護衛的なサムシング
この小説は、上品かつエレガントをモットーに執筆しております。
「第377回、おにーちゃん会議ー!」
夏希の言葉に母さんがぱちぱちと手を叩いた。場所はリビング。
学校から帰って部活のことを夏希に伝えた途端、仕事が忙しい母さんまで呼び出して意味不明な会議が行われる運びとなったのだ。
まぁ夏希が可愛いから許す。
許すけれど。
「えーと……なんだこれ」
「だから、おにーちゃんのための会議だよ」
「そうねぇ。なっちゃん、まずは前回の資料出してくれる?」
母さんの言葉に夏希が分厚いファイルを取り出す。そこに書かれているのは、
「警備会社……?」
「そうよー。こーちゃんが部活やりたいっていうならお母さんも応援するけど、やっぱり男の子が夜遅くに一人で帰るのは危ないし」
「そうそう。クラスメイトと帰る、とかこないだ言ってたけど、おにーちゃん結局は一人で帰ってるみたいだし」
う。
確かに俺は一人で下校することが多い。
というのもクラスの皆も部活に入っていたり、あるいは塾とか習い事している子が多いのだ。もちろん俺が誘えば部活や習い事などそっちのけで一緒に帰ってくれるだろうが、だからこそ頼めない。
申し訳無さすぎるのだ。
というわけでこっそり、ひっそり、一人で帰っていたのだが、部活動加入に至って遂に護衛を付ける運びとなったらしい。
「でも、お高いんでしょう?」
「男性の場合は政府から助成金が出るから月額5000円くらいよ」
わぁ。お買い得。
……じゃなくて!
「ほら、でも護衛も結局女の人なんでしょ? 意味なくない?」
「おにーちゃん、前もそう言って断ってたけどさ。女の人とかに襲われて傷つくのはおにーちゃんなんだよ? 夜遅くなるなら絶対必要だと思う」
「そうよ。それに民間の会社でも男性の護衛武官は国家試験を通ってる人だけだし、一般女性よりずっと安心だと思うわよ?」
護衛の国家試験……なんかSPみたいな人なんだろうか。
「んー、でもなぁ」
俺がどう断ろうか言いあぐねていると、母さんがファイルから一枚のパンフレットを取り出した。
「ここなんてどう? 仕事中は貞操帯が義務付けられてるみたいだし、万が一にも襲われることはないわよ」
……?
「いや、ちょっと待って!? 貞操帯って何!?」
「男性を襲えないように下半身に付ける器具のことよ。普通は執行猶予付きの性犯罪者とかに付けるんだけど、この会社は徹底してるのねー」
「いや、そうじゃなくて!」
貞操帯付けた女性SPに護衛されるとかどんな特殊プレイだよ!
「んー……良い案だと思うんだけどなぁ……なっちゃんはどこか良さそうなところ見つけた?」
「あ、私こことか良いと思う」
夏希が取り出したのはSPが複数付くことで相互に監視し、間違いが起こらないというのが売りの警備会社だった。割高ではあるものの目をむくほど値段に変化があるわけじゃない。
うん、特殊プレイよりはずっと良いな。
「悪くはないね」
「でしょ!? ここで20人くらい付ければ、」
「ちょっと待て、夏希」
「なーに?」
ぐぅ。小首を傾げる仕草が可愛い。
不意打ちはズルいぞ夏希。
「20人は流石に多くないか?」
「そうよ。家だってそんなに広くないんだし、10人くらいが丁度良いと思うわよ」
「え?」
「え?」
何それ怖い。
じゃなくて。
「10人でも多いよ! 2人いれば十分でしょ!」
俺の言葉に夏希が大きなため息を吐いた。それから俺の肩に手を当てて、覗き込むように俺を見る。
「おにーちゃん、良い?」
「お、おう。どうした?」
「嫐る、って漢字は男が女に挟まれてるのよっ! つまり女2人は危険度アップ……!」
いや、なぶるって男で女を挟む漢字だろ。
……あべこべだから逆なのか!?
