6、ビフォーアフター
二人の意志は固まったが一面、海。
どんな方法で物語を修正するにしても舞台がなくては始まらない。そこでエンは同じ轍を踏まないようアリスに細かく効果を説明させた上で複数のスキルを習得し、空を飛びながら大地震を発生させた。生命体がいないからこそ可能な荒業で大地が完成していく。
生前の名残が強いアリスは午後九時には就寝したが、エンは時間など関係無く黙々と作業をこなす。桁違いのステータスのおかげで無尽蔵の体力があろうと精神は疲弊していくのだが、一秒たりとも休憩は取らない。真面目よりも狂気の二文字が似合う仕事ぶりだ。
翌日アリスが目を覚ませば、エンは広大な草原の上で大の字になって眠っていた。
「ふむ~まつ毛長ーい」
同居していても見たことがなかった寝顔に興味津津な子供。
不穏な気配を感じて短時間の仮眠から起床する大人。
神話に並ぶ作業を通して体の異常を把握していたエンは早朝からアリスの尋問を始め、アリスも気付いていなかった桁の間違いが発覚した。
剣士の退場した原因が判明してアリスには雷が落ち、かと言って二人の間に気まずい空気が流れたりもせず二日目の平地作業や魔法による植林は順調に済んだ。
三日目。二人は細かい部分に入る。
ほぼ作中で触れられない森などは雑に済ませても良いが、作中に具体的な描写がある部分。例えば大陸の形は世界地図などで言及されているため同じにしなくてはならない。
エンはアリスの指示で大地を削り、山や谷を作り……子供の抽象的な指示だけで広範囲を模写する難業が終わる頃には六日目が過ぎようとしていた。
七日目。最重要施設である魔王城の建設
公式HPに貼られていた各巻の表紙画像。その内、四巻で表紙を飾る六魔将の背景に描かれていた魔王城を元に外観を造り、城内に取り掛かることで新たな問題に直面した。
城内は参考になるような挿絵がほとんどなかったのだ。
完璧な城を再現するにはB・B内の全十三冊に外伝数冊を加えた文章から城の情報を余さず抜き出さなくてはいけない。
それは幼いアリスが行うには容易なことではなく、エンは期限に間にあわないことを予感しつつ情報取集を開始させた。
アリスが必死に探す。
B・Bは二人が作業を始めてからというもの結末の後に大陸創世記が綴られ、表紙には本体のタイトルの横に「黒衣のチート創世記(仮)」という別タイトルも並ぶ混沌と化してしまっているが、それらのことに興味が湧かないほどアリスは読み続けて一日が経過した。それでも目を通せたのは三冊分だけだった。
八日目。
アリスが何時もより若干早く起きて昨日の続きを始める。
文字を見失わないように小さな指で追いかけ、ブツブツと読んだ文章を呟き何時もとは違う意味で騒がしい。部屋は適温で維持されているのに額から汗が滴り落ち、疲れてきた目をこすっては本とにらめっこを繰り返す。
この間エンは待つしかなく、空っぽの城内で思案していた。城の再現について別の策も浮かんではいるのだが、それは危険性が高すぎるために実行を口に出来ない。とはいえ、何十時間も助手の背だけを丸めさせていることは耐えがたく、結局は読むのを止めさせた。
「アリス。これ以上は探さなくて良い」
「ええっ良いの? ちょっとはあったんだよ。飾られている石像とか。魔王の椅子とか。もっと見つけられるよ」
「ああ分かっている。お前なら更に発見するだろうし、教えてもらった情報は有効活用させてもらう。だが今は本を置け。手っ取り早い再現方法を閃いた」
嘘だ。
エンが部屋に戻れるのならばスマホでコミック版を購入するなり、B・Bを速読するなど幾らでもやりようはあるものの、異世界にいてはアリスに探してもらう以上の再現方法はない。
だからエンは城を再現しないことにした。
