【47】第六の部屋
「この程度なら、問題ないだろう」
安息処から持ってきたタオルで、身体についたオイルを拭きながら、ダッカドが頷いた。
すでに『油壺の間』はクリア済み、宝箱も入手し終えている。
「ったく! 後方で勝手なことされちゃあ、やってらんねーぜ!」
「ホントひどいですよ、ロンさん〜」
飛散したオイルのほとんどが凍ってくれたので、まだ良かったようだ。
さほどベトついている様子もない。
「次の部屋も、すぐに行けそうですか?」
「マグマ溜まりがあって、イフリートがいるんだ。オイルがついてると、火傷するぜ」
「我らは大丈夫だ」
「ダッカドの兄貴がそう言うんなら平気だ!」
ダッカドとデクスターの様子に、ビクトルは内心ホッとする。
せっかく築き上げた協力関係が、これでおじゃんになる可能性も無くは無かったはずだ。
「ふあーっはっはっはっ! 結構結構! 皆、その調子でやりたまえよ!」
……混乱の張本人だけが、やたらと元気だ。
オイルを拭き取り終わったアスタも苦笑いを浮かべている。
「みなさん、このままがんばりましょう!」
嬉しそうなプルデンシアの横で、サラだけがその場の雰囲気に乗れていない様子だ。
「……大丈夫か、サラ? どんどん、顔色が悪くなっているようだぞ……?」
ビクトルの言葉に、顔を上げるサラだが、その仕草すらも弱々しい。
「……心配をかけて、済まない。どうやら、わたしがいても足手まといのようだ……」
「無理するな。安息処で休んだ方がいい。狂化ドラゴン討伐の時には、必ずサラも呼ぶ」
「ああ、そうしてもらえると助かる……」
「大丈夫ですか、サラちゃん? あたしが付いて行きましょうか?」
「そうした方が良さそうですね。プルデンシアさんが一緒の方が、サラさんも落ち着けると思いますよ」
ハインツの言葉に頷くと、プルデンシアはサラに寄り添うようにしてその腕を取った。
「プルデンシア、ちゃんとカードは持ってるか? あれがないと安息処に戻れないし、こっちに用がある時にも戻ってこれないぞ」
ビクトルの言葉に、プルデンシアはニコリとして、ポケットの中からカードを一枚取り出した。
「『鋼鉄』のカードを持ってますから、大丈夫です」
「なら、いいんだ。サラを、頼む」
「はい、お任せください」
プルデンシアに伴われ、お腹を押さえたサラが弱々しく、通路の向こうへと歩き始める。
狂化ドラゴンの『極限竜咆哮』が相当にこたえた様子だ。
あれで、ちゃんと第四の部屋を越えた通路にある転送装置まで辿り着けるのだろうか?
それすらも不安になってくる。
「あとでオイラーフィッシュのソテーを作ってやるからな」
ビクトルが呼びかけると、サラは小さく手を上げて応えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「第六の部屋は『炎獄の間』。さっきも言った通り、マグマ溜まりのある部屋だ。そこに2体のイフリートがいる」
「まーた、めんどくせえ相手がいやがるな」
「ふあーっはっはっはっ! いいじゃないか! キミたちの困る顔が目に浮かぶようだ」
アスタが「ちょっとロンさん」と言った様子で、その袖を引っ張っている。
「冷気スライムコアが、ここでも使えそうですね」
「ああ、その通り。1体に向けて3個ほど投げつければ、動きを鈍らせることができる。ただし、部屋の中がかなり暑いから、あまり長い間の効果は期待できない。せいぜい、5分程度だろう。ただ、このメンバーなら、凍らせた方をヘイトルアーで引きずり回している内に、もう1体を全力で倒すのが良さそうだ。2体討伐したら、一旦、8時間のスキルバレットチャージ休憩を挟もう」
「ふむ、いいですね」
「俺はそれで構いませんよ」
「問題ない」
「しゃあおらぁっ!」
異論はなさそうだ。
チームとして、しっかりとまとまっている事を実感する。
「決まったならさっさとやりたまえ! 私は暇人ではないのだ!!」
「まあまあ、そんなに焦るなって」
両手で落ち着くようにとジェスチャーすると、ビクトルは腰のポーチからチョークを取り出した。
そして、大まかな部屋の見取り図を、石壁に書き記す。
この部屋は、くの字に折れ曲がったブーメランのようになっている。
ブーメランの両端に、通路への扉がある。
天井の高さは20mほどの大きな空間だ。
「今はこの上端の方にいて、下端の方に向かうと思ってくれ」
そして部屋中央、くの字に折れ曲がった背側に、マグマ溜まりがある。
床も壁もゴツゴツした岩肌だ。
今までの、綺麗に設えられた部屋とは打って変わって、自然に出来た空洞のようだ。
さらにそのゴツゴツした床は、マグマ溜まりに向かって緩やか下っている。
「バランスを崩して、マグマ溜まりに落ちる、なんて事の無いように気をつけなきゃな。まあ、戦闘中は近づかないのが一番無難だ」
