【38】自白毒
「……ま、マルカグラード十三番区、十五番区、二十一番区……」
蜘蛛の糸でグルグル巻きにされたダッカドが、脂汗を浮かべ、苦々しげな表情で言葉を紡ぎ出している。
そのうなじには、ロンフォードが放った使い魔の毒蜘蛛がしがみつき、大顎を突き立てていた。
今は呪術師ロンフォードが、その二匹の毒蜘蛛を操って、ダッカドとデクスターに『自白毒』スキルを行使中だ。
そしてなぜか、ビクトルの頭の上にもう一匹の毒蜘蛛が乗っていた。
時折、「キキッ」と小さな鳴き声を上げている。
目の前の光景を見るに、どうやらビクトルにも、なんらかの嫌疑が掛けられているようだった。
「(まあ、心当たりは山ほどあるけどな……)」
おそらく、先日、ロンフォードたちが訪ねてきた件に絡んでいるのだろう。
何食わぬ顔をしているロンフォードをチラリと見る。
今はダッカドとデクスターの言葉に、集中している様子だ。
「(逃げ出せないことも無さそうだが、どっちみち、このドラゴン迷宮から離れることになりそうだしな……。まあ、大人しく順番待ちをしておくか……)」
気楽で安穏とした日々が、唐突にして終わりを告げた予感……。
ようやくに『組織』のことを、頼りになりそうな人物の前に引きずり出せて喜ぶべきなのだが、溜め息をつくしかなかった。
「なるほど。その、土地提供者はどなたですか?」
片膝をつき、立てた膝に肘をついた体勢のハインツが、柔らかに問いかけている。
相変わらず優しげなほほ笑みを浮かべ、まるで相談事に乗る司祭のようだ。
「しゅ……州議会議員ブローデン……」
「ほ〜う? たしか彼は、リムテア三国枢軸のブリッツァー卿の肝入りで、この第一州マルカーキス伯領州議会に入り込んだのではなかったかな?」
「どうなのですか?」
「そ、そ、そ……そう聞いている」
「ふあーっはっはっはっ! やはりそうか! これは面白いことになってきたじゃないか!」
勝ち誇ったように高笑いをあげるロンフォード。
何がそんなに嬉しいのかと、ビクトルも呆れたように首を横に振るしか無い。
ダッカドとデクスターの自白によると、『組織』はリムテア三国によるものだということになる。
大きな黒幕がいる────。
ビクトルの推測は当たっていたのだ。
とても一人で抵抗して、どうなる相手ではない。
ダッカドとデクスターに個人的恨みをぶつけてみたところで、結局は、『組織』自体から生命を狙われることになっていたかもしれない。
「あなたがたの、最終目的は?」
「ご……ご……」
「5年前の……」
「5年前の?」
「……王都……王都しゅう」
「るだー……ルダードの、や、槍……さい、再開……」
「『ルダードの槍』! ハハッ、5年前に発覚した王都襲撃計画か! 発覚後、秘密裏に開発されていた人型飛行決戦兵器が接収され、リムテア三国が平謝りに謝罪した大スキャンダルではないか!」
「その計画を再開するため、ということですか?」
ハインツの問いかけに、ダッカドが苦しげに「そうだ」と漏らし、ガックリと項垂れた。
「……わかりました。以上にしましょう」
神妙な面持ちでハインツが腰を上げる。
「ロンさん、この二人の身柄と処分は、自分にお任せいただいけますか?」
「ああ、いいとも! 公僕たるキミの手柄としたまえハインツくん! 白騎士たるキミの父君もさぞかしお喜びになるだろう! 不出来な愚息が新たな火種を持ち込んでくれたとね!」
「(……なんつー嫌味か。ヒドいことを言うもんだ)」
閉口するビクトルだが、当のハインツは涼しげな表情で軽く会釈を返している。
その程度のやっかみは、どうやら慣れっこのようだ。
貴族とは七面倒臭いものなんだな、と思わずにはいられない。
ビクトルが夢見ていた華やかで安穏とした世界とは、かけ離れているようだ。
「……喋り過ぎだな、デクスター」
「そりゃダッカドの兄貴の方だぜ……」
ロンフォードの『自白毒』から解放された二人が、声を潜めて毒づいている。
さすがのダッカドとデクスターも、周囲を威圧するようないつものオーラがなりを潜め、どこか意気消沈している様子だ。
「(……まあ、これで『組織』には戻れないだろうからな)」
さらにこの先、牢獄生活が待っているとなれば、陰鬱にもなるだろう。
「あの……」
「どうしました、プルデンシアさん?」
「ダッカドさんとデクスターさんは、どうなるのでしょう?」
「そうですね。マルカグラードに戻り次第、州立法廷に引き渡すことになるでしょう。取り調べを受けた後、容疑が固まれば王立連邦裁判院に送られることになると思いますよ。もちろん、マルカデミーガントレットは剥奪。このまま中退は免れないでしょうね」
「そうですか……」
プルデンシアは、とても哀しげに俯いた。
どうやら、本当に二人のことを信頼していた様子だ。
あまりの事に衝撃を受けているのだろう。
一緒にベッドに腰掛けているサラが、心配げにそっとその肩を抱き寄せる。
正しいことをしたとはいえ、ビクトルは少なからず、責任を感じて心が痛んだ。
「さて、最後にヒゲもじゃさんですね」
ハインツが、つと、ビクