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12、九十九エンの修正

 魔神が白球を放ち、エンが目的を理解する。向かう先には彼らがいる。

 目を負傷した勇者と倒れた魔王に付き添う娘。


「――らしい行動だ」


 一瞥いちべつして、エンが軌道上に飛び込む。これを行う危険性を考えている時間などありはしなかった。

 無我夢中で放たれた白球を右手で受けとめる。

 体ごと勇者達の元まで押し込まれてしまうのを必死にこらえ、触れてはいけないものに触れた手から痛みが伝わってくる。熱いのでも冷たいのでもなく、腕を切断された方が楽と断言できるほどの激痛が脳髄を揺らす。

 皮膚を表皮から一枚一枚強引に剥がされ、じわじわと赤く濡れた真皮が露出していく。にわかに覗きだした骨までもが擦り減っていく様子は正視に耐えないものであり、こうなっては一瞬で消えずに抵抗できてしまう体はむしろ不運だろう。

 この苦痛の中でも声を漏らさないことがステータスに左右されないエン自身の強さを証明していた。


「つまらん。苦しめ」


 叫びを聞けず不満な魔神が力を強めた。

 指の隙間から輝きを増した白き光が漏れ、それだけでなく白球の内部から虹までも生えてくる。美しくも禍々しい七色が次々咲いてエンを襲う。

 可能な限りの回避行動を取るが対処しきれない場所もある。

 腕、それに支点となる足。


「ぐっ」


 足先を消されてエンもついに声を漏らす。

 ぐらついた体は勇者達の近くまで一気に押し込まれ、それでも傷ついた足を床へ刺すことで停止してみせた。同時に魔法で体の治療も行うが傷口に付着した虹が猛威を振るい止血も再生も意味をなさない。

 守りは悪手。

 攻め、あるのみ。  

 決断したエンが虹を相手に回避を中止し指の短くなった手をより強く握りしめる。白球を歪ませ、虹が頬を這いずり口内に大量の空気が流入するようになろうと怯まない。

 出血に伴う急激な血圧の変化。

 常人なら発狂している苦痛。

 自分が消えていく恐怖。

 それら困難の淵で踏み止まり、右目が見えなくなっていく火急の事態も無視して白球だけにひらすら意識を注ぐ。完全に指も消え、腕にめり込ませてでも受け止め抗う頭には撤退という正常な二文字はとうに無い。

