【58】狂化ドラゴンの呪蠱
────あれは、呪蠱。
やはりそうか、と思わずにはいられなかった。
そうだとすれば、なぜ狂化ドラゴンが麻痺や閃光からの回復が早かったのかも、すべて納得がいく。
「あれが竜心臓に取り憑いて、ドラゴンは狂化ドラゴンとなった、と考えるべきだろう!」
「なるほど。では、あれに攻撃を加えるべきですね?」
「ああ、もちろんそうだとも! あれを倒さない限り、狂化ドラゴンが死ぬことなどあり得ないッ!」
「アイツの弱点はあるのか?」
ビクトルの問いかけに、ロンフォードは「フフッ」と笑って丸メガネをクイッと押し上げた。
そして自信ありげに胸を張ると────。
「さあね!」
……と、声高らかに答えた。
ビクトルとハインツは、思わず、冷たい視線で顔を見合わせる。
「だが、呪蠱なんてものは、ただのモンスターに過ぎない! それこそ、ドラゴンに比べれば取るに足りないだろうよ! あれから先に片付けるべきとしても、作戦に変更など必要ないだろう? なぁにを恐れているんだね?」
「触手攻撃以外にも、何をしてくるかわからないからですよ。無策のまま兵を誘導し、むざむざピンチに陥れるわけには行きませんから」
「ふあーっはっはっはっ! 慎重にして堅実なのはいいことだがね! 恐れを知らぬ勇猛果敢さも、英雄には必要な要素さ! そう、絶大なる力こそこの世の────大・正・義ッ!!」
ブワッと両腕を広げてマントを翻すロンフォード。
二人は「相談するだけムダだった」と頭を抱えるしか無かった。
いったい、この堂々たる自信はどこから来るのか……?
「ロンさん、今は冗談に付き合ってる場合じゃないんだ。何か考えがあるなら、真剣に教えて欲しい。俺には、アイツがサラを狙っているように見える。狂化ドラゴンを好きに暴れさせて、あんたは何を、待ってるんだ?」
グッと眉根を引き締めて、ビクトルがロンフォードを睨みつける。
ロンフォードは丸メガネの奥から、チラリとビクトルに視線を向けた。
いつものロンフォードとは違う、凍てつくほどに冷ややかな目だ。
「……言ったろう? 呪蠱の事は、私に任せておけ、と」
ロンフォードの言葉に、ビクトルはハッとなる。
もしかして、サラの呪蠱と何か関係していることなのか……?
その冷たい瞳と言葉の意味が飲み込めなくて、ビクトルは戸惑うしか無かった。
「ロンさーん!」
その時、毒蜘蛛を頭に乗せたアスタが、息せき切って駆け寄ってきた。
『狂化毒』のスキル効果時間が切れたのだ。
「あ、ハインツさんとビクトルさん! アイツ、全然降りてこなくって……」
石床に膝をついてハアハアと荒い息を吐き出している。
やはり『狂化毒』は疲労が激しいようだ。
狂化ドラゴンの方を見ると、今は地表を駆け回るサラに向かって、炎弾と触手を繰り出している最中だ。
「ロンさん、俺に『三倍狂化毒』を使ってください! 一気に仕留めます」
「なぁにを言ってるんだね、アスタくん。我々の目的は、討伐じゃないよ〜?」
「えええっ!!」
驚いてロンフォードを仰ぎ見るアスタに、ロンフォードはニヤリと笑った。
「だからせいぜい、今のまま、狂化ドラゴンを怒らせるだけ怒らせていなよ」
「そそそ、そんなぁ〜……」
助けを求めるような視線で、アスタがビクトルとハインツを仰ぎ見る。
ビクトルは肩をすくめて小さく首を振るしか無かった。
「アスタ、昇竜大ブレスをやってくれれば、麻痺バリスタのチャンスなんだ。ヤツを焦らして、誘発させるしかない」
「たしかに今は、それしか手が無さそうですね。落ちてきたら、あの胸の呪蠱にフルバレットブーストを集中的に叩き込みましょう」
「そうしたまえ! 時が来れば私も動こう!! だからアスタくんもがんばって、逃げ回るようにッ!」
「えええっ! で、でもですね……」
「もっと頭を使いたまえよ、アスタくぅ〜ん。触手は下向き、顔は上向き。とすればふた手に別れれば済むだけのことじゃないのかね?」
嫌らしい笑みを浮かべるロンフォードに、アスタが考えを巡らせている。
「待ってくれ。そんな単純な特攻を仕掛けろってのか? 無謀過ぎる!」
口を挟んだビクトルに、アスタはキリッとした表情をしてみせた。
「わかりました! やってみます!」
「その調子だ、アスタくん! キミはやれば出来る子なのだからね! ────狂化毒ッ!!」
ロンフォードがマルカデミーガントレットをはめた左手をアスタの頭上に差し出すと、白い煌めきとともに毒蜘蛛が「キキッ」と鳴いてアスタのうなじに噛み付いた。
「うっ……!」
ひとつ呻き声を上げると、アスタがフラリと立ち上がる。
その目は爛々とした力強い眼光を放っていた。
「行きたまえ!」
サッとロンフォードが前に向かって手を薙ぐと、アスタがクルリと踵を返して唸り声をあげた。
「うおおおおおおおお!!!」
ブンとショートソードを薙ぐと、竜巻に向かって飛び出していく!