ビクトルの言葉に、一同が「うんうん」と頷く。
「ちなみに、マグマ溜まりの壁に穴が空いていて、宝箱が置いてある。奥の扉を開ける鍵は、その宝箱の中だ」
「要は、イフリートを倒さなければ、その宝箱も手に入らない、というわけですね」
「ま、そういうことだな」
その他には、高熱の蒸気が吹き上げてくる風洞が手前と奥の空間にそれぞれ3つずつある。
熱風が直撃すれば、火傷は免れないだろう。
宝箱の入手などを考えても、ここも土魔法があると攻略が簡単になる。
土魔法には岩の橋をかける魔法もあるからだ。
「ちなみに、みんな、イフリートを相手にしたことは?」
「僕はあります。モンスターカーニバルで、3体ほどね」
「へえ、さすがだな。じゃあ問題ないかな?」
「いえ。息の合った優秀なパートナー二人と一緒だったので、そうとも言えません」
「ハハハッ! 俺んらに任せろって! 2体ぐらい余裕だっての!」
「我らは初めての相手だ。何をしてくるかわからぬ相手は、注意が必要だ」
ダッカドに諌められ、デクスターがニヤけながらも肩をすくめる。
「僕の戦闘方法でやってみますか?」
「そうだな。実際に戦うのはハインツだし、慣れてる方法の方がいいだろう」
「わかりました。イフリートの攻略について、簡単にご説明しますね」
イフリートは3mほどの巨人だ。
頭からは水平に角が生えており、黒い肌に胸当とガントレットとグリーブをつけている。
が、ふだんは灼熱に燃え、その身体は真っ白に光り輝いているように見える。
そして灼熱に燃えるハンマーを振り回してくる。
「イフリートの攻撃パターンは単純です。ほぼ、3つしかないと言っていいでしょう」
1つは、灼熱のハンマーを短めに持って、右から左へ素早く振り、最後にドンと前へ突き出してくる攻撃。
2つめは、灼熱のハンマーを長く持ってグルリと大き振り回し、上段に大きく振りかぶったあと、前に踏み込んで叩きつけてくる攻撃。
このハンマーを叩きつけた時、半径2mほどの範囲に、火柱がブワッと広がるので注意が必要だ。
3つめは、グッと右斜め後ろに灼熱のハンマーを構え、ダンと跳躍してから床にズドンと落ちてくる攻撃。
ドラゴンの竜爆炎と同じような攻撃だ。
近くにいると足元が揺れて体勢が崩されるほか、やはり半径5mほどの範囲に火柱がブワッと広がる。
「その3つめの攻撃だが、ここでは同時に、天井にビッシリと並ぶ鋭く尖った岩石を叩き落としてくるんだ」
「なるほど。上も下も、注意して避ける必要がありそうですね」
「そういうこと」
さらに、灼熱のハンマーを振るった軌道には、炎が残る。
真正面から堂々と渡り合うだけでは、反撃チャンスがなかなか訪れないのだ。
ただし、イフリートの左背後。
そこは3番目の攻撃以外では、比較的安全地帯となる。
「なので、僕としては、3人が三角形の陣形を組んで、イフリートに当たることをオススメしますね。誰か一人が常にイフリートの左背後に取り付けるよう、他の二人がイフリートの左前方と右前方に来るように位置取りをするんです。そうすれば、イフリートも背後に気を配れず、隙も突きやすくなりますから。上手く左背後に回った人が、フルバレットブーストを叩き込むのがいいでしょう」
まさにその通り。
さすがイフリートの戦闘経験者だと、ビクトルはビッと親指を立ててみせた。
「フルバレットブーストを叩き込んだら、必ず、間合いを取ってください。攻撃を受けると、イフリートはそちらに視線を向けるクセがあります」
「そうなれば、前方にいた二人のどちらかが、攻撃チャンスを得るというわけだな」
「そうです」
口を挟んだダッカドが納得気に頷く。
「振り向きざまに3番目の攻撃を繰り出してくることもありますから、ヒットアンドアウェイが基本ですよ」
「それと、マグマはイフリートにとって回復薬だ。マグマ溜まりに飛び込まれると、体力を回復してしまうだけでなく、ハンマーでマグマを飛び散らせてくる。そうなると手に負えないから、なるべくマグマ溜まりから遠ざけるように動いてくれ」
「イフリートが標的にしている人が、マグマ溜まりから遠ざかるように動く必要がありそうですね」
「そういうこと。今回は人数が揃ってるから、功を焦らず順番にフルバレットブーストを喰らわせていけばすぐに終わるさ。まずは手前のイフリートをヘイトルアーで釣って、冷気スライムコアで動きを鈍らせよう。そして、奥のヤツから始末だ。俺からの提案は以上だ」
「いいんじゃないでしょうか」
「いいだろう」
「うっしゃあ! 腕が鳴る!」
「俺もがんばります」
「フン! せいぜい、楽しませてもらおうじゃないか!」
ビクトルはポーンとチョークを跳ね上げると、パシッとキャッチしてみせた。
みんなやる気も十分! 一気にケリをつけましょう!