【53】復活のサラ
────冒険者たちの安息処。
「ともかく、別に謎というほどのシロモノでもなかったよ、つるピカヒゲもじゃくぅ〜ん」
オイラーフィッシュのソテーを平らげたロンフォードが、口元を拭きながら眉を潜めてみせた。
言葉通り、第七の部屋の謎が満足の行く内容ではなかったらしく、戻ってきてからずっと、不満たらたらだ。
今は、皆で遅めの昼食の最中。
おそらく、ここでの食事もこれが最後になるだろう。
「文句は是非、迷宮設計者に言ってくれ」
「さすがに故人に唾を吐く真似はできないねぇ。ただ、私ならもっとゾクゾクするような仕掛けを施すよ」
「例えば?」
「そう、例えば……隠し扉からお化けが飛び出してくるようなびっくり箱的なね」
「それ、さっきロンさんがやったやつじゃないですか?」
オイラーフィッシュのソテーを頬張りながらツッコミをいれるアスタに、ロンフォードが口をへの字に曲げた。
同じく丸テーブルで食事をするダッカド、デクスターは無関心な様子だ。
食事をそこそこで終えた様子のハインツは、ナイフを取り出して、木片を小さく削り出している。
「そういうアスタくんは、心臓が飛び出るぐらいに驚いてたじゃないか!」
「えええっ? そんなことないですよ。驚いたのは……ビクトルさんじゃないですか?」
「驚くを通り越して、呆れたってのが正解だけどな」
ビクトルの言葉に、目を三角にしたロンフォードが「ダン」とテーブルを叩いて立ち上がる。
広い丸テーブルの中央に置かれた拳大の白い珠『リセット珠』が、ポンと跳ね上がった。
「キミたち! びっくり箱は偉大なのだよ!? あれほどシンプルにしてかつ、想像力に満ち溢れた脅かしアイテムは無いと言ってもいい!」
……びっくり箱に対して、何をそんなに愛着を持っているのか?
これにはアスタも、苦笑いを浮かべるしかないようだ。
ベッドの脇で二人で食事をしているプルデンシアとサラも、クスクスと笑っている。
ロンフォードは皆をギロリと見渡すと、「フン!」と鼻を鳴らして「ドン!」とばかりに腰掛けた。
そして固く腕を組み、イライラとした様子で指をトントンし始める。
「管理人さん、この魚のソテー、とても美味しいです」
「まだおかわりはあるだろうか?」
「ああ、いくらでも焼くぜ。特に、サラは腹いっぱい食べろよ」
「ふふっ、ありがたい」
すっかり体調が戻った様子のサラに、ロンフォード以外の誰もが安堵の表情を浮かべ、その場が和やかな雰囲気に包まれる。
「食え食え! 病なんざ、食っときゃ勝手に良くなんだよ!」
「ああ、そうだな」
「サラさんの戦闘能力は替えが利きませんからね。体調が戻るまで、1日でも2日でも待つつもりでしたが」
「ホントですよ。迷宮を探索しながら、ハインツさんとお話してたんですよ」
「そう言ってもらえると、ありがたい。感謝に絶えない」
「ハンッ! 俺んらがいりゃあ、どうってことねえんだけどよ。なあ、ダッカドの兄貴」
「いや、戦士サラは貴重な戦力だ。頼りにしたい」
「おおっと、いけねぇ! 前言撤回だぁっ!」
ハゲ頭をパシリと叩くデクスターに、アスタとプルデンシアが楽しげな笑い声を上げる。
そんな和気藹々とした雰囲気の中、ビクトルはそっと視線を落とし、どこか浮かない表情になってしまう。
それもそのはずだ。
風呂場での出来事を思い出すと、どうしても心が重くなってしまうのだ。
「どうされました?」
問いかけられて視線を上げると、ハインツがナイフの手を止めて、ジッと見つめていた。
いつものあの柔らかい微笑みがなく、眼差しが真剣そのものだ。
「ん? ああ、いや……なんでもない。その……お褒めに預かり光栄だが、ちょっと塩気が足りなかったかな、と」
「別に、そんなことねーぞ。てか、俺んらもおかわりが欲しいぐらいだぜ」
「俺もです!」
「ああ、そうか? んじゃ、次を焼くとするか」
デクスターとアスタにビッと親指を立ててみせると、自分の食事もそこそこに席を立つ。
