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10、死の闘争

「さて、そろそろ玩具になる時間だが……先にすべきことが出来た。魔王が動ける訳だ」


 魔神が七色になった眼で魔王に付着した糸を見つめる。

 糸の先には壁。そこに空間の歪みが生じている。魔眼をもってしても正体を見破れない卓越した隠密スキルに魔神が苛立つ。


「我を騙すとは、万死に値する」


 魔神が動いた。

 立っていた場所には本人がいるかのような鮮明な残像を残し、勇者達は魔神が移動したことに気付けてもいない。

 エンですら正確には見えない速度だったが、迎え撃つ態勢はとれている。なぜなら魔神の動く大分前に反撃の準備は終わっているから。


 物語に大きく影響する。魔神と関わってはいけない。


 それが正しい判断であったとしても攻撃されれば身を守るために戦うしかない。正当防衛ならば仕方ない……そんな言い訳をエンは作り上げ、ワザと魔神が気付くよう糸から不可視の効力を弱めていた。

 エンは己が正しいと思えば間違った決断を平気でする。

 例えば、どうでも良い人間の子供のため鉄扉を開いた時のように。

 その行為によって地上で暮らす罰を受けたというのに後悔も反省もしない。

 あの日も今日も非合理的な判断に流されるがまま口を開く。


「やかましい」


 静かに、しかしはっきりと発せられた怒気で部屋に亀裂が生じた。

 魔神は歪みから魔王が足元にも及ばない強大な力を感じ、苛立ちよりも好奇心で突きを繰り出す。

 虹を帯びし消滅の一撃。だが威力とは正反対に、相手は歪みなので“いそうな場所”を狙っただけの精度に欠ける一撃。

 

 そんなものに当たるエンではない。 


 見切り、魔神の腕に自身の腕を滑らせる。本来なら脅威の一言に尽きる腕も、今この瞬間は魔神の顔面まで通ずる道でしかなく、音速を超えた怪力が顎をぶん殴る。

 肉が破け、舌や歯も飛散する。

 鼻から下が消失し、魔神は顔の軽さを感じる間もなく世界が逆さまになるのを見た。

 一本背負い。

 お手本として各地の道場に配布したくなるような当て身からの投げが決まり、魔神は床を突き破り遠く離れた大地へと叩きつけられ――この程度でエンは絶好の機会を終わらせはしない。

 城を傾けるほどの強き踏み込みで接近、地面へ着弾した魔神に拳を続けて叩きこむ。

 眼球。喉仏。みぞおち。心臓。肝臓。金的。

 生中線に沿って急所を乱打。乱打。乱打。

 アリスにはとても見せられない禁じ手のオンパレードで魔神の胴体は赤いジャムと化し、エンは大きく距離を取って構えなおす。

 魔神の体はもはや手足の一部分しか残っていない。だが、そこまでやってもエンは手ごたえを得ていなかった。むしろ魔神を殴れば殴るほど危機感は増していた。


「つよーい! 勝った!」


 深刻な表情になるエンとは打って変わってアリスがはしゃぐ。

 彼女からすれば高速で景色が動いて止まったと思ったら、土砂が降り注ぐ大穴からエンの足跡だけが出てくる景色に変わったのだ。状況的に魔神が倒されたと勘違いしても仕方がない。


