時津・亜希子 * 山本・雫
サブヒロイン回です。
予想外に魔乳に反応する方々がいたので一応。
越後屋薫子はちょっとあとに出てくる予定があります。
私の名前は時津・亜希子。
三つ編みにメガネという地味っ子スタイルを貫く、モブキャラの一人だ。
いや、一人のはずだった。
でも、私は今、調子に乗っている。人生の絶頂にいると言っても過言ではないくらい調子に乗っている。
もはや驕り高ぶっているとすら言えよう……!
理由は簡単。
「おはよう、時津さん」
同じクラスにいる王子様、宇野・暦くんが挨拶の時に私の名前を呼んでくれるからだ。
暦くんはしばらく前まで近寄り難い雰囲気を持った男の子だった。
男の子だしそれは当たり前のことだと思ってたんだけど、私がお弁当係になった日に、唐突に暦くんは変わった。
四越で買った、たかだか1万円ちょっとの惣菜に対して、
「お金使わせてごめんね。明日からは自分で用意するから」
なんて可愛いことを言い出したのだ。きゅんきゅんしてしまってトイレに駆け込むところだった。
せっかく話せる機会なので必死にこらえたけど。あ、朝はこらえきれなかったけどノーカン! あれはノーカンで!
初めは何かのドッキリかと思った。
その次は、私は死ぬのかとも思った。
だけど違った。
暦くんは私のことを心配してそんなことを言ってくれたのだ。
これはもしかしなくても、暦くんが私のことを気にしてくれているって思っていいんだよね!?
そうなると、ももももももしかしたらもしかして、好きとか気になってるとかそんな風に思ってくれてるとか!?
まぁ流石にそれはない、というのは分かる。
でも暦くんが私の名前を覚えてくれているのだ。
それだけでこの15年のモブキャラ生活とはおさらば出来る気がした。
というよりもおさらばしてしまった。
それからの私は、今までのモブ生活が嘘のように積極的になった。
何しろ暦くんは挨拶を返してくれる。
話しかければ返事をしてくれるし、うまく行けば軽いボディタッチも嫌がらずに受けてくれる。
委員長をしている山本さんが妹から聞いたところによると、妹から「天然びっち」扱いを受けているとも聞いた。
そんなエロ漫画みたいな人って本当に居るのか、とも思ったけれど、暦くんの無防備さを考えると事実かもしれない、とも思ってしまう。
暦くん以外が参加しているクラスのグループRINE「淑女協定」の取り決めで本人には絶対言わない事になってるけど、ワイシャツのボタンは必ず一個開いてて胸元がゆるゆるだし、それでなくても下着を付けてないこともある。
つまり、透けて見えるのだ。
私の日課である「暦くん観察日記」を見返すと、なんと付けていない確率は90パーセント超過!
雨の日とか肌寒い日以外は付けていないことが発覚した。
もちろん淑女協定で全員に通知した。
暦くんと二人きりの時に、誰かが不意に気づいたりしたら理性が吹き飛んでもおかしくないからね。あの理性崩壊攻撃(命名・私)は事前に覚悟を決めておく必要がある。
そんな暦くんだけれど、金曜日は学校を休むらしい。
なんでも、妹さんの授業参観があるとか。
授業参観って土曜日じゃないの、と思ったけれど、それは公立の話で、私立だと金曜日にやるところもあるみたい。
山本さんを含めて暦くんの妹さんと同じ学校に姉妹のいる人は、軒並み授業参観に参加するために欠席することになっていた。
妹がいない私は休んでも授業参観に出席できないので普通に学校へ行く。
淑女協定の不和の元である。
そう考えたのだが、
「最低でも一枚、暦くんの写メをアップすること」
「暦くん及び暦くんの妹さんの情報はすべて共有すること」
「『お・か・せ』を守る」
の3つでなんとか妥協することになった。
ちなみに『お・か・せ』とは、
お・おさわり禁止
か・観察を怠らない
せ・節度を持った言動を取る
の3つからなるもので、別名暦くん三原則と呼ばれるものである。
特に『せ』に関しては、暦くんがいる前でトイレに立って捗ったりしない、むやみやたらに暦くんの吸った空気を吸おうとしない、暦くんが席を立った隙に座席のぬくもりを感じようとしない、など細かく規定されており、守れなかった場合は弁当係一回休みなどの重い罰が下る。
せっかく女性に対する不信感を出さなくなったのだ。
変なことでまた暦くんが女性不信にならないように細心の注意を払わなければならないというのは、クラスどころか人類の総意であろう。
***
「詩織、ちょっと良い?」
「何、お姉。改まっちゃって」
私こと山本・雫は悩んでいた。
その悩みとは、
「今週末の授業参観、この服でおかしくないかな?」
暦くんが参加するという授業参観に、どんな服装で参加すればいいのかということである。
せっかく暦くんと少人数で触れ合えるチャンス。
ここは清楚でシンプル、それでいてキラリと光るようなセンスある服選びをして暦くんの記憶にとどまるようにするべきなのだ。
淑女協定では守るべき『お・か・せ』がある。
しかし、裏を返せばそれさえ守れば何をしても咎められることはない……!
