授業参観(2)
「初めまして、夏希ちゃん」
授業後。ようやく鼻血が止まった私に、そうやって声がかかった。
シンプルで上品な、「大人の女性」って感じの人からだ。
初めて見たはずなのに、その顔には見覚えがあるような……
「あ、山本・詩織の姉で、雫って言います。いつも詩織がお世話になってます」
しーちゃんのお姉ちゃんか!
ちょっとびっくりしたけど、確かにしーちゃんに似てる気がする。
でも待って。
しーちゃんのお姉ちゃんって、おにーちゃんの情報をしーちゃんからもらってる人だよね?
……つまり、敵?
そんなことを考える一方で、しーちゃんのお姉ちゃんだから仲良くしたいとも思ってしまう。
その結果が、
「初めまして。宇野・夏希です」
この中途半端な挨拶である。
ああもう本当に可愛くない!
これじゃおにーちゃんの妹なのに無愛想、って思われちゃう!
そんなことを考えていると、きゃあ、と歓声が上がり、私は思わず舌打ちをしてしまう。
おにーちゃんだ。
おにーちゃんの元に保護者とかおにーちゃんのクラスメイトが集まっているのだ。
うう、何話してるのか気になる……。
とはいえ雫さんを無視することは出来ないのでおにーちゃんのところに行くことはできない。
ああ、また歓声が……!
どうせまたあっちこっちに愛想を振りまいてるんだっ!
おにーちゃんの馬鹿! 八方美人!
私はまた舌打ちをしてしまった。いけないいけない。
いくら女だからって、舌打ちは流石に無い。次からは気をつけないと。
ううっ。おにーちゃんの馬鹿。
雫さんに変な風に思われたら、絶対おにーちゃんが悪いんだから!
***
将を射んと欲すればまず馬を射よ。
至言だ。
しかし、この私、山本・雫の能力ではそれは難しいかもしれない。
暦くんの妹である夏希ちゃんを目の前に、私はそんなことを考えていた。
何しろ夏希ちゃんの反応があまり芳しくない。
警戒されている、というよりも、底知れない感じがする。
詩織の話では明るくて人懐こいキャラのはずだけれど、今も不自然なタイミングでビクンと肩を揺らしたり、頬をぴくりと動かしたりととっつきにくい感じになっている。
とはいえ話しかけてしまったのにうまく話が繋げられないから途中でバイバイ、というのは話にならない。今から暦くんの元に言っても、保護者のババ……お姉さま方や、淑女協定の同志たちをかき分けて近づくことは非常に困難だから。
考えろ。
考えろ、山本・雫。
何かいい方法があるはずだ。
「そうだ、夏希ちゃん。今度家に遊びに、」
「チッ」
「こな――!?」
今舌打ちした! 絶対舌打ちしたよこの子!
……まさか私の考えが読まれている?
いや、そんな馬鹿な。
でも仮にも暦くんの妹。暦くんに長く触れ合った者だけが持っている不思議パワーを秘めているのかも知れない。
とりあえず親友の姉、というポジションでいきなり超嫌われてるということはないだろうからもう少し頑張ってみよう、と気を取り直す。
「ええと、夏希ちゃん?」
「なんですか、雫さん」
良かった。怒ってはいないみたい。
「いつも詩織がお世話になってるみたいだし、今度家に遊びにおいでよ」
「えっ、良いんですか?」
「良いの良いの」
「でもしーちゃん、部屋に呼びたくないみたいですし……」
「ああ、あれは詩織の部屋が汚いだけ。女の子だからっていくらなんでもあれは酷いから、一度駄目出ししてあげて。詩織には内緒にしとくから」
「分かりましたっ」
夏希ちゃんは私の軽口に合わせて微笑んでくれた。
良かった。
さっきの舌打ちは気のせいね、きっと。
「それじゃ、今週末なんてどう? 詩織も予定無いはずだし」
「えっ、良いんですか?」
「もちろん。手作りになっちゃうけど、クッキー焼いとくわ」
こうして少しずつ好感度を高めて行けばやがては義姉に――
「チッ」
ひ!?
