時をかける悪役令嬢
私の旦那様は、公爵家の落ちこぼれと言われている。
信じていた使用人に騙され、家に恨みのある人物に火属性の魔術でじわじわと焼かれたという、爛れた顔。
顔が不気味だと言われ、成長期に閉じこもり魔術を使わなかったせいで、貴族なのに魔術回路は無し。
半引きこもりで、たるんでしまったお腹。
私より1つ年上の21歳だというのに、まるで50代のように疲れ切ったお顔。
王子に身勝手な浮気で婚約破棄された私は、あまりに魔力の強い「魔女」の家系のため、国外追放とはならず、旦那様の元に来たのだ。…… 公爵家が持て余している、引きこもりの長男の、旦那様の元へ。
私の膝に頭を乗せる、愛しい、愛しい、私だけを見てくれる旦那様。
あんな浮気男とは違う、私の旦那様。
私はずっと2人でこの家にいるだけで幸せだけど、旦那様が、最近ふとした時…私が出かけた時、外の話をするとき、旦那様が少し悲しそうな……申し訳なそうな顔をするから。
だから、私は決めた。
私の幸せだけを考えちゃいけない。
「…… ねぇ、旦那様。旦那様は世間を見返してやりたくない?自分を馬鹿にして、見下して、騙した世間を、驚かせたくない?」
「……」
「あなたが、揺るぎない愛をくれるなら、あなたに望むものをあげるわ」
「こんな俺でもいいと言ってくれたのは君だけだ。
たとえ俺がどれほど美しい顔になろうとも、君以外に愛を囁くものか」
その言葉を言った旦那様の身体に、私の魔力が流れる。
魔術回路のない旦那様でも、嘘かどうかを調べる魔術だと分かったようで、旦那様が不機嫌そうにつぶやく。
「魔術で調べるなんて…… 僕のことを信用してないのかい? 」
「違うわ。今から発動する術に、組み込まれてるのよ
真実の言葉か調べなきゃいけないの、ごめんなさい」
「そうなのか。……君のやる魔術なら、どんなものでも別に構わないけど」
「そろそろ発動するはずだわ。おやすみなさい」
彼がまどろむ様に目を閉じると、私にもすぐに眠気がやってきた。
目を開くと、私の膝にはまだ幼い旦那様が頭を乗せている。
「旦那様、起きてちょうだい」
「ん…… ソフィ…… あれ ?この声は…… 」
旦那様がガバッと起き上がると、自分の顔に触れる。
「あれ…… やけどがない」
「火傷する前の時まで、巻き戻したの」
「本当だ…… 手も小さくなってる…… そういえば、君は魔女の家系だったね」
丸く大きな目で自分の手を見つめる旦那様は愛くるしい。
じっと見ていたいけど、時間がないのだ。
「旦那様、行きますわ。あなたを道標に巻き戻ってきたに過ぎないのです。私の存在がしっかりしてるうちに、ことを済まさねば」
「分かってるけど、抱っこって……どうにかならないのかい? ソフィ」
問答無用で小さな旦那様を抱き上げる。役得ですわ。
私は旦那様を抱き上げたまま、旦那様が拉致された建物に急いだ。
「ああ、ここは…… あの場所か」
「旦那様、旦那様は幼い旦那様に顔を見られないようにしてね」
「ああ」
魔術式を唱えて、建物の中に入ってしまう。
すると、気絶してぐったりした旦那様の姿がある。
パッと縄を切って、旦那様のご実家に転送、それから建物に限定術式をかけて、燃やす。
建物から出ると、中から旦那様を痛めつける予定だったであろう人間の叫び声やうめき声が聞こえたけど、旦那様を傷つける人間は、私は人間として認めないから、別にいい。
思ったより普通に人を殺してしまった自分に少し驚く。
「…… こうもあっさり解決するのもまた、複雑だね」
幼い旦那様の眉間をうりうりとする。肌がきめ細かくてきもちいい。さすが6歳。
「さて、次に行きましょう、旦那様」
