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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆最終章 ドラゴン迷宮管理人のリタイア
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【60】ロンフォードの狙い

「サラさんの呪蠱(じゅこ)……?」


 怪訝そうなハインツのつぶやきに、ビクトルはハッとなる。

 その事を知っているのは、サラとビクトル、そして呪術師のロンフォードだけだ。


 見ると、ハインツの表情がいつになく険しいものになっていた。


「ま、待ってくれ、ハインツ! 今は、そのことで仲間割れを起こしている場合じゃない!」

「ふあーっはっはっはっ! いいじゃないか! 見たまえよ!」


 ロンフォードが指し示すその先で、石床に倒れ伏した狂化ドラゴンの黒い身体が、ビクンと大きく痙攣する。

 同時に、シュワシュワと血溜まりから湯気が立ち昇り始めた。


「覚醒の時だ! あれこそ伝説の────」


 「ザワリ」と音がして、狂化ドラゴンの背中の鋭い毛が総毛立ち、「ザンッ!」と黄金色の輝きを撒き散らす。

 その巨体がキラキラと白い光に包まれて、フワリとベールを解くようにして舞い散ると、一瞬にしてその黒い体表が赤紫色に染め上がった。

 紫色の血溜まりが激しく波打って、「ブホオオウ!」と風が舞い上がる。


 その中を、赤紫色のドラゴンが、その身をムクリと起こした。


「────マルカーキスレッドドラゴン!!!」


 悠然としてバサリと翼をはためかせ、長い首をゆっくりと持ち上げる。

 何もかもが毅然として、堂々としている。

 あの、サラの姿、そのままのように────!


 そして、赤紫のドラゴンは、天に向かって一声、吠えた。


「ルオオオオオオオオウウウウゥゥゥゥ……」


 今までとはまるで違う、甲高い、歌声のような遠吠えだ。

 ロンフォードのマントがバタバタとはためいて、異様な熱風が壁伝いに上昇していく。


 マルカーキスレッドドラゴンの胸には、12本の太い節足がワチャワチャと蠢いていた。

 そして切り裂かれていた翼も、頬も、何事もなかったかのように傷が癒えている。

 今は完全に、無傷の状態だ……!


「まさか、本当にあれが……? 一日に千里を渡り、百八つの都市を炎の海に沈めるという……魔物王ビクトル=マルカーキスが使役し、北アグリア大陸全土を恐怖に陥れたその主戦力……! ただの伝説に過ぎないと……!!」


 ハインツの頬を、一筋の汗が伝い落ちる。


「サラは!? サラはどうなっている!?」

「サラくんならきっと大丈夫さ、つるピカヒゲもじゃくん。なぜなら彼女は、アレの母なる母体なのだからねぇ」

「くっ……! あんたの大事な用って、この事だったのか? こうなるまで、俺に黙って見ていろと?!」


 クイッとロンフォードが顔を向け、ニヤリと笑った。


「そうともさ。呪蠱(じゅこ)呪蠱(じゅこ)を認識し、互いの宿主を奪い合って更なる力を得ようとする。狂化ドラゴンに巣食う呪蠱(じゅこ)が何らかの方法で出現すれば、きっと、サラくんを欲しくて欲しくてたまらなくなるだろうとね……。フフッ、完璧なまでに私の望み通りになったのは、ひとえに日頃の行いのおかげだろうねぇ。いやはや、人徳のなせる業、とは恐ろしいものだ……」


 何言ってやがると歯噛みせずにはいられない。


「こんなこと、すべきじゃなかった! サラに本当の事を伝えておくべきだった!」

「フンッ! 一緒さ! 知れば益々、彼女はその身を投げ出しただろう! そうなれば、彼女の呪蠱(じゅこ)は負けていたかもしれない! 彼女の抗う心が、彼女の呪蠱(じゅこ)を怒りに震え上がらせ、狂気へと導いたのだ!……それともキミは、『狂化竜の胆嚢毒』を飲んで、呪蠱(じゅこ)ごとサラくんに死んでもらった方が良かったのかね?」


