ラジオドラマ
お久しぶりです。失踪しててすみませんでした。
まだ本調子ではありませんが、よろしくお願いします。
最近、夏希の機嫌が悪い。
理由はすこぶる単純、俺が部活動に入ったこともあり、帰宅が遅くなりがちだからだ。
「放送部ェ……」
今も、どこかの下忍みたいな顔で俺が手に持っている台本を睨みつけている。
とはいえ自宅のソファででろんと横になっているので目つきさえ除けばたれたアイツみたいで可愛いんだけれど。
「夏希、いい加減機嫌直せよ」
俺の言葉に、夏希はぶすっとしたままそっぽを向く。
「護衛武官の前島さんもいるんだし、少しくらい遅くなってもいいじゃん」
「うー。気に入らない! ムカつく!」
獣みたいに唸ってて可愛いな。
でもせっかく入った部活――というか強制加入だったけど――を「妹に反対されたから」で即退部ってのもちょっと決まりが悪いし、何かとてつもないことをされない限りはしばらく在籍しようと思うんだよね。
まぁうちの学校は一年ごとに部活動の入部届出さないといけないから、その時また考えればいいし。
部長もイメージビデオ、とかかなり気になることを言ってたけど、渡された台本を読んだ限りではあまり過激なセリフとかはないようなので別に良いかな、と思う。
まぁ過激な内容の台本渡されたら即退部するけど。
ちなみに今俺が練習しているのは、音声のみで構成される「ラジオドラマ」と呼ばれるドラマの台本だ。
作者は藤沼先輩らしい。
藤沼先輩は文芸部と兼部しているとかで脚本を担当しているようだ。
脚本を読んでみたところ、意外と面白かった。
人は見かけに寄らないよね。
「『ほら、さっさと起きろよ』」
上目遣いに俺を睨む夏希を尻目に台本を読む。
「『減らず口叩くな。さっさと起きろ。まったく……毎回起こす方の身にもなれよ』」
「『……こら、寝るな。寝たらお仕置きだぞ?』」
「ストーップ!」
「ん? どうした?」
「どうしたじゃないでしょ!? 何、その台詞は!」
「何って、放送部で渡されたラジオドラマ用の脚本だけど」
「そういうこと聞いてるんじゃないよ! そんな台詞ダメ!」
うーん。妄想は掻き立てるかもしれないけど別にエロくはないと思うんだけど……。
っていうか多分夏希は勘違いしてる。
「夏希さん。ちょっと質問なんだけど?」
「何よ!?」
「もしかして、おにーちゃんの台詞からえっちな想像とかラブコメ的な展開とか期待しちゃってません?」
「ななななななんの事だかハテナがクエスチョンなんだってばよ!」
「うん。嘘が下手すぎて心配だよ」
っていうかやっぱり下忍的な台詞になってるんだけど、ハマってるんだろうか?
