【64】戦慄の刃
「アスタくん!」
「はい! 俺はいつでもやれます!」
汗だくのアスタが、引き締まった表情でロンフォードに走り寄る。
まだ息が荒く、肩を上下させているが、アスタはやる気だ。
その両肩と頭上に乗った毒蜘蛛たちが、揃って「キキッ」と声を上げる。
いつもボンヤリしているアスタの、どこからあれほどまでの気力が生まれるのか……。
「私の呪蠱と、アスタくんのヘイトブレイカーで、伝説の呪蠱を打ち破るのだ!」
言うなり、ロンフォードはマルカデミーガントレットをはめた左手を、アスタに向かって突き出した。
「待ってくれ、ヘイトブレイカーでサラを斬るのか!? サラは……サラはどうなる!?」
「俺のヘイトブレイカーは憎悪の源を断ち切る刃! 今のサラさんの憎悪の源が呪蠱ならば、呪蠱だけを斬ります!」
「だったら最初からそうしておけば……!」
「言ったろう、つるピカヒゲもじゃくん! 私は、すべての流れが私の思う方向に向くまで待つ主義だと! グチャグチャのバラバラに分散した糸とその綾を、丹念により集めて束ねて重ねてこそ、すべての事象が思いのままの美しき模様を描くのだ! 見てみたまえ! もはやサラくんの呪蠱に、逃げ場はないッ!」
マントをたなびかせて言い放つロンフォードの背後に、ビクトルは蜘蛛の巣を垣間見た気がした。
「ヤツはここで、抹殺するッ!!!」
力強くニヤリと笑うロンフォードに応えるかのように、マルカデミーガントレットがキランキランと眩しい光を放った!
「────三倍狂化毒!!」
瞬間、アスタの首筋に、三匹の毒蜘蛛が飛びついた。
「キシャシャシャシャシャシャシャシャ!!!」
奇声を上げて、アスタのうなじにその鋭い大顎を突き立てる!
ズグリ、と鈍い音がして、アスタの身体に呪蠱の毒が駆け巡る!
瞬間、アスタが天に向かって高らかに吠えた!
「うおおおおおおおお! ヘイトルアあああああああああああああああああ!!!」
ドンと空気が弾けて風が駆け抜ける。
瞬間、三人と剣撃を繰り広げていたサラが、グイとアスタの方を睨みつけた。
その周囲に黒い靄がボフンと弾ける。
黒い靄はたちまちに渦を成し、禍々しい影を作り出していく!
サラの瞳が紫色に燃え上がり、その顔を鬼のような形相に歪める。
ギリリと奥歯を噛みしめる喉の奥から、「グルルル」とケモノのような唸り声を上げ、カッと両目を見開いた。
「……死……!」
サラの背後でそそり立つ、黒い靄。
それはいつしか、呪蠱の姿となっていた。
「ヘイトォォォブゥレイカァアァァァァァァァァァッッ!!!」
鬼の形相を浮かべるアスタが、ヘイトブレイカーを振り上げる!
「キッシャアアアアアァァァァァァァァッ!!」
ヘイトブレイカーは甲高い奇声を上げて、サラに纏わり付いた影を吸い上げる!
そしてアスタの手の中で、メキメキと音を立てながら、凶悪にして醜悪な姿へと変貌していった!
マルカーキスレッドドラゴンの時と同じように!
あの禍々しくも凶悪なその姿へと!
刀身が伸び、幅が広がり、柄から無数の触手が伸びてアスタの腕を絡め取る。
ギチギチと音を立てて節足が生え、甲羅がびっしりと刀身の刃裏を覆い尽くす!
「キシェエエエエ! ヒギャアアアア! クキイイイイイイイ!!!」
耳を塞ぎたくなるような凄まじい奇声が交錯し、強風が嵐のごとく吹き荒れる。
「ヒュワオウッ!!」
サラがアスタを油断なく睨めつけながら、横に走る。
アスタは巨大な姿に変貌したヘイトブレイカーを「ブン」横に薙ぎ、そして下段後方に構えた!
