあ、いっそのこと、透き通った水にしてくれて、魚がいるという証拠を見せて欲しいものだなあ」

「それじゃあ金魚すくいになっちゃうだろ」

 突然守のウキが沈んだ。

「おっ」

「どうしました?」

「いるという証拠がかかってくれた」

 糸が張り、竿がしなる。

「おめでとうございます」

「見ているだけでなく、あげるのを手伝ってくれ」

「何をすればいいんですか? 生け簀に飛び込んで魚を捕まえろとでも?」

「違う、網だよ、あそこにあるだろ。あれを使うんだ」

 守が指し示したところから網を急ぎ持ってくる哲也。

「これですくうんですね」

「そうだ、頼む」

「それだったら、最初からこれで生け簀をかき回していればよかったじゃないですか」

「そういうもんじゃないんだ。それじゃあ魚との戦いにならんだろ。魚と俺との知恵比べをしに来ているんだからな」

「一匹釣るのにこんなにかかっているんじゃあ、魚と大差ない知恵ですね、いえ、なんでもありません」

「つべこべ言っていないで、とっとと」

「はいはい。こうですか?」

 網で魚をすくって守の足元に持ってきた。

「やったー、ついに釣れたぞー」

(これで帰してもらえる)

 抱き合って喜ぶ二人。

 この場面に所用を終えた亜依がまた通りかかった。難しい表情で金網越しに様子を観ている。

「うまくすくってくれたね」

「すくうのは得意ですから」

「助かったよ、ありがとう」

「結局最後は金魚すくいと一緒になっちゃいましたね、いや、なんでもありません」

 守が涙ぐんでいる。

「哲也の奴、おじさんをいったいどうしようっていうのかしら」

 亜依がつぶやいた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 帰り道、雨脚が一層強くなってきた。

「こりゃたまらん、急ごう」

 守に急かされて足のつま先にグッと力を入れた。とたんに靴が滑ってバランスを崩した哲也、地面に手をついた拍子に右の手首をひねってしまった。

「いててて」

「大丈夫か?」

「捻挫です、やっちゃいました」

「冷やした方がいいだろう。氷が必要だな」

 コンビニ店の前に哲也を残して、守が氷を調達してきた。雨脚は弱まりそうにないので、そのまま店の前で雨宿りをすることにした。氷の入った袋をタオルで患部に巻きつける。

「とりあえず釣果があったんだ。祝杯をあげるとしよう」

 守がワンカップを二つ持ってニコニコしている。

「氷のついでに買ってきちゃった」

 受け取ろうにも、哲也は手首がしびれていてワンカップを持つことが出来ない。

「すみません」

 守が蓋を開けて哲也の口に持って行ったところに、

「こんばんは」

 亜依が二人の前を通り過ぎていく。

「左手は怪我をしてないんでしょ」

 言いながらコンビニの中に入って行った。

「あ」

「そうだった」

 守が哲也の左手にワンカップを手渡す。

「どうも」

「じゃあ、改めてかんぱーい」


 第十一章 看病

「具合はどうですか?」

「汗も出て来たことだし、なーに、寝ていりゃ治るさ」

 先日の釣りで雨に打たれたせいか、守が熱をだして寝込んでしまったのだ。亜依と哲也が見舞にやってきがてら、看病にあたっている。

 寝汗をかいている守に亜依が、

「おじさん、着替える?」

「ありがとう。でも、布団から出ると寒くなりそうだから、まだこのままでいいや」

 哲也が熱を計ろうと、自分の顔を守のおでこに近付けていく。

(この男、おじさんの布団の中に入っていこうっていうんじゃないだろうか・・・)