「ワインはもうねえのか?」
「デクスター、その辺にしておけ。このあと、狂化ドラゴン戦だぞ」
「あっははぁ〜。いっけねえ、そうだったわ」
ダッカドとデクスターのやりとりを後ろに聞きながら、思わず小さく頭を振って溜め息をついていた。
今はまだ、あのことを皆に知らせるべきではないだろう。
この場合、相談するなら、ハインツではなくロンフォードだ。
だが、果たして、あのロンフォードが真面目に取り合ってくれるか……。
かといって、他にどうすればいいのか、ビクトル一人では見当もつかないでいた。
「あとはもう、ハインツくんたちに任せたよ〜。私は面倒は嫌いでねぇ」
イライラした様子のまま、ロンフォードがネットリとした声をあげる。
「……そういえば、正解はなんだったんだ?」
オイラーフィッシュの肉をフライパンにかけながら、ビクトルが問いかける。
ロンフォードは意地悪そうに、ニヤァとした笑みを浮かべた。
「さぁ〜〜て、なんだと思うかね? 当ててみたまえよ」
「ポイズン、じゃなかったでしたっけ?」
もったいぶろうとした横から、アスタがさらっと正解を口走る。
目を三角にしたロンフォードが「ガルルル」と唸り声を上げ、アスタがビクッと背筋を伸ばした。
「了解。ミートワームの女王か。なら、楽勝だな」
相変わらずのコンビだ。
浮かない表情をしていたビクトルも、思わず苦笑してしまう。
ちなみに、謎2の数字列はアルファベットを表している。
「ヒントを見るまでもなく、数字列が26個ある時点ですぐに気がついたさ! せめて、順番を入れ替えてもらいたかったものだねぇ!」
数字が示すのは、アルファベットを構成する『線の種類』だ。
1:│
2:/
3:\
4:─
5:⊂
6:⊃
7:∪
8:∩
ヒントの「問=873」は「Q」を表し、「答=234」は「A」というわけ。
ポイズンならば、つづりは「POISON」だから、2つの謎を組み合わせた答えは────。
160 87 1 56 87 131
となる。
そしてリセット珠を使う部屋は、『毒糸の間』が正解というわけだ。
「ちなみに、その『リセット珠』は間違った部屋で使ってしまっても、再度入手ができる。ただし、第七の部屋に戻るとガーゴイル6匹を倒さなきゃならないけどな。それでもまあ、リセットする部屋をクリアするのに戦力が足りない時は、『連鎖の間』でスライムを復活させるのをオススメしてるぜ。対ドラゴン用に、スライムコアも補充できるしな」
「なるほど、それは面白いですね」
「その必要はないだろ〜。ささっとクリアしてしまおうじゃないか!」
ロンフォードがさも懲り懲りだ、と言わんばかりに肩をそびやかし、両手を上げる。
「ミートワーム女王なら、是非、わたしに任せて欲しい」
「もう大丈夫なんですか、サラちゃん?」
「それを証明するのにも、丁度いい」
サラが自信あり気な表情で皆を見ている。
「いいと思います。僕は賛成ですよ」
「サラくん、ささっと頼むよ! ささっとね!」
「ああ、問題ない」
サラはニコリと微笑むと、グッと拳を握りしめた。
チラリとその様子を覗き見たビクトルが、またしても暗い表情になる。
サラならきっと、何事もなくガーゴイルロードとミートワーム女王を仕留めるだろう。
そうなれば────あとは狂化ドラゴンだけだ……。
残された時間は、刻一刻と迫り来ている────。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「せいっ! はっ! やぁっ!」
「キシイィィィィ!!!」
────第一の部屋『毒糸の間』。
ガーゴイルロードと復活したミートワーム女王を相手に、サラが縦横無尽に躍動していた。
「クカアアアッ!!」
跳躍したサラに向かって、ガーゴイルロードがロックジャベリンを投げつける。
それをもクルリと反転して交わし去ると、サラは壁を蹴って跳んだ。
ズグシュッ!
