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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第三章 ドラゴン迷宮管理人の破滅
51/68

【51】呪蠱

 サラの言葉に、ビクトルはハッとして立ち止まった。

 気づかぬ内に、サラに引き寄せられるようにして近づこうとしていたらしい。


 ピチャリピチャリと血溜まりを跳ね上げて、いつの間にか数匹の黒いオタマジャクシが、ビクトルの足元まで近寄ってきていた。

 それに気づいて、ビクリとして後退る。


 サラはバトルナイフを逆手に持つと、頭上高くにそっと振り上げた。


「うがあああああっ!!!」


 獣のような声を上げ、気味の悪い甲虫に向かって振り下ろす!


 ザグッ!!


 ピクリとも動かないその甲虫に、サラは何度も何度もバトルナイフを突き立てた。


「ひいっ! はひぃ! ひあっ! はああっ!!」


 ザグッ! ザグッ! ザシュッ! ザググッ!!


 不気味な甲虫は抵抗も無く、足がもがれ、大顎が割れ、顔が飛び、触手を切り落とされていく。

 ……何をそこまでして切り刻むことがあるのか。

 相手は、ピクリとも動いていないというのに……。


 それでもサラは、最後に大きくバトルナイフを振りかぶり、甲虫の身体めがけて振り下ろした。


 ザグッ……。


「ひぃ……はああっ!!」


 サラは顔を歪めたままバトルナイフを引き抜くと、肩を激しく上下させ、荒い息を吐き出した。

 そして剣先で、プチリプチリと、鋭い牙の生えたオタマジャクシを潰していく。


 その光景を、ビクトルはただただ、小刻みに震えながら見守っていた。


 やがて、オタマジャクシをすべて潰し終えたサラが、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる。

 サラの右手からバトルナイフが滑り落ち、石床の上でカラカラと音を立てた。


「……サラ!!」


 頭から床に倒れそうに鳴るところを、咄嗟にビクトルが駆け寄って、素早くその身体を抱きとめた。


 丸くて温かな膨らみが、柔らかく腕に当たる。

 サラはビクトルの肩に、顔をうずめるようにして、力なくしなだれかかってきた。


 肩を大きく揺らして、熱い吐息を吐き出している。

 全身、汗でビッショリだった。


「……風呂へ……」

「え?」

「風呂へ……入れてくれ……」


 サラの状態に、ビクトルは戸惑いを隠せない。


「血を……流したいんだ……このままじゃ……気持ち悪い……」

「……し、しかし、そんなに血を流してるのに……! かえって、おかしくならないか?」

「大丈夫だ……わたしは、大丈夫、なのだ……」


 サラはいつもそう言う……そんな言葉を飲み込んで、ビクトルは、サラの身体を抱きしめた。

 力の入らない様子のその身体をそっと抱えると、湯船にジャブリと入り込み、サラの身体を湯船に沈めてやった。


 サラが湯船の縁にもたれかるようにして、天井を見上げる。

 辛い仕事を、ひとつ終えたような、放心した表情だ。


「行かないでくれ」


 ザブリと音を立てて湯船から上がったビクトルに、サラが言う。

 ビクトルは黙って、サラの左横、湯船の縁に腰を下ろした。

 するとサラが、右手を伸ばしてきた。


 その手を、ビクトルは優しく握ってやった。


 白くてしなやかな、女の子らしい手だ。


「……すまない……しばらく、こうしていてくれると嬉しい」

「ああ、いいさ」


 ビクトルの言葉に、サラがゆっくりと目を閉じる。

 そしてひとつ、大きく吐息を漏らした。


 水面に揺れる、サラの白い裸体。

 こうしてみると、なかなか女らしい身体つきをしている。


 サラが少年っぽく見えるのは、短く刈り上げた髪型のせいだろう。

 髪を伸ばして綺麗に整えればきっと、サラも美しい少女になるに違いない。


 原種アッグルは己に厳しい反面、他者や異文化には寛容と言われる。

 だから社交的なリムテアとの交流を中心に、混血が進み、純血はほとんど残っていないらしい。

 数少ないながら、時折、世に現れる原種アッグル女の妖艶な美しさに、歴戦の英雄たちが心惹かれたというのもまた、事実なのかもしれない。


 裸体のサラに見とれながら、そんなことを思う。

 それでも、さっきまであれほどまでに突き上げてきた欲情は、不思議と息を潜めていた。


「……何の用だった?」


 しばらくして、サラが口を開いた。


「ああ、いや……今、オイラーフィッシュのソテーを作ってる最中なんだが、サラはどこへ行ったかな、って」

「そうか。是非ともいただこう。ずいぶん、疲弊してしまったからな」


 そう言って、サラは「ふふっ」と笑った。


「皆はどうしてる? 迷宮攻略は、終わったのか?」

「マグマの部屋まで終わって、あとひと部屋を残すだけだ。そこは、ロンとアスタにまかせてある。ハインツやプルデンシアたちは、スキルバレットチャージ休憩のついでに、何か使えるものはないかと、迷宮を隅から隅まで探索して回ってるところだ……」

「そうか、良かった……。わたしも、大事な時には間に合いそうだ」

「ゆっくり休んでろ。チャージ休憩が終わるまで、まだあと7時間ほどかかるからな」

「ああ。では、そうさせてもらおう。とても助かる……」


 そう言って、サラはとてもホッとしたように大きく息を吐き出した。

 どうやら、いつもの調子が戻ってきたようだ。

 声に、張りが出てきている。


「聞かないのか?」

「何を?」

「あれは、なんだ、と」

「ああ……」


 ビクトルは俯いてポツリといった。


「サラが話したいなら、聞くよ」


 一瞬、二人の間に、沈黙が走る。

 サラは握る手に、ギュッと力を入れると、そっと口を開いた。


「あれは────呪蠱(じゅこ)だ。わたしの中に寄生し、わたしに闇力を与える源……」


 『呪蠱(じゅこ)』……。それは呪術師たちの使い魔の総称だ。

 ロンフォードの毒蜘蛛がそれに当たる。

 それが常に、サラの身体の中に巣食っているというのか……?


 だがそれならば……ビクトルはすべての合点がいった。

 なぜサラが、あれほどまでの戦闘力を発揮できたのか。

 そして、傷がすぐに癒え、毒も効かなかったのかを。


「あれは、女の日に合わせて、ああして生まれ落ちてくる……本当は、もっと先の日だと、思っていたが……」

「……狂化ドラゴンの、極限竜咆哮をモロに食らったせいかもしれないな。さっきの虫みたいなの、すでに死んでたぜ」

「なるほど……たしかにそう考えると、納得がいく。あんな状態が長く続くのはおかしい、と思ったのだ。さすが、ビクトルだ……」


 今、褒められて嬉しい訳がない。

 そっと眉を潜めるビクトルをよそに、サラは、ポツリポツリと身の上話を始めた。





サラの強さの秘密はよくわかりましたが……。いったい、どんな過去が?

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