 亜依はそばにいて気が気でない。

「かあちゃんと希実には店をやってもらっているのは、この部屋にいて風邪をうつしちゃいけないからなんだよ。亜依ちゃんと哲也さんもここから出た方がいいよ」

「でも・・・」


 一方店では、

「うつされちゃたまらないものね」

「うん、ずっとこっちに居よう」

「看病しなくても、寝てりゃ治るわよ」

「いつもそうだもんね」

 母娘でこんな会話がやりとりがなされていた。


 すーすー

 守が寝息をたてはじめた。

「眠っちゃいましたね」

 そう言った哲也と、亜依の視線が合った。亜依が意を決して哲也の方へ自分の顔を近付けていき、

「あんた、おじさんのこと、好きなんでしょ」

 耳元でそうささやく。びっくりしてのけぞる哲也。話の内容に驚いたのではない。女の子の顔が自分のすぐそばに寄って来たからだ。

 カチャン

 身を引いた拍子に、水の入ったコップを倒してしまった。

「あっ、まずい」

 守のおでこから急ぎタオルをとって畳を拭く。お盆の上で絞ってから、おでこへと戻した。

「おじさんのこと、どうなのよ」

 亜依の追及が続く。

「え?」

「そうなんでしょ」

「は?」

「ふたりで一緒にいることが多いもん」

「まあ・・・」

「そうなんでしょ」

「嫌いではないですけど」

「やっぱりね」

(他に言いようが思いつかない。好きというのも変だし、嫌いではないのは本当だ。でも、なんでこんなことを訊くんだろう)

「たぶん、男の友情だと思います」

「友情?」

(友情という言葉でごまかそうとしている。色仕掛けを試して化けの皮をはがしてやろう)

 亜依が着ているつなぎのズボン部分、中程のところをつまんで自分の脚をちらっと見せてみる。

「うわ」

 後ろに飛びのいた拍子に、守の上に乗りかかってしまった。

 どさ

「ぐえ」

 つなぎをもっと上げて見せる亜依。

「辞めなさいって」

 哲也が守の布団を引っぺがして亜依の脚に向かって投げた。

「はしたないでしょ」

(女子の脚を見たくないとは・・・間違いない、この男は女子に興味がない)

