夏の日の計画
お久しぶりです。生きています。多分。
今話では運転中にスマホをいじっているような記述が出てきますが、ながら運転を肯定しているわけではありません。自動車に限らず、ながら運転は他者を巻き込み、取り返しのつかない事故を引き起こす可能性があります。絶対にやめましょう。
光さんが持ってきてくれた資料をぺらりとめくる。
そこにあるのは施設や収容人数が一覧になった『夏を満喫☆贅沢プラン』全8コースだ。
「……光さん……」
「はい、いかがしましたか?」
「なんで二千円で一週間もロイヤルスイートに泊まれるんですか?」
俺の問いに光さんは当然のように頷く。
「各自治体には国から助成金が出ますから。ひと夏のアバンチュールでも起きれば御の字、といったところでしょうか」
そう言って指し示すのはコース説明の端っこに書かれた、『最低人数』のところである。どうやらアバンチュール発生率を上げるために同伴が推奨されているらしいが、呼ぶ女性がいない場合は自治体から綺麗どころが派遣されることになるらしい。年齢や好みのタイプをお伝え下さい、と書かれたそれを見て、改めて異常なレベルの男性優遇を感じる。
ちなみに贅沢プランの中には芸人を呼んでネタを披露させたり大ホール貸し切りで演劇を披露させたりと万金セレブでもやらなそうなイベントが並んでいる。
俺一人のためにオーケストラって申し訳なさすぎるわ。シンバルなんか二回くらい叩いてあとは立ってるだけだろうに。(暴論)
「なんか、もっと、こう、庶民的、といいますか……」
そもそも庶民ド真ん中なはずの我が家でこんな発言をするなんて思わなかったが、どうにかならないだろうか、と思いつつ光さんに尋ねる。
「このO・SHI・NO・BI☆彡シークレットプランなどいかがでしょうか?」
待っていましたとばかりにスッと差し出されたパンフレットをありがたく受け取る。
「……っていうかいまどうやって発音しました? オシノビ、のあとのやつ」
「☆彡」
護衛武官ってすげぇんだな……。
改めて光さんに尊敬の念を送りつつ新しいパンフレットに目を通す。
「最低人数15人からなんですね。……お忍びとはいったい……」
「十分に少ないでしょう。あ、ちなみにそのプランですと15人中10人は護衛です。もしよろしければ私の方で護衛チームを編成しておきますが」
「オネガイシマス」
VIPというよりも珍獣扱いされているように感じてしまうのはなぜだろうか。
とはいえ呼ばないといけない人数が少ないのは僥倖だ。俺、夏希で二人。残る枠は3つだけれどクラスメイトが妥当だろうか。いや、年上ばかりだと夏希が息苦しいだろうから夏希の友達も呼んであげるべきか?
そう考えると妹さんが夏希と同級生な委員長が第一候補。
あと一人は誰にしようかなぁ……適当に声かけて予定が合う人、とかでもいいんだけど普段のクラスを見ていると1つの座席を争って血で血を洗う戦いが巻き起こされそうな気がする。
いや別に最低人数が15ってだけだからもう少し枠を広げてもいいんだけれども。
流石に誘っておいてほとんど別行動ってわけにはいかないだろうし、ある程度人数絞りたいんだよね。
「ちなみに、護衛オプションはいかがしましょう?」
思案にふけっていると光さんがきりっとした表情のまま、伺うように声をかけてきた。
「オプション、ですか?」
「はい。慣れない観光地ですから、不測の事態にも対応できるようさまざまなオプションがございます」
まずは、と言って広げたパンフレットに載っているのは、
「護衛を意識せずに済むよう全員水着でモブ役として配置することや、男装して風呂内もばっちり警護したり、はたまたベッドの中までお守りすることも可能です。もちろん、信頼のおける護衛武官を最低人数ですので、ほとんど私が行うことになりますが」
「ははは。ありがとうございます。不安になったらお願いするかもしれません」
深刻そうな俺を見て和ませようとしてくれたのだろう。常識的に考えて光さんがおかしなことを言うはずがないもの。
とはいえ普段はキリッとした表情の光さんに柔らかい笑みを湛えてそう尋ねられれば、どきっとしてしまうのも仕方がないというものだ。俺の曖昧な返答にも嫌な顔一つせずにいてくれるのは流石プロ。やっぱり尊敬できる……?
光さんが一瞬だけフレーメン反応起こした猫みたいな顔になっていた気がしたけれど気のせいだよね?
***
「不安になったらお願いするかもしれません」
その言葉を聞いた瞬間、脳汁がマックスにほとばしった。
全身の筋肉に力を入れてこらえたけれど、穴という穴から脳汁をブシャアするところだったわ。
それにしてもお願いって何を!?
何をお願いしてくれるの!?
水着!?
お風呂!?!?
ベッドイン!?!?
いえ、具体的な主語がなかった、そのことをもっと重要視すべきね。ご主人様は馬鹿じゃない。馬鹿じゃないどころか頭が良い。だってご主人様だもの。
そのご主人様が主語をつけなかった、ということは主語なしでも通じると考えたか……いえ、違うわね。
主語をつけられなかった、そう考えるのがインテリジェンスな思考ね。
それはつまり男性が口に出すなんてはしたないと思われかねない×××だったり▲▲▲ってことね!
そうと決まればさっそく特訓よ!
本番でご主人様に呼び出されても恥をかかないように今日から特訓しないと……とりあえずゴーヤとこんにゃくを買ってきましょうか。
***
こよみ:なつきー、海に行きたくない?
夏希:海!? 行きたい!!!!!!!!!!!!!!!
こよみ:!多くない?
夏希:ごめん指が震えて超連打しちゃった
ママ:ママはー?
こよみ:残念ながら今回はご縁がなかったということで……
ママ:泣いちゃう
夏希:でも三月までのおにーちゃんよりずっと優しいよね
ママ:それはそうね
ママ:RINE交換してくれるようになったしね
夏希:今までブロックだったもんね
「おうふ……!」
家族のグループRINEで海に行くか聞いたら俺がクソだった話題が出てきてちょっと立ち直れないかも知れない……。っていかんいかん。フォローせねば。
こよみ:ごめんね。今回は同年代だけで遊びに行きたいんだー。もう高校生だし
ママ:全然良いわよ! 光さんには相談した?
こよみ:した。いくつかプラン聞いたから、帰ってきたらくわしく話すね
ママ:泣きそう
こよみ:?
ママ:帰ったらこーちゃんがお話してくれるなんて
ママ:涙で視界が滲んじゃうよ……
こよみ:大げさだなぁ
ママ:運転中なのに前が見えない
こよみ:そもそもRINEいじってんじゃねぇよ! スマホ見ないで前見ろ前! 絶対事故起こさないでよ!?
ママ:心配してくれるなんて優しい(´;ω;`)
こよみ:返信してくるんじゃねぇええええええええ!!!!!
夏希:あ、いまのちょっと昔のおにーちゃんっぽい
なお、母さんは無事に帰ってきた。ながら運転は流石にシャレにならないので本気で説教したけれども、ニマニマしながら俺の説教聞いてたから罰として一週間無視するって言ってみたらスゲェ泣かれた。
情緒不安定すぎるだろ。
光さんはゴーヤとこんにゃくを用意してナニを練習するんだろうか……?




