表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

神崎さんの異世界寸前物語

作者: 色々大佐

神崎さんが頑張る話

「異世界転移チート?」

 俺は目の前にいるサラリーマン風の男からそう告げられた。

「はい、そのとおりです。今なら冴えない貴方も異世界に行って大活躍!! かわいい女の子に美しいお姫様、胸躍る冒険と全て勢揃いしております」

 うさんくせえー。


 その男はパっと見たところ特徴のない男だった。サラリーマンのスーツに革靴を履いている三十前後の優男。都会の駅にでも行けば数えるのも馬鹿らしくなるほど同じ格好をした人間が溢れているだろう。


「俺が学生だからって馬鹿にしてます? そりゃあ異世界があったらいいなーとかはたまに思いますけどね、そんなもん本気で存在しているなんて信じてるわけないでしょ」

 俺は馬鹿らしいとばかりにその男から立ち去る。えーっと携帯電話を取り出して警察にかけなきゃ。怪しい男を通報するのは市民の義務よ。


「待って待って、警察はやめて下さい。だったら証拠を見せましょう。あなたの名前は神埼剛龍。名前が剛龍で昔からゴウちゃんゴウちゃんと呼ばれています。小学校も高学年の頃になると、名前が厳つすぎるだろ……と密かに悩みはじめましたね。好きな女の子は後輩の××ちゃんで、ちょっと告白する勇気が持てないシャイな高校二年生のナイスガイ、違いますか?」

 俺は、その男の発言を聞くと、驚愕で目を見開いた。

「おや驚いていますね? ふふ、私達からすればあなたの個人情報くらい魔法で訳なく調べられるのですよ。私の話を信じてくれましたか?」


 やばい、こいつストーカーだ。しかも高校生の俺を狙うショタホモストーカーだ。俺は手に持った携帯電話を素早く操作すると警察へ通報する。

「あ、もしもし警察ですか今怪しい男が目の前にいるんですが、場所は」

「ちょっと警察に電話かけちゃだめですって、もう仕方ありませんね」

 目の前の男が手の平をこちらに向ける。

 なんだ、手なんて向けてどうするんだ。

「バインド」

 男が何かを唱えると、俺の身体が急に動かなくなった。

「なんだこれ、くそ動け、やばいこの状況で体が動かないのは俺の尻の危機だ。身体よ動け、早く!!」

 いくら力を込めてもびくとも動かない。なんなんだ一体。


「では、続きはあちらで話しましょうか」

 男が指をパチっと鳴らすと俺の視界がブレる。周りの景色がわからないほどに視界が歪み始めると俺は乗り物に酔ったときのような気持ち悪さを覚えた。


「うげーー」

「あ、ちょっと吐かないでくださいよ、ここは神聖な場所なんですからね。ほらしっかりして、もう着きましたよ」

 景色の歪みが収まると、そこは雲の上だった。俺の足元は地面ではなくて白いふわふわした物、おそらく雲の上に俺は立っている。更には上を見上げれば雲ひとつない青空。これほど透き通った青空を俺は見たことがない。


「なにこれ……」

「天界へようこそ神埼さん。申し遅れました、私は天界で働いております瀬羅府セラフともうします。あ、これ名刺です」

 サラリーマン風の男、瀬羅府はそう言うと丁寧にお辞儀をして名刺を渡してきた。



 俺はどこからか取り出された座布団に座ると、これまたどこから出したかわからないちゃぶ台を挟んで瀬羅府さんと座りながら話し込んでいた。

「つまり、異世界へ転移してウッハウッハモテモテ最高な人生を送れると」

 ほう……

「その通りです。とは言ってもいきなりでは、やはり信じられませんよね。もう少し詳しくお話しましょう。と言ってもそんな深い理由ではないんです一言で言えば交換留学みたいなものなんですよ」

 交換留学?

