【42】狂化ドラゴン再び!
内開きの扉を開け放つと、サラとアスタが勢い良く『竜の間』へと駆け込んだ。
「絶対なる神の領域よ! サンクチュアリ!!」
ハインツもその後に続き、扉のすぐ前でサンクチュアリを展開する。
「お二人は、こちらでごゆっくり」
「やれやれ、血気盛んな若者たちだ。我々は、お手並み拝見といこうじゃないか」
ロンフォードはビクトルの肩をポンと叩くと、悠然として『竜の間』に足を踏み入れた。
サラは一直線に狂化ドラゴンへ、アスタが左に迂回して、ハインツは右へと駆けて行く。
「うおおおおおおお!!」
サラの雄叫びに、狂化ドラゴンがギロッと目を開く。
瞬間、サラが跳んだ!
顔を上げた狂化ドラゴンの額めがけて、クルクルと回転しながら迫っていく!
「ウガオウッ!」
サラの突進を払いのけるようにして、狂化ドラゴンが身を捻りながら宙に舞う。
「ヘイトルアー!!」
左側に回り込んでいたアスタが声を上げた。
アスタの身体の周りにモワッと白い靄が広がって、その瞳は────ターコイズブルーの輝きを放っていた!
「先天性精霊力者! やっぱり!」
サラを追っていたドラゴンの視線が、引き寄せられるようにアスタの方に向き直る。
「ゴアアアアアッ!!」
雄叫びとともに、アスタに向かって滑空突進を繰り出してきた!
「右によけろ!」
ドラゴンの突進系攻撃が、向かって左側にズレることはすでに伝えてある。
アスタは華麗に……ではなく、慌てたふためいた様子でバタバタと右へと走り出した。
「うあああおおおっ!!」
横っ飛びで床に転がるアスタの背後を、狂化ドラゴンの鉤爪が掠めていく。
「(……大丈夫か、アイツ?)」
ヘイトルアーのスキル持ちというだけで、あまり戦闘に慣れていない様子だが……?
まるで昔の自分を見ているようだ。
「ジャスティスブレイド!」
狂化ドラゴンの背後から、ハインツがマルカデミーガントレットを煌めかせる!
「速えぇ!!」
僅かな隙をついて、狂化ドラゴンの後ろ脚にスキルを叩き込んだのだ。
呻き声を上げる狂化ドラゴンだが、すぐさま身体を反転させて尻尾攻撃を繰り出してきた!
「スーパーアーマー!!」
バシィンッ!!
ハインツが、咄嗟にスキルを繰り出し、狂化ドラゴンの尻尾攻撃を受け止める!
そして間髪を入れずにショートスピアを突き出した!
「たたたたっ! はっ! せいっ! せやぁっ!」
「ギャウオオオオオッ!!!」
5連突きの直後に、回転斬りから上段撃ち下ろし、そして返す刃で斜め上への斬り上げ!
ハインツの猛烈な連続攻撃の前に、狂化ドラゴンが怯んで後退る。
「すげえ! 流れるような攻撃だ!」
さすがは名に聞く『白騎士』の御曹司だ。
息ひとつ上がっている様子もない。
ハインツはショートスピアをクルクルと回し、ピタリと構え直すと、油断なく狂化ドラゴンを見据えた。
「あまり、接近戦はお得意じゃないようですね」
「グワオウッ!!」
ハインツの言葉に、狂化ドラゴンが怒りの声をあげる。
お得意かどうかの問題では無いだろう。
「(スキルを上手く駆使して、強引に攻撃チャンスを作り出したんだ。誰にでもできるワザじゃない……)」
その腕前も去ることながら、懐に入り込んで怯む様子のないその豪胆さに感嘆するしか無い。
「うおおおおお!!」
狂化ドラゴンがハインツに気を取られているその背後から、サラが雄叫びとともに狂化ドラゴンの背中の上に跳び乗った。
そして両手でバトルナイフを握り締めると、渾身の力で突き刺す!
「ギエエエエエエッ!」
狂化ドラゴンが身を捩らせて雄叫びを上げる。
ブルンと身を捻るようにして宙に舞い上がった。
大きく振られて、サラが背中から飛び離れる。
狂化ドラゴンはすかさず、炎弾を放った!
ボン! ボン! ボン! ボン! ボン!
やはり五連発だ。
最初の炎弾が、狙い過たず、サラ目掛けて飛んで行く!
「サラ!!」
ビクトルが声を上げた瞬間、サラがバトルナイフを十字に切った!
ボフンッ!
サラの目の前で、炎弾が弾けて霧散する!
「炎弾を切っただと!? ウソだろ!?」
しかも空中で、体勢を崩しながらだ。
闇属性のエンチャントに斬れぬものは無いとはいえ────!
「ウガアアアアッ!!」
唸りを上げて右腕を振るい上げ、追撃をかける狂化ドラゴン。
その一撃も壁を蹴って交わし去ると、サラはウォールダッシュのごとく、円形の壁を走り始めた。
その背後を、ものすごい勢いで狂化ドラゴンが追う。
ビクトルとロンフォードの頭上を、サラと狂化ドラゴンが駆け抜けていく!
