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『プラダを着た悪魔』

 二回目は『プラダを着た悪魔(2006年)』です。

 まさかこっちを先に書くことになってしまうとは! ストーリー概要としては以下の通り。




 主人公はジャーナリスト志望の大学卒業生、アンドレア(以下、アンディ)。意気揚々とNYへやってきたものの望んだ仕事に就けずカレシと同棲しながらウダウダしてしていた。そんな彼女が不意に手に入れたのは、一流モード誌“RUNWAY”(以下、ランウェイ)の鬼編集長ミランダのアシスタント(正確にはさらにその助手)の席だった。


「嘘よ、私、オシャレになんて興味ないのに!!」


 そう、アンディはオシャレとは無縁のダサダサ女だったのである。と、最初は嫌々だった彼女だけれども、一流の美に触れ、悪魔だと思っていたミランダの弱さに触れ、だんだんと仕事を覚えていくうちにモードの世界に引き込まれていく。服が変わり、髪型が変わり、メークが変わり。業界人としても洗練されていくアンディ。人間というものは立ち位置が変われば、恋人や友達というものはそれに見合ったものに変わっていくわけで……。友達との軋轢、恋人との擦れ違い。本当にこのままでいいのか、何がしたくてジャーナリストを目指したのだっけ?


 恋に仕事に実生活に。マドンナやU2などのヒットチャートに乗せて贈る、女性のためのサクセス・ストーリー。しかも2012年に20世紀フォックスホームエンターテイメント ジャパン株式会社から出た『プラダを着た悪魔(特別編)』には監督らによる音声解説やメイキング&インタビュー映像集、未公開シーンまでたっぷり入ってオススメの逸品です(何なのこれ?)。



 さて、まず最初に断言しておきたいのは、この作品はあくまでも「女性のため」にあるということ。冒頭からセクシーな女性たちが入れ替わり立ち替わり現れ、その官能美は脳天にズドンと直撃するのだ。そして作中でも何度も、美についての追及がなされている。「ハイヒールこそが女性の脚をいちばん綺麗に見せてくれる」と言ったのは誰だったか。「私のアシスタントなのに、ソールがペタンコの靴なんて……正気じゃない!」と言いたげなミランダ(メリル・ストリープ)のしぐさが印象的。アシスタントのエミリー(エミリー・ブラント)はもっと直接的にアンディ(アン・ハサウェイ)に言及する。


 この作品でコメディリリーフであるエミリーは、本当にモードが好きでモードに引き込まれ一生を捧げる決意をしているように見える。ランウェイ誌の編集助手としての仕事に誇りを持っている。その意味ではアンディと好対照というわけだ。ある意味で女性の突き詰めた理想形のひとつなわけだけど、「私って最高! なのになんで男が寄ってこないわけ。見る目がないわね、ヤんなっちゃう!」という本音が透けて見えそう。でも、たぶんそれってそのバッサバサのマスカラとドギツイ青のアイシャドウとかのせいだよ。誰か言ってやれ、どこの有毒植物だよって。隙がない完璧な女性ほどチャンスがないのは事実なのよね……。脱線。




 このアメリカの小説家ローレン・ワイズバーガーが2003年に出版した同名小説を、実写映画化した際に監督を務めたのはHBOドラマシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』で演出を担当したデビッド・フランケル。衣装も同シリーズのパトリシア・フィールドが手掛けた。あちらもファッション業界へのアプローチが素晴らしく、その辣腕は『プラダを着た悪魔』でも惜しみなく振るわれている。この辺りが売れる要素のひとつ「のぞき見」の楽しさだ。監督はファッションショーさながらに衣装を変えていくことで時間の経過を表したが、その試みは目にもわかりやすくそして楽しい。パトリシア・フィールドとの共同作業が功をなしたのだろうか?


 ちなみに小説版は未読である。ちょっと集めた情報から、映画版の方が好きだ。小説版が気になる方は是非、早川書房の『プラダを着た悪魔 リベンジ!(2013年)』も併せてどうぞ。




 この映画で繰り返し描かれる女性美。それは何も男性のためのものではない。女性は女性のために美しくあるべきだと私は思う。官能的で、誇り高く、美しく。もちろんメイクラブもする、それは自分を安売りすることではなく、一夜の楽しみのためだ。自身の魅力を高め、自分にしかできない仕事をし、欲を満たす。それは人生において女性を輝かせるために必要なのかもしれない。


 もちろん、それだけが女性のかたちではない。上っ面だけに価値を見出した女たちが加齢によってその容色を失ったとき、それを追い求めるために必死に取り繕うさまにはある種の見苦しさがある。本当は年齢に見合った美しさを装うことが重要なのだが、それは本筋ではないので置いておこう。




 映画の見どころと言えばやはり、この作品でゴールデン・グローヴ賞主演女優賞を受賞し、通算十四回目のアカデミー賞ノミネートのメリル・ストリープの名演技。あえて白髪のウィッグで臨み、それが傑出した人物像を描き出した。ミランダの美しさ、傲慢さ、したたかさ。そして……弱さ。そのどれもがピタリとはまる。彼女はまさにミランダだった。特に注目したいのがパリでの夜、そしてラストの微笑み。