「つまり、俺が異世界へ行くのと同時に、あちらの異世界からもこちらの世界に誰かがやってくると?」

「そういうことです、ただし私達の交換留学はお互いを学ぶというよりお互いの世界の友好関係の証みたいなものですね」

 俺は少し考えた。メリットデメリットいろいろ考えた上で、答えはやはり一つしかないわけで。

「お断りします」

 即決した。

「え、神埼さんなんで? いやいや本当に罠もなにもありませんよ。胸躍る大冒険も、かわいいヒロインも嘘じゃありません。だって友好関係の証で送るわけですからね、あちらの世界の神様も、送られてきた相手には全力で幸せを与えるわけですよ。それなのに断るんですか?」

だってねえ。


「だって俺には家族もいるし、それに××ちゃんもこっちの世界にいるわけですし。異世界に興味は有りますけどそんな無責任なことはできないっていうか」

 そうなのだ。異世界へ転移するとなると、元の世界に残してきた人たちと別れないといけない。別に家族を嫌っているわけではないし学校だって楽しい。なんでわざわざ異世界とやらに行かなければいけないのか。


「あーすいません、私としたことが肝心な部分を伝え忘れました。転移すると言ってもですね、死後はきちんとこちらの世界に戻ってきますよ。しかも転移直後に時間を巻き戻すおまけ付きで」

 おやおや?

「え、それは本当ですか。いやいやだってそんなうまい話があるわけ無いじゃないですか」

「本当ですよ? 私達だってそこら辺はちゃんとケアをします。少し詳しく説明しましょうか」

「是非とも説明お願いします」

 それはちょっと詳しく説明してもらいたい。


「コホン、では細かく説明しますね。まず、転移先の世界で神崎さんが一生を全うすると、神埼さんは異世界転移直後の時間軸で元の世界に戻ります。補足しますと神崎さんが異世界で行った事実は、正式な歴史として転移先の異世界に刻まれますので、転移直後の時間に戻ったきたとしても異世界での歴史は、そのまま続いていく事になります」

 なるほどわからん。


「もっと短く説明お願いします」

「異世界で好き勝手やった事実は正式な歴史として異世界に刻まれるぜ。勇者として過ごした名声も名誉もなかったことにされないから安心しなと言うわけです」

 おー、よくわかった。

「つまり、あれですね後ろめたいことが何一つない異世界転移。何も心残りなく転移先で幸せ勇者生活やっちゃっても良いやつなんですね」

「そのとおりでございます」

 いやでも、そんなでもねえ。しかし、これならまあいいのではないかな? 健全な青少年としては美少女達とのイチャイチャ生活というのは中々そそられるわけでして。転移での心配事がなくなった後ならそれはもう……ねえ?


「それはその、同意したらすぐに異世界転移しちゃうのかなって。いやそのね、やっぱり別れる前に、両親とか知り合いへ別れの挨拶に行きたいかなって」

 行くとはまだ決めてはないけど、念のためだ。念の為に聞いてるのだ。

「それについては御安心下さい。異世界転移が開始するのは、お互いの世界の異世界転移者が合意したときでございます。確か、まだあちらの世界では異世界へ転移する者すら決まっておらず、難航していると聞きました。少なくとも三日から一週間は余裕が有るかと」

 三日か、それなら別れの挨拶も余裕でできるな。うん、別れる前に××ちゃんに告白してみるのも良いかもしれない。


「なら、ちょっとだけ、いやそのちょっとだけですよ? 異世界転移してみてもいいかなって」

 俺は照れながらそう言った。瀬羅府さんはそんな俺の様子を見て満足したのか、ニッコリと笑顔で受け止めてくれた。サラリーマンスーツに身を包んだ瀬羅府さんが背筋をびしっと決めると大口の顧客を掴んだ敏腕営業マンよろしく、座布団から立ち上がり全身から気合を放つ。


「では、神崎様も同意されたということで転移先の異世界について説明させてもらいます。転移先の異世界は、紀元前十万年。初期現生人類が台頭して世界中に分布を始めた時期で」

