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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆最終章 ドラゴン迷宮管理人のリタイア
66/68

【66】未来への光

「サラ!?」


 驚く皆に構わず、サラは『竜の間』の正面扉に向かって一直線に駆けて行く!


「……ま、マグマの部屋に行く気か!?」


 ビクトルはロンフォードを突き飛ばすようにして解放すると、一目散に駆け出した。


「待つんだ、サラ! 早まるなっ!」


 突き飛ばされて尻もちを付きかけたロンフォードの身体を、ハインツがそっと受け止める。


「フンッ! どうしてあそこまで意固地になれるのかね〜? まさに鋼の心を持った乙女だよ」

「ロンさん、責任は取ってもらいますよ」

「はぁ〜〜ん? 冗談じゃない! 私の何が間違っていたと言うんだ!? 彼女の意向に報いてやったのだぞ?」


 丸メガネの奥から、鋭い視線でハインツを睨み上げる。


「彼女はシステムハックの重要参考人なんですよ。彼女を連れ帰らなければ、理事長も憤慨されるでしょう。ましてや、ロンさんが原因で連れ帰れないとなると……」

「私の知ったことではないね! 公僕たるキミがきっちり責任を負いたまえ!」


 二人のやりとりに苦笑いしながら、プルデンシアがそっと近づいてくる。

 そして、懐から革製の手帳のようなものをスッと取り出すと、縦にパカリと手帳を開いて見せた。


「お願いしますよ、ロンロン────。彼女はあたしの調査にも、重要な参考人みたいなので」


 それは『王立連邦中央管理局』の紋章のついた身分証だ。

 ロンフォードが頬を引きつらせて舌打ちをする。


「人型飛行決戦兵器『アークフェザー』の記念すべき搭乗者第一号にして、中央管理局の監査員とはね……なぁるほど、やはり、マルマルの差し金というわけか」


 それを見たアスタが、思い出したように二人の後を追って駆け出した。


「いいだろう!!」


 真面目な顔つきでバッと身を起こすと、ロンフォードもアスタの後を追って駆け出した。

 ……と思ったら、クルリと向きを変える。


「ロンロン?」


 不思議そうな表情のプルデンシアに、ロンフォードはニヤリと笑みを返した────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 サラは第七の部屋を駆け抜け、まっすぐに第六の部屋へと向かっていた。


 女とはいえ、サラは戦士として鍛えられている。

 それに対してビクトルは、マルカデミーガントレットの恩恵が無ければ、ただのヒョロイ優男だ。

 早くも息が上がり、何度も足がもつれそうになる。


 こんな時、どうして真面目に自分を鍛えてこなかったかと、それが今更ながらに悔やまれた。


「サラああああああっ! 待ってくれ! 頼む! 頼むから早まるな!!」


 叫んだ直後、ビクトルは蹴躓いて、もんどり打って倒れこんだ。

 石床で顔面を擦り剥き、肘をしたたかに打ち付ける。

 激痛に構わず、急いで身を起こすと、サラのあとを追いかけた。


 通路の向こう、一足早く第六の部屋に辿り着いたサラが、マグマ溜まりの端に立ちすくんでいる。

 ビクトルに背を向け、大きく肩を上下に揺らしていた。


「サラああああ! サラああああああああっ!!!」


 力の限り、サラの名を呼ぶ。

 通路に木霊する声と足音と激しい息遣いが、反響となって耳の奥を突き刺した。


 サラがゆっくりと振り向く。

 目に涙を浮かべ、口元には小さく笑みを浮かべていた。


「さらばだ……」


 そう言って、マグマ口に向かってゆっくりと後ろ向きに倒れこんでいく……!


「やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 ビクトルが振り絞るように声を上げた時、うなじの辺りに何かが飛びついてきた!

 瞬間、すべてがスローモーションになる────!


 マグマ溜まりに向かって倒れこむサラ。

 その目の端からこぼれ落ちる涙が、すぐに蒸気となって掻き消える。

 死にたいのならば、どうして泣くことがある!?

 ビクトルの胸の奥が張り裂けんばかりに締め付けられる。


 白くてしなやかな指先が、力無く天を向いて揺れている。

 上向いた顎と革鎧の胸の膨らみが、血に塗れた白い太ももの向こうに消えていく。


「俺には何一つ誇れる過去は無い! そんな過去をぶっ飛ばし、俺は未来へ駆けて行く! その先にサラがいないなんて、そんな悲劇、あってたまるかぁぁぁっっ!!」


 キランと瞳を光らせて、サラの身体目掛けて、ビクトルはグンとその足を踏みしめた!


 ザンッ!!!


 岩の地面を思い切り蹴り上げて、マグマ溜まりの中に向かって飛び込んでいく。

 グイと思い切り手を伸ばし、揺れるサラの手首をガシっと掴んだ!


 ボチャリッ!


