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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第三章 ドラゴン迷宮管理人の破滅
44/68

【44】不調&転調


「……あ〜あ、なんつーこったか、マジで……」


 翌朝。


 ビクトルは洗面台の鏡の前で、深い溜め息を吐いていた。

 何度見直しても変わらない。

 あれだけボサボサだった頭は、今は後頭部までキレイにツルリと禿げ上がっていた。


 悪い夢を見ていただけ、であればどれほど良かったことか……。


 ────それは、『狂化毒』の副作用。


 ロンフォードはそう言っていた。

 昨晩、狂化ドラゴンとの戦いでサラを救出しようと駆け出した時、ロンフォードがビクトルに、呪術師の『狂化毒』スキルを使ったのだ。

 頭の上にいたロンフォードの毒蜘蛛にうなじを噛まれ、それでいきなり力が漲ったのだという。


 『狂化毒』には二つの効力がある。

 ひとつは、肉体の持つ力を極限にまで高める効果。これにより、超人の如く力を発揮できるという。

 ふたつめは、先天性精霊力者(グァルノイド)の力を高める効果。『グァルノイドバースト』とか言うらしい。ビクトルの周囲に『炎耐性シールド』が展開されたのは、それのせいだとか。


 おかげで、サラの窮地を救い出せたのは良いのだが……。


 その後に、ビクトルを襲った激しい目眩と吐き気と倦怠感。

 そして────この抜け毛だ。

 今の生活を続ける分には、格好など付ける必要も無いのだから、問題無いといえば問題ないが……。


「……ちゃんと元通り、生えてくるんだろうな?」


 それだけは気になって仕方がない。

 もう一度、冷たい水で顔を洗うと、再び、鏡を覗きこんで、溜め息をついた。

 どうせなら、ヒゲの方が抜けてくれるならまだしも……。

 もしくは、目に見えない下の毛とか。


「……おう! ま、まさか!?」


 慌ててパンツを広げて覗き見る。

 ……いや、何も問題はない。


 思わず、ホッと安堵の息を漏らした時。


「管理人殿か……何を、している?」


 いきなり声を掛けられて、ビクリと背筋を伸ばすしか無い。

 声のする方を見ると、戸口の前に、サラの姿があった。


「さ、サラか……」

「……何をそんなに、驚いている?」

「い、いや、別に……!」


 不意を付かれただけで、ここまでドギマギしてしまうのもおかしい話だ。


「そ、それより、サラ。意識は戻ったんだな、心配してたぜ」

「ああ、すまない。管理人殿には、助けてもらったらしいな……一言、礼が言いたかった」

「ま、まあな。いや、それはいいんだ」


 あれからずっと、サラは眠ったままだった。

 プルデンシアは問題無いと言っていたが、ビクトルは心配で仕方なかった。

 こうして言葉を交わしていることが、ことのほか、嬉しく思えていた。


「昨晩はちゃんと眠れたか? 体調は大丈夫か? ああ、それと、ビクトルでいいぞ。管理人殿ってのは、ちょっとくすぐったい」

「ああ、そうなのか? わかった……」


 そう頷いた瞬間、サラの身体がフラリとよろける。

 パシッとばかりに戸口の壁に手をつくサラだが、その表情はどこか苦しげだ。


「大丈夫か、サラ? すごく、具合が悪そうだぞ」


 慌てて近寄るビクトルに、サラはそっと制止を促すように手を挙げた。


「……大丈夫だ。問題ない」

「本当に? いや、そうは見えないぞ」

「なんでもない。少し、目眩がしただけだ」


 ビクトルが言う間にも、サラが腹を抑えて呻き声を上げた。


「まあ、サラちゃん、管理人さん。どうしたんですか?」


 安息処の方から、プルデンシアがやってくる。

 いつの間に着替えていたのか、ご丁寧に、ナイトキャップと寝巻き姿だ。


「サラの調子が悪そうなんだ」


 トコトコと駆け寄ってくるプルデンシアが、そっとサラの肩を支えるように手をかける。


「酷い脂汗!」

「腹が痛いのか? 食あたりか?」

「……そう、かもしれないな。大丈夫だ……」

「ひとまず、トイレへ行きましょうか」

「ああ……」

「よろしく頼んだぜ、プルデンシア。俺は朝食の用意をしてる。何かあれば、すぐに呼んでくれ」

「ああ……心配かけてすまない」


 プルデンシアはビクトルと視線を交わして頷くと、サラを促して洗面所の奥のトイレへと向かっていく。

 サラはプルデンシアに支えられながら、ヨロヨロとした足取りでトイレへと姿を消した。


 今日はこのあと、残りの部屋の攻略をすることになっている。


 だが、サラがあの調子では……。

 ビクトルは、大きな不安を感じずにはいられなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「恩赦だけでは足りないと?」

「我らには大義がある。例え貴殿らが『組織』を壊滅させたとしても、我らの故郷が安定となるわけではない」

「俺んらの身はどうなってもいーんだよ! 守りてえものも守れねえ身体にされるぐれーなら、牢獄にぶち込まれた方がマシだっつってんだよ! ダッカドの兄貴はそういうお方なんだ!」


 ハインツたちが朝の食卓を囲う中、床の上に座したダッカドとデクスターが詰め寄っている。


「でもでも、ハインツさんならきっとなんとかいいアイディアを出してくれるって、あたし思うんです。昨日も、みなさんが狂化ドラゴンのところへ行っている間に、そうやって説得してたんですよ」