「ステイ!!」

 俺は大声で待ったをかけた。

「どうしました神崎様?」

 瀬羅府さんが不思議そうに首を傾げる。

「紀元前なんだって?」

「十万年でございます」

「初期現生人類?」

「そのとおりでございます」

「ちょっと参考資料でもなんでも良いからあっちの異世界の画像見せて」

「わかりました」

 瀬羅府さんが指先をパチっと指先を鳴らすと、ちゃぶ台付近の雲の下からテレビが迫り上がりながら現れた。

「え、なにこれこの雲の下どうなってんの」

「企業秘密でございます。ではリモコンポチっと」

 瀬羅府さんがリモコンを押すとテレビ画面に映像が流れ始めた。

「こ……これは……」


 テレビに映しだされていたのは人とゴリラの中間くらいの大猿っぽい生き物達が戦争をしている様子だった。互いに手に棒を持ち、雄叫びを上げながらグロテスクに相手を叩き殺して白熱した戦いを繰り広げている。


「瀬羅府さん、これなんなんですか」

「これは東の勇者シュールの群れと西の勇者ゴンホの群れがお互い雌雄を賭けて戦争を行っているところですね。ちなみにシュール側が侵略者でゴンホ側が防衛という形です。戦争の原因はシュールがゴンホの妻に一目惚れをした事が切っ掛けでしてそこから大規模な戦争へと発展したわけです」

「へー」

 画面では、周りと比べて一際大きなボス猿同士が一騎打ちを始めていた。これがシュールとゴンホだろう。どっちがどっちなのかわからないし、わかりたくもない。

「おや? トップ同士の一騎打ちですね。どうでしょうか神崎さん。転移ではなく、この決闘に勝利した側の子どもとして転生してみませんか? 最初からボスの子どもとして生まれていれば一定数の部下がいます。それは大陸覇王を目指す上では非常に有利かと思います」

 瀬羅府さんが何か世迷い言を言ってきた。

「ごめんちょっと待って。瀬羅府さん異世界の美しいお姫様はどこですか」

「少しお待ちを」

 瀬羅府さんがリモコンを操作して画面を切り替える。

 何回かピッピッと切り替えていると、画面には草冠を被った裸同然のゴリラが現れた。

「彼女がこの世界で一番美しいお姫様、エラと申します。彼女を一目見ればその美しさに、オス達は誰でも惚れてしまう事でしょう。それは先ほど画面に写っていた勇者シュールやゴンホも例外ではありません」

「瀬羅府さん、瀬羅府さん」

「なんでしょう」

「あれ違う、あれは俺と同族じゃない、あれ人間じゃなくて原始人」

 瀬羅府さんは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


 俺は懐からメモ帳とペンを取り出すと、メモ帳から紙を一枚破って、その紙に人間、初期現生人類、原始人の三つの言葉を書く。次に初期現生人類、原始人の二つの文字を大きく◯で囲んだ。

「原始人、初期現生人類は一つの◯で囲む。でも人間違うからこの◯の中に入らない。ok?」

 瀬羅府さんは、ちゃぶ台の上に置かれている紙をジーっと見つめると、やがてペンを取り出して原始人と初期現生人類を囲っている◯の中に人間の文字を書き加えた。

「Noooooooo……」

 俺は瀬羅府さんが書いた人間の文字を消しゴムでそっと消した。

「瀬羅府さん、人間はこの◯の中に入らない、ok?」

 瀬羅府さんはまたも紙を見つめると、今度は合点がいったように頷いた。俺もそれに合わせて頷く。

 俺の様子に笑顔になった瀬羅府さんは、人間と初期現生人類の二つの文字を◯で囲んだ。

「Noooooooo……」

 俺は、瀬羅府さんが書いた◯を消しゴムでそっと消した。


「神崎さん、つまりどういう事ですか?」

「あいつらのいる異世界に飛ばすんじゃねえって話だよ!!」

 俺は激昂した。

「いえ、ですが彼らも人類と呼べるわけですし、美的感覚について問題があるというのならご安心を。異世界に転移した時点で、あちらの世界の基準で美醜の感覚が定まりますので」

