第八魔界 不安を抱いて光の中へと…… 中編
(何だろう・・・今の私、魔力を失っているはずなのに凄く嫌な感じがする・・・逃げるにしてもこの部屋以外は浄化魔法が充満しているから動く事も出来ないし・・・)
聞こえていた足音はユウナの病室の前で止まった。そしてドアを三回ノックするとゆっくり開けた。
コン・・コン・・コン・・ガチャッ
「失礼するよ~。」
小さな声で呟く様に言って入ってきたのは、白いズボンに黒い服を着ている男だった。顔はフードを被っていてユウナには見えなかった。その謎の男は病室に入るなりユウナめがけて近付いてきた。男はベットの横まで来ると何も言わずにユウナの顔を見た。
(何なの・・・?一体何者なの・・・?まさかチサが言っていた国守警備かな?私何処かに連れて行かれちゃうのかな・・・凄く怖いよぉ・・・)
ユウナは恐怖心で顔が強張りながら心の中で色々口走っていると男は小さな声で
「大丈夫・・・何も危害は加えないから!君がユウナで間違いないよね?」
小さく頷くユウナ
「ちょっと理由があって大きな声で話せないんだけど、僕の話を聞いて貰ってもいいかな?」
再び頷くユウナ
「僕はね。ここのナースの友達なんだけど・・・僕の事、聞いてないかな?」
そう聞かれたが突然夜中に知らない男が来て「自分の事を聞いてないかな?」っと言われてもユウナは驚きと混乱が混ざってよく状況が飲み込めていなかったせいか疑問そうな表情になった。
「え~~~っと・・・君が魔力を失ってしまってどうにもならない状況って事で僕が来たんだけど・・・」
その説明でようやく男の正体が判明した。
「『聖魔』の人ですか?」
「そうそう!僕『聖魔』の人!」
(本当かな・・・?こんなラフな格好でいきなり夜中に来るかな・・・?しかもコソコソと誰にも気付かれないようにしてるみたいだし・・・)
明らかな疑いの目をしているユウナ。
「・・・絶対信じてないよね。それならちゃんと身分証明書を見せれば信じて貰えるね。」
男はポケットに手を入れて何かを探しているようだったが、次第に焦り始めて全てのポケットの中を探し始めた。そして何かを諦めたように肩を落として
「・・・失くした。」
「あの~失礼ですけど・・・本当に『聖魔』の人なんでしょうか?」
「はい・・・こう見えても一応お城から階級を与えられています・・・・」
「大丈夫!私・・・あの・・・信じますよ!」
「あ、ありがとうございます!いい人だぁ~~~!!」
「っで、どうしてこんな夜中に来られたのでしょうか?」
何かを思い出したように男は急に改まった。
「話が長くなってしまったが、実は夜が明けるとここに国守警備の者が来る!もちろん目的は君を国外追放する為だ。君は元々ジンマカイの人間だと聞いているが今では全く魔力が感じられない普通の人間だ。だからと言って君がジンマカイの人間だという証明も出来ない。そうなるとジンマカイの事を違う世界に広められてしまわないように君は全ての記憶を消されて国外追放される事になる。」
「全ての記憶を・・・消される・・・」
「でも大丈夫だ!そうさせない為に俺はここに来たんだ。俺も君がジンマカイの人間だって事は分からないが信じるよ!さっき君が僕を信じてくれたようにね。」
男の顔は依然としてフードで隠れて見えなかったが微笑んだようにユウナは感じた。
「とりあえずこれから説明する事をよく聞いてくれ。」
「はい!」
「まず、夜が明けて国守警備がここに来る前に病院を抜け出す。浄化魔法の事が気になると思うが、心配は要らない。俺が浄化魔法を浴びても大丈夫なよう『魔獣』を召還してやるからな。まぁ実際やってみれば分かる筈だ。そして次に街の中心にそびえる『浄澪の塔』に行き、魔法石を手に入れる。一言で魔法石と言っても普通の魔法石ではなく浄澪の光を浴び続けた特別な力を持つ石だ。最後にお城に向かい地下にある『時空の扉』で君を人間界へ送る!」
「人間界に行くんですか!!」
「あぁ。今の君がもしジンマカイに居て捕まってしまっては戻る魔力も戻らなくなってしまうからな。元々生まれ持った波長にシンクロしている魔力を持つ事で自由に魔法を使いこなす事が出来るんだ。だが記憶を消されてしまっては波長どころかバランスまで崩れてしまう。そうなってしまうともう魔力を持つ事は不可能になってしまう。そうならない為にも今の状態で居てもらいたい。それに浄化魔法の中で居場所も無いだろうしね。とりあえず人間界に行ってもらってる間に君の『魔力自体』を探すつもりだ。その『魔力自体』があればまたジンマカイで普通に暮らせるはずだ。時間はどれだけかかるかは分からないが、そんなに長くかけるつもりはない。」
「・・・分かりました。でもどうして私の為にそんなにしてくれるんですか?」
「どうしてだろうね?きっと人助けが好きなんだよ。」
「不思議な人ですね。」
ユウナは何だか安心したような感じだった。『魔力自体』が無くなった時にはこれからどうして良いのか何も考えられなかったが、こうして今何をすべきなのかが明確になった事で安堵の表情を浮かべられるようになった。
