【49】別行動
「2つの謎をくみあ……ぐむむっ」
「待ぁちたまえ、つるピカヒゲもじゃくぅ〜ん。この私が興味をもったからには、ヒント無しで挑戦させてくれたっていいだろう?」
眉根を潜めて、あくどい顔つきをしながら、ロンフォードがビクトルの口を手で塞ぐ。
前述の『謎1』の6匹のガーゴイルは、毎回、役割がランダムで入れ替わる。
まあ、セリフの内容はいつも同じだから、ビクトルからすれば、嘘のセリフを言っているのが誰か、を見るだけでいいのだが。
『謎2』は、ヒントと数字列の数を見れば、勘の良い人ならすぐに気がつくだろう。
ちなみに、もうひとつヒントを挙げるとすると「1」は「I」を示している。
あとはそれに必要なパーツの数を睨めっこしてもらいたい。
2つの謎が解けたら、第七の部屋に置かれた『解答用石台』の溝に、数字の刻まれた縦横6cm四方の石版を並べていき、嘘つきの名前を宣言することで『リセット珠』の入手となる。
この時、『並べた数字列』や『嘘つきの名前』が不正解だと、6匹のガーゴイルが襲いかかってくる。
時間が余っていて、討伐ポイントを稼ぎたい場合には打ってつけだが、急ぎの時は間違いのないように注意したいところだ。
なにせ、ガーゴイルは宙を素早く飛び回り、ロックジャベリンを投げつけてくる。
第七の部屋は、広さが10mほど、天井の高さが20mほどの空間だ。
宙を飛び回るガーゴイルからすれば、格好の的だろう。
さらに、投げつけてくるロックジャベリンには拘束効果のある『影縫い』も付随されて発動している。
避けたつもりが、動きを止められる、なんてこともあり得るのだ。
それにハマると大惨事に成り兼ねない。
唯一、ガーゴイルを床に下ろす手段として、『閃光目眩まし玉』がある。
視界をやられるわけではなく、彼らは強烈な光に弱いようだ。
『閃光目眩まし玉』の強烈な光で、萎縮したように床に降りて来る。
そこを一気に倒し切るのがベストだろう。
ちなみに、『リセット珠』を使用した時に現れるガーゴイルロードは、ガーゴイルよりも身体が大きく、体力がある。
さらにロックジャベリンを持っての滑空突進もしてくるので、元のモンスターたちと併用で現れるとかなり厄介だ。
ガーゴイルロードの練習台として、ガーゴイルと戦っておくのも、パーティにとってはいいことかもしれない。
「ロンさんが『謎の間』に行ってくれるのか?」
「ああ、そうともさ!」
ビクトルがチラッとハインツに視線を送ると、ハインツはニッコリと微笑み返した。
「僕は構いませんよ。次の部屋を、ロンさんにお任せしても。その間に、僕らはスキルバレットのチャージ休憩に入りますから」
「ああ、そうしたまえ! 私にはアスタくんがいれば大丈夫だ!」
「あ、はい」
アスタが照れ笑いを浮かべる。
確かに、『狂化毒』を使えるロンフォードなら、アスタがいれば問題無さそうだ。
ヘイトルアーでモンスターを釣らせておいて、他のスキルを使うこともできるだろう。
「(しっかし、ヘイトルアーだけで、コイツを重宝するもんかね?)」
アスタの戦い方はへっぴり腰だ。
『狂化毒』でバーサーカーになったところで、上手く戦えるのだろうか?