「ヘゲェイィィィ!!」
ミートワーム女王の翼を斬り裂くと、さらにその背中を蹴ってガーゴイルロードに向かって跳ぶ!
息つく間もない流れるような猛攻だ!
「うおおおおおお!!」
「クカカカカッ!」
ロックジャベリンを両手に持ち替えたガーゴイルロードが身を翻し、振り向きざまにサラに斬りつけた!
ヒュン!
「なんだ!?」
見上げるビクトルが思わず声をあげる。
サラは、ロックジャベリンを振るうガーゴイルロードの腕を蹴って、ヒラリとその背中へと飛び移ったのだ!
「はああっ!!」
バトルナイフを水平に構えたサラが、ガーゴイルロードのうなじ目掛けて突きを繰り出す!
ザグシュッ!!
硬い石の肌に、いともたやすくバトルナイフが突き刺さる!
「クケエェェェッ!! クガアアァッ!!!」
カラスのような雄叫びをあげて、ガーゴイルロードが身悶えた。
「はあああああああっ!!!!」
気合もろとも、サラは突き立てたバトルナイフを横に薙いだ!
ズブシャアアッ!!!
ガーゴイルロードの首半分が引き裂かれ、大きく左に折れ曲がる。
サラがガーゴイルロードの背を蹴って跳ぶと、ガーゴイルロードの身体は錐揉み状態で地面に落下していった。
「地這砂塵斬り!!!」
落ちてきたガーゴイルロードに、ダッカドのスキルが炸裂する!!
ザシュッ! ズダァァァァン!!
胴からざっくりと割かれて、ガーゴイルロードの身体が床に叩きつけられる。
「グゲエエエエェェェェ……」
ビクビクと身体を震わせながら身を起こそうとするガーゴイルロードの瞳から、赤い光がシュンと消え失せた。
そしてピクリとも動かなくなると、静かに砂塵へと崩れ落ちていった。
「さっすがダッカドの兄貴だ! チャンスは絶対、逃さねえ!」
「デクスター、そっちはどうだ?」
「おう、バッチシよ!」
床に落ちたミートワーム女王も、デクスターの手ですでにトドメを刺されていた。
「あとは、大量のミートワームを片付けるだけか」
「わたしに任せろ。すぐに終わる」
言うなり、サラは真っ暗な洞穴に向かって駆け出した。
「我らも行くぞ、デクスター」
「おうよ!」
「フフッ、僕は灯りを持つ係だけで良さそうですね」
『ミートワームの水晶体』を貼り付けた松明を片手に、ハインツたちが追っていく。
「サラちゃん、すごいです! もう安心ですね!」
「フン! この程度の相手、たかが知れているさ! ねえ、アスタくん!」
「さすがサラさん、凄過ぎてビックリですよ! ね、ロンさん!」
目をキラキラさせて答えるアスタを、ロンフォードが眉根を寄せて睨みつける。
この二人は相変わらずだ。
「プルデンシア、ガーゴイルロードの砂塵の中から、鍵を回収しよう。あっちは4人に任せておいて問題なさそうだ」
「はい、そうですね」
「あ、俺も手伝います!」
アスタがにこやかに駆け寄ってくると、プルデンシアとともに砂塵の山を掻き分け始めた。
「ふあーっはっはっはっ! 砂山いじりとは、キミたち二人にお似合いだよ!」
ロンフォードの皮肉に、「え〜、そうですかぁ?」なんて返しているアスタとプルデンシア。
そんな二人をよそに、ビクトルはそっと、ロンフォードに近づいた────。
完全復活のサラ。あっさりとガーゴイルロードも倒し、あとはもう狂化ドラゴン戦を残すのみ! そんな中、ビクトルはロンフォードに……?