「まだだ!! アリス! 今すぐにB・Bで魔神を調べろ! 急げ!」

「うぇっ? うん。えとえっと」


 突然の大声にアリスはバンザイしていた手をビクッと震わせてからB・Bを取り、エンは大穴を覗いて魔神の状態を伺う。

 五体満足。

 幻を相手に戦っていたかのようにタキシードを着た体が地底にあり、破壊された顔面も一滴の血すらついていない綺麗なものになっている。

 目は閉じているが胸の力強い鼓動がエンの耳まで届き、完璧な状態と思える。


「再生していく過程すらもない。起きた事象が否定されているのか?」

「あったよ~エンさんあった。あのね魔神はね説明ない。何にも書いてないの。ただね、ステータスはね、8が横に倒れたの。全部」

「無限……このままでは返り討ちだな」


 魔神の瞼が開く。

 エンは殺気漲る虹色の瞳と目が合い、迷わず切り札の行使を決断した。


「アリス時間を稼ぐ。今すぐに魔神のステータスを書け」

「えぇっ。ダメだよ。B・Bで変えられるのはエンさんのだけ。他の人のはB・Bに書こうと思っても書けないよ」

「そんなことは分かっている! B・Bでは無く、普通のノートに書けば良い。引き出しに――」


 話していたエンが体を反らして肩が僅かに切れた。魔神が蹴りで虹の刃を飛ばしてきたのだ。

 エンは傷口に付着した虹を肉ごと抉って取り除き、安堵した。

 縦の蹴りだったのでこの程度のかすり傷で済んだが、もしも横に放たれていれば頭を切断されていた確信があった。


「クハハハ。まだ余に逆らう者がいたとは腹立たしい。しかも該当する者が浮かば――」

「アリス急げ。ヤツが調子に乗っている内に書け」

「で、でも、エンさんを強くすれば良いと思うの」

「いかん! それはイタチごっこだ。ヤツは創造主が倒し方を描けなかった存在。私が強くなれば、ヤツも私に勝てるだけ強くなっていくはず。今以上の力は戦闘の余波で物語を壊してしまう」

「ええ! じゃあエンさんどうするの」

「だから早く書け。説明をしている暇はない。急いで机の引き出しに入っているノートにヤツのステータスを書け。それまで時間を稼ぐ」

「あ、あぶないの! そんなの危ないよ! 偽物がすっごく強いの!!」

「危なかろうが、これが私の仕事だ」


 二人の会話はここまでが限界だった。

 得意気に誰も聞いていない話をしていた魔神は前へ傾くと三人に別れた。先ほど城でも見せた残像を並べながら移動している。


「全くイヤなものだな。日に幾度もドッペルゲンガーに会うというのは」


 実力差に飽きれながらエンは逃げる。

 この世界においてエンは二番目に早い生物だというのに、一番早い生物である魔神は残像のため横への無駄な動きをしながら追いついていく。

 速度だけ見ても二人の差は歴然。加えて魔神は全て消滅させる一撃死を持つ。

 虹の刃を三人が交互に放ち、歪みを狙う当てずっぽうな攻撃ではあるものの数の多さにエンは背を向け逃げている場合では無かった。

 向きを変え、命がけで回避していく。

 どうしてもかわせない刃は石で殴って軌道をずらし、そうこうしている間に魔神達がエンを囲んだ。

 前方に二人、後方に一人。


「一」

「一」

「一」


 三人の声、拳を突き出す三本の腕。

 虹を纏った三方向からの攻撃にエンは回し蹴りをした。

 複数に見えても実際には一人。強靭な肉体同士の衝突で大地が割れ、魔神に痛みを与えた気配は無かったものの腕は左前方だけに。

 残った一本の腕をギリギリかわし、虹が顔をかする。

 耳が異様な熱を帯び、それを躊躇なく引き千切ったエンは「二」という数を残った方の耳で聞き、顔面を蹴ってきた足を後転で対処する。


「三」


 体勢が戻った瞬間、鼻先に拳。慌てることなく虹のない部分を見極めて払い、殴り返す。みぞおちを狙い、魔神の体からは虹が噴出。

 ギリギリで手を止め――


「四」


 またもカウントする声。

 大きく手を広げ虹を噴出させたまま抱き着こうとしているのが分かり、勢いよく跳んでそのまま飛行法で雲の中へ逃げ込む。


「五」


 魔神の指先。一点に凝縮された虹が発射され、エンから見てそれは矢の形をしていたが、接近するまでの数秒で大きく口を開いた龍へと変化した。

 ヘビのように体を蛇行させて進む分、一直線に進む矢よりは遅い。エンに対処出来ない早さでは無かったが元の体積や質量を無視して際限なく巨体になっている。

 瞬く間にエンの全身を呑み込むほど広がり、かろうじてかわせば――


「六」


――龍を掴み一緒に昇ってきていた魔神がすれ違いざまに手刀を繰り出した。

 思わぬ位置からの攻撃にエンが目を見開く。

 首をすくめ、バランスを崩しながら下へ。

 真っ直ぐ急降下して森の中。

 大樹の根元。

 そこで、上に行ったはずの魔神は待っていた。


「死地ニ至リテ結ブ時」


 森の隙間という隙間から溢れだす七色の光。

 これまでとは規模が異なる極大の一撃が放たれ、エンは眼下を埋め尽くす煌びやかな殺意で仕掛けられた詰将棋を理解した。

 六度の攻撃は布石。

 決して当たってはいけない故に誘導され辿り着いてしまった必中の七度目。


 老衰に匹敵する確実な死でエンは宙を舞った。

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