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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第三章 ドラゴン迷宮管理人の破滅
40/68

【40】休戦協定


「ふあーっはっはっはっ! ねえ、アスタくん! ここには憎しみが渦巻いているよ! ぐちゃぐちゃに連鎖して、今にも爆発しそうじゃないか! ねえ、ハインツくん! 王室は常々、州同士の派閥争いと庶民は無関係だとよく言っているが、見てみたまえよ! これが下々の現実さ! まさに、この国の縮図と言ってもいい!」

「長たる者がどうあるべきかを、つくづく思い知らされる次第ですね」


 茶化すようなロンフォードに、デクスターが怒りの眼差しを向けて「ガルル」と喉を鳴らしている。

 ロンフォードはニヤニヤと笑みを浮かべたまま、「黙れ」と言わんばかりにさっと軽く、手を振り上げた。


「ふっふっふっ、ねえ、アスタくん。キミに、この憎しみが断ち切れるかい?」

「……ヘイトブレイカーはそのためにあります、ロンさん」


 落ち着いた様子で言葉を返し、ニコリと微笑むアスタに、ロンフォードがドキリとした表情になる。

 そしてそっと、眉根を潜めてみせた。


 しんとなった安息処で、サラが静かに進み出てきた。


「剣の持つ横暴さは、時として歯止めが効かなくなるものだ」


 ゆっくりと穏やかに、荒ぶるデクスターの前に歩み寄る。

 その表情は落ち着いていて、凛として気高いオーラを放っているように見えた。


「だからこそ戦士は、弱者に向かって剣を突きつける真似をしてはならない。突きつけられたその剣を払うための存在であるべきだ。戦士たるもの、何に向かって刃を向けるのか……それを常に、慎重に考えなければならない。弱肉強食は決して、この世の変えざる神の領域ではないのだ」


 デクスターを諭すかのようにして、その目を見つめている。


「デクスター、あなたには戦士としての力がある。その源泉が何であったかも、十分に理解できる。そしてそれを、ダッカドの指し示す方向に発揮しようという気概は、将の兵たる良き模範であり、()に誇れる立派な忠誠心だ」


 荒ぶる獣と化していたデクスターが、投げかけられた言葉に戸惑うように、サラと宙に視線を彷徨わせ始めた。

 まさかこの状況で、褒められるとは思っても見なかった様子だ。


「そしてハインツ、ダッカド。二人は兵を導く将たる器だ。その判断が時として、大義無き戦いに兵を突き落としてしまう危険性を、常に自覚して欲しい」

「……戦士サラよ、心しておこう」

「同感です」


 ハインツもダッカドも、静かに頷いた。

 それを見たデクスターが、険しい顔をしたまま、ダッカドの横にゆっくりと腰を下ろした。

 どうやら少し、落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「さすがサラくん。達観してるねぇ〜。じゃあもちろん、サラくんが狂化ドラゴンに剣を向けるのは、弱者に突きつけられた刃を払いのけるため、誇れる大義のためなのだよねぇ? わざわざ呼び出す必要の無いものを、呼び出しているのだから」


 ロンフォードの言葉に、サラがハッとなる。

 そして哀しげな表情で俯くと、小さく言葉を発した。


「……わたしの目的が果たされたなら、遠からず、そういう意味となるはずだ。今は、突きつける刃を研いでいる状態と言えるだろうから……」

「ふふふ、そうであることを大いに願っているよ、サラくん」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるロンフォードに、クルリとサラが向き直る。