 ビクトルはハッとする。

 もし何事も無く狂化ドラゴンを倒し、『狂化竜の胆嚢毒』を手に入れていたとしたら……。


「サラくんの呪蠱(じゅこ)が勝った今、それは不可能となったのだよ。荒療治だが、じゃじゃ馬にはこの程度の事をしなければねぇ、ふふふ……」


 天に向かって吠えるマルカーキスレッドドラゴンを見上げながら、ロンフォードが嬉しそうに笑みを浮かべる。


「……あれを倒せば、サラは呪蠱(じゅこ)から解放されるのか?」

「たぶんね」


 曖昧な言葉で即答するロンフォードに、ビクトルは眉を潜めた。


「今は、あんたを信用するしかないんだ」

「安心したまえ〜、つるピカヒゲもじゃくぅ〜ん。万が一の時にも、保険は用意してあるからさぁ」


 肩をすくめてニヤニヤするロンフォードの横で、ハインツが「ふう」と溜め息をついた。


「……事情はよくわかりませんが、あれは倒していいんですね?」

「ああ、もちろんだとも! 私の用はもう済んだ! ハインツくんの気の済むようにしたまえ!」


 キリッと表情を引き締めるハインツの向こうから、狂化毒の切れたアスタが駆け寄ってくる。


「ロンさん、俺に『三倍狂化毒』を! サラさんを助け出さないと!」

「いいだろう、アスタくん! 今度はキミの最大能力を見せてもらう時だ!!」


 ブワッとマントを翻し、ロンフォードが両腕を大きく広げる。


「アスタくんは呪蠱(じゅこ)の抹殺を! ハインツくん、ドラゴンへのトドメはキミたちの仕事だ! つるピカヒゲもじゃくんはサポートと、面倒くさい後始末を!」

「ええ、いいでしょう。僕はダッカドさんとデクスターさんに指示を出します。ヒゲも……ビクトルさんは、プルデンシアさんに麻痺バリスタの指示を」

「……わかった」


 今の自分にできる事はその程度しかない。

 手にした長剣も、ビクトルにとっては宝の持ち腐れだ。

 ロンフォードの狂化毒を受ければあるいは、と思っていたが、三匹ともアスタに使うとなれば……。


 しかし今は、自分自身が英雄となるを望むべきじゃない。

 唇を噛み締めて、グッと眉を引き締めた。


「己の成せる業を信じて、行け! 儚き生命の下僕たちよ! 荒ぶる現実に、その刃を突き立てんがためにッ!!」


 ロンフォードの言葉を合図に、ハインツとビクトルが壁沿いに走る。

 その動きに、マルカーキスレッドドラゴンがクイッと顔を向けてきた。


「パウアッ!」


 甲高い声をあげ、「ヒュン!」と赤紫の炎弾を吐き出した!


 ズドォン!!


「速いっ!! しかも、威力も増してやがる!!」


 まるで電撃ゴーレムのレーザービーム並だ!


 それでも落ち着き払った様子のロンフォードは、アスタに向かってマルカデミーガントレットをはめた左腕を突き出した。


「我が深謀遠慮にして叡智を司る下僕達よ! ────三倍狂化毒!」


 ロンフォードのマルカデミーガントレットがキランと光り、マントの下から二匹の毒蜘蛛が飛び出してくる!

 そして、三匹の毒蜘蛛が揃って、アスタの首筋に大顎を突き立てた!!


 ズグリッッッ!!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 雄叫びを上げるアスタの向こうで、マルカーキスレッドドラゴンが宙に飛び上がって炎弾を打ち続けている。


「ヘイトォォォォルゥアァァァァァァァァッッ!!!」


 アスタの周囲に白い靄がブワンと広がって、マルカーキスレッドドラゴンがギロリと鋭い眼光を向けた。

 その瞬間、マルカーキスレッドドラゴンの周囲に、ブワリと黒い靄が立ち込めた。


「なんだ?」


 プルデンシアのところまで辿り着いたビクトルが、マルカーキスレッドドラゴンを驚きの表情で見上げる。


 吹き出した黒い靄が、炎のように揺らめき、見覚えのある形を成し始めていた。

 甲羅のような体躯に12本の節足と、お尻から何本も伸びる不気味な触手……。


「あれは……サラの呪蠱(じゅこ)!」


 呪蠱(じゅこ)の姿を成した黒い靄が、マルカーキスレッドドラゴンの背後霊のように、寄り添っているのだ。


「その憎悪、俺が絶ち斬る────!」

「ルヒャアオウウウウウゥゥゥ!!」


 マルカーキスレッドドラゴンが翼をはためかせ、昇竜嵐を巻き起こす。

 荒れ狂う強風を物ともせず、アスタはショートソードを天に向かって突き上げた。


「ヘイトォォォブゥレイカァアァァァァァァァァァッッ!!!」


 アスタの雄叫びに、手にしたショートソードが奇声を上げる。


「キシャオオオオオオオオオオオウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


 黒い靄が渦となってショートソード────ヘイトブレイカーへと吸い込まれていく!


「あれは……いったい、なんなんだ!?」

「あれがアスタさんのヘイトブレイカー!」


 ビクトルの横でプルデンシアが呟く。


 吸い込まれる黒い靄がメキメキとアスタの両腕に巻きついて、奇怪な何かを作り上げていく。

 鋭い切っ先の節足、細い触手、鋭い牙。

 それらが幾重にも重なって、凶悪な姿を成していくのだ!


 ズガシャッ、バキバキバキッ、メキメキメキキキキッ!!


 やがてその刀身は、長さ5mはあろうかという黒光りする凶悪な禍々しい姿となっていた。


「ルアオウゥッッ!!」


 瞬間、マルカーキスレッドドラゴンがブオンと首を横に薙ぎ、部屋一杯にブレスを焚きつける!


「うおおおおおおっ!」


 雄叫びとともに、炎の中からアスタが石壁を駆け上がる。

 そしてマルカーキスレッドドラゴンよりも上まで駆け昇ると、タンッと勢い良く壁を蹴った!





仲間になるってわけには行かない模様?

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