「あのね、おじさんは結婚してるのよ」

「知ってますよ」

「あのー、布団がないと寒いんですけど」

 守が口をはさんでくる。

「おじさんはちょっと黙ってて」

「俺は病人なんだぞ! だれかー、二人をこの部屋から連れ出してくれー」

 守が悲鳴をあげる。

 二人がそろって守に顔を向けた。

「せっかく看病してあげてるのに」

「おとなしく寝ていてください」


 第十二章 洗い物

 静子が台所のテーブルで手のひらに顎をのせ、立て肘をして座っている。

「どうかしましたか?」

 食器の乗ったお盆を手にして台所に入ってきた哲也が、心配そうに声をかけた。

「ちょっと悩み事があってね・・・ふうー」

「僕でよければ聞きましょうか?」

 テーブルにお盆を置いて静子の前に座った。

「娘が洗い物の手伝いをしてくれないのよねー。まあ、いつもの事なんだけど・・・」

「はあ」

「これまでは平気だったんだけど、私も年のせいだか何だか、しんどく感じることもでてきてね」

「なるほど」

「たまには楽をさせてもらいたいなあって思ったりするのよ・・・なんとかならないものかしらねえ」

「なんだ、それだったら僕がやりますよ」

「あらそうお? わるいわね」

 腕まくりをして早速取り掛かった。

「洗い物、楽しいなー」

 大きな声で歌いながら、手を動かしていく。

「るんるん、ふふふーん」

「料理って、かたづけとセットになっているものなのよね。両方のバランスが取れて初めて一人前。哲也さん、あなたは家事全般お好きかしら?」

「もちろんですよ、三度の飯より好きなんです」 

「たのもしいわあ」


 第十三章 庭の草むしり

 休日の午後、静子が台所でテーブルの上に上半身を投げ出してうつぶせている。

「どうかしましたか?」

 洗い物を終えた哲也が尋ねる。

「庭の草むしりをしなければと思っているんだけど、いざ始めようとなるとこれがなかなか・・・考えただけで気が滅入ってしまって」

「そうでしたか」

 頷く哲也。

「旦那はなぜか風邪をこじらせて寝込んだままだし、子供は女の子でしょ」

「ええ」

「か弱い女性のあたしが身体にムチ打ってやるしかないのかな」

「・・・」

「あーあ、息子がいたらよかったなー、なんて思ったりするのよね」

 静子のこの言葉に哲也が反応する。

「僕がやりましょう!」

「あら、そうお? なんだかわるいわね」

「いいええ」

「助かるわ」

「今すぐやりますよ! 庭はどこなんですか? どうやって行けばいいんでしょう? 道具は?」

 哲也が腕まくりをしながら準備運動まで始めた。

「玄関を出たところがすぐ庭だから」

「玄関・・・?」

「あそこよ」

 と、静子が指し示す。

「階段を降りたところに、カーテンがかかっているでしょ」

「はい。・・・そういえば、僕、玄関から入ってきたことがなかったなあ」

「玄関はお客様用だからね」

「おっと、僕は招かれざる客だったのか・・・」

 落ち込んでいく哲也。

「違うわよ。あなたはお客ではなくて、家族同様の存在じゃないの」

「そうなんですかあ」

 デレデレ顔になって頭を掻く哲也。

「でね、庭の隅に物置があるから、その中にある道具を使ってやってちょうだい」

「はい!」

 哲也が出ていくと、静子はテレビの電源を入れた。音を小さくしてテーブルに立て肘をして眺める。

「こういった時間を持てるのって、ほんと幸せねえ」

 煎餅の入った菓子皿に手を伸ばす。

「なんだか本当に息子が欲しくなってきちゃった」

「奥さーん」

 哲也の呼ぶ声が庭から聞こえた。

「はーい」

「花とか草とか、いろいろあって、どれを抜いてどれを残していいものやら、分からないんですけど」

「なにひとつ植えた覚えはないから、全部ひっこ抜いちゃって構わないわ」

「わっかりましたー」

 軍手をした手に鎌を握り、慣れない手つきで作業を始める。

「おっ」

 哲也が目を輝かせた。

「四つ葉のクローバーだ!」

 そこに亜依が通りかかった。

「どうしたの?」

「あっ、亜依さん。庭の手入れをしていて、四つ葉のクローバーを見つけたんですよ」

「へー、やったじゃない」

「寝込んでいるおじさんのところに持って行ってあげようと思うんです」

(またおじさんか)

「庭いじり、手伝おっか?」

「いいんですか? 助かります」

 柵を乗り越えて亜依が入ってきた。哲也が物置から新しい軍手と鎌を持ってくる。

「これ使ってください」

「ありがと」

「手入れを始めたはいいんですけど、結構広くて」

「そう」

「それにしゃがんでやるのもしんどいし」

「そう」

「根が張っているから力も使うんですよね」

「そう」

 しばらく経って、哲也が辺りを見渡す。作業の進行具合を確認するためだ。

「ちょっと亜依さん、亜依さんのまわり、全然変化ないじゃないですか」

「私、基本花しか摘まないから」

「はあ?」

「さ、これを持って帰って、うちで飾ろっと」

 手に一杯花を抱えて器用に柵をまたいでいく。

「葉っぱと根っ子の方はお願いねー」

(あーあ、行っちゃった・・・)


 第十四章 風呂掃除

 その日の夕方、希実からの電話に静子が出た。

「遅くなってごめん。今駅に着いたところだから。あと十分で帰るね」

 台所から廊下に急いで移動して、小声で話を続ける静子。

「もうちょっと遅く帰ってきなさい」

「なんでよ」

「いいから」

「どれくらい」

「30分」

「そんなに? どうやって時間をつぶせっていうのよ?」

「買い物してきてちょうだい」

「買い物? なにを?」

「そうねえ・・・じゃあ、シャンプーをお願い」

「どこで?」

「マルマル屋でいいわよ」

「うちとは方向が逆じゃないの」

「時間をつぶすためなんだから、その方がいいのよ」

「わかった。これ、貸しにしておくからね」

 ここまでが小声。台所には耳がダンボになっている哲也がいるのだ。

「じゃ、気をつけてね」

 声を大きくして会話を終えた。

「希実、あと一時間で帰ってくるって」

 背中を向けてテーブルを拭く振りをしていた哲也が静子を振り返る。

「そうですか」

「あの子が帰ってくるまでに、お風呂の掃除をしておこうかしら」

「どうぞ、僕にはおかまいなく」

「あっ」

 ふらつきながらテーブルに両手をつく静子。

「奥さん、どうしました」

「ちょっと立ちくらみが・・・働き過ぎかしらねえ・・・でもそんなことは言っていられない、お風呂の掃除をしなければ・・・」

「風呂掃除だったら僕がやりますから。ここで休んでいてください」

「そうお?」

「ちょうど外堀掃除、いえ風呂掃除をしたいなーと、そんな気分になっていたところなんですよ」

(何を言っているんだろう、俺は、はは)