「行け、アスタくん! 憎悪する者は知るだろう! その激情が、自らの喉元を食い千切ることを────!」
強風にマントをはためかせ、ロンフォードが天に向かって呪詛を突き上げる!
「行きます!!」
壁を上に向かって走るサラを、アスタが追いかける。
しかし、その速度が違いすぎた!
サラの向かうその先は……天井にポッカリと口を開けた黒い穴だ!
「ダメだ、逃げられる!」
「進路を塞ぐのです、アークフェザー!」
プルデンシアが瞳をターコイズブルーに光らせて、白い機体に指令を出す。
白金に輝くアークフェザーは、大きなナイトシールドを構えて、妖精のような羽根を広げて飛んだ!
シュウゥゥン!!
白い光を巻いて、アークフェザーがサラの進路に立ちはだかる。
「ヒュヒイイイイッ!!」
奇声を上げて、アークフェザーに打ち掛かるサラ!
「アークライトシールド!!」
シュパァァァン!
プルデンシアの声とともに白い光が瞬いて、サラの攻撃はアークフェザーのナイトシールドに完璧に防がれる!
サラはすぐさまナイトシールドを蹴りつけて、壁にピタリと張り付いた。
獣か虫けらか、およそ人間とは思えぬ仕草だ。
そこへアスタが、全速力で突進していく!
「サラさんを返すんだ!!!!」
迫り来るアスタから逃げるように、サラはダッと壁を蹴って横に走り、下に向かって駆けて行く!
その先には────仁王立ちするロンフォードの姿が!!
「呪蠱の主を断つ気か!? 逃げろ、ロン!!!」
ビクトルの言葉に、ロンフォードは微動だにしない!
「ヒュキャアアアッ!!」
鬼の形相のサラがロンフォードに斬りかかる!
ガヒィィィン!!!
「さすがだね、ハインツくん!!!」
顔を歪めたハインツが、その一撃を受け止めていた。
「その余裕はどこから来るんですか、ロンさん……」
「クホオオオオウゥゥ……」
サラとハインツ。
切り結ぶ二人がギリギリとその腕に力を込める。
「ホーリーアーマーのスキルは、唯一無二にして闇を防ぐ技! サラさん、いや、呪蠱よ! 如何にあなたの力といえど、僕のこのスピアは折れませんよ!!」
ハインツの持つショートスピアは仄かに白く光り輝いている。
幾多のモンスターを打ち破ってきた聖騎士たちを、支えてきた聖なる力だ!
「うおおおおおおおおおお!!!」
アスタが頭上から斬りかかる!
サラはハインツのショートスピアを蹴って、距離を取ると、すかさず横へと走って行く。
「ふあーっはっはっはっ! しっかりしたまえ、アスタくん!」
プルデンシアを守るダッカドとデクスターの前を横切り、サラが再び壁を走る!
アスタが必死の形相でこれを追い、ハインツはショートスピアを脇に抱えて、付け入る隙を伺っている。
「ちょこまかと逃げるしか無いのか、呪蠱よ!!」
ロンフォードの罵りに、クイッとサラが向き直る。
そしてロンフォード目掛けて突っ込んできた!
ハインツがすかさず、その間に立ちはだかる!
タンッ!
「なにっ!?」
ヒュルヒュルと回転しながら弧を描き、ハインツとロンフォードの頭上を越えて、サラはロンフォードの背後へと着地した!
そして間髪をいれず、ロンフォードに向かって刃を向けた。
「ヒュルアアアアアアッ!!」
「サラああああああああああああっ!!!!」
絶叫とともに、長剣を構えたビクトルが、その間に割って入る!
その切っ先をすり抜けて、バトルナイフもろとも、サラがビクトルの懐に飛び込んだ!!
ズンッ!!! ズググッ!!!
「ぐぇほっ……!!」
サラのバトルナイフが黒い光を放って「ヒュイィィン」と唸り、ビクトルの右胸を貫いていた!
ビクトルの背中から血しぶきが上がり、ロンフォードの背中を真っ赤に染める!
うわあああああああヤバイッ!?