 真っ赤に燃えるマグマが弾ける。

 サラのつま先のすぐそばで、半透明の赤いシールドが仄かに瞬いていた。


 ビクトルのうなじから「キキィ」と鳴き声が聞こえる。

 ロンフォードの毒蜘蛛だ。

 ビクトルの瞳がターコイズブルーに爛々と輝いて、周囲に球状の半透明の赤いシールドを作り出していた。


 濃く蓄えていたヒゲが、ハラリハラリと抜け落ちていく。


「なぜだ……なぜ、死なせてくれない……」


 ガックリと項垂れて、ビクトルを見ようともしないサラが呟いた。

 涙が次から次へと伝い落ち、マグマの上に消えていく。


「死なせるものか、サラ!」

「……わたしは、生きていく価値もない。わたしの人生は、5年前のあの日に、すでに終わっている……」

「そうじゃない、サラ! 生きていく価値は、生きて見出していくものだ。その過去が、その人の価値を失わせるなってことは決して、無い! 過去に何があろうと、今のお前は立派な戦士だ!」


 ビクトルの言葉に、サラが弱々しく首を振る。


「わたしは、弱い……ただの、女だ……」

「そうだとして、それのどこがいけない? 俺からすれば、お前は輝く太陽だ。生命力に溢れ、気高い誇りを持ち、他人を重んじ、目的に向かって真っ直ぐだ。汚物に塗れ、地下に堕ち、陽の当たらぬ場所で安穏と生きる俺に比べて、どれほど美しいか……!」

「ちがう、そうじゃない……わたしは汚れている」

「肉体は傷つけられても、心は汚れていない! サラ、お前は戦士だ!! 戦士なら戦え! 戦って戦って戦い抜いて、それでもなお、お前の心を打ち砕く凶牙があるならば、その時こそこの世の執着を捨てればいい!」

「ならばもう、わたしの心は粉々だ……。わたしの犯した罪を償うには、死しかない」

「そんなことはない! お前にはまだ戦うべきことが残っている! お前のしたことが本当に罪ならば、それは世に問うべきだ! この国には法がある。法に問い、法に裁かれ、罪を背負い、罪を贖うんだ! 一人で抱え込み、一人で決め付け、一人で去ろうとするな!」

「お前はわかっていない……わたしのしたことは赦されるべきレベルではないのだ」


 ビクトルはサラの腕を両腕で掴み上げ、その身体をグイと引き寄せた。

 そして、その身体をグッと抱きしめる。


「一人が嫌なら、俺がそばにいる! 一緒になって、贖罪の道を歩いてやる! だから頼む、立て! 立て立て、立ってくれ! 気高き戦士として、その道に!!」

「なぜだ……なぜあなたは、そうまでして、わたしを助けようとする?」

「それは……それは……」


 ビクトルは誤魔化すのをやめた。

 抱きしめる腕にグッと力がこもる。


「────ひとめ惚れしたからだ……」


 瞬間、ビクトルの腕の中でピクリとサラが身動ぎする。

 しばらくの静寂の後、耳元で小さく呟いた。


「……わたしの事など何も知らぬくせに……あなたは、本当に……バカな男だ……」


 そして、サラは嗚咽を漏らした。

 大粒の涙がマグマに吸い込まれていく。


「気は済んだかね、サラくん。なかなか大したもんじゃないか、キミを追ってマグマに飛び込んでくれるバカな男なんて、そうはいないよ」


 二人の頭上から、声が聴こえる。

 そして遠くから、近づいてくる駆け足の音。


「はあっ! はあっ! ……あれ、ロンさん? プルデンシアさんとハインツさん、ダッカドさん、デクスターさんまで!」

「おっそいよ〜、アスタくぅ〜ん。なぁにやってたかな〜」


 毒づくロンフォードがニヤリと笑う。


「迷宮管理人ルートの転送装置ですよ、アスタさん」


 プルデンシアの指差す先に、迷宮管理人ルートの隠し扉が口を開いていた。


「あああっ! そうか!」


 照れたように汗だくの頭を掻くアスタ。

 ロンフォードは丸メガネの奥でふっと目を細めると、マグマの中の二人に囁きかけた。


「心を決めたなら、さっさとそれを掴むがいい。もう帰る時間だ。マルマルが、イライラしながら待っているだろうからね────」


 すっかりヒゲの抜け落ちたビクトルが、そっと天を見上げる。

 そこは、幾つもの眩い光で満ち溢れていた。


「行こう、サラ。俺たちの戦いが待っている────」


 光の中で、かすかに揺れる、蜘蛛の糸。


 ビクトルはそっと手を伸ばし、グッと力強く、その糸を絡め取った────。




<最終章 ドラゴン迷宮管理人のリタイア 終>


なんとか、サラを救い出せたようですね。

引き続き、エピローグをお楽しみください。

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