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11、似た者同士

「カハッ、カカカ……ククククウゥ」


 虹によって深く窪んだ大地に海水が勢いよく流れ込み、飛沫をあげて荒れる海の上で魔神が嗤う。

 虹から伝わってきた正体不明の歪みの感覚がおかしくてたまらず、雷鳴と聞き間違えるほどの大声は無事な姿を保ったままの遠く離れた森まで揺らしている。

 これだけの音量になると他者への攻撃といっても過言ではない。


「大した嫌がらせだ」


 生き残っていたエンが大樹の裏で耳を塞ぐ。

 魔神は笑うのを止め、長年の友人であるかのように気さくに話しかけた。


「驚いたぞ。有史以来、私の技を生き延びた者はいなかった。癪だ……だが、面白い。クカカカ。塵芥ちりあくたに相応しい軽さだったわ」

「……お褒めの言葉として授かっておこう。一応な」


 軽口を叩くエンのタキシードは腹部から背中にかけて消えている。白球による天変地異や大陸を作る最中にも無事だった服を消したのだから虹の理不尽な威力を窺い知れる。

 そんな攻撃を受けておきながら、エンの体に新しい怪我はない。

 あの瞬間。

 エンは可能な限り虹の端まで移動し、間に合わない数メートル分は迫る力の流れに身を任せていた。

 普通、生物は助からない時こそ生存本能が働き助かろうと足掻く。なのにエンは本能を経験からの直感で抑えつけ、一切の抵抗をせず敵に命を委ねた。

 傍から見れば自殺としか思われない行動だったものの、魔神の力が圧倒的だったからこそ奇跡は起きた。

 速度や風圧。その他にも角度や姿勢、ありとあらゆる要素が噛み合い、エンは枯葉のように力の外へと舞ったのだ。

 直撃している最中に指一本でも抵抗していれば虹が服の下まで届く時間を与え、胴体は分断されていたであろう。

 土壇場で己を信じきる精神力。

 正気の沙汰ではないエンに魔神が話を続ける。


「そろそろ姿を見せたらどうだ」

「断る。それとも、魔神でも見えない未知の存在と戦うのは不安か?」

「不安。不安だと? 我を愚弄するか」


 侮辱が魔神の雰囲気を一変させた。

 空に大きな虹が何本もかかり、七色の光は白球が暴走した時のように次元を壊しヒビを作りあげていく。

 魔神が歪みを指差す。

 怒りに任せて爆ぜるよう命令しようとし……ある違和感で躊躇した。

 そこに立つ謎の敵が見てくるのだ。

 死を受け入れている聖人の如き穏やかさも、生を諦めている病人の如き静けさもない。

 只々あるのは突き刺さるような強い視線。

 頭だけになっても噛みついてくる。そう思わされるだけの闘志を受け、魔神は指を畳む。

 心を折ることも出来ず消してしまうのは魔神の矜持に反することだった。


「貴様……」

「どうした。派手な空について感想でも述べて欲しいか?」

「…………クハッ、クハハハハハ良いぞ。許す。もっと抗ってみせよ」


 魔神が両手を広げ上昇していく。

 エンは何かをされる前に木々へ紛れながら勇者のいる城を目指し、魔神は歪みに少しばかりの遠ざかる猶予を与えてから両手を降ろした。


「この程度で消えてくれるなよ。ひしゃげ」


 魔神の真下にある海面が凹んだ。

 得体のしれない力が空から降り注ぎ、海や陸地が陥没し、エンが魔法で樹齢千年分ほど成長させた大樹も平らになっていく。

 枝が折れ、表皮が割れ、葉の一枚に至るまで強引に地面へめり込むと次は別の数本。その数本も終われば、それぞれの周囲にあった数十本。

 魔神を中心とした円状に力が拡散し、エンは理解不能な現象に追われながら言った。


「アリス出来たかー」

「ま~だ~だ~よ~」

「急げ!」


 あっけからんとした返事にエンは怒鳴ったが勘違いをしている。

 アリスは決して怠けていた訳ではなく、両者の速さが異なるのだ。

 エンは幾度と死にかけ長い時間が経過した気もするだろうが、実際には指示を出してからほとんど時間は経過していない。

 アリスからしてみれば外がピュンピュン変わってく~と思っていたらエンに怒られてしまったので、何にも悪いことしてないのにと不満気にステータスの項目をノートへ写していく。そうこうしている内にエンは魔神の力に追い付かれてきた。


「アリス」

「うわえぁ後ちょっと」


 と話す間にも見えないエンの声がする辺りの木も次々と低くなりだした。もはやアリスはエンが気になり書く所ではない。

 エンが走る。

 後方へ大量の土が撥ね上がり、ある一定の高さで平らに広がり落ちてくる。

 アリスはエンさんなら大丈夫と信頼しつつ書いていたノートを握りしめてしまう。脱出が間にあうよう祈り――無慈悲に森は圧縮されていく。

 潰れた木々が進行方向を塞ぐように横へ伸び、エンの頑丈な肉体であれば幹を粉砕して進むことなど造作もないが一つ一つの余計な動作が遅れとなって力との距離を更に縮める。

 ついには走る体勢も維持できなくなってきた。

 頭を下げ、腰をかがめ、最終的に大地と平行に飛行して体を土へ擦りつけながら我武者羅に突き進む。


「早く早く!」


 懸命な声が異世界に響き渡る。

 エンの体で生じた大量の砂煙が潰す力に閉じ込められ充満し、森と一体化した地面全体に広がっていく。

 理解の追いつかないアリスは謎の茶色いモヤモヤで恐怖を煽られる。またモヤモヤを発生させている先端に見えないエンがいることだけはしっかり分かるようになって、客観的に潰れる力との距離を詳細に把握して冷や汗を流してしまう。

 息も荒くなるし、ぺっしゃんこになりかけの森を見えていると失神してしまいそうだ。

 あぁーやられちゃう!