「すまないわねー」

「いいええ」

「こんな男性が娘のお婿さんになってくれたらいいんだけどなー」

 顔を赤らめてうろたえる哲也。静子はその反応を見てお腹の中で笑いころげている。この静子が一番世渡り上手なのかもしれない。

 通っているうちに、いつの間にか哲也は海野家の家事担当者になってしまった。


 十五章 二階の掃除を頼まれる

 海野家の二階には部屋が三つある。一つは押し入れ代わりに使っている部屋。ドアは開けっ放しになっていて、バッグや風呂敷包みが積んであるのが見える。一つはドアにピンク色のぬいぐるみがぶら下げられている希実の部屋。そして残る一つが夫婦の部屋だ。

 希実の部屋の前にたたずむ哲也。

(ここが希実さんの部屋かあ)

 ドアノブをじっと見つめる。

(いったいどんな部屋なんだろう)

 荷物をバラバラ落としまくっていたことが思い出された。

(相当散らかっているんだろうな)

 本棚は・・・

 机の上は・・・

 腕組みをして考える。


「僕が二階の掃除をしましょうか?」

「お願い、助かるわ」

 先程下の階で静子とそんな会話を交わしてから上へと上がってきた。

(母親に了解されているとはいうものの、いきなり娘の部屋に入っていくのはなあ)

(やっぱりこの部屋の掃除は最後にまわそう。先ずは夫婦の部屋からにするのが無難だな)

 部屋に入っていく哲也。

「さて、どうしたものか・・・」

 自分から進んで引き受けはしたものの、自分の家の掃除もろくに経験がない。やってもせいぜい落ちているゴミを拾ってゴミ箱に捨てるくらいのものだった。

(たしか掃除というものは、上から始めて、最後に埃の落ちた畳を拭いて完了する、どこかでそう聞いたことがあったな)

 早速ハタキを使って掃除を始めたのだが、壁に掛けられた守の服に埃がかかってしまった。

(あー、おやじさんの服に埃が)

 顔を近付けて息を吹きかける。空気で埃を飛ばそうというのだ。

 ふーふうふー

 ふーふうふー


 海野家にやって来た亜依、希実の部屋から雑誌を借りてこようと階段を上がったところで、静子がしゃがんでのぞき見をしている姿に出くわした。

「おばさん」

 ただ事ではないのだろうと、小声で声をかける亜依。

「あ、亜依ちゃん」

 静子が振り返ってやはり小声で応える。

「何やってるの?」

「掃除の様子をスパイしているのよ」

「はあ?」

「二階の掃除をね、哲也さんに頼んでやってもらっているところなの」

「今どこ?」

「私達の部屋」

「それはだめでしょ。赤の他人よ。そんなところにまで入れさせるなんてまずいわよ。それに娘の部屋もあるのよ。通路だけにしておいたほうがいい」

「独身男性がどう出るか、興味があるのよ。ちょっと様子を見てみたくって」

「それを自分の家で実験しようっていうの?」

「まあまあ」

「心配だわ。わたし見てくる」

 部屋を覗き込む亜依。

「あ」

 スーツにひょっとこ口の顔をくっつけている哲也が目に入ってきた。

「・・・たすきの掛け方が違ってるよ」

 呼びかけに哲也が振り返る。

「あ、亜依さん」

「紐は一本でいいの」

 哲也の胸の上下に、二本の紐が巻かれている。解いた二本の紐を一本につなぎなおして、たすき掛けをしてあげた。亜依は祭好きだから、こういうことには詳しいのだ。

「ありがとうございます」

「で、おじさんの服に何をしていたの?」

「埃をつけちゃったんで、落とそうと思って」

「口で?・・・あ、そ」


 第十六章 哲也と希実と八百屋

「こんばんわー」

 哲也が店にやって来た。迎えたのは希実である。

「あれ、おじさんは?」

「留守。町の寄り合いで出かけているの。盆踊りの打ち合わせだって」

 それで希実が店の手伝いをしているのだ。

(これはチャンスだぞ、なにか話しかけなきゃ)

