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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第一章 ドラゴン迷宮管理人の愉悦
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【09】迷宮管理人の仕事

「よーいしょ、っと。やっぱ、大したものは残ってないな」


 ヒゲもじゃ男ビクトルは溜め息混じりに、掻き集めた木片や金属片を『迷宮管理人ルート』の狭い通路に置いた木箱の中に、ドサリと放り込んだ。

 そこは迷宮管理人だけが利用することができる秘密の通路、とでも言うべきか。

 隠し扉を閉ざしている限り、迷宮の冒険者たちには絶対に気づかれない場所だ。


「はぁっ……さすがに疲れたぜ」


 ボサボサの髪を掻き上げて、額の汗を拭う。

 頬を伝う汗に、濃いヒゲの中までビッショリだ。


 ────静まり返った、第三の部屋『魔石兵の間』。


 あれからすでに、一晩が過ぎていた。


 僧侶娘の右フックに轟沈したビクトル。

 意識を取り戻した時には、すでに三人娘の姿は無かった。

 残されていたのは、燃え尽きたドラゴンの灰といくつかのアイテム。

 それに、股間に掛けられた魔法使い娘のマントと、置き手紙だけだった。


「『手助けてくれてありがとう。

  龍玉はありがたく頂いておきます。

  ノックアウトしちゃってごめんなさい。

  あたしたちはもうマルカグラードに戻ります。

  これはせめてものお礼です。』」


 置き手紙には簡単に、それだけが記されていた。


「まあ、十分楽しんだし、『回復薬』とかも貰ったし、いーんだけどさ」


 心残りといえば、戦士娘に熱い夜の約束をすっぽかされたことだろう。

 それに、みんなで祝杯をあげようと、とっておきのワインボトルを開けようとか考えてたりもしてたんだが……。


「もうちょっとぐらい、喜びを分かち合っても良かったんじゃないか? なあ?」


 そう思わずにはいられない。

 気づけば愚痴が口を突いて出る。


 気を紛らわせようと、夜にはそのワインボトルを開けてミートワームの肉をたらふく掻き込んでみたものの……。


「朝早くから身体を動かしてりゃ、忘れると思ったがなぁ」


 まだまだ、気は紛れそうにもなかった。

 ボサボサ頭を掻くしか無い。


 意識を取り戻してすぐに、第七の部屋から第四の部屋までは、残り物を漁り終わっている。

 この迷宮での生活を維持するには、やらなければならない大事な作業だからだ。


 取り残しは無いか、新たな発見は無いか……?