そのまま竜巻に乗って一気に上昇し、狂化ドラゴンより高く飛んだ!
「何だアイツ!?」
明らかに、今までの動きと違う!
「ヘイトッルアァァァァァッ!!」
地表のサラの動きを追っていた狂化ドラゴンが、吸い付けられるようにアスタの方へと視線を向ける。
その周囲には、かすかに黒い靄が取り巻いていた。
呪蠱の触手は……サラの動きを追いかけたままだ。
となれば、アスタと狂化ドラゴンの一騎打ちだ!
「うおおおお!! 貫く!!!」
言うなり、アスタはきりもみ状態で回転しながら、狂化ドラゴンへと急速落下し始めた!
狂化ドラゴンがクルリと身を翻し、その口元に炎を溜める!
「まずい、竜炎槍だ!!」
「行けっ! アスタくん!!」
「うおおおおおおおおおおっっ!!!」
特攻するアスタが止まれるはずもない!
「グヒャアアアウ!!!」
雄叫びとともに、狂化ドラゴンが炎を吐き出す!
青い炎は槍となってアスタに襲い掛かった!
だがしかし!!
キュィィィィィンンン!!!
「なんだ!?」
アスタの手にするショートソードが、急激に黒い靄を吸引して、戦慄いた!
「スラァァァッシュ!!!」
ドシュウッ!! ザグゥッッ!!
「ヒギエェェェェ!!!」
アスタの身体が弾丸のごとく、狂化ドラゴンの頬を切り裂いた!
「竜炎槍ごと貫いただと!?」
サラのバトルナイフと同じことが、アスタにもできるのか!?
衝撃に、呪蠱の触手も空を掴むように動きが緩慢になる!
「隙ありっ!!!」
石壁を蹴って、サラが跳ぶ!
ザシュウッッ!!
「ウキャアアアァァァ!!!」
サラのバトルナイフが狂化ドラゴンの翼を切り裂いて、宙を舞うその巨躯がグラリと揺れた!
「剛斧弾んん、フルバレットブーストォォ!!」
地表から放たれたデクスターの両手斧!
弾丸となって、狂化ドラゴンの胸元にぶち当たる!
ズガアァァァン!!
「キ、ギシエエエェェェッ……!」
数本の触手が千切れ飛び、狂化ドラゴンが苦悶の声を上げて落下する!
「ズダァン!」と地響きを上げて床に落ちたところを、すかさず詰め寄ったダッカドが曲刀を大きく振りかぶった!
「砂岩割裂斬フルバレットブースト!!」
ズドオォォォン!
白い閃光とともに、紫色の血飛沫が辺り一面に飛び散った!
「ヒギエエエエエエッ!!」
「グジュブリュッッ……!!」
雄叫びを上げてもんどり打つ狂化ドラゴンの胸元で、イソギンチャクのような呪蠱がその口を固く閉ざす。
これは集中攻撃の大チャンスだ!!
「みんな、今だ! 集中攻撃を食らわせろ!」
「うおおおお!!」
「せいっ!」
苦痛に悶える狂化ドラゴンの側面から、サラとアスタが刃を突き立てる!
ズグッ! ザシュッ!!
一撃では終わらない。
ダッカドとデクスターにハインツも加わって、ヒットアンドアウェイで何度も何度も斬りつける!
「セントライトアタックフルバレットブースト!」
「さぁっ!」
「熱破竜巻斬りフルバレットブースト!」
「剛斧閃んんっフルバレットブースト!」
「うおおおっ!」
ズシュッ! ザンッ! ズドォン! ガシュッ! ズバッ!
斬りつけられるたび、狂化ドラゴンが呻き声を上げて後退る。
大きく切り裂かれた頬、ボロボロの翼、そして身体に受けた無数の傷。
さすがの狂化ドラゴンといえど、5人の猛攻の前に体勢を立て直せない様子だ。
しかも、呪蠱が固く口を閉ざしたとあっては、反撃の糸口すらなさそうだ!
「いいぞ! そのまま一気に決めてやれ!!」
ビクトルの攻撃指令に、ダッカドとデクスターがさらに追撃を加えようとした時だった!
「グブチョチョブチョ……!!」
固く口を閉ざしていたはずのイソギンチャクのような呪蠱が、ウネウネと波打つように蠢き始めた!
ようやく集中攻撃を食らわせたと思ったら……!?