OHANASHI
というわけでシリアス回です。
びっち連呼回はここまでの予定です。
「夏希、ちょっと良いか」
トーストを齧りながら切り出すと、不機嫌とも照れ隠しともつかない表情の夏希が俺へと視線を向けた。
可愛い。
が、今日の態度はいただけない。
確かにこの世界では俺の迂闊な言動が目立つのかもしれないが、だからといってせっかく来てくれた……しかも月曜日に弁当を用意してくれる人を相手にあの態度は良くない。
おにーちゃんとしてしっかり教育せねばなるまい。
鼻息も荒く夏希に向き直ると、夏希は何故か目を閉じた。
「……いいよ」
良いよ、じゃねぇよ!
いや、俺も嬉しいけど! 嬉しいけどそういうことじゃねぇ!
「夏希、坂口さんへの態度、ちょっと悪すぎ。あれじゃ喧嘩売ってるようなもんだぞ?」
「だって、おにーちゃん防御力低いんだもん……」
何だ人をポケ○ンか何かみたいに。
「俺を心配してくれてるのは分かる。分かるけど、少しは信用してくれ。俺だって何も考えて無いわけじゃない」
俺の言葉に、何故か夏希は顔を赤くする。
「今日だって普通に話しただけだったろ? 家には夏希がいるんだし、そうそうおかしなことにはならないよ」
「でも!」
「でもじゃない。ああいう態度でいると、敵が増えるぞ? 敵が増えたら、あとで苦しくなるのは夏希自身だ」
まっすぐに夏希を見据えれば、夏希は若干気まずそうにしながらも、小さな声で「わかった」と答えてくれた。
よし、いい子だ。
俺は素直な夏希の頭をわしわしとなでてやる。
細くてしなやかな髪の毛がすごく手触り良いからメチャクチャ気持ちいい。
「おにーちゃんは、」
「ん?」
「おにーちゃんは、どうしてそんなに優しくなったの?」
「夏希が好きだからな」
素直に言葉が口をついて出た。
夏希はその言葉にわなわなと口を震わせ、真っ赤な顔でうつむいた。
照れてるのか。可愛いな。
多分、夏希が言いたいのは俺がこの世界にくる前と来た後での態度の変化のことなんだろう。
だけど、さすがに「異世界きちゃった☆」とか頭おかしいとか思われそうで言えないし、こうやって誤魔化すしか無い。
まぁ本心だから言えることでもあるんだけど。
照れてる夏希可愛いなぁ、と夏希観察に勤しんでいると、不意に俺を射殺すような視線で睨んだ。
あ、なんか機嫌悪い。
「……えーと、夏希? 夏希さーん?」
「この天然びっち!すけこまし! どーせ誰にでもそういうこと言ってるんでしょ! そんなんだから心配だって言ってるんだよ!」
「な! 言ってないし! っていうか俺のことどれだけビッチだって思ってるんだよ!? クラスでも大変だったんだからな!?」
「クラスでもびっちって呼ばれてるの!?」
「お前のせいだお前の! 山本さんの妹に俺こと話しただろ?!」
「しーちゃんのこと!? だって前におにーちゃんと登校してるの見られて質問攻めになったんだもん!」
「だからってビッチ扱いしなくても良いだろう!?」
俺が思わず声を荒げると、夏希はうー、と涙目で俺を睨んで、それからぷいっとそっぽを向いた。
「おにーちゃんが悪い! 私、悪くないもん!」
いや、充分悪いだろうよ。イジメだぞイジメ。
ってそういや夏希も虐められてるんだっけ。
そう考えると夏希が機嫌悪いのもイジメが原因な気がしてきた。
元々ここまで怒りっぽいタイプじゃないはずだし、初対面の坂口さん相手にあそこまで敵意を露わにするのも夏希らしくない気がする。ストレス溜まってるのかも知れないな。
「夏希、明日暇か?」
「……何で?」
不機嫌全開の夏希だが、俺は気にしない。
元の世界の夏希のツンに比べればこの程度……!