 しかし、そう簡単にすらすらと言葉が出てきてはくれない。若い女子との会話に慣れていないうえに、相手が希実だという緊張もあった。ようするに、あがってしまっているのだ。幸いなことに、助け舟が希実のほうから流されてきた。

「いつも洗い物とか掃除とか、やってくれてありがとう」

 希実は哲也に対して特別の感情を持っていないのだから話しかけるのはへいちゃらなのだ。

「いいえ、どういたしまして。修業の一環ですから。料理教わって、将棋教わって、お世話になりっぱなしで・・・そのお礼にお手伝いをさせてもらっているという部分もありますし」

「こっちにプレッシャーがかかってこなくなって、わたし助かっているの。花嫁修業だからと言って、あれこれ家事を押し付けてこられてうんざりしていたから。そんなに修業をさせたければ、お見合いの話をじゃんじゃん持って来いっていうのよ」

 そこに守が帰ってきた。となりに連れがいる。

「ただいまー」

「あっ、おかえりなさい」

「よう、哲也さん。いらっしゃい」

「おじゃましてます」

「ちょうどよかった、紹介しておこう。こちら八百屋の大ちゃん。大塚大輔」

「初めまして、哲也と申します」

「未来の婿さんかな?」

「いやあ、そんな」

 哲也が答えながら赤くなる。

「うん、魚屋向きの面構えをしているんじゃないかな。なかなかいいよ」

 大輔が社交辞令で哲也をからかう。真に受けた哲也が後頭部をかいた。

「そう遠くはない将来、こんな感じで店に立っているのかな。別の男かもしれんけどな、ははは」

 そう落としてくる八百屋。哲也の表情が瞬時に不機嫌になった。

「いい青年なんだ。俺の将棋の相手をしてくれたり、いろいろ助かっているんだよ」

 守が持ち上げ直す。

「ほお。へぼ将棋の相手をねえ、そりゃ大変だ」

「おいおい、俺達を見下せる立場なのか? 大ちゃん、あんたもそのへぼ将棋仲間の一員だったよなあ」

「いっしょにするのか?」

「おじさんは、うちのお父さんにレベルを合わせてくれていただけだよね」

「そうそう、希実ちゃんは解ってくれているねえ」

「おいおい、お父さんの味方じゃなかったのか? 親を大事にしないと嫁に行けないぞ」

「またそれ、はいはい、どうせずっとこの家にいますよーだ」

「ほらこれだ。うちの娘、貰い手がないからなあ、このままいくと、大ちゃん、あんたんとこの息子にやることになるかもしれん」

「うちはいいや、遠慮しとく」

「どういう意味かな? あんな息子に、うちの娘以外に嫁の来手はないだろう。よそにやってしまってもいいのか?」

「貰い手がいないって言いだしたのはそっちからだろ」

「謙遜して言ったんだよ。本当は、うちの娘は世界一、いや、日本一だ」

「なんで低く変えるんだよ」

「ちょっと言い過ぎだと思ったから」

「日本一だって大分言い過ぎだろうに」

「失礼な」

「ちょっと、あたしをネタになに言っているのよ。そもそも、やるやらないって、あたしは物じゃないんですからね」

 希実も参戦して、いつ終わるともしれない論戦が始まった。


 第十七章 盆踊り

 小学校の校庭に、商店街の人たちが集まりはじめている。中央に組まれたやぐらの前で、守と哲也が立ち話をしていると、突然音楽が流れだし、それに続いて太鼓の音も鳴り始めた。かかっている曲はマイムマイムである。勝手の解らない哲也がオロオロしているうちに、集まっていた人たちが二つの列を形成していく。

「ばか、そっちじゃない」

 守が声を張り上げて哲也に知らせたのだが、時すでに遅し。周りでは二人ずつの組み合わせがすでに完成してしまっている。残っているのは哲也と守だけ。哲也は女性の列の一員になってしまったのだ。守と組むしかない。