やっぱり読まれている!?
いや、気のせい。気のせいよきっと。
「それじゃ、連絡先交換しましょ。って言っても、中学校はスマホは禁止だっけ?」
「持ってくるのは良いんですけど、予鈴前と放課後以外は禁止ですね」
「そっか。じゃあ紙に書くね」
そう言って、詩織の机からルーズリーフとペンを拝借してRINEのIDを紙に書く。
ちなみに詩織はトイレに行っている。私の予想だとさっき暦くんから直に話しかけられていたし、休み時間中捗るつもりなんだと思う。
『お・か・せ』の暦くん三原則も守れないような妹にはお仕置きが必要である。
……夏希ちゃん、本当に詩織には内緒で呼ぼうかな。
書き終えた紙を夏希ちゃんに渡すと、
「私も書きますね」
夏希ちゃんもメモ帳を取り出してRINEのIDを書き始めた。
その時だ。
わっ、と悲鳴に近い歓声があがった。
思わずそちらを見れば、出処はもちろん暦くん。
学校でも同じようなことがあるから慣れてはいるけれど、話している内容は気になる。
いいえ雫、貴女のミッションは夏希ちゃんと仲良くなることよ。
暦くんのことは淑女協定のRINEに上がるはずだから後で確認すればいいじゃない。
そうよ、目指すは義姉。
暦くんの奥さんだもの!
気を取り直して夏希ちゃんを見れば、夏希ちゃんは肩をぷるぷる震わせながら俯いていた。
「夏希ちゃん? どうしたの?」
「いえ、シャーペンが折れちゃって」
シャーペンが!?
シャーペンの芯が、とかじゃなくてシャーペンそのものが!?
やっぱり心が読まれているのかしら……。
週末、夏希ちゃんを家に呼ぶときは煩悩を心から叩きださないと……。
そう決意しながらRINEのIDを受け取るのであった。
***
きゃあ、と歓声があがる。
嬉しそうなおばさま方の表情に、俺も思わずうれしくなってしまう。
だってそうだろう?
夏希の可愛さを分かってくれるのだ。
「で、その時はぐじぐじ泣きながら抱きついて来たんですよー」
「「「可愛い~!」」」
学校では自重していたが、子育てを経験しているおばさま方だったら幼い頃の夏希の可愛さを分かっていただけたようで何より。ちなみにおばさま方、とは言っているが、この世界の30代、40代は非常に美人が多い。
美魔女、というか普通に美人だ。
話のきっかけは、俺が夏希に「夏希。困ったことがあったら、何でも相談しろよ?」と声を掛けたことだった。
周囲にいたおばさま方が、
「妹さん思いなんですね」
なんて言ってくれたので、ついつい調子に乗ってしまったのだ。
もしかしたら、同級生とかから感じる狩人のような視線が感じられないことも俺の口を軽くする要因の一つかも知れない。
ビッチ扱いやら猛獣に見定められたような視線やら、なんだかんだでストレスが溜まっていたのだろう。
俺は夏希の、家に居る時のダメ可愛いエピソードや、ちっちゃい頃のロリ可愛いエピソードなんかを雄弁に語っていく。
その度に歓声と同意の声があがって、俺はどんどん気分がよくなっていく。
「でも夏希ちゃん、とってもいい子だってうちの子が言ってましたよ」
そうでしょうともっ!
心のなかで盛大に同意しつつも、表面上は「そんなことないですよ」と謙遜する俺であった。
イジメ問題は解決したし、夏希自慢が出来たし、授業参観って最高だな!
……おや、授業っていうかずっと鼻血の処理してただけのような……授業参観なのに授業がないとはこれ如何に。
……鼻血参観?
まぁ楽しかったし良いか。
舌打ちするヒロイン。可愛くねぇ……
ここらで少し更新が毎日でなくなるかも知れません。ストックはあるのですが、見直しの回数がすくなくなってしまったり、あまり面白くない展開になってしまいそうなので。
更新がゆっくりになってしまっても見捨てないでやってください><
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