そのあとに強風が「ゴオオオ」と吹き抜けた。
「すげえ……!」
こんな戦い方、見たことがない。
ビクトルは唖然とするしかなかった。
「空中じゃ、手出しができないですね。ウォールダッシュのスキルを使ったところで、また飛ばれるでしょうし」
ハインツが狂化ドラゴンを目で追いながら、近づいてくる。
「何か、策はありますか?」
「空中にいる時は、『閃光目眩まし玉』が有効だ」
「そういうことは早く言いたまえ〜」
「下準備無しで特攻するって言ったのはどこのどいつだ?」
「もちろん、ハインツくんさ」
ロンフォードが嬉しそうに指差すと、ハインツはニヤッと笑い、ビクトルは呆れたように肩をすくめた。
「ヘイトルアー!!」
部屋の中央で、アスタが再びヘイトルアーを繰り出す。
サラを追っていた狂化ドラゴンが、グイッと向きを変えてアスタ目掛けて滑空突進を繰り出した!
「ゴアアアアッ!!」
「ひいいいいぃぃっ!!!」
情けない悲鳴を上げながら、両手をバタつかせるアスタがギリギリでそれを交わし去る。
「ふあーっはっはっはっ! アスタくんのあの必死な顔!!」
ざまあみろとでも言いたげな表情で、ロンフォードがアスタを指さして笑っている。
いったい、このコンビって……。
ビクトルは、「何かある」と深読みしていた自分がバカバカしくなった。
頭上の毒蜘蛛が同調するかのように、「キキッ」と小さく鳴き声を上げる。
「はあああっ!」
壁を蹴ったサラが、狂化ドラゴンの頭にピタリと取り付いてバトルナイフを振り上げる。
狂化ドラゴンがそれを振り払うように、横に大きく首を振りかぶったその時!
「ジャスティスブレイド、フルバレットブースト!!」
いつの間に詰め寄ったか、ハインツが胸の分厚い鱗に向けてスキルを繰り出していた!
しかもフルバレットブーストだ!
キランキランと光を撒き散らしながら、ハインツがショートスピアを真一文字に一閃する!
ドガシャァァァン!!
「ギアエウォオオオオオッ!!!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫とともに、狂化ドラゴンが大きく後ろに仰け反った。
「せいっ!!!」
ズグッ!!!
さらに追い討ちを掛けるように、サラがその額にバトルナイフを突き立てる!
その時!!
「ゥゴアギシャアアアアアアアアッ!!!!!!!」
『極限竜咆哮』だ!!
『竜の間』全体に轟かせるようにして、狂化ドラゴンがゆっくりと大きな円を描くように首を動かして咆哮する!!
「ひいいいいっ!! な、なんですか、これ!?」
「ふあーっはっはっはっ! いいぞいいぞ! これぐらいやってもらわないと、面白く無いね!」
アスタもハインツもロンフォードも、耳を塞ぐしか無い。
「サラは!?」
狂化ドラゴンの頭上でバトルナイフを突き立てていたサラの身体が、ガクガクと激しく揺れている!
あの至近距離で、モロに『極限竜咆哮』を喰らったのだ!
「逃げろ、サラあああああああっ!!!」
耳を塞いだまま、絶叫するビクトル!
それを嘲笑うかのように、怒りに狂う狂化ドラゴンが、首をグッと沈めて後ろ脚を踏ん張った!
周囲にモワモワと立ち昇り始める青い炎────。
「『極限竜咆哮』の途中から『竜爆炎』だと!!!?」
むちゃくちゃだ!! あれではサラが、逃げる間もない!!
危険を察知したハインツとアスタが、ビクトルとロンフォードの方へと走り寄って来る。
「早く、サンクチュアリへ!」
「いいぞ、狂化ドラゴン!! キミの最高最大の破壊力を見せてもらおおおおおう!!!!」
サンクチュアリの中で堂々と仁王立ちするロンフォードが、ブワッと両腕を広げてマントをはためかせる。
「サラああああっ! 上へ! 上へ逃げろおおぉぉぉぉぉ!!!!」
駆け込んでくるハインツを受け止めて、転がり込んでくるアスタの身体を抑えこんだその時、狂化ドラゴンが跳んだ!
頂点から一気に下降する勢いで、サラの身体が宙へ投げ出される!
叩きつけるように床に舞い降りた瞬間、爆風が弾けた!
ズダァンッ!! ドォォォォォンン!!!!
部屋中を嵐のように荒れ狂う青い業火。
サンクチュアリの防護力を突き抜けて、熱風が唸りを上げて押し寄せた!
「サラああああああああああああっ!!!」
「すごい! 僕のサンクチュアリを一撃で破るなんて!」
驚きの声を嘲笑うかのように、間髪を入れずに狂化ドラゴンが身を捩らせて宙に跳んだ!
その身には、青い炎を纏ったままだ!
「連続だと!?」
サラは!? 力なく宙から舞い降りてきている!
────その光景に、ビクトルは駆け出していた!!
うわああああああ、ヤバイ!!!