「しょーがねーなー」

「すみません」

 嫌ではあったが、すでに踊りが始まっている、代わってくれる人も見当たらない。

(一曲終わったら、そのときに何とかしよう)

 ところがかけられている曲がエンドレステープによるもので、終わってくれないのである。次から次へと変わっていく相手からことごとくいやあな顔をされ、居心地の悪いことこの上ない。

(いつまでこの生き地獄が続くのだろう)

 一周してまた守との組みあわせが回ってきた。やぐらの上で太鼓をたたいていた亜依の目にそれがとまった。

「あいつ、こんなところでもおじさんをたぶらかしているのか」

 スコーン

 亜依の投げつけたバチが、哲也の頭に当たった。

 ツー

 後頭部を抱えてしゃがみこむ哲也。

「太鼓変わって」

 他の子に残りのバチを手渡した亜依が、やぐらから飛び降りた。二人のもとへと駆け寄って行き、哲也をどんと列から押し出す。

「なにすんだよ」

「こっちは女子の列!」

「わかってますよ」

「あんたは女? それとも男?」

「男ですけど」

「じゃあそっちに居なさい」

「あ・・・ああはい」

(やったー、次は女子と組めるぞ)

「わかった?」

「はい、わかりました」

(亜依さんって、優しいなあ。これはお礼を言わなきゃいけないところだな)

「あのー」

 踊りは続いているので、亜依はすでに離れた位置に移動していた。

「おーい」

 踊りの輪の外には、亜依が入ったおかげではじき出された守が手持ちぶさたで立っている。

「やれやれ、俺は太鼓でも叩くとするかな」


 第十八章 買い物

 ゴロゴロゴロ

 哲也がカートを転がして商店街を進んで行く。カートは、希実が小さいころに乗っていた乳母車を改良したものである。守の素人仕事なので仕上がり具合は決してきれいだとはいえないが、前と左右に店の名前を入れたベニヤ板を張り付けて、ぼろ隠しを施してある。堂々と使って良いはずなのだが、なぜか気はずかしい代物だ。

 商店街を回遊している理由、それは海野家の買い物である。また一つ、こんどは買い物係という役割を仰せつかったのだ。肉は肉屋、野菜は八百屋へと買い出しに立ち寄る。それからおでん、惣菜、豆腐と、商店街を一回りすると、あらかたのものを揃えることが出来た。不慣れな土地なので、人に尋ねながら、店を探し探し進んで行き、買い物メモにある品をひとつひとつ入手していく。

「よっ、若旦那!」

 道すがら、そうひやかされることも多々ある。

(完全に主夫状態だよなー、これは)

「後で受け取りに行くから、あじを開いといておくれよ。五枚頼む」

 こういった御用聞きも兼ねている。

「わかりました」

 気にかかっていることがある。自分が通りかかると、こそこそと内緒話をはじめる人たちがいることだ。話の内容は聞こえてこないのだが、あきらかに話題は自分のこと。会話しながら哲也に向けられている視線がそう語っている。

 哲也が守のことをねらっている、との噂が商店街で立っていることを、哲也は知らない。

(魚屋の婿さんにぴったりだ、とかなんとか言っていたりして・・・へへへ)

(働き者で感心だ、とかいって・・・ふふふ)

 自分に都合の良いことばかりを想像してニヤニヤしている。

(海野家のご両親とも仲良くなったし、商店街の人たちともうまくいっているしで、いつの間にか外堀が埋まっていっているなあ。いい感じだよなあ)

 自分と希実本人との間では何ひとつ始まっていないこと、希実の親友、亜依からは強い敵対心を持たれていること、そのあたりのことは考えから抜け落ちてしまっているようだ。

(よーし、商店街の次は、町内の人たちと仲良くなろうかなあ。外堀をしっかりと埋めていかなければな。そうだ、さっそく明日から道の掃き掃除を始めるとしようか)

 哲也の立てた作戦は順調に進行している。しかし、肝心の内堀はというと、どんどん遠くなっていくばかりであった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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