「やだよ、なんだよそれ。強制的にゴリラ原人と感性が同じにされるって呪いか何かかよ。そうだ呪いで思い出した、魔法はどうした魔法は。異世界と言ったら魔法、魔法と言ったら異世界。魔法がないのなら俺は異世界転移なんて認めないぞ」

 そうだよ魔法だよ、魔法どころか茶碗一つ作れそうにない文明レベルだったがとにかく魔法だ。魔法はどうした。


「魔法ですか、それなら」

 瀬羅府さんがリモコンを再び操作すると画面が切り替わった。切り替わった画面には乾いた大地が映っている。その乾いた大地に大猿とゴリラのハーフっぽい原始人が一匹でブツブツと何かを呟きながら、円を描くように歩い

ていた。

 五分くらいその原始人が歩いていただろうか、いきなり原始人がバンザイのポーズで両手を空へと突き出すと、その原始人が大きな叫び声を上げた。すると雲一つなかった大空に、突如雨雲が集まり始める。

 その必死な願いが通じたのだろうか、ポツ、ポツ、と乾いた大地に雨が降り始めた。その光景に画面の原始人はガッツポーズを行い、感動に泣いている。どこからか現れた原始人の仲間達も周りに集まって儀式の成功に両手を組んで神への祈りを捧げ始めた。


「魔法?」

「はい、魔法でございます。正しく言うのなら魔法の原型といえるものです」

「いやでも、これが魔法って……」

 どちらかと言うと雨乞いの儀式だよな。

「魔法っていうかなんかこう、西洋というよりシャーマンテイストたっぷりだった気がするんだけど」

「いわゆるファンタジー世界では多かれ少なかれ魔法の源流とはこのような物です。文明が発達し学術が栄えると共にその形式が整えられ、魔法という奇跡の術が体系化されるわけです」

「なるほどねー」

 一つ勉強になった。

「ってだめじゃん、これ体系化される前のやつじゃん、勉強になったじゃねえよ何を説得されかけてんだ俺は」

「これでも駄目ですか?」

「駄目だよ、ぜんっぜん駄目だよ」

 俺は、いやじゃいやじゃと首を横に振る。

「しかし困りましたね、神崎さんがここまで我儘な方だったとは……」

「我儘じゃないよ!! 正統な権利の上で駄目出ししてるよ!! むしろまだ話に付き合っている自分の面倒見の良さにびっくりだよ!!」


 数分ばかりその調子で問答を繰り返していると、不意に携帯電話が鳴り響いた。

「神埼さん、ちょっと失礼」

 そういうと瀬羅府さんは懐から携帯電話を取り出した。

「はい、あ、どうもいつもお世話になっております。はい、はい、そうですか!! それはおめでとうございます!! こちらは今候補者が決まったばかりでして。はい、ではまた後で」

 神崎さんはニッポンサラリーマンが行う儀式。お辞儀をしながら携帯電話を切るを行うと、携帯電話を懐にしまい込んだ。


「神埼さんお喜び下さい、あちらの世界からこちらの世界に転移してくる人間が決まりました。後は神崎さんさえ同意してくれれば、異世界転移チートが始まります」

 あちらの世界からこっちに転移って、あのジャワ原人世界からこっちに来るだと?