「戦士の誇りを賭けて、わたしは間違っていないと断言しよう────」


 どこまでも気高く美しい……。

 自分の生き方、考え方に、自信と誇りを持っている。

 ビクトルは思わず、そんなサラに見とれていた。


「ひとまず、みなさんの事情はよくわかりました」


 そう言ってハインツがコホンと咳払いをする。


「正直、システムハック犯以外にも、犯罪者の方が揃っているとは予想外でした。ですがもうひとつ、理事長から大事な任務を賜っているんですよ」


 ハインツは注目する一同を見渡すと、ニッコリと微笑んだ。


「狂化ドラゴンの出現を目視で確認後、出来る限りその場の戦力で、速やかに討伐するように────。

 それが、理事長のご意向です」


 ハインツの言葉に、パッとサラが目を輝かせる。


「そして……そうですね、これはもともとサラさんの処分についてだと思うのですが……まあ、いいでしょう」

「狂化ドラゴンの討伐さえ果たせるなら、わたしが受けるべき処分は何でも受ける」

「いえ、そうではないのです。理事長のお言葉ですが────狂化ドラゴン討伐に協力していただければ、その刑罰に対して恩赦も検討する、と」


 アスタとプルデンシアが揃って「おー」という声を上げる。

 ロンフォードは「チッ」と舌打ちして、歯軋りをしているようだ。


「それは、討伐に協力すれば、ダッカドさんとデクスターさんにも恩赦を検討いただける、ということでいいんでしょうか?」


 大きな耳をピンと立て、期待を込めて見上げるプルデンシアに、ハインツがそっと微笑み返した。


「言葉の拡大解釈かもしれませんが、お約束します。どうですか? 今は(いが)み合いの矛を収めて、お互いに協力する気はありませんか?」


 嬉しそうな表情でダッカドとデクスターを見るプルデンシアだが、当の二人は険しい表情のままだ。

 そんな二人に向かって、ハインツは言葉を紡いだ。


「国王は内部紛争を望んでおりません。武力による解決よりも、調停と話し合いによる根本的な問題解決を、強く望んでおられます。例え紛争が起きた場合にも、できるだけ穏便に収めるように、との通達も出ておりますから。理事長も、その意向に従う所存と常日頃よりおっしゃっています」

「ハハハッ! 愚策だねえ、愚策だよ。ナイフを突きつけてくる相手に、話し合いもクソもないだろう! 温情を与えて野に放てば、再びナイフを突きつけてくるだけじゃないのかね? ンンン? 『ルダードの槍』再開計画が持ち上がるなどといったことも、それが愚策であることを如実に証明しているじゃないか!」

「もちろん、突きつけられたナイフは払いのけるのみです。二度目となれば、温情も出しかねるでしょう。ただ、そうした相手にも、話し合いのテーブルは常に用意されているということですよ」

「さあ、どうかな? 法の名の下に、無理強いしているだけじゃないのかね?」

「この場合、無理強いするつもりはありません。あくまで、みなさんの意志に沿いますよ。いかがですか? ダッカドさんにデクスターさん、それにヒゲもじゃさんも」


 名指しされて、ビクトルはツンと澄ました表情をしてみせた。

 その頭上で、ロンフォードの毒蜘蛛が、「キキッ」と小さく声を上げる。


「俺はむしろ、協力したい。恩赦とかのためじゃなく、サラのために」


 ビクトルの言葉に、サラが力強く頷いた。

 サラはロンフォードにも、期待の眼差しを向ける。


「ふあーっはっはっはっ! では、せいぜいがんばってくれたまえ! 実に楽しかったよ、さらばだ!」


 いきなり、ロンフォードがマントを翻して高笑いを上げた。


「帰るぞ、アスタくん! 疑いは晴れたんだ。我々はもう、ここに用は無いッ!」

「ちょっと、ロンさん!」


 踵を返して出口へ向かおうとするロンフォードを、アスタが慌てて引き止める。


「ロンさん、狂化ドラゴン討伐に協力しようよ! 俺も、サラさんのために戦いたい」


 さっきまでボンヤリしていたアスタの表情が、キリッと引き締まっている。


「どうしたんだね〜、アスタくん。そんなつまらないことに付き合ってみたって、仕方ないだろ〜? 虚しさが残るだけだと思わないかね〜?」

「そんなことないですよ」

「なぁにを根拠に言ってるのだね、アスタくん?」

「マルマルさんの考えはいつも、明るい未来を切り開きます! 狂化ドラゴンを倒さなきゃならないのも、そのためなんだと思います!」


 アスタの言葉に、ロンフォードがギリリと奥歯を噛んだ。


「あ〜あ、くだらないくだらないくだらないね! これはマルマルの見え透いた策謀だ! 狂化ドラゴン討伐に協力させて、私を卒業させようとしてるんだ! 私はその手には乗らないぞ!」


 ロンフォードは幼い子供のように足を踏ん張ってバンバンと踏み鳴らす。

 アスタが何か言いかけた時、その肩を、そっとハインツが押し留めた。


「ロンさん、実は、理事長から伝言を言付かっています」

「……ほう? 聞こうじゃないか」

「────討伐に協力し、達成した暁には、アレをお渡しする、と」


 ハインツの言葉に、ロンフォードはニヤリと口角を上げて、眼の色を変えた。


「ふあーっはっはっはっ! 聞いたか、アスタくん! マルマルよ、我が勝利だな! 完全完璧ブッリリアントビクトリーだァッッ!」


 勝ち誇った表情で、バッと両腕を広げると、天を仰ぎ見た。


「神よ、私はまた一歩、あなたに近づいた────」


 そう言って目を閉じると、恍惚とした表情になる。

 どうやら、自分に酔いしれているようだ。


「(感情表現の豊かな男だな)」


 端から見ている分には面白そうな男だが、できれば関わり合いにはなりたくないと思わざるを得なかった。





恩赦!恩赦! ようやく話がまとまってきた!?

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