俺が愕然としていると、夏希が母さんに引きずられて廊下の方へと消えていった。
「なっちゃん。お母さん、男の人の前でそんな下品な言葉使うように育てた覚えはないわよ。ちょっとこっち来なさい」
「あ、ちょっ、耳、耳取れちゃう! 妊娠してるのに! せっかくの双子が!」
「馬鹿なこと言ってないでこっち来なさい」
……双子って何のことだろうか。
夏希のことだからどうせ大したことじゃないだろう、とアタリを付けて台所に移動する。
暇だし小腹が空いたからアイスを食べるのだ。
片手で食べられるパウチ入りのアイスの口を咥えると、護衛武官についてスマホで検索してみる。
どうやら男性を護衛するために、理性を磨いた女性のことをそう呼ぶらしいことがわった。
具体的には、男性の裸体を含むあられもない姿を見ても興奮を抑えるだけの理性を持ち、暴女――暴漢の女性バージョン――を制圧するだけの実力を兼ね備えた存在らしい。試験の倍率は200倍超過という超難関にも関わらず、女性がなりたい職業では「お嫁さん」「愛人」「都合の良い相手」に続いて第四位だと言う。
二位、三位が酷すぎて微妙な感じではあるが、まぁ一般職としては大人気と思って良いだろう。
理由は言わずもがな、男性と知り合うことができるからだ。
どうやらドラマや小説なんかでは護衛武官と護衛対象の男性との恋愛は鉄板とすら言えるものらしい。
まぁ、そんな下心を持っていては試験に合格できないようではあるが。
俺が話しかけただけで理性とさようならしている人が多いこの世界では、試験が難関なのもうなずけるというものである。
……母さんも夏希も護衛武官は複数が基本、みたいなこと言ってたけど、正直一人いれば十分だよね。お金も余計にかかるみたいだし、何より他人が家だろうがなんだろうが四六時中そばにいるのだ。
人数が多くなれば息が詰まってしまうのは想像に難くない。
そう考えると、やっぱり護衛は一人で十分だよな。国家試験通ってれば実力的にも人間的にも信用できそうだし。
そんなことを考えながら、2人が見ていたいろんな警備会社のパンフレットを眺める。
「……ん?」
そこで気になるものを見つけた俺は、アイスを吸うのを止めて詳細に目を通す。
そこに書かれたのは、
・24時間体制で護衛可能な密着型のSP
・護衛武官免許一級だけでなく、調理師免許や当社独自規定によるハウスキーパー一級も取得済み
・家事全般、お任せ下さい
・それでも不安な男性には貞操帯オプションあります!
との煽り文句とともにデフォルメされたメイドさんが買い物かごと掃除機を持っている絵が書かれていた。
正直、護衛を付けるのは気が進まなかったけれど、ハウスキーピングとか調理もやってくれると考えればかなりお得じゃないだろうか。いや、貞操帯はどうかと思うけど。
母さんが忙しいこともあって家事は俺と夏希が分担している。
といっても料理は母さんがいないときは出前が中心なんだけどね。
「こーちゃん、お待たせー」
「オマタセ、オニーチャン」
丁度よく、なぜかつやつやした母さんと、レイプ目になった夏希が戻ってきたので、件のパンフレットを見せる。
「これとかどうかな。母さんも家事とか楽になるだろうし、値段もそんなに変わらないみたいだしさ」
「……これ、派遣される護衛武官が一人みたいだけどこーちゃんは良いの?」
「んー、国家資格取った人なら、ある程度信用できるんじゃないかな、って思って」
「おかーさん、チャンス! おにーちゃんの気が変わらないうちに面接の申し込みしちゃおう!」
「そうねぇ……男の子なのに護衛なしってのはお母さんも気になってたから、そうしちゃいましょうか」
そう言うと母さんはスマホを取り出してパンフレットに書かれていた番号に電話を掛けた。
「あ、はい。そうです、男性一人で」
夏希が食べかけていたアイスを目ざとく見つけて手を伸ばしたので、半分こすることにした。
「おにーちゃんありがと」
「全部はダメだぞ」
「がってん」
2人で交互にアイスを吸っていると、母さんが電話を終えたのが聞こえた。
「ええ、そうです。よろしくお願いします。――あ、貞操帯のオプションもお願いします。それじゃ」
「ちょっと待てえええええええええええええええええ!」
俺を変なプレイに巻き込むんじゃねぇよ!
そう思ったが、すでに電話は切られた後だった。
暦はあべこべだから逆なのかと勘違いしてますが、「嬲」も「嫐」も漢字としては普通にあります。ちなみに吉武のパソコンでは両方とも「なぶる」で変換できます。
「男女男」のなぶる=「もてあそぶ、からかってばかにする、いじりまわす」との事です。ナニをもてあそぶのか、ナニをいじりまわすのか非常に気になるところではありますが、エロい意味合いは無いようです♂。
まぁ上品かつエレガントなこの小説を読んでいる人がそんな想像をするはずもないですよね。すみませんでした。
ちなみに、「女男女」のなぶるは「うわなり」と言って歌舞伎十八番の一つらしいですが、この世界では「男女男」のなぶると同じ意味ということで一つよろしくお願いします。
嫐嬲で男女がいっぱい。つまり乱k……げふんげふん。もう一度言いますが上品でエレガントな小説です。作者である吉武も上品かつエレガントです。
……エロガント?
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