「ちょっと待って。俺が同意したらゴリラ世界への異世界転移が始まるとか、冷戦時代に核ミサイルのスイッチを手元に持たされていた、某国家元首が置かれている立場並のプレッシャーを俺の人生に与えてくれているのはともかくとして。あのテレビに映っている異世界の生き物がこっちの世界に?」

 俺が指差したテレビには類人猿どもが発情期の獣よろしくお盛んになっていた。


「おやおや、神崎様ときたらちょっと気が早いのでは」

 瀬羅府さんがニヤニヤしてこちらに言ってくる。

「何考えてんだよ違うよ!! あれがこっちの世界に来たら色々まずいでしょ、法律とか、あいつらの持ってる野生風味全開な価値観とか。あいつらがこっちに異世界転移してきたら動物園にでも放り込むのか」

 どう考えても奴らが人間社会に溶け込める気がしない。よくて山奥にでも放り込んで秘境に住む伝説の獣にでもなってもらうしかない。


「それについてはご安心下さい。異世界転移の醍醐味、チートを渡します」

「チート?」

 なんだろう、すごく嫌な予感しかしない。

「はい、先ほど申し上げたとおりこの異世界転移はお互いの友好のためにあるものです。ですから、当然わたくし共もあちらの世界からくる方を最大限サポートするわけです」

「なるほど、それでチートを与えるわけだ。で、具体的にどんなチートを与えるんですか?」

 俺の言葉を聞いた瀬羅府さんが指をパチっと鳴らすと、どこからともなく一冊のノートが瀬羅府さんの手元に現れた。


「えー手元にあるこの予定表ですと、異性を引き寄せて惚れさせるフェロモン、銃や近代兵器でも傷一つつけられない鋼鉄の身体、ありとあらゆる病気と毒に打ち克つ健全な肉体、あらゆる種族と子作りを成功させる稀有な生殖能力、鋼鉄どころか特殊合金すら引き裂く身体能力などですね。ちなみに予定ではこちらの世界に転移した直後……あっ」

 何だ今のあっの部分は。

「すいません、いえ、そのーどうしたものか……」

 瀬羅府さんが困った顔をしてこちらを見てきてる。

「いや、困った顔をしたいのはこちらですから。いま掲げたチートを持った原始人が現代社会へレッツゴーするとか本当にどうしたもんだよ。もういいよ、そのあっの部分も言ってよ大概の事にはもう驚かないからさ」

 何かどんどん、俺の双肩に人類の未来が掛かっているような気がしてきたぞ。


「その、怒らないでくださいね? あちらの世界からの異世界転移者が、最初にこちらの世界に降り立つ場所が神崎さんが通っている学校の近くでして。と言うより正確に言うなら神崎様の片思い相手の××さんの側でして」

「へー××ちゃんの近くにかー……え?」

 こいつなんて言った。

「近くって、あのチート持った原始人が××ちゃんの近くに?」

「はい、出会った二人はそのまま結婚、と言うより××さんが転移者のハーレムの一員になってみんなで仲良く幸せに過ごすという予定でして」

「え、その悪魔の計画を立案指揮してるボンクラは誰なん? ちょっとチート寄越せよ、そいつに地獄ってやつ見せてきてやる」

 今日一番の特大の厄ネタに俺の堪忍袋が完全に切れた。


「だから怒らないでくださいって言ったじゃないですか。それとチートを与える部分は私達が立案したものですが、それ以外の部分は、あちらの世界から異世界転移した後はこうなるよと言う予知的なものでして、わたくし共も止める方法がないと言うかなんというか。止める方法があるとしたら神崎さんが異世界転移に合意せず、転移そのものを中止させ続けるしか無いかと」

 そっかー止める方法がそれしかないのかー、ほーん。

「て言うかこれあれなの。俺がもし異世界転移に合意したら俺の好きな女の子は原始人のハーレムの一員になる。俺はあっちの世界で原始人をハーレムにする。えっなにこれ」

「なるほど、お互い様というわけですね」

 瀬羅府さんがなるほどっと言った顔をしてきた。


「ぜんぜん違うよ、完全に俺の一人負けじゃねえか!! なんで俺はこんな場所で好きな女の子の危機に立ち向かってるんだよ。せめて異世界転移した後にヒロインのピンチとかやってくれよ。ここで発生するイベントじゃねえだろ」