正直、この世界になってからあまり漫画は読んでいないので興味ある。元の世界と変わらないなら続きが読みたいし、魔改造されてたらそれはそれで面白そうだし。
とはいえ、まずは誤解を解かないと夏希の機嫌が直滑降だ。
「とりあえず夏希。ラジオドラマの練習も兼ねて、俺以外の人の台詞読んでみるか?」
「え? あ、うーん……じゃあ」
夏希が不審そうな、というか不思議そうな顔をしながら小首を傾げていたので、とりあえずソファに座らせて隣に腰掛ける。
頭を突き合わせて台本を覗き込む。
うん。
シャンプーのいい匂いがして兄は大変満足です。
「じゃ、始めるぞ。『ほら、さっさと起きろよ』」
「えっと。あ、ここか。『くっ……寝かせてくれ……くそ、流石に3日も起きているとめまいがするな。だがその程度で私の心を折ることが出来ると思うなよ?』」
「『減らず口叩くな。さっさと起きろ。まったく……毎回起こす方の身にもなれよ』」
「『ふん……スパイとして英才教育を受けてきた私がこの程度の拷問で情報を吐くわけなかろう。くぅっ……しかし眠気が……』」
「『……こら。寝るな。寝たらお仕置きだぞ?』」
「『ひっ。待て! ちくわはやめろ……きちんと起きてるからちくわだけはやめてくれ』って、おにーちゃん。何コレ?」
眉間にしわを寄せて朗読を止めてしまった夏希。
ここからが面白いのに。
「捕まった女スパイと拷問官の話。コメディタッチだけどここからが面白いんだよ。冷凍したちくわをすりおろして、」
「いや、拷問の内容とかはどうでも良くて」
夏希は頭を軽く振る。
そのまま俺の二の腕に、こすりつけるようにして頭を軽くぶつけてくる。
「とりあえずエロくないのはわかったから良いよ」
「納得してくれて何より。……夏希? 何で頭突きしてくるの?」
「おにーちゃんが部活ばっかりでかまってくれないから」
なんだこの可愛い生物。
「もしかして、俺が遅くなって不機嫌なのもかまってもらえないからか?」
「うっさい!」
夏希が頭突きしながら顔をそらしたので、わしゃわしゃと頭を撫でてやった。
とりあえずたくさん構ってやろう。
首とか脇とかを重点的にかまってやろう。
「あ、ちょっ、くすぐりは無し! それは違う!」
「ほーら、構ってもらえて嬉しいだろー?」
「あ、こら! ダメ! ほんとにダメ! 待って待って待って!」
くすぐりすぎて再び夏希の機嫌が悪くなったのはこの30分ほど後のことである。
構ってあげたのに。解せぬ。
***
――数日後。
「できた?」
「できたわよん」
暗い部室内。
パソコンのモニターから漏れる光に照らされ、幼女と世紀末覇者がいた。
違う。
部長である丸山・みみと藤沼・敬子だ。
二人はモニターに表示される音声の波形グラフを眺めて、ニヤリと笑った。
「とりあえず再生してみてもいいかしらん?」
「すいっち・おん」
カチリ、とマウスのクリック音が室内に響き、次いでパソコンから漏れ聞こえるのは、
『ほら、さっさと起きろよ』
『減らず口叩くな。さっさと起きろ。まったく……毎回起こす方の身にもなれよ』
『……こら、寝るな。寝たらお仕置きだぞ?』
新入部員で、男性でもある宇野・暦の朗読音声である。
「しっかし、みみも悪よねぇ。台本の台詞を流用して暦くんの目覚まし音声を作るなんて」
「だいじょぶ。ばらまいたりはしない」
「んふふ。それは分かってるわよ。流石にバラ撒いたりお金儲けに利用するようならアタシも協力しなかったしぃ」
「とりあえず、わたしとけいこのひみつ」
「あらん? みのり先生と薫子はいいのん?」
「かおるこはさわぎそうだからだめ。みのりせんせいは……だめ」
「……まぁ、みのり先生だもんねぇ」
放送部顧問でもある三戸・このみの普段の言動を思い浮かべて敬子は苦笑すると気を取り直して音声データへと目を向ける。
「しっかし、良いわ、コレぇ。幼馴染の男のコがいたらこんな感じなのかしらん?」
「びみょうにたかびーなのが、りある」
「そうよねぇ。暦くんは特殊っていうか……まぁあんな男のコ居ないもんねぇ」
みみはこくりと頷く。
台本内での言葉遣いを普段の暦のものよりも崩してあるのは、リアリティを追求するためだったらしい。
「もんだいもある」
「何よ、問題って」
「……あさからこんなこえをきいたら、かくじつにはかどる」
敬子はみみの言葉にああ、と頷き、やや意地の悪い笑みを浮かべて、
「じゃあコピーデータは要らない?」
「それとこれとははなしがべつ。はやくCDにやいて」
「はいはい」
「あとMP3でもほしい」
「わかったわん」
無表情ながらも欲望を垂れ流しにするみみに対して、敬子は苦笑めいた笑みをこぼすのであった。
冷凍したちくわをすりおろすなんて……なんて恐ろしいことを!
女スパイとちくわでエロいことを想像した人は心が汚れています。




