【59】呪蠱の逆襲
ドビュバッッッ!!
気味の悪い音を立てて、無数の触手が四方に向かって伸びてくる!
「うおおおっと!!」
べチャリべチャリと、石床や壁を打ち、酷い匂いのする粘液をまき散らす!
狂化ドラゴンの周囲に取り付いていたサラたちも、必死の形相でこれを切り裂き、避けるので精一杯だ!
「グギャオオウッ!!!」
間隙をついて、狂化ドラゴンが宙に舞い上がる。
その間にも、呪蠱の触手がヒュンヒュンと音を立てて伸びてくる!
「みんなっ! 一旦、退避だ! 距離を取れ!!!」
蜘蛛の子を散らすように、5人が部屋の隅へと駆け戻る。
その背後から、轟音を上げて竜巻が襲いかかる!
ブオオオオオオン!!!
「……うっ!」
強風に煽られ、サラの足が一瞬止まる!!
その時────!
ビシッ!! ズダァン!
サラの足首に一本の触手が絡みついて、その身体を引き倒した!
たった一瞬の、その機を逃さず!
「ぐあっ!!」
倒れこんだサラに、何本もの触手が襲いかかっていく!
「くそっ! 何をする、離せっ!」
足首に絡みついた触手にすぐさまバトルナイフを突き立てる!
しかし、一斉に襲いかかった触手が見る見るうちに、サラに巻き付いていく!
「サラっ!!」
ビクトルは思わず腰の長剣を引き抜いて、駆け出していた!
「は、離せ! や、めっ……んぐっ……!!」
バトルナイフごと絡め取られては何もできない!
ズリズリと引きずられながら、あっという間に、その腕にその腰にその太ももに、赤紫の触手が絡み付き、その口の中や太ももの間にまで潜り込んでいく!
苦悶に悶えるサラの表情に、ビクトルの心の奥が、言い様のない戦慄に震えた!
「このヤロおおおう!!」
絡め取ったサラの身体を宙に持ち上げる触手に向かって、大上段から長剣を振り下ろす!
ブニッ! ブシャッ!!
ゴムのような感触に、気味の悪い音を立てて、触手から紫色の液体が迸る!
「サラさんを離せ!!」
「たあっ!」
「うりゃっ!」
「せいっ!!」
アスタとハインツ、ダッカドとデクスターも駆け寄って、サラを絡め取る何本もの触手に斬りつける!
しかし、数が多すぎて切り離せない!!
「グワオウッ!!」
サラを絡め取ったまま、唸り声とともに狂化ドラゴンが天井高くに舞い上がる!
そして────!!!
ジュボリッ!!
不気味な粘液を撒き散らし、ウネウネと波打つ触手が一瞬にして、サラをその口の中へと引き込んでしまった!
「サラああああああああああああああああああっっ!!!」
胸が張り裂けんばかりの絶叫を、無情な竜巻が掻き消していく。
これを見守っていたロンフォードが、ニヤリと笑みを浮かべた。
サラを飲み込んだイソギンチャクのような呪蠱が、ムチャリムチャリと気味の悪い音を立てて、その口を蠢かせる。
まるでサラを、じっくりと味わうかのように────!
「グガアアアアアオオオオオオウゥゥゥゥッ!!!」
サラを取り込んだ狂化ドラゴンが、勝ち誇ったような雄叫びを上げて身を翻す!
瞬間、竜巻よりも激しい強風が、吹き荒れ始めた!
「くっ……昇竜嵐!!」
見ると、狂化ドラゴンの口元に、青い炎が猛烈な勢いで膨らみ始めている!
今度こそ、昇竜大ブレスに間違いない!