「ですが神崎さん、異世界転移してきた人間と結ばれる。それも××さんの幸せの形の一つではないでしょうか。それをあなたの個人的な思いで阻むのはエゴというものでは」

 瀬羅府さんが俺を諭すような口調で言ってきた。

「百歩譲って、相手がファンタジー世界の人間だったら聞く耳を持ってやるよ。でも相手が文明発生以前の俺らのご先祖様と同類って事に加えて、そいつ、チート持ってんだろ? さっき言ったよな異性を引き寄せて惚れさせるフェロモンって。その幸せの形は、どう考えても鬼畜エ◯ゲーのヒロインレベルの幸せじゃねえか、しかもハーレムの一員ってなんだよ!!」

 と、その時、またもや携帯音が鳴り響いた。


「すいません、ちょっと失礼」

 瀬羅府さんは携帯電話を取るとまたもや電話先の相手と話しだす。

 不吉(俺目線)の電話がまたもや掛かって来たことに戦慄していると、話しを終えた瀬羅府さんが困ったような顔でこちらに向き直す。

「あの、あちら側からの異世界転移者がもう一人増えたらしいです」

 ??????????

「確認しますけどこちらからは俺一人ですよね?」

「その通り、神崎さん一人です」

「あっちは二人?」

「そうですね、いやーどうも上の方がゴリ押しされたらしくて……」

 ん? ん?

「えっとまあ、そこは置いとくとして、そいつが追加でこっちの世界に来るとどんな事が起きるんです?」

 一人であれなら、二人ではどうなるのか。厄ネタが足し算か掛け算で増えるのか、ウルトラ計算式で無量大数まで増えるのかはわからない。

「予定表に追加されているのか確認しますので少しお待ちを。ふむふむ、ふむふむ……あっ」

 もうやめてよぉ……


「あの~神崎さん、その申し上げにくいのですが……怒らないで聞いてくれます?」

「いや無理」

「そう言わずに……まだ聞いてもいないじゃないですか」

「わかるんだよ、それ聞いたら俺は絶対に怒るってわかるんだよ、でもちくしょう聞いてやるよ何があるんだ言ってみろ、もう覚悟はできた」

 諦めに近い覚悟ではあるが。

「追加されたあちら側からの異世界転移者ですが、こちらの方は女性でして、彼女がこちら側の世界に最初に降り立つ場所が神埼さんの学校のすぐ近く。より正確に言うなら神崎さんの親友の◯◯さんのすぐ側です」

「へー、◯◯の近くかー……え?」

 こいつ今なんて言った。

「例のチート持ちのメス原始人が◯◯の近くに?」

「はい、出会った二人はそのまま結婚。◯◯さんはハーレムの一員になって幸せに結婚生活を過ごす予定です」

 あ、これウルトラ計算式の方だ。


「つまりあれですか、俺はヒロインだけじゃなくて親友の未来の為にも異世界転移を阻止しなきゃいけないわけですか」

「いえいえ、別に阻止する必要もありませんよ、神崎さんがあちらの世界へ転移することも可能性の一つです。それに◯◯さんが異世界転移者と結ばれるのも幸せの一つ、それを親友だからといって阻むことは貴方のエゴではないで」