全てが破綻しかねない危険な決断。だが現状、時間の猶予がなく、情報収集に難色が示され、加えてどんなに事細かく教えてもらおうと創造主の思い描いた通りの城内を作り出すのは難しい。
それならば時が進みアリスが落ち込むよりは、一か八か賭けに出た方が依頼の成功率は高いと判断した。とは言え、探偵の仕事とは大きく乖離した試み。
エンはかつてない怯えを胸の内に秘めながら話を続ける。
「外国で暮らしていたお前なら城に行ったことはあるか。私も異世界の城なら何度も見ているが、こういう時は男よりも女の美的感覚の方が良いだろう」
「おしろ? 急にどうしたの? 昔、ノイノイ、ノイースバンフランケンシュタインって城に行ったよ」
「……ノイシュバンシュタイン城のことか?」
「うんうん、そんなの」
「城の感想は?」
「うう~ん。ババーンとビカビカ。ノイノイ城は色が薄いのに濃かったりでね、周りの森とセットで綺麗なの。でもね、中はね、どの部屋もゴテゴテで目がグワーって疲れたから、私はこのエンさんのビミョ~部屋が好き」
「おい。私の部屋は微妙なのか?」
「段ボールより良いよ!」
「段ボールと私の家を比べるな……まぁ良い。ではお前の擬音を参考にやるとするか」
「んえっ?」
アリスが話についていけないままエンは空っぽの城内に向けて様々な魔法を使いだす。
廊下と階段を作りながら歩き、上層階の中心へ決戦の場となる巨大な一室を用意。壁や床を強固な石に変え、天井には幻覚魔法でもって星空を貼り付け特別感も演出。
時々アリスに感想を聞きながら城内の至る所へ植物を這わせ、点々と砕けた石像や黄金の職台を設置し、下から上に流れていく滝といった奇怪な現象も用意する。
登場人物が行かないと予想される場所は何も無い手抜き物件ではあるものの、上辺だけならば及第点といった出来になりエンは作ったばかりの玉座へ腰かけ一息つく。
「ねえねえエンさん。面白いけど良いの? お城を自由に変えたら大変だよ」
「問題無い。外には光る大樹も生えたことだし、この城も封印を解かれ真の姿となった……という解釈が成り立つデザインにしたつもりだ。元の城とは構造が異なっている方が自然だろう」
「ふぅん。エンさん変なの」
「私の計画が成功していれば、もうすぐお前にも意味が分かる。では魔王達を蘇らせるぞ」
「わ~やっとだね。魔王ってどんな魔物かな。悪いから万引きするの? 核ボタンをポチッってしちゃう?」
「盗まん押さん。果たして魔王の復活で物語がどう転ぶか。上手く結末の続きへと繋がれば良いが……」
「エンさん!」
蘇生魔法リザレクションを使おうとしたエンをアリスが止めた。
大きめの声からは緊急性を感じとれ、何か重大なことに気がついたのを察したエンが即座に止まる。
「どうした! 何が起きた!」
「ねむい」
「…………なに?」
「こっち十時。め~しょぼしょぼ」
「もう……そんな時間か」
「シャチョーイスで寝ながたやる? ソファーでねたがらな」
「はぁ。何を言っている。ちゃんと自分のベットで寝ろ。お休み」
「おやすむぅいなさい」
ヒビから金色の光が一瞬射し込み、静かになる。
「基本的に死者は睡眠を必要としないはずだが……やはり死を自覚していないことが…………」
エンがしんみり独り言を呟き、背もたれに全身を預けて目を閉じる。
そのまま休む……かと思いきや目を開き、城の手直しで夜を明かした。
翌日。
アリスが起床し、早速エンはリザレクションを使った。
蘇生対象は大陸にいた重要な登場人物。
魔王。宰相。剣士。
三名が幻想的な光景などを生じさせることもなく淡々と出現していく。天命を捻じ曲げる大それた魔法にしては華がなく拍子抜けしてしまうが、やはり主要人物の復活が物語に与える影響は非常に大きい。
B・Bには溢れんばかりの文字が浮かびだし『了』の文字まで消えたのでアリスがバンザイをした。