「そういえば僕は君の名前を知っているのに君に僕の名前を言ってなかったよね。」
男は顔を隠していたフードに手をかけて取ってみせた。
「僕の名前はザルム!国家公認の『聖魔』だよ!」
月明かりに浮かんだザルムの顔はとても優しい表情をしていた。突然過ぎる話ばかりだったが感じられる優しさで嘘なんてつけない人だとユウナは思った。
「ザルムさん・・・」
「ん?何か質問かな?」
「はい。」
「何でも聞いて良いよ!」
「私がこれから人間界に行かなきゃいけないのは分かったんですけど、今日ここに大切な友達が来る事になっているんです。何も言わずに姿を消してしまうのはちょっと・・・」
「大切な友達かぁ~。その気持ちは分からなくもないんだけど、直接会わせてあげる時間なんて無いんだよね。」
「やっぱりダメ・・・ですよね・・・」
「まぁ、あくまでも『直接』だけどね!」
「それってどう意味なのでしょうか?」
「そんなに時間が無いって事には変わりないんだけど、夢の中になら会いに行かせてあげられるよ。」
ザルムはユウナの頭の上に手をのせた。次第に手の中が光りはじめる。不意に疑問に思ったユウナはザルムに質問した。
「私、二人の友達に会いたいんですけど一度に会う事は可能でしょうか?」
「特に人数に制限とかは無いから二人でも三人でも大丈夫だよ!」
「良かったです!それじゃお願いします。」
「これからユウナが頭の中で思い浮かべた人と思考を繋ぐからね。あまり長くはもたないから三分ぐらいで話して来てね。それじゃ・・思いを・・伝・・・えて・・・く・・・る・・・ん・・・だ・・・・・」
ユウナは意識が光りの中に飛ばされていくような感じだった。自分が何処に居るのかも分からないような真っ白な世界だった。
「あれ?ユウナ?」
「あっ!ユウナとマホが居る!!」
声がする方に振り向くとそこにはマホとチサが居た。
「良かったぁ。本当に会えた!」
ユウナは安心した感じで二人に駆け寄って行ったが、マホとチサは自分の状況が良く分からない感じで戸惑っていた。
「私、部屋に居たはずなのに気が付いたら真っ白な世界に来てるし、何がどうなってるの?」
チサがそう疑問を投げかけた。ユウナは二人が帰ってから病室で起こった出来事を話した。そしてジンマカイから人間界に向かう前に別れの言葉を言う為に思考の中に話し掛けている事を説明した。
「それじゃ・・・もうユウナと会えなくなっちゃうの?」
チサは今にも泣きそうな顔でユウナに言ったが、ユウナは笑顔のままで答えた。
「少しの間、人間界に行っちゃうから会えなくなるけど、きっと聖魔のザルムさんが私の魔力の在り処を探してくれるはずだから必ず元に戻って二人の前に帰ってくるから!!」
「またユウナだけ辛い思いをするって事はないよね・・・?」
「そんな事は無いから安心して!ちょっとの間、ジンマカイを離れるだけだからね。」
「それなら・・・必ずユウナが帰って来るって信じてるよ!!」
「うん、ありがとうね!」
ユウナは笑顔で答えていたが、心の中ではジンマカイを離れ一人で人間界に行く事に不安を覚えていた。だが、二人に心配をさせたくないという気持ちから普段と変わらない姿で振舞っていた。そしてザルムとの約束の時間が近付いてきた。
「それじゃ私行ってくるからね!一日でも早く帰って来れるように頑張る!マホもチサも元気でね!」
「ちょっと待ってユウナちゃん!!」
戻ろうとしたユウナを引き止めたのはそれまでずっと口を閉ざしていたマホだった。
「ユウナちゃん!どうして無理するの?どうして無理して笑おうとするの?」
「私、無理なんてしてないよぉ。」
「不安なら不安そうにしたっていいんだよ。怖いって気持ちがあってもいいんだよ。誰だって一人でジンマカイを離れるのって勇気がいるもん。でも引き止める気は無いよ。ただそんなユウナちゃんの素直な本当の気持ちを知った上で、受け止めた上で、送り出してあげたいんだ。もう心配させないように振舞ったりしなくていいんだよ。むしろ私達にユウナちゃんを心配させてよ。友達なんだから・・・大切なユウナちゃんの事を心配させてよ。」
「マホ・・・ありがとう・・・」
笑ったユウナの目から涙が溢れた。心配を掛けないように無理して振舞っていたユウナ自身を解放した瞬間だった。
「私・・・不安だよ・・・怖いよ・・・寂しいよ・・・。でも、どんなに離れていてもマホとチサと繋がっているし一人じゃないって感じる。大切と思える人がいるって事、大切と思ってくれる人がいるって事、その存在があればきっとまたここに帰って来れるって自信が持てるよ。人間界に行く前に二人に会えて良かった!!」
(ユウナ・・・そろそろ時間だ。)
ユウナの頭の中にザルムの声が聞こえた。その瞬間ユウナの体が光を帯び始めゆっくりを足元から消え始めた。
「ユウナ!!」
「ユウナちゃん!!」
「元に戻って帰って来られたら今度は三人でゆっくり街に買い物に行きたい・・・ね・・・・・・」
二人との思考が切れてユウナは病室に戻ってきた。全身の力が抜ける感覚がしてユウナはベットに倒れた。