 隅々までチェックしているが、目ぼしい物は何も無い。

 徒労に終わる努力に疲労感が半端ない様子だ。


「まあ、戦力的に余裕が無かったし、有り物すべてフル活用状態だったしな」


 この迷宮内で手に入るアイテムは、ドラゴン討伐前に、かなり使い込んでいた。

 ビクトルのために置いていってくれた『回復薬』1つと『解毒剤』3つと『スキル強化薬』1つが、最後の余り物といったところだろう。

 彼女たちからすれば、手持ちの中から、精一杯の贈り物だったはずだ。


「まあ、いい。もうちょい、探してみるか」


 いつまた、マルカデミー本科生たちが、このドラゴン迷宮のクエストを開始するともわからない。


 このドラゴン迷宮は、マルカグラード聖騎士養成アカデミーが所有・管理する、マルカデミー本科生向けの習熟用ダンジョンだ。

 クエストは、マルカデミーガントレットからいつでもどこでも予約をすることができる。

 基本的に予約順で順番待ちとなり、前のパーティのクエストが終わり次第、次のパーティにクエスト開始が承認されるわけだ。


 新たにクエスト開始が承認されれば、迷宮内はすべてがクリーンにされて、モンスターやアイテムが再充填される仕組みになっている。

 迷宮内の物は全てキレイに消えてしまうし、モンスターもうろつき始めるので、残り物をさらうなら今のうちしか無いのだ。


 目ぼしい物はひとまず『迷宮管理人ルート』に避けておけばいい。

 そこは、クエストが開始されてもクリーンにされることはないからだ。


 ちなみに、新たにクエスト開始が承認される時間の目安は、いつも午前中の早い時間帯だ。

 朝食タイムとでも言うべきか。

 だから残り物さらいは、なるべくクエストクリア当日中に行い、遅くとも翌日早朝には済ませておく、というのがビクトルの習慣になっている。


 そんなわけで今朝も、日が昇る前から残り物さらいを再開したというわけだ。

 特に新しい発見も無いまま、そろそろ、新たにクエスト開始が承認されてもおかしくない時間帯になろうとしている。


「さっさと回っとこう。何か、掘り出し物があるかもしれないしな」


 気を取り直すと、隠し扉を閉め、暗く狭い通路の奥にある『転送装置』へと向かう。

 転送装置と言っても、石床に魔法陣が描かれ、壁にはカードリーダスリットが設置してあるだけの簡単なものだ。


 カードリーダスリットにカードをくぐらせると、床の魔法陣がフワンと青い光を放つ。

 一瞬にして、ビクトルの身体は『迷宮管理人の洞窟』にある転送装置へと転送された。


 転送装置の前に予め用意しておいた空の木箱を手に取ると、すぐにまた、カードリーダスリットに別のカードをくぐらせる。

 同じように床の魔法陣が青い光を放って、ビクトルの身体は第二の部屋に隣接する『迷宮管理人ルート』の狭い通路に転送されていた。


「いや、ホント、便利だぜ」


 どの部屋に行くにも一瞬だ。


 転送装置には、対応する10枚のカード────『肉塊』『連鎖』『魔石兵』『古賢者』『油壺』『炎獄』『謎』『竜』『温泉』『管理』がある。

 それによって迷宮管理人の洞窟と、各部屋に隣接する迷宮管理人ルート、それに本科生用の安息処に飛ぶことができるのだ。

 迷宮管理人の生命線とも言えるだろう。

 束にした上、無くさないように腰ポーチにくくりつけ、いつも肌身離さず持ち歩いている。


 転送装置は迷宮管理人用以外にも、本科生向けにも3つ設置されている。

 1つは冒険者たちの安息処に、2つめは第三と第四の部屋を結ぶ通路に、3つめが第六と第七の部屋を結ぶ通路にある。

 それらは、第三の部屋と第六の部屋の宝箱から得られる『鋼鉄』『銀』のカードで行き来が可能だ。

 戦闘で疲弊した本科生たちにとっては、非常にありがたいシステムだろう。


 そのあたりも、ちょっと過保護な気もするが。


「まあ、恩恵に預かってる身としちゃあ、あれこれ言う気も無いけどな」


 「フフリ」と軽く笑みを浮かべながら、手にした木箱を『迷宮管理人ルート』の細い通路に置く。

 手慣れた手つきで隠し扉を開け、第二の部屋『連鎖の間』へと足を踏み入れた。


 そこは、天井の高いヒンヤリとした空間だ。


「次のパーティいつ来んだろな〜」


 残念ながら、今のところ、それをビクトルが知る術は無い。

 聖騎士養成都市マルカグラードまで出向けば別だろうが。


 クエスト遂行中でなければ、本科生たちの持つマルカデミーガントレットでクエスト検索をして、「クエスト待機中パーティ数」を知ることもできる。

 適当な本科生に声をかけて、小銭でも掴ませれば、教えてくれることもあるだろう。