 死ぬまで依頼の達成を諦めないだろう。

 だからこそ必死に鼻水交じりの声がエンを呼びかけている。


「ダメェー!! ダメダメ。エンさん」

「問題……無い。かすり傷だ」

「違うもん! 何で何で嘘つくの。全然大丈夫じゃない! 見えないけどB・Bにぃ。エンさん!」


 アリスと話している間にもエンの体は虹に侵食され左足が取れてしまった。

 体の支えは虫に喰われた葉っぱのような姿と化した右足だけになるが、白球もほぼ全ての勢いを失っておりエンを押し切れない。


「私が神様にごめんなさいする。きっと怒んない。だからエンさん。もういいの! 逃げて!」

「この仕事は優先順位が……ある。彼らの命は重い……私よりも」

「でも、でも、酷いもん。我慢しちゃダメ。帰ってきてよぅ」

「……アリツィア。大丈夫だ。この程度……何時ものこと……それに……」


 途切れてしまいそうな意識を引きとめてくれていた声にエンが応える。

 騒がしいのは嫌いなのに悪くない気分だった。

 白球に左手を添える。

 後の魔神戦に備え背後に回すことで無傷のまま温存していた手。


「お前に…………間違った姿は見せられん」


 少女の数センチ先で見えない探偵の声が振り絞られた。

 新たな手が白い光を完全に包み込む。

 部屋は暗くなり、間もなく心が晴れ晴れとする爽快な破裂音が響き渡った。

 白球の中にあった虹が壊れた天井から勢いよく伸びて行く。

 幾つも幾つも絶え間なく溢れ出る七色が不穏な壊れた空を塗り替え、そのどんな人工的な輝きよりも艶やかで、どんな魔法よりも神秘的な光の下、エンは前のめりに倒れた。

 もう受け身も取れない。

 床に激しく頭を打ち付け、そのまま動かなくなった。


「……終わりだな」


 魔神が指を鳴らす。

 存在していた全ての虹が消失し、室内に冷たい革靴の底が居丈高に鳴る。エンのかたわらまで近寄ると忌々しげに見下ろした。


「まさかこうなるとは…………何故だ。何故、叫ばない。何故、諦めない。何故、逃げない? 何故! 何故!! 何故だあああ!!! 守れず後悔する様を見たかったというのに台無しだ。挙句、この程度で力尽きるだとぉ? ふざけるな。ここまでの苛立ちをどうする? どうやって満たす? なぁ、どうすれば良い!」


 怒りに任せて魔神が歪みを蹴った。繰り返し。執拗に。内臓を破裂させるつもりで容赦なく蹴り上げる。魔神の攻撃で城が揺れる度に空のヒビからは超音波のような高音が発生し、この鼓膜を刺激する耳障りな音が魔神の野蛮な行いに拍車をかけた。


 もはや魔神に歪みの正体に対する興味などない。


 一刻も早く鬱憤を晴らすため虹を纏った足で頭を踏みつけ、そのトドメは動かないと思われた歪みに避けられた。

 避けると言っても僅かに横へ転がっただけ。

 戦う力が何も残っていないのは明らかだが、だからこそ、ここまで追い詰められても未だ絶望せず悪あがきをする歪みに魔神の怒りは頂点に達した。


「いい加減にしろ貴様!!」


 魔神の全身から七色の光が立ち昇る。

 空へ浮かび、手にはエンどころか勇者達も巻き込む特大の白球が一瞬で形成され―――放たれることはなく、魔神が墜落した。


「なに」


 魔神には何が起きたのか理解できなかった。

 放つはずだった白球は霧散し、自分は床に膝をついている。

 まるで自分の体では無いかのように力が入らず、気持ち悪くて飛ぶどころか立つのもやっとだ。


……気持ち悪い?


 魔神が生を受けてから味わったことがない感覚に戸惑った次の瞬間、寒気で体が震えたかと思うと冷や汗、動悸、頭痛、眩暈、耳鳴り、火照り、窒息感……ありとあらゆる不快感が体中を駆け巡りだした。

 脂汗が染み出るキリキリとした腹痛にもだえ、胃袋が口から飛び出てきそうなほどの強烈な吐き気には魔神もたまらず体をくの字に曲げてえずき、とある棒が目に留まった。

 蹴っている時にやられたのか、あるいは転がって避けた時にやられてたのか。

 魔神が最強ゆえに痛みも感じないほどの小さな小さな棒が足に刺さっている。


「特別製と……言ったはず……だ」


 魔神が男の声がした方を睨みつけた。

 眩暈のせいか視界がはっきりせず歪みを今まで以上に捉えられない。


「な、何をおぉあ。こここぅおの棒は。神器くぁ」

「……この世界にはない道具……らしい。それは、鉛筆だ」

「何だその神器は? エンピツゥ。ぶわぁかな。我にぃいいい効く神器などあぁああるはずがぁ。がっ! ほほおあぁあ……ああああぎぎひぃいいいいいい!」


 魔神の苦しみ方が激しくなりだした。

 足が真っ赤に腫れ、熱と痛みが生じだした鉛筆の根元を掻きむしる。瞬く間に足は血だらけになり、どうにか鉛筆を抜くが症状は治まらない。

 傷口から発疹が広がり風船に空気を送り込むかのように丸く膨らんでは弾けていく。足から胴へ、胴から首へ。ついには唇も破裂して、体液を浴びた魔神の顔に誰の目からでも明らかな恐怖が浮かぶ。口を抑え、よろけ、追い打ちをかけるように手足がどす黒く変色し始めボトリと指が落ちた。

 内より漏れだす濁った汁と不浄な臭い。

 腐り始めている。


「ぎぃゃああああああああああああ」

 