「…… あぁ、幼等部の部屋か。少し懐かしいな」
「実は、旦那様は生まれつき、精神面と魔術回路のつながりが深かったのです。
閉じないよう、あらかじめ旦那様の魔術回路を開いておきます」
すやすやと眠る幼等部の旦那様の頭の上に手をかざして、回路に魔力を流してあげる。
「これ、魔女の運命の人にしかできないんですの。
運命の人は、魔力の波長が似てるから」
「僕は君の運命の相手なのか。嬉しいな」
旦那様が笑うから、私もつい嬉しくなって笑ってしまう。
「…… うー…… ん? 」
「まずい、旦那様、起きてしまうわ。
早く次に行きましょう」
それから、いくつか旦那様の過去を辿って、旦那様が心を折る原因になったことを全て消していった。
全て終わった。あとは時を元に戻すだけ。
「…… 旦那様、大規模に修正したので、もしかすると、元の時間にうまくもどれないかもしれませんの」
「そうなのかい? 君がまた王子の婚約者に戻っていたら、僕は発狂してしまう」
「私も、もし旦那様が他の女と結婚してしまったらと思うと…………」
私は旦那様の手をぎゅっと握って、魔術を展開する。
この時を戻す術は、運命の相手が死んでしまった時、魔女が狂って世界を壊さないように、特別に一度だけ使える術。
本来は死んでしまった人の体の一部を持って行う秘術で、文献も少ない。生きてる人間ならその年齢になるというのも、初めて知った。
……もしかしたら、旦那様が私を忘れてしまう可能性だってある。
それでもーー 旦那様が悩みがなく幸せに笑ってくれる未来があるなら。
ーーー 私は、魔術を展開した。
ぐわん、と視界が変わって、視界に懐かしい顔ぶれがうつる。
「お前が、リリアをいじめたんだろう!」
「…… えっ」
「話を聞いているのか! 」
「アルト…… もういいの、私…… 」
よりによって、ここに戻ってくる?
まさか婚約破棄の時まで戻ってくるなんて。
…… これでもし旦那様が私を忘れてたら、本当に最悪だ。
「はぁ………… 」
私のため息に、わざとらしく怯える女と、私を睨む頭の空っぽな王子に、呆れる。
私は旦那様が近くにいないせいで、タダでさえイライラしているのに、これ以上ストレスをためないでほしい。
「婚約破棄なら喜んでお受けします」
「…… は?」
王子がぽかんと間の抜けた顔をする。なぜ私は一度でもこのような男を運命だと勘違いしたのだろう。
「…… そ、それだけで済むわけがないだろう!
お前は国外追放ーーー」
「待ってくれるかな、アルト」
私の大好きな声が聞こえて、私はすぐにその方へ顔を向ける。
そこには、火傷もなくなり、痩せて、別人のようになっているものの、やはり私へ熱い視線を送ってくれる愛しい人の姿があった。
「…… 兄上、どういうつもりですか」
「…… 兄上?」
目が点になる。アルト王子の兄上が旦那様……? いや、旦那様は公爵家の……。
色々と考えてるうちに、旦那様が私のすぐそばに来て、肩を抱く。
「彼女には僕ーー第一皇子、レオナルドの婚約者になってもらう」
「何を…… 兄上は気が狂ったのですか?その女はリリアを虐めたのですよ」
「ああ…… それがその女の虚言だという証拠なら、いくらでもある。ほら、報告書の写しだ。
大きなもので言えば……
ドレスを引き裂いた魔力痕は本人のものだったし
ソフィがその女を突き落としたのを見たという生徒は、脅されたと証言
しかもその日、彼女は体調を崩し寝込んでいるんだよ」
「こ…… こんなの捏造に決まってるわ!」
「そうだ…… こんなもの、兄上ならいくらでも捏造できる」
未だに認めない2人に、旦那様は冷たい視線を送る。