 ……それは説得なのだろうか? 思いっきり他力本願なようだが……。

 給仕役で立っているビクトルは肩をすくめるしか無い。


「キミたちは本当に、目先のことにしか目が行かないのだね〜。嘆かわしいよ」


 優雅に紅茶をくゆらせながら、ロンフォードがニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 昨晩は「こんなところでどうやって夜を過ごせというのだね!?」などと散々喚いていたが、風呂に入り夕食を頬張ると、さっさとベッドに入ってグウグウ寝始めたのだ。

 今はすっかり落ち着いた様子で、むしろご機嫌なように見える。


 アスタはその横で、朝からミートワームの肉をムシャムシャと口いっぱいに頬張っている。育ち盛りなのかもしれない。


 サラは……調子が悪そうだ。

 スープに口をつけただけで、じっと佇んでいる。

 それがさっきから心配で仕方ない。


「考えてもみたまえ。ここにいるハインツくんは、次期聖騎士にして将来の国王候補なのだよ? そんなハインツくんと協力して狂化ドラゴンを討伐したとなれば、だ! キミたちが首尾よく故郷を治めるにも治めた暁にも、強力なコネとなるとは思わないかい? キミたちの指導者があてにならずとも、このハインツくんは────信用に足るッ!」

「やめてください、ロンさん。大風呂敷を広げすぎですよ」

「ふあーっはっはっはっ! なぁにを言ってるのだね? キミにその気が無くとも、順調に聖騎士となり得たならば、周囲が放っておくわけ無いだろう! ハインツくん、キミの置かれた立場とは、そういったものなのさ!!」

「もしかして、ハインリッヒ家の庇護(ひご)も受けられるということでしょうか?」


 プルデンシアが期待に満ちた表情で、ピコピコと大きな耳を揺らしている。

 是が非でも、ハインツの約束を取り付けたい様子がありありと見て取れる。


 ハインツは苦笑して首を小さく横に振ると、そっと紅茶カップをテーブルに置いた。

 そして、両肘をついて手を組み、目を閉じたまま穏やかに口を開いた。


「僕は、できない約束はしない(たち)なんですよ。ですが、あなた方の対応次第では検討しないではないです」


 瞬間、プルデンシアが明るい表情になって、「ほらほら、ね?」とダッカドの方を振り返る。

 ダッカドは、ハインツの言葉に沈思している様子だ。

 横に控えるデクスターもおずおずと、その横顔を伺っている。


「……我らの願いは、故郷の安定と繁栄だ。そのための道筋が閉ざされるとあらば、鬼となっても抗うだろう」


 ダッカドが静かに言葉を紡ぎだす。


 それはサラの言った言葉に似ていた。

 そう、彼らがビクトルに対して冷徹であったのも、肉食獣が獲物を屠るに似た生への飽くなき本能に過ぎなかったのかもしれない。


「だが、その道が開かれるというのなら、我らは粛然として襟を正し、目と耳を見開くべきと考える。協力するにも、やぶさかではない────」


 キリッとした眼差しで言い放つ。

 その表情に、ビクトルですら心打たれるものがあった。


 ────大義のためなら恥も外聞も厭わない。


 ダッカドの人と成りの成長に、感嘆するしか無かった。

 胸の内に憎しみの炎はまだくすぶっているが、彼らからしてみれば、まさに道端の小石程度の事だろう。

 上層に駆け上がっていく者たちがどういうものか、まざまざと思い知らされる。

 同時に、何かにつけて安穏としてしまう自分に、焦燥と憤りすら覚えた。


 ────目の前には、道無き道に敢えて挑む、眩い光たち。


 それに負けずとも劣らない光を、自分は放てるか……?

 心の奥底が震え、躍動の衝動に駆られていく。

 こんな高揚感はいつ以来だろう?

 本科生になったばかりの頃、初めてクエストに出た時のような────。


「ヒゲもじゃさんは、まだ彼らのことを信じることができませんか?」


 不意に問いかけられて、ビクリとする。

 つと辺りを見渡すと、皆が揃って、ビクトルの顔を見つめていた。


 チラリとダッカドに視線を走らせる。

 ダッカドは床に座したまま、ジッとビクトルを伺っていた。

 その視線は……いつもの冷たい見下すような視線とは違っているように感じられた。


「……別に、俺は構わないぜ。だが、いきなり後ろから寝首を掻くとか、そういうのはやめてくれよ」


 ビクトルの言葉に、ダッカドはわずかに目を見開いた。

 ……もしかすると、予想に反する返答だったのだろうか?


「協力関係は信頼第一だ。俺は、あんたたちの腕前を期待するし、あんたたちは、俺の言葉を信用してもらいたいもんだ」


 ダッカドはスッと目を閉じると、両拳をついて、ゆっくりと頭を下げた。

 慌てて、デクスターもそれに習う。


「多大なる温情に感謝する。今後は、従順なる行動を持って、我らの誠意を示そう────」


 ハインツはニコリと微笑んで腰を上げると、頭を下げたままのダッカドとデクスターの前で片膝をついた。


「では、僕もお約束しましょう。ハイネス・ハインリッヒの名に賭けて」

「しかと、偽りなきよう」


 ダッカドがさらに頭を低く下げる。

 それを見たプルデンシアが嬉しそうに、大きな尻尾をフワリと揺らした────。






ようやく、協力体制が整ったみたいですね。このまま迷宮を一気に攻略して、狂化ドラゴンへゴーですよ。ただ、サラの体調が……?

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