【63】サラの呪蠱
「サラっ!!!」
その姿を認めると、思わず安堵の気持ちが広がっていく。
駆け寄るビクトルに向かって、サラはクルクルと前転しながら落ちてきた。
ドゲシッ!!
「ぐはっ……!!」
ビクトルの顔を、勢い良く踏みつけるサラ!
「ヒヤオウッ!!」
喉の奥から獣じみた唸り声を発すると、ビクトルの顔を踏み台のようにして跳んだ。
「サラちゃん!?」
「ザシュッ!」と音を立ててプルデンシアの前に降り立つサラ。
その目は────輝きを失って、深淵の底暗さにも似た陰りを帯びていた。
そしていきなり、プルデンシアに向かってバトルナイフを繰り出した!
「ヒャフゥッ!!」
「ふあっ!」
シュン! シュン! シュヒン!!
物凄い早業だ!
しかし、スカウトの鬼回避スキルか、プルデンシアが物の見事に交わし去る!
「俺んらのお嬢に何しやがる!! オラアァッ!!」
横から駆け寄ったデクスターが、両手斧を振り上げた。
ブゥン! ドガンッ!!
デクスターの両手斧は空を切り、石床に深々と突き刺さる!
その一撃を軽やかなバックステップで交わしたサラ。
体勢を低くして、一瞬にしてデクスターの懐に飛び込んだ!
「くっ!?」
「ふんっ!」
ガキィン!!
寸でのところで、ダッカドが割って入る!
サラのバトルナイフを曲刀で受け止めると、サラの身体ごとかち上げた!
「せやっ!」
サラはクルクルと後方宙返りで降り立つと、右に左に軽やかなステップでダッカドに迫っていく!
「せいっ! はっ! ふん! えいっ!」
カン! キン! ガッ! キィン!
ダッカドが、上段から下段に打ち込んで、中段突きからヒラリと身を翻して曲刀を横に薙ぐ!
サラは軽やかにバトルナイフで受け止めると、シュンと風を巻いて姿を眩ませる!
一瞬にしてサラの姿を見失い、ダッカドが驚愕に目を見開く!
「上!」
ハインツが叫ぶとともに、ショートスピアをクルクルと回しながら割って入る!
ガチィン!
ハインツのショートスピアとダッカドの曲刀が交錯し、寸でのところでサラの一撃を受け止めていた!
ギリギリと三者の力がこもり、一拍の間を置いて「ガシャァァン!」と音を立てて弾けた!
サラはバク転で間合いを取ると、精気の感じられない胡乱な目で、ジッと……プルデンシアを見据えた。
そして、油断なく構えるそのバトルナイフには、闇属性の黒い光がまとわりついていた。
「じゅ、呪蠱だ! サラの中に、まだ呪蠱がいる!!」
「ふあーっはっはっはっ! 残念だよ、サラくん! 呪蠱に意識を乗っ取られるなんてね!」
高笑いを上げるロンフォードに、ビクトルも歯ぎしりせずにはいられない。
「どういうことだ、ロンさん! サラの呪蠱は、アスタの一撃で死んだんじゃなかったのか!?」
「見ての通りさ。呪蠱は一匹ではなかった、そういうことだろうね。さすがの私も、盲点だったよ〜」
呪蠱は一匹じゃない……。
ビクトルは、風呂場で見た光景を思い出していた。
あの、黒いオタマジャクシ……!
そうだ、サラは気味の悪い甲虫は、黒いオタマジャクシが成長した姿だと言っていた。
一匹を殺したところで、新たにどんどん取り憑くだけ……!
「すごいですね。攻撃スキルを使い切ったこの状況では、どうやら僕らに勝ち目はなさそうです」
静かに言葉を発するハインツの顔には、いつもの微笑みが無い。
鋭い目つきでサラを見据えながら、プルデンシアを守るようにしてその前に立ちはだかった。
「ちいぃ、めんどくせー」
「ガントレットの恩恵が無くとも、我らの剣技に衰えなし」
ハインツの左右を固めるようにして、ダッカドとデクスターも武器を構える。
「や、やめろ、みんな! サラは操られているだけなんだ!」
「フヒュアッ!!」
痛みをこらえて身を起こすビクトルが言うやいなや、サラがプルデンシア目掛けて跳躍した!
「ずりゃぁっ!」
ガキィン!
デクスターがその一撃を食い止めて、サラが跳ねるように着地するところを、ダッカドが素早く曲刀で斬りつける!
ヒュキイィィィン!!
「……なにっ!?」
闇属性に斬れぬモノ無し!!
ダッカドの曲刀は、黒い靄を纏うサラのバトルナイフによって、真っ二つに切り裂かれていた!
「はいっ!!」
すかさずハインツがサラ目掛けて突きを繰り出す!
サラは仰け反るようにしてそれを避けると、グルンと下段回し蹴りを繰り出した!
ガシッ!
「くっ……!」
「おりゃあ!!」
横によろけたハインツの背後から、デクスターが両手斧をブンと振るう!
ヒュキキキキキキキキキッ! キイィィン!
耳を塞ぎたくなるような金属音とともに火花を散らして、デクスターの両手斧もその片刃を真っ二つに切り裂かれる!
「ちっくしょ!!!」
構わずブルンと一回転させて、デクスターが両手斧を振り下ろす!
タンッ!
振り下ろす途中の両手斧を蹴って、サラがバク転で再び距離を取った。
ハインツ、ダッカド、デクスターの三人が、プルデンシアを守るようにして立ちはだかるが、武器は壊れ、息が少し上がっていた。
このまま戦いが続けば、ハインツたちにますます不利な状況となるであろうことは、誰の目にも明らかだった。
「ふっふっふっ、サラくんはプルデンシアくんと契約している身。その契約の縛りが鬱陶しいのだね? わかるよ、わかるとも〜」
拳を顎に添え、さも嬉しそうにロンフォードが笑っている。
「頼む、ロンさん! サラを……サラをアイツから解放してやってくれ!」
「ああ、もちろんだとも!」
必死なビクトルの声に、ロンフォードがニヤリと口角を上げた。
「残念ながら、アレはお淑やかなサラくんの手には余るようだ! その気になれば、この北アグリア大陸を再び、焦土と化すことができるっていうのにねぇ……。だがしかし! 穢れを知らぬ清き乙女心は、憎悪に満ち満ちた闇の生き物から解放してあげるのが、この世の美徳というものだろう!」
そう言って、ロンフォードはブワッとマントを翻した。
完全に敵! 果たしてサラを解放できるのか?