 この作品を見て感じたのが、「彼女が私をどう思っていようと、私は私で彼女が好きだ」という姿勢だ。


 人間関係はともすれば「厳しいことばっかり言って、あのひと私のことが嫌いなんだわ」といったように、表に出している面がすべてと思い込んでしまうことがある。公私を混同してはいけないのだが、それが得意な女性ばかりではないからだ。ミランダは女性編集長という座を守るためにあえて悪魔を演じており、それによって憎まれたとしても仕方がないと自分でも思っている女性だ。ちゃんと線引きしているのである。

 アンディの離反に冷たく接した彼女だったが、それは表に出した顔でだけ。ミランダはアンディの再就職の際、推薦の言葉を惜しみなく送っている。そしてアンディはそれを知った。それがラストシーンへと引き継がれる。二人はちゃんと「繋がって」いるのだ。




 前置きはここまでにしよう。話題はメリルがさらっていったが、主役は私のイチオシ、アン・ハサウェイだ。ダサダサ女から垢抜けた美女に大変身の彼女。ダサ女記者バージョンでも充分可愛いのだが、変身後はそれに輪をかけて綺麗だ! この大変身、これが最初ではない。映画『プリティ・プリンセス(2001)』で主人公の女子高生ミア・サーモポリスを演じたアンは、髪はくるんくるん眉毛はモジャモジャのダサ女から可憐なプリンセスに変身している。世の女子高生の憧れのようなシンデレラストーリーだが、やはり恋愛重視ではなく、「自分で立つということ」に重きを置かれている。

 というわけで、まさにうってつけの配役だといえる。アンの無邪気な瞳、人好きのする笑顔、そして足! いやいや……傾聴の姿勢時に見せる思慮深さや、同情を寄せるときの柔らかな包み込むような表情が、「棚からぼた餅で良いポストを得ながらもそれを蹴った女」に対する否定的な感情をうまく躱している。可愛らしいしぐさがまったく嫌味に感じないのも彼女に与えられたギフトだろう。それにしてもマットな赤い口紅がこれほど似合う女優を他に知らない。白の女王(『アリス・イン・ワンダーランド(2010年)』も素晴らしかった!




 主人公アンディ、彼女の生き方は一本筋が通っていて非常に好感が持てる。望んだ仕事に就けなかったと腐ることなく、無茶な要求に答え、思いがけず知ってしまった上司の秘密に口を閉ざす。そんな真摯な生き方の彼女だからこそ、恋人とのすれ違いに際して観衆は同情を寄せるのだろうと思う。貧乏だけど情熱はある恋人を取るのか、誘惑してくるお金持ちそうなイケメンを取るのか。どちらを取ろうと彼女は苦しんで答えを出すだろうし、だからこそその答えを支持したくなる。

 恋人がいながら他の男とセックスすることを浮気だと思う。思うけれど、彼女は対等なのだ。待ってるだけの女じゃない、与えられるだけの女じゃない。ましてや結婚を結婚を約束した関係じゃないのだから、恋人関係が破綻している中で優しくしてくれた男性と一夜を過ごしていけないだろうか?

 まあ、元の鞘に戻るんだけれどね。間男は敵のスパイだったし!




 途中まで、アンディは本当にミランダについて行くつもりだったのだと思う。友達も恋人も、一流の物に触れて変わった彼女には一気にこどもっぽく安っぽく見えただろうから。そして実際、彼女はモードの世界に向いていた。感性も、美しさも。

 それがどうして破綻したのか。そこには原作と違う展開がキーになっている。




 先ほどはアンディの離反と書いた、ミランダとの決定的な別れ。それはむしろミランダの裏切りとも取れる。彼女は、自らの保身のために、長年彼女の右腕として働いてきたナイジェルの独立のチャンスを潰したんだもの。ナイジェルにとってはランウェイを離れて「やっと自分のファッションが表現できる」念願の好機だったにもかかわらず!




 ここはちょっと入り組んでいる。まず、ミランダを編集長から下ろして別の人間をそのポストに当てようという動きがあった。それを察知したミランダは、そのライバルには別の美味しいポストを紹介し、上司に「わたしがランウェイを離れるときには彼らも一緒に辞めます」というリストを見せる。自分を下ろすとひどいことになるぞ、と脅迫したというわけ。

 ナイジェルはミランダがその約束を反故にしてくれると期待してたみたいだけど、いかんせん時期が悪かった! お洒落でお茶目なナイジェル。ゲイであることも含めて彼は素敵な脇役だった。ゲイにはイケメンが多いのよ~!




 そういうことがあって、落胆したナイジェルと勝ち誇るミランダ。これがミランダに心酔していたアンディに冷水を浴びせた結果になった。アンはミランダを会場に置いて去る。いつもいの一番に応えていたテレフォンコールも無視。晴れやかな笑顔で噴水に携帯電話を捨てるアンディの姿が実に印象的だった。




 もう見どころしかないので是非DVDで見てほしい。ところで、アンディに寄って来た間男ってドラマシリーズ『メンタリスト(2008年)』で主役のパトリック・ジェーン役を務めたサイモン・ベイカーなんですよね。見返してびっくり。胡散臭さを含んだ甘いマスクが魅力的な役者さんです。『メンタリスト』も面白いですよ!

 

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