3、異世界へ
「アリスこれで依頼を受けるのは何度目だ」
神が退室して早々エンの説教が始まった。
「あぅ……何回だろ」
「十一回だ。十一回。アクション、ファンタジー、ミステリー、SF。様々な世界を見せてきた。ここの環境にも慣れただろう。そろそろ大人しく出来ないか」
慣れたからこそアリスは異国の挨拶を練習して神に披露し、緊張が解けた反動でお菓子を食べたりしたのだが、堅物には分からない心情らしい。
「だってクッキーはちみつ味だったよ。ここにいるとね、お腹空かないから忘れてたけど、久しぶりに食べたらすぅご~く美味しかった!」
「はぁ。お前は運が良かったのを分かっているのか? 神には気性の荒い方もおられる。たまたま今日は温厚な方だったが、もしも来られたのが東風様だったなら今頃は高熱にうなされているぞ」
「とうふ……マーボ!」
「とうふうだ。発酵食品ではない。私でも読了に時間を要す本の神だ」
「ふ~ん。でもでも、神様はみんな怖くないよ」
「怖いと思った時には遅いからこそ気を付けろ。神の前では人間の幽霊などひとひねりだ」
「なんだ。なら大丈夫だね。私もエンさんも幽霊じゃないもん」
「何を言って…………さっさと依頼にかかるとしよう」
自分の状態を理解していないアリスに見つめられ真実を言い淀んだエンは説教を止めて仕事をすることにした。
机の上に置かれたボタンを手に取り鉄扉に向かう。
アリスも「なんか叱るの終わった。ラッキー」と思いながら後を追う。
「やることは分かっているな」
「フッフ~ンあっでも前から聞きたいことがあったの」
「何だ」
「まんがん勇者――何だっけ? えとクッキー神は本から生まれた、本を書いている人が想像した世界の神様でしょ?」
「そうだ」
「じゃあ何で依頼に来るの? 本の神様ならエンさんにお願いしなくても自分で自分の世界を変えちゃえば良いのに。おかしいな。何でかな」
「アリス。お前は大怪我したら自分の体を手術できるか?」
首が横に振られ、さらさらの金髪が揺れる。
「そういうことだ。神にも自分自身の体はいじれない。異世界は創造主たる人間の描いた世界であるから、変えられるのも創造主のみ。それがルールだ」
「ふ~~ん」
聞いておきながらさして興味のないような返事をするアリスに再び説教をしたくなるエンだったが、長話に引きずり込まれる予感がして何も言わず鉄扉を開ける。
外に広がっている霧にボタンを投げれば、白い空間が草原に姿を変えた。魔眼の勇者は元ニートの物語の世界だ。
鉄扉は違う世界への出入り口。
神の一部を使って物語の中へと繋がり、鉄扉にドアノブがなく内側からしか開けられないのは異世界からの侵入者を防ぐため。もっとも通常この場所まで来れるのは地球では神だけであるし、異世界にはエンの出入りする瞬間しか扉が存在しないのでドアノブがあったとしても侵入されることはない……つまるところドアノブが無いのはエンの完璧を求める性格の産物だ。
創造主の精神とも言うべき異世界にはエンのみ移動が可能で、毎回一緒に入ろうする少女は今回も懲りずに挑戦して見えない壁に阻まれた。
「むうううズルい! エンさんはズルい! 良いな~私も行きたいな~」
頬を膨らませている間にも鉄扉は閉まり、アリスはアリスで自分の仕事に移る。
視線が扉から窓へ。
霧が新たな異世界と切り替わったことで窓の外にも森ではなく草原が広がり、エンの後ろ姿を見ながら今日もかと思う。
「たまには前からが良い」
とアリスは愚痴をこぼし、それをエンは無視した。
窓から見える景色はエンの意思で調整できるが基本的には背中越しの風景しか見せない。自分と同じ方向から見てもらった方が指示を出しやすく、また仕事中まで常に顔を眺められるのは不愉快だからだ。
アリスが膨らませていた頬を更にぷくぅと大きくさせながら一冊の本を手に取る。
それは異世界の出現と同時に社長机に生成される重要な道具。創造主の脳内を綴る深層心書――通称B・Bをめくっていけば元々創造主が物語として考えていた文章に『黒服の男が闇の大陸を進む』と新しくエンの行動が書き足されだした。
こうして探偵は内部から主観的に、少女は外部から客観的に。
内外の両方で異世界に働きかけ、物語を完成に導いていく。
「本の中のエンさんもみっけ」
「良しアリス。ここは何処だ」
「場所はええ~っと、うんと、文字多いよ~」
アリスがソファーに行儀正しく足を揃えて座り大量の文字に目を回す。
エンは急かすし、読めない漢字もあるし、何名かいる登場人物は誰が主人公なのかも分からない。
頭から湯気が出そうなほど見つめ、やっとのことで魔王の城という居場所を特定できる単語を発見した。
「えっとねエンさん。そこは魔王のお城のとっても広いお庭。でもお城はまだまだ遠くだよ」
「了解した。とりあえず私は城を目指すから、お前は情報収集だ」
「うん」
頷いてアリスがスマホを取り出した。ずばり情報収集の方法はネットで検索。
死者が生者の道具を使うのは問題があるので色々と制限されてはいるが、これのお陰でアリスは大変有用なサポートが可能で、エンは小さい居候にため息を吐きつつも頼りにしている。
「ま、が、ん、の……っと」
表示される公式サイト。非公式サイト。その他諸々。
あらすじ。各巻のサブタイトル。登場人物の紹介。地名。技名。小ネタ。
色々あるが、目を引くのは公式サイトにあった映像化を宣伝する数々の言葉。
DVD、ゲーム、アニメ二期決定!!
「わわっアニメぇ!? すごい本だった」
本に失礼なことを考えていたアリスが素っ頓狂な声を出しつつ情報収集に勤しむ。
主人公は魔眼で弱点を見抜く力を持つ。
その力を使って魔王の右腕である宰相が率いる六魔将と戦い、一巻で撃破した六魔将の一人にして魔王の娘がヒロインとしている。
他にも師匠の戦士を筆頭に多種多様な登場人物がおり、ブタフクロウという名称の太り過ぎにより飛ぶのを諦めたフクロウがマスコットキャラクターとして高い人気を得ているようだ。
「もふもふなのか~もふもふ。もフフフ」
多くの情報からアリスはブタフクロウにだけ並々ならぬ興味を抱き、追加で検索をしていく。
売れっ子イラストレーターによる可愛らしい挿絵や拙いながらも愛があるファンアートに笑みを浮かべ……ふと名前を呼ばれた気がした。
顔を上げる。
「アリース!」
窓の向こう、草原は学校で校長先生が挨拶する時よりも大量の生き物で一杯になっていた。
ガイコツ、二本足で立っている牛、羽の生えた人間、真っ黒でジャングルジムより巨大なドラゴン。
それらの中心でエンが大暴れしながら叫んでいる。
アリスが読むのに集中している間にエンは魔物の大軍と戦う羽目になっていた。
「えええええええエンさん」
驚きなのか名前を呼んでいるのか、アリスは良く分からないことを言って状況を把握するためB・Bを読んだ。