 ドラゴン迷宮で手助けして仲良くなったパーティに、別れ際にそれを教えてもらったこともある。


「そういう意味では、今回はちょっとばかし不運だったな。まあ、仕方ないか」


 ここへ来たばかりのころは、2ヶ月以上、誰も訪れないこともあった。

 ドラゴン迷宮は適正レベルが高い上、超難度と名高いからだろう。

 必然的に、挑んでくるのは、あと少しで卒業できるような優秀な本科生たちに絞られるという事情もある。


 期間が開けばその分、ノンビリと残り物さらいができるわけだが、良い事ばかりでもない。


 特に、本科生たちが途中でリタイアしてしまった時は最悪だ。

 アイテムはたくさん残されているものの、モンスターたちも放置されるからだ。


「イフリートはまだしも、レイスなんて放置された日には、何もできないからな」


 せっかくのお宝を前にしても、さすがに一人では指を加えて見ているしかない。


 それに、2ヶ月間放置されたドラゴンを見たこともあるが、あれは最悪な状態だった。

 長生きで知られるドラゴンでも、2ヶ月間も飲まず食わずでただ寝ているだけとなると、結構凶暴になるものだと痛感させられた。


 そうした意味でも、マルカデミー本科生たちが無事にクエストクリアしてくれる方が、ビクトルにとってはありがたいのだ。


 もともとは、窮地に立たされたパーティに、居ても立ってもいられなくなって助言をしたことが始まりだが。


「『────困ってる人を見かけたら、とにかく助けろ。それが人として当然のことだ』」


 ビクトルの祖父の言葉だ。小さい頃からそう言って聞かされてきた。

 なんとなくその事がいつも心にあって、助けの手を差し伸べる一因になっていたのは間違いない。


 暇に任せて『迷宮管理人ルート』から幾つかのパーティを観察する内、ビクトルは迷宮についての知識を色々得ていた。

 だから、助言だけならいくらでも出来た。


 最初は謎の伝言や、神出鬼没のヒゲ男を演じている感じだった。

 やがて、効率的にクエストクリアしてくれる方が何かと利点が大きいことに気づき、パーティを見定めては同行する方向性に変わってきたのだ。


 おかげで蓄えにも余力が出てきた。

 気に入らないパーティの時には、放置する余裕もあるほどに。


「……おおっ!? こ、これは僧侶娘のパンツ! なんでこんなところに!?」


 いつ脱いだのか?

 それはともかく、こういうお宝(?)も手に入ることがある。


 迷宮生活者は、意外と楽で美味しい生き方だ。まあ時に、生命の危険に晒されることもあるけれど。

 クエストを受けるマルカデミー本科生がいる限り、この生活は保証される。

 ビクトルにとってはあまりにも居心地が良すぎて、ここを出る理由が見い出せないでいた。


 できれば、一緒に暮らしてくれる彼女でもいれば最高だな────。


 果たして、この生活を気に入る女の子がいるかどうか。

 そこが大きな問題だが。


 それでも、迷宮でイチャつくカップルを見てると、そんな淡い夢を抱かずにはいられない。


 幸い、女子本科生たちもちょいちょいとやって来る。

 「運命的な出会いがあってもおかしくない! いや、そのチャンスに溢れている! あるはずだ! 無いわけがない!」とビクトルは考えている。


「可愛いパンツを履いた彼女と、あんなこと〜、こんなこと〜。むふふ」


 そんな妄想に耽りなが、ビクトルが僧侶娘のパンツを両手に持って眺め回していた時だった。


 突然────部屋全体に、赤と黄色の灯りが点滅し始めた。


「うおおっと、来たか!」


 思わずビクリとするビクトルに、迷宮中にアナウンスが響き渡る。


「『クエスト開始が、新たに承認されましたよ〜。モンスターの補充を開始しま〜す。

  迷宮内にいる迷宮管理人さんは〜、すぐさま避難をはじめて下さいね〜。

  じゃないと、生命の保証はありませ〜ん♪

  繰り返しま〜す。

  クエスト開始が、新たに承認されましたよ〜。モンスターの────』」


 いつもながらに、気が抜けるようなノンビリとした口調だ。


「さてっと、ボヤッとしてないで避難避難♪」


 次はどんな本科生たちだろう?

 戦利品の少なさにガックリきていたところだし、ちょうどいい。


 ビクトルは「フフリ」と笑うと、僧侶娘のパンツを腰のポーチにしまい込み、足早に『迷宮管理人ルート』へと姿を消した。






お、早くも次の一団がやってきましたか。商売繁盛???

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