 間にあうかな。ダメかも。分かんない。

 お城まであとちょっと。あとっちょっとなの! とアリスが念じた時、森が完全に潰れた。

 追いやられた砂煙が力の届かない森の外から勢い良く吹き出し、窓の外は濃密な茶色で埋まり他には何も見えない。


「エンさん」


 アリスが小さく呼びかけるが返事はない。


「エン……さん?」


 開いていたノートをしわくちゃにして返事を待つと、砂煙が収まってきた。

 森が一掃され殺風景になった窓の向こう側。

 そこに人影はなく、アリスから血の気が引いていく。カラカラに乾いてしまった喉から叫びが出ようとし、その時、城壁の一部が崩れた。

 攻撃の余波で自然と崩れたようだったが、アリスには違うと分かった。エンを中心として移す窓の風景が城内へと移動したからだ。


「エンしゃん!」

「問題ない」


 エンは力から逃げきれなかった。だから陸上で潰される直前に地面を掘り、地中を進むことで力との差を強引に開き、かろうじて城まで移動していた。

 体をはたきながら勇者たちのいる部屋を目指して階段を駆け上がる。


「アリス頼んでいたものは書けたな」

「うあ。後は数だけ」

「まだ書き終わっていないのか! 一体何をしていた」

「その、あうぅ……見てた」

「見て――話す時間がもったいない。777で良い。ヤツに相応しい数だ」

「うん」


 数字だけなので頷きながら手早く書き終わる。


「そのページを私に投げろ」


 アリスがもう質問したりせずページを千切って丸める。

 社長椅子から飛び降り、こけて、鉄扉をうんしょと少し開いて投げ、距離感が掴めず部屋と異世界を隔てる壁に手をぶつけて痛がる……などと少々ごたついたが、無事に勇者のいる部屋へ入室したエンの元までソレは届いた。

 人間の精神に存在していてはならない外からの異物。

 魔眼の勇者は元ニートの世界はソレが何なのか認識できず、牛、鍋、リザードマン、花と次々に仮の姿を与えていく。

 勇者一行がソレに身構え、彼らと同じく分かっていないアリスはエンに聞いた。


「何コレ~」

「私と仕事をしていて不思議に思わなかったか? 私が創造主の世界でも、そちらの世界と同じ服を着たままだということを」

「ううん全然」

「…………そうか。これが私の力だ」


 エンが探偵の仕事をやっている理由は、この人間の精神に物を加える能力があるから。

 異世界に何度も出入り出来ないのもこの能力が起因する。つまりは裸一貫、生まれたままの姿で侵入すれば創造主の負担は極めて少なくなり安全な仕事が出来るのだが、過去エンが局部を露出して仕事を開始したことはない。

 ソレにエンが触れ、使い慣れた形に安定させて握る。ほぼ同時に空には魔神が現れ、エンの歪みを発見すると降りてきた。

 玉座に座り、小さな武器を装備した歪みを笑う。


「カカッ死ぬべき時に生き、遠くへ逃げるかと思えば戻り、次はそんな棒で戦うつもりなのか」

「私達の特別製だ」

「私達? 愚かな。何者が集まろうと塵は塵のまま。そろそろ正体を暴いてくれる」

「不可能だな。それに見れば必ず後悔する。不吉な姿だ」

「我を相手に不吉だと。笑わせてくれる」


 魔神が玉座を消し、ここで初めて防戦一方だったエンの方から前に出る。当然ながら魔神も退くことなく前へ。

 近づく距離。

 互いに真逆の心持ちでありながら、二人を同じ戦いの高揚感が包み込む。

 

 魔神は知らない。

 実はこの接近戦をやろうとしている今の状況こそエン最大の狙いであり仕組んだことだった。


 アリスに作ってもらった最初で最後のチャンス。確実に切り札を命中させるには近距離まで接近するしかない。しかし魔神が肝心の時に近付いてくれる保証は無く、不可解な力で遠くから攻撃されれば終わってしまう。

 そこでエンは作戦を練り、思い出したのは魔神が魔王を操る糸に気がつくと突きをしてきたことだった。

 全ては初手から。

 最初に繰り出された突きが、エンに魔神は直接の暴力をより好むと伝え、挑発していれば誘いに乗ってくると教えた。

 切り札が完成するまでの危険な時間稼ぎは功を奏し、決着まで数歩……エンの予期せぬ事態が起きた。

 魔神が白球を作り出したのだ。

 危険性を十分に承知しているエンの歩みが止まる。

 

 エンは知らない。

 魔神にとってもこの状況は待ち望んでいたものだった。

 ここへ戻ってくるのは不可能と思っていたので感謝すらしている。

 魔神は夢想していた。

 魔王を使って勇者を守っていたことから伝わった歪みの性格。

 そこから閃いた最も苦しむ攻撃を……

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