兄である俺を心配してくれてるのは確かだし、何より嫉妬してくれてるみたいで可愛いからね。
「明日、デートしよっか」
「は?」
「いや、だからデート」
「……そういうところが天然びっちなんだよ!」
まずい、火に油を注いでしまった。
「いや、そうじゃなくてだな」
「何よ!」
「来週、授業参観に行っていじめっ子にザマァする予定なんだろ? どんな洋服で行けば良いかわからないから、見るの付き合って欲しいんだよ」
「なら始めからそう言いなさいよ!」
「悪かったって」
そう言って頭をぽんぽんしてやれば、夏希はなんとか納得してくれたらしい。
しばらく後にデート、デート、と小さく呟き、あれこれと思案している様子が見て取れた。何はともあれ、少しはガス抜きになるといいなぁ。
***
最近、おにーちゃんが変だ。
おにーちゃん、というからには男なのだけれども、今までよくありがちだった女性不信が嘘みたいになくなった。
それまで「おい」とか「お前」とか呼んでたおかーさんのこともちゃんと「母さん」って呼ぶし、私のことも名前で呼んでくれる。それどころか、頭をなでてくれたりもする。
今までは、男兄弟がいるなんて何たる幸運! と思っていたのだけれど、そんな幸せが霞んでしまうくらいに幸せだった。
でも、気をつけないといけないこともたくさん出来た。
まず、周囲に居る女達。
彼女たちは皆狩人だ。
虎視眈々と獲物が罠にかかるのを待つ、一流の狩人なのだ。
罠は態度だったり、言葉だったり、あるいは行動だったりと様々だけれど、女性を疑うってことをしなくなったおにーちゃんが騙されないか、私は心配だよ……。
今までみたいな、女性不信のおにーちゃんなら、万が一にも騙される心配はなかったんだけどね。会話以前に基本は無視だったし。
そんなおにーちゃんに叱られたのは今日の朝のことだった。
お弁当を用意するなんて言う見え透いた手管でおにーちゃんに近づく、不逞の輩がいたのだ。
私はおにーちゃんを守るために必死だったんだけど、どうやらクラスメイトだったらしくて怒らせてしまった。
おにーちゃん、騙されてるよ。
坂口、だったかな? あの女の人、絶対おにーちゃんのこと狙ってるよ。
そう思ってたんだけど、
「俺を心配してくれてるのは分かる。分かるけど、少しは信用してくれ。俺だって何も考えて無いわけじゃない」
キリッとした顔でそう言われた。
正論な上に格好良過ぎて悔しかった私は、思わずカッとなってしまって口喧嘩に発展した。
おにーちゃんをびっち扱いするなんて、本当最低だよ、私。こないだも、びっち扱いされるの嫌だって叱られたばっかりだったのに。
でも、そこで幸運の女神が舞い込んでくれた。
もう駄目だ、嫌われたと、そう思った瞬間、
「夏希、明日暇か?」
おにーちゃんが思いついた顔をして私に訊ねてきた。
「……何で?」
思わず不機嫌全開で対応すれば、おにーちゃんは少女漫画にしか出てこないような気障な台詞を吐いた。
「明日、デートしよっか」
「は?」
「いや、だからデート」
嬉しかった。
でも、それ以上に恥ずかしくて、思わずまた怒鳴っちゃった。
「そういうところが天然びっちなんだよ!」
そんな可愛くない私に対しておにーちゃんは怒ることも、声を荒げることもしなかった。
「いや、そうじゃなくてだな」
「何よ!」
「来週、授業参観に行っていじめっ子にザマァする予定なんだろ? どんな洋服で行けば良いかわからないから、見るの付き合って欲しいんだよ」
「なら始めからそう言いなさいよ!」
「悪かったって」
デートに誘ってもらっておいて逆ギレする、という女子としてあるまじき格好悪さを見せてしまったけれど、おにーちゃんはどうやら気にしていないようだった。
そんなわけで私は怒ったふりをしながらも、デートで着ていく服装についてあれこれと思案するのだった。
いくらおにーちゃんが相手とはいえ、やっぱり女子として奢るべきかな?
とか、
小洒落たイタリアンのお店とかないかな?
とかそんなことを考えながら、スマホで検索しつつデートプランを練るのであった。
しーちゃんにも相談しようかなぁ。
お読み頂きありがとうございます!
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設定ダダ甘な拙作ですが、これからもよろしくお願いします!