そんなことを考えながらチュニックとそれに合わせたカーディガン、女性らしさを強調しないロングのスカートを持っていくと、そこには呆れ顔になった妹の詩織がいた。
「授業参観ってさ。主役はお姉じゃないと思うんだけど」
「あれ? 派手過ぎた?」
「派手じゃないけど、気合入りすぎ。いくらなっちゃんのおにーさんが来るからって、そこまで気張ることはないんじゃない?」
「そうは行かないわ! これはチャンスなの!」
おっと。
学校ではクールで知的なキャラとして通っている私が、あろうことか声を荒げてしまった。
いけないいけない。
「そういえば詩織は暦くんの妹さんと仲良いのよね?」
「うん、なっちゃんは親友だよ」
「暦くんの服装とか、何か言ってなかった?」
私の問いに、詩織はニンマリと笑った。
いけない。
この表情の時は、大抵ロクでもないことを考えているのだ。
内心嫌なものを感じつつも詩織の言葉を待つが、何故か言葉ではなくて詩織の右手が差し出された。
「お姉、こないだの日曜デートの件からこっち、情報料を頂いてないんですけど」
「うっ」
……そうだった。
暦くんの妹さんである夏希ちゃんからの情報を私に流す見返りに、詩織には情報料を渡さなければならないのだった。
正直、情報料はかなり痛い。
とはいえ暦くんの情報を得るための必要経費であり、情報も『家ではさらに無防備』『下着はボクサーパンツ派』『腹筋が薄く割れてる』など実用性満天なものばかり。
最近は淑女協定でも情報の安定供給を求めて『情報料を少し肩代わりすべきではないか』という議論が出るほどに有益なものばかりなのだ。
早く可決されて欲しい。
「仕方ないわね……。少し待ってて」
部屋に取って返して五千円札を一枚用意すると、それを詩織に渡す。
はぁ……我が妹ながら、しっかりしてるわ。
「それで、暦くんは、」
「はいはい。なっちゃんのおにーさんは下がベージュのチノパン。上は白地にプリントが入ったVネックのティーシャツで、寒かったら紺のカーディガンだってよ」
「なんでそんなに詳しいの!?」
「日曜デートで、なっちゃんが直々に選んだって言ってた」
「……やっぱり暦くんは妹さんのことを随分と気にかけているのね」
ここは暦くんにばかり気を回すべきではないかも知れない。
将を射んと欲すればまず馬を射よ。
つまり最初に落とすべきは妹の夏希ちゃん!
彼女と仲良くなれば、夏希ちゃんと遊ぶ名目で家にお呼ばれする可能性もあるし、そうなればあられもない姿の暦くんを観ることも出来るかもしれない。
そうと決まればまずは授業参観!
ここで親友の姉として夏希ちゃんにいい印象を持ってもらおう!
きっと他の授業参観参加者は『お・か・せ』を破らない範囲内で暦くんを狙っていくだろう。それが女の本能というものだ。
そんな中で私だけ違う対応をすれば、きっと夏希ちゃんも……!
「お姉、さっきから百面相してるけど大丈夫?」
「大丈夫よ」
危ない危ない。知的でクールなキャラを壊さないように、冷静に振る舞わねば。
私は大きく深呼吸をすると、授業参観に向けた計画を練るのであった。
ちなみに時津さんは「たかだか一万円」と言ってますが、金銭感覚がおかしいのではなく、男性とお近づきになれるなら高くない、という意味です。
お読み頂きありがとうございます!皆様の感想、批評、ブクマ等が励みになっております!拙作ではありますが、これからも頑張りますのでよろしくお願いします!