「サラ! サラ! サラああああ!! 絶対に、助けてやるからな!!」
ビクトルは一目散に、仁王立ちするロンフォードの爆炎シールドへと駆け込んだ。
振り返ると、他のみんなも、『破風の三角錐』の下へと退避している。
そしてサンクチュアリのプルデンシアと視線が合う。
プルデンシアは大きく頷いて、すぐさまバリスタを動かし始めた。
ドロリとした紫色の液体のついた長剣をビッと薙ぎ払い、狂化ドラゴンを睨めつける。
今までのドラゴンの時には感じようもなかった感情が、ビクトルの中に渦巻いていた。
「グ・オ・オ・オ・オオオオオオオ!!!」
ビクトルの思いを嘲笑うかのように、腹まで響くような唸り声を上げて、狂化ドラゴンが大きな青い炎を喉元に溜め込んでいく!
ビクトルはプルデンシアへの発射合図に向けて、薄汚れたマルカデミーガントレットを嵌めた右腕を、すっと大きく突き上げる。
「(早く隙を見せろ、早く……早く、早く、早く……)」
知らず呼吸が荒くなり、突き上げた右腕がプルプルと震えていた。
ジリジリとしながらも、狂化ドラゴンの翼が水平にピタリと止まるのを待っている。
「焦っては駄目だ焦っては駄目だ」と言い聞かせながら、永遠とも思えるその一瞬に向けて、全神経を集中させた。
「グホオオオオオオオオオオオオオオオウッ!!!!」
荒れ狂う強風に唸り声が木霊する。
「(……来い!!)」
大きな翼をバサリと天に向かって突き上げて、今まさに、狂化ドラゴンがその翼を振り下ろさんとしたその時!
「……グゲエェッ……!!」
「……なんだ?」
突然、狂化ドラゴンの首の動きがピタリと止まり、その目が驚愕に見開かれる。
喉元に溜め込んだ青い炎が、ボフボフと音を立てて放出されていく。
……まるで、麻痺バリスタを打ち込んだ時のような……!
プルデンシアを見ると、驚いた表情でビクトルの方を見ていた。
麻痺バリスタを打ち込んだわけじゃない……?
しかし明らかに様子がおかしい……!
誰もが戸惑い、ビクトルに視線を送る。
「グヒッ!……ゲゲッ、ゲボッ!……」
いつの間にか強風も息を潜めている。
苦悶の表情の狂化ドラゴンはガクガクと巨体を震わせ、今にも落下しそうな雰囲気だ。
「ふあーっはっはっはっ! この時を待っていた────!!」
静寂を切り裂いて、ロンフォードがブワッと両腕を広げてマントを翻す。
「さあ、見せてみろ! キミの中に巣食う、本当の力を!!!」
握りこぶしを突き上げるロンフォードの言葉に応えるかのように、狂化ドラゴンがドクンと大きく身体を仰け反らせた!
瞬間────!
「グギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!」
ドシャアアアアアッッッ!!
狂化ドラゴンの胸元から、大量の紫色の血が噴き上げた!!
喉元を締めあげられたような声を上げ、狂化ドラゴンの目がクルリと白目を剥く。
そしてグラリとその身体が大きく横に揺れ、ユラユラと力無くその長い首が揺れ動いた。
ズダバシャアァァァァン!!!
狂化ドラゴンの身体が石床に叩きつけられ、大量の血溜まりを跳ね上げる。
「ふあーっはっはっはっ! いいぞ! やはり、私の思った通りだ!!」
この状況を喜んでいるのはロンフォード一人だけだ。
アスタもダッカドもデクスターも、訳が分からないといった表情でビクトルを見据えている。
「これは、どういうことですか? 狂化ドラゴンは死んでしまったんでしょうか?」
駆け戻ってきたハインツも、戸惑いの表情だ。
しかし、狂化ドラゴンが死んだとするなら、討伐達成のアナウンスがあるはずだ。
「黙って見ていたまえ、ハインツくん! 今、我々は伝説を目撃しているのだ!!」
「さ、サラはどうなっているんだ!?」
「ふっふっふっ、わからないかい、つるピカヒゲもじゃくぅん?」
嬉しそうな表情で、ロンフォードがユラリとビクトルに顔を向ける。
「サラくんの呪蠱は────勝ったのさ」
逆襲の逆襲で、もう何がなんだか……(@_@;
事態は好転してるのか!?




