番外編・ハッピーバレンタイン後編
前編・中編で頑張っていた高橋・山本の霊圧が、消えた……?
「ハッピーバレンタイン!」
朝。
前々から告知していたこともあってソワソワしていたクラスメイトの前で、サンタさんのような白い袋を開けた。中に入っているのは森短製菓の営業さんにお願いしてあった通りのチョコレートだ。
今日はホームルームがないので、その時間を使ってみんなに配ることにしたのだ。
担任? 特別なヤツ貰って写メ連射した後すぐに開けて齧って悶絶してたよ。ちなみにキャロライナリーパーチョコを用意してくれたのは高橋さんだ。
「うちのシェフに作らせるよ。危険物を暦くんに触らせるなんてできないからね」
相変わらずのイケメンムーブなんだけども、シェフがキャロライナリーパーを刻み始めた途端、キッチンに入っただけで目や鼻が痛くなるという壮絶な現象に襲われたらしい。最終的には刻むことを諦め、溶かしたチョコの中に入れてそのまま固めたんだとか。
まぁ担任は顔色が赤くなって青くなって白くなった辺りで校長先生に引きずられて保健室に行ってたから、きっと大丈夫だろう。
大丈夫じゃなくても知らん。選んだの自分だし、食べたのも自分だしね。
何はともあれバレンタインだ。
普段から高級総菜を貢いでもらっている身としては、(※第3話「ムシャムシャしてやった。後悔はしていない。」参照)このくらい恩返しというかなんというか……元手がゼロなのが何とも言えないけど。
「あれ……もしかして要らなかっ、た……?」
チョコレートを配り始めたものの歓声とかありがと、とかが一切ないので不安になってみんなを改めて見る。もしかして喜んでもらえるとか調子乗り過ぎたのだろうか。
「……?」
座ったまま動かないみんなをよく見ると、どうやら祈っているらしかった。ほとんどが涙を流しながらブツブツと何かを呟いている。
「天にまします我らが――……」
「観自在菩薩行――……」
「聞け、おお、イスラ――……」
「ささやき――いのり――えいしょう――……」
……うちのクラスって宗教色豊かだなぁ。最後のは別だけど。
にしても『神』ねぇ。最近どっかでそのワードを耳にした気がする。うーん、どこだろう。
神……動くチョコ……うっ、頭が……!
***
「光さん、これ、いつもありがとうございます」
ブシャァッ!!!
「気を使わせてすみません。ありがたくいただきます」
「? いえ。作るときたくさん手伝ってもらったやつで申し訳ないんですが」
***
「母さん、チョコいる?」
「あ”り”が”ど”お”お”お”お”!”!”!”!”」
「待って今どうやって発音したの、特に後半」
「!”!”!”」
「すげぇ」
***
「夏希、ハイこれ」
そういっておにーちゃんから渡されたのはチョコレートだ。チョコレート、そうおにーちゃんからのチョコレートだっ!!!
バレンタイン、それは男性が女性に愛を伝える日。
つまりこのチョコレートはおにーちゃんから私へのアイラブユー! アイニージュー! アイウォンチュー!
いや、ここで誤解してはいけない。おにーちゃんは色々思わせぶりな言動をとるけど、警戒心ゼロのド天然だ。こないだだって風呂上りに……やめよう、鼻血出てくる。
とにかくおにーちゃんは動物に例えるなら野生を失ったイエネコ! のんべんだらりとしながら私を翻弄するタイプなのだ!
どうせこのチョコだって大した意味はないに決まっている。
私はこのチョコ食べただけで妊娠できる自信があるっていうのに!
「そそそそうっ言えば、今日はバレンタインなんだね? 忘れてた? よ?」
思わず何でもない振りをして誤魔化すと、おにーちゃんはくしゃっと笑った。
何その可愛い笑顔!? どういうことなの!?
人がせっかく耐えてるっていうのに、もーっ! 誘ってるの!?
良いでしょう、その誘い、載ってあげようじゃないの!
「何人!?」
「えーと、何が?」
「何人欲しいの!?」
「えーと、何が……?」
「えっ」
「えっ」
……ほらやっぱり違った!
私が萌え死にそうになってるってのに、おにーちゃんは何も感じないんだ!
「私が死にそうなのに何も感じないってどういうこと!?」
「えっ」
「えっ」
***
「はぁ……」
今起こったことをありのままに話すぜ。
妹にチョコ渡したら突然錯乱した挙句、怒って部屋に行っちゃった。
うーん、うちの妹って情緒不安定だなぁ……それとも思春期ってだいたいあんなもんなんだろうか。
ちなみに、しばらく後にきりたんぽ味のアイスを餌に呼び出したら機嫌は治っていた。チョコはちゃんと食べたらしく、お腹をさすりながら、
「いま、動いたかも?」
と、つぶやいていた。チョコレートを作ったわけじゃないのに。ぐすん。
これにて番外編・ハッピーバレンタインは終了。