 魔神が叫ぶ。

 正に絶叫だった。

 黒ずんだ指を拾い、最強の生物が恥や誇りもなく逃走を選択する。床を破壊しようと全力で殴り、すると指が石の固さに負けて折れると言う当たり前のことが起きた。

 魔神が充血した目で奇妙な方向へ曲がった指を凝視し、息苦しそうにしていた呼吸を更に荒く乱していく。


 これこそがエンの力の本質。

 エンは異世界――創造主の精神へ自分の肉体だけでなく私物も入れられる。魔神にやったのは、その力を利用した強制的な設定変更。

 異世界へと入り込み限定的に創造主の精神の一部と化しているエンが、本来は存在しない外部からの情報を登場人物に直接上書きしたのだ。

 端的に説明するならば創造主の洗脳。

 当然ながら創造主に甚大なダメージがありエンはやったことを悔やむ最低の切り札だが、これを異世界の住人に防ぐ術はない。

 今回、自身の苦痛とは無縁だった魔神にはことさら効いた。


「ガァぎぃいい。ぐアアぶううぅ。ぴああああぁああ」


 生まれて初めての罰は死後も味わうことのない地獄。

 魔神が我慢する素振りすら見せず無様に絶叫をあげ続け「ひぃひぃ」と惨めに鳴いて跳ねる。ところが跳ねても低下した力では空まで届かない。部屋の壁にはエンが魔神を投げた際に空けた大穴もあるが、そこまで移動し覗き込めば、木が小さく見える高さに躊躇して落ちることさえ出来ない。

 無限のステータスなど過去の話。

 全身の構造が組み変わっていく恐怖と絶望を全身から魂の奥底まで存分に味わい、ステータスがアリスの書いた三桁で固定されるとようやく様々な症状が和らぎ、復讐のため走り出した。

 一心不乱に、幼子のような拙い走り方でエンを目指す。


「きさまあ! きさま貴様貴様貴様! 貴様!!」


 弱体化させられたとは言っても、風前の灯である歪みには勝てると魔神は確信している。

 エンはもう見ているだけだった。

 左手で上体を起こして、近づく悪意と、それに向かって自分のそばを駆け抜けていく二人の若者を。

 魔神を倒すべき者達がいる。


「ゴミ共があああ」


 二人など眼中にない魔神は虹翼こうよくを広げる。

 まとめて消して終わらせようとし、エンがさせない。

 ため息を吐き、結局はこうせざるを得ない登場人物に敬意を込めて宣言する。


「――解除」


 魔神は見た。見せられてしまった。

 迫る白き剣と黒き鎌、その奥に突如として四肢を欠損した男が現れた。

 頬の穴から歯が覗き、右目も潰れているが、見間違うはずがない。

 同じ服装。

 同じ顔。


「貴様はっ――」

「私は文房具の神。九十九つくもエン」


 硬直した身を二つの刃が切り裂く。

 息の合った連携に魔神は歪みの名前を聞く余裕など無かった。

 持てる手札全てを出し尽くしたエンは再び倒れ、柔らかくて温かいものに埋まり込んだ。


「アリガト」

「……仕事だ。気にするな」


 素っ気ない返事をして、背もたれになってくれたブタフクロウを指のない手で撫でる。

 かすかにアリスの気持ちを理解しつつ、エンは勇者達の戦いを見て魔神が追い詰められても未だに彼らの実力を凌駕していることに気付いた。しかし、もう手助けは必要なかった。

 残る一人もそばを通り過ぎていったからだ。


「帰還する」


 異世界が薄れていく。

 白一色の霧に戻りだした空間には最後、マントをはためかせ二人をかばう魔王の姿があった。

 まだ蘇生の影響で頭は正常でなく、エンに操られた状態も解除されていないのに、完璧な自我を取り戻している。

 それは彼もまた、主人公と同じく創造主の思い入れが強い特別な登場人物であることを意味していた。


「……父親もテーマの物語だったか」


 異世界に部外者は不必要。

 探偵はつくづくそう思いながら開かれた扉の中へ倒れ込む。

 ひっつく少女の頭に手を乗せた。

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