「やたっ! やった~エンさん! 消えたよ。了が消えたー! でね文字がブワッとウジャウジャ。創造主さん混乱してるの? 何だか文章にもなってない。とにかく増えてる増えてる」
アリスの反応にエンも胸をなでおろす。だが、それも束の間、復活した三人の様子がおかしいので頭が痛くなった。
葬られた剣士が手足をバタつかせながら言っている。
「だー! だぁだぁ。あだぶぅ。びぃ~」
赤に紫にピンクに蛍光オレンジ。毒々しい色のローブを着た老人は、羽の生えた蛇が巻き付く杖を舐めながら言っている。
「壱四七六九零参七五八四七六零弐」
爛々(らんらん)と輝いた真っ赤な瞳は力強く、背には気高さの象徴のような黒いマント。
身を包む鎧や足元に転がっている両刃の大剣からは黒いモヤが出ており、外見の全てが強者を物語っている初老の男性は渋い声で言っている。
「なたでここ! みーんみんみぃん。ゲッツ!」
どいつもこいつも阿呆である。
「まともなヤツはいないのか!」
見ているこっちまで頭がおかしくなりそうな三人にエンが思わず怒鳴ると、だらしなく足を広げて床に座っていた全員が泣きだした。
揃いも揃って見た目とは正反対の行動をし、百戦錬磨のエンと言えども中年共が目を潤ませ指を咥えるおぞましい姿には戦慄した。
「やっ止めろ。泣くな。上目遣いをするな! アリス! アリスどうなっている!」
「えとリザレクションはこの前の凄いアレと同じ禁じられた魔法でね、誰も使えなくてエンさんしか使ったことなくて、名前しか書いてない」
「要するに作中で使う予定がなく、この有様は創造主の設定が甘かった結果なのか? だから特別な演出も無く簡素に発動したのか……幼児退行、少なくとも知能は低下しているな」
エンが睡眠魔法スリープを使う。
三人の肉体や装備には精神攻撃を無効化する力が備わっているものの、規格外の魔力で作られた強烈な眠気には逆らえなかった。
中年共が母性をかきたてられる安らかな寝顔になる。
「エンさんこれからどうするの。勇者がね。船でこっちに向かってるみたいだよ。来るまで待つの?」
「なに勇者が? そちらはまだ蘇生していないというのに……喜べアリス。創造主は物語の続きに対して前のめりになったぞ。創造主の思い入れが強い登場人物ほど理を超越した奇跡が起きる。いわゆるご都合主義と揶揄されるものだ」
「ふ~ん。良かったねエンさん。じゃあ、もうこっちに帰ってくる?」
「まさか。まだ何も解決していないではないか。勇者は魔王との対決を考えれば大陸内で復活しても良いのに、わざわざ離れた場所に現れた。これを私は、復活した大陸に対して創造主が様子を伺うための遅延だと考える。この舞台を利用してもらうには、もう一押し必要だ。アリス。宰相は魔法が得意ということで間違っていないな」
「そうだよ。魔王の右腕だって。魔王は右腕があるのにね。おかしいね。先代魔王の時からずっとお爺さんで、今の魔王を育てた魔物なの。魔王の娘を助けた時の怪我で歩けなくなっちゃってね。一番の部下だって」
聞きながらエンは頭を整理する。
滅びた世界。理解不能な大樹。変化した城。復活した勇者。強靭な指で床を削りながら予定していた創造主の好みそうな展開を再度確認し、元のまっ平らな床に戻して立ちあがった。
「良し。宰相には裏切り者になってもらう」
「ええぇ~裏切り!? 良い人だよ」
「違う。魔王を利用し壮大な計画を影で進行して大樹まで発生させたが、真実を見抜いた剣士によって倒される小悪党……という感じだ。宰相という役職は悪巧みが似合う」
「良く分かんないよ。いいのいいの?」
「無論だ。この顔を見ろ。己の否を認めないふてぶてしい悪人の顔をしている……と思う。私はな」
エンは眠っている宰相と剣士を脇に抱えると空を飛んだ。