 俺は瀬羅府さんが言い終わる前に全力のグーで横っ面を殴り飛ばした。殴

り飛ばされた瀬羅府さんは勢い良くすっ飛んでいく。


「い……痛い、急に暴力を振るうなんてなにするんですか!」

 頬を抑えた瀬羅府さんが地面に座って女泣きをしている。

「うるせえ!! 誰が見たって情状酌量だ!! ちょっとそこに正座しろ!」

 瀬羅府さんが怒っている俺の前に正座をする。もう我慢の限界だ。


「これはッッッ異世界交流じゃなくて侵略!! 異世界からの侵略だから!!」

 俺は今まで溜まった鬱憤を発散するように怒鳴った。

「いやいや、侵略だなんて神埼さん大げさな」

 こいつまだ頭にお花畑咲いてやがる。

「例えば俺があっちの世界に転移したとしよう」

「神崎さん異世界転移に合意してくれるんですか?」

 瀬羅府さんが喜びの声を上げる。

「た・と・え・ば・の話だ。例えば異世界転移したとしよう、そこで大陸覇王やらチートで文明開化やら何かしらの業績を築いたとしよう、だけどそれは異世界で何かを築き上げる、もしくは文明の兆しも全く無い人類を進化させるためだ。そりゃあ見方によっては俺のやることも世界の侵略だろうけど、異世界の人達にとってプラスになる事を俺は大事にする。結果はどうなるかわからないが、それくらいの分別は転移者に選ばれた者として心がけていくつもりだ。それに対して!!」

 俺は近くにあったちゃぶ台をバンっと大きく叩いた。


「あっち、あっちの世界の原始人がスペシャルチートを持って現代社会に現れました。好き勝手に野生の欲望全開でチート使って暴れますぜーのどこに進化や発展があるんだよ。下手すりゃ国家滅亡じゃねーか!! 発展させてないしこっちのこと考えてないんだよ!! 文明を侵略、侵略してるの!!」

 俺は更にちゃぶ台をバンバンと叩いて怒鳴る。

「いえいえ神埼さん、相手の転移者をそんなふうに言うなんて失礼ですよ? それに、あちらの天界の方達だってちゃんと転移者を選ぶわけですし」

 瀬羅府さんが人の良さそうな笑顔で俺にそう言ってくる。


「じゃあ、あっちの世界で選ばれた転移者とその天界の奴ら呼んでこいや! 転移者と天界の奴らは意思疎通とか絶対できてねえから、転移者に選ばれた奴はウホウホしか言ってねえから、分かってんだよこっちは。だいたい人材選びに難航してた癖にそう安々と二人目が決まってたまるか、あっちは自分たちの世界じゃないからって適当に決めて送り込み始めてんだよ!!」

 と、そのとき携帯の電話が鳴り始めた。


「神埼さん、ちょっと失礼。はい、どうもいつもお世話になっております。はい、はい、え、三人目!?」

 その言葉を聞くやいなや、俺は瀬羅府さんの携帯をむしりとって放り投げた。

「ちょっとなにするんですか神埼さん」

「うるせえ、こうなったらヤケだ。ここの天界の奴らもあっちの奴らも全員呼んでこいやこんなクソみたいな異世界交流始めた奴らまとめて全員相手してやらあ!!」

 俺の叫び声は天界の青空に吸い込まれる用に消えていった。





「あー昨日は酷い目にあった」

 あのあと、大立ち回りを演じた俺は、それはもう色々な出来事と立ち向かった。色々ありすぎて、怒りでマジモンのチートに俺が覚醒したりとおかしな場面もあったが一応全て丸く収まった。今後、あいつらが異世界交流などというふざけたマネをすることはないだろう。

「あ、どうもー昨日はお世話になりました神埼さん」

 俺の目の前に瀬羅府さんが現れた。いつもながらのサラリーマンスーツを着こなして九十度の角度で見事なお辞儀をしている。


「え、ちょっとやだ、なに、俺になにを求めてるの」

 疫病神もとい瀬羅府さんとの唐突な出会いに俺の心臓は恐怖で唸りを上げた。

「先日は大変ご迷惑をお掛けしました。そのお詫びと言っては何ですが、この度、神崎さんの人生をより豊かにするために、わたくし瀬羅府が神埼さん専属として今後お仕えすることになった次第でございます」

 話をすべて聞く前に俺は全力で逃げ出した。


「ちょっと神崎さん、神崎さーーん」

 なぜだ、どうしてこうなった。どこでもいい、どこでも良いから遠くへ逃がしてくれ。

「あ、じゃあ異世界なんてどうでしょうか、選りすぐりの異世界を選びますよ」

 いつの間にか隣を並走している瀬羅府さんがそう言ってくる。

「勝手に人の心を読むな!! 畜生、誰か助けてくれー!!」



力尽きた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