今まで見た旦那様とは違う雰囲気に、これはこれで惚れ惚れする。いつもの気弱な旦那様も素敵だけど……。
「ほう、アルトは国の諜報機関の捜査が信じられないと?」
「…… 国に調べさせたのか…… ?」
「罪もない令嬢を、しかも『魔女』の家系と王家の橋渡しの婚約に傷をつけた罪は重い。
もちろん、父上も全てご存知だ
お前の王位継承権は剥奪、そして公爵家の養子になることになった。直に知らせが届くだろう」
「な…… っ、そんな馬鹿な…… 」
「リリアといったな。お前は修道院行きだ。修道院でその男癖を直すといい」
呆然とするアルト王子の横で、リリアが叫ぶ。
「なにこれ…… っ、こんなのおかしい、バグ!? なんで私が修道院行きにされるの!? そんなの悪役令嬢がなるべきじゃない!!」
おかしくなったように意味のわからないことを叫ぶリリアに、アルト王子すら引いている。
「もういい、連れて行け」
旦那様のその一言で、リリアが連れて行かれる。キンキン響く叫び声が、遠のいていく。
「旦那様…… ? これはどういう…… 」
「話は後だ。一緒に来てくれるかい?」
旦那様に連れられて、そのまま学園を出る。馬車にはやはり王家の紋章がはいっていて、頭が混乱する。
そのまま城の彼の部屋まで来ると、人払いをしてから、旦那様が口を開いた。
「本当は、僕は第一王子だったんだ」
「聞いたことなかったですわ…… ひどいです」
「君を傷つけようと黙ってたわけじゃないんだ。ただ、君が王族なんてもう信用ならないといっていたから、もし拒絶されたらと、言えなかった…… 」
いつもの旦那様の気弱な表情に、私はもう黙っていたことがどうでもよくなって、旦那様の頭を抱きしめる。甘えたがりのはずの旦那様は、私の胸に顔を埋めて、居心地悪そうにしている。
「どうしたんですの?」
「やめてくれ…… 久々に君に触れたら、今からの手続きや予定を放り出してしまう」
「久々だなんて…… ほんの数分会えなかっただけで、甘えたな旦那様ですわ」
「違う…… 5年だ」
「…… え?」
性的な触れ合いは少なかった旦那様の目に、熱が孕んでいるのが見えて、心臓が跳ねる。
「僕だけ、5年前に戻ったんだ…… 君は、アルトを愛していて…… アルトの婚約者で…… 僕がどれほど辛かったか…… っ」
そういう旦那様に抱きしめられて、私は混乱する。
「いつかは君が戻ってくることはわかっていた。それでも、辛かったよ…… さっき、君がアルトに冷たい視線を送って、何かを探すような仕草をした時、生き返ったような気持ちだった……」
抱きしめる力が強まって、私はなんて勝手なことをしたんだろう、と後悔した。寂しがり屋なこの人を、5年も放っておいてしまって。この人のためだなんて、自己満足だった。
「もう二度と離しませんわ」
「こっちのセリフだよ」
旦那様の唇が私の唇に触れる。以前より熱くて激しい、力を奪い取られるようなキスに、ぞくりとしてから……
「はぁっ…… ん、ま…… 待ってください旦那様
なんでこんなにお上手ですの…… ?」
「ん、ソフィ…… ?」
「まさか旦那様、浮気……」
「なっ!?
そんなわけがないだろう、ソフィ!!」
結局、もちろん旦那様は浮気なんてしておらず
長く待たされて我慢できなかった旦那様の勢いが私の好みだっただけのようで。
私の希望により、以前の優しく気遣い溢れる営みと比べて、ほんの少し夜が激しくなりました。
「色んな資料を調べたが、過去に生きた人間の過去を改変した魔女はいなかった
死んでしまった人間を生き返すための秘術だったからだと思う。おそらくそのせいで時間のズレができてしまったみたいだ」ってセリフ入れてたんですけど説明口調すぎて引っこ抜きました……。