ビクトルには未だに、ロンフォードがアスタを重宝している理由がわからない。
「(『狂化毒』をフルバレットブーストで使うとか、そういうことなのか?)」
だとしても、捨て身技すぎる。
「あ、みなさ〜ん」
ちょうどその時、プルデンシアが大扉の方から現れた。
大きな耳をフワリと揺らし、ニコニコ顔でトコトコと駆け寄ってくる。
「もう、この部屋の攻略は終わったんですか?」
「おうよ! もちろんだ」
デクスターがグッと力拳を作って、プルデンシアを迎え入れる。
「こっちは問題ねえよ、お嬢。ダッカドの兄貴が、宝箱の中身を取ってきたところさ」
「まあ、素晴らしい。お二人とも、良い働きのようですね」
「この程度、どうということはない」
宝箱の中身を抱えたダッカドと、デクスターが揃ってニヤリと笑う。
その表情にどこか、固い縛りから解放されたような印象すら受ける。
「さて、ヒゲもじゃさん。狂化ドラゴン討伐に向けて、何か準備することはありますか? チャージ休憩中にできることがあれば、今のうちにやっておきましょう」
「ああ、そうだな……」
さすがに要領がいい、とビクトルは感心せざるを得なかった。
ハインツはすでに、この迷宮の効率的な攻略方法を理解したようだ。
「次の部屋はいいんですか?」
「そちらは、ロンさんにおまかせです」
「ああ、任せたまえ! では、アスタくん、行こう!」
ダッカドから大扉の鍵を受け取ると、ロンフォードは颯爽とマントを翻した。
アスタがそのあとをすぐに追う。
その後ろ姿を見送ると、ビクトルは他の4人に向き直った。
「チャージ休憩中に普段やってることは2つだ。ひとつは、腹ごしらえの準備に、オイラーフィッシュのソテーでも作ること。もうひとつは、バリスタ矢を手作りで増やしておくこと。前の部屋の木の棒と、第二の部屋の刀剣の端くれを使う。あとはミートワームの毒糸か、麻ロープを使うぐらいかな」
「他にすることは、何かありますか?」
「ふーむ、そうだなぁ……対ドラゴン用に火力や補助のアイテムを手作りするぐらいかな? 狂化ドラゴンに麻痺スライムコアを使ったんだが、効果が薄かった。複数をまとめればもう少し効果があるかもだが……」
「なるほど。少し、考えてみましょうか。その他にも、何か使えそうなものは無いか、迷宮を歩いて見て回る、というのはどうでしょう?」
「ああ、それもいいと思う」
優秀なパーティは、ビクトルの思いもしないアイディアを思いつくものだ。
ハインツも、その類だろう。
何か役立つ物を作り出してくれることを期待しよう。
「我らも、ハインツ殿にお供しよう」
「おうよ!」
「あたしもハインツさんと一緒に行きますね。何かお手伝いできれば」
「じゃあ、俺は安息処に戻って、オイラーフィッシュでも調理してようか」
「お願いできますか? あ、サラちゃんはきっと、ベッドでスヤスヤ寝てると思います。『目が覚めたらお腹が減ってると思うから、何か用意してくれてるとありがたい』、ですって」
そう言ってプルデンシアが「ふふふ」と微笑む。
もしかして、さほど気にするほどサラの状態は悪く無いのかもしれない。
「サラの調子悪い理由って、やっぱり、昨日の狂化ドラゴンの攻撃を受けたせいか?」
ビクトルが尋ねると、プルデンシアは微笑みを浮かべたまま、「あら」と首を傾げた。
「……? 違うのか?」
「それもあるとは思うんですけど、うーん、そうですね……ちょっと殿方には言いにくいんですけど……」
プルデンシアの言葉に、ビクトルも首を傾げる。
デクスターも一緒にはてなマークを浮かべる横で、ハインツとダッカドは納得したような表情を浮かべていた。
「男顔負けの戦闘能力ですが、サラさんも、レディということですね」
「だから戦闘は、男に任せるべきと我らは考える」
二人の言葉に、ビクトルもハッとなる。
────女だけに起こり得る体調不良の日。
なるほど……そういう理由もあり得るのか、と。
「了解。気合入れて、料理しておくよ。ああ、三人とも、スリープモードを忘れずに」
「ご心配なく、ヒゲもじゃさん」
「おめえに言われずとも、もうスリープモードにしてるっての」
「じゃあビクトルさん、これを」
ニコニコ顔のプルデンシアが、『鋼鉄』のカードを差し出してくる。
プルデンシアたちが安息処に戻るには、先ほど手に入れた宝箱の中にあるはずの『銀』のカードがあれば大丈夫だろう。
もしくは、迷宮管理人のカード束を持ったロンフォードと合流すればいい。
「サンキュー。ほんじゃまあ、それぞれの務めを果たしますか」
「はい」
にこやかなプルデンシアのほほ笑みとともに、5人連れ立って、第六の部屋をあとにする。
静寂に包まれた部屋で、時折、ブクリと蒸気を吹き上げるマグマ溜まりだけが残された────。
ロンたちが攻略終えるまで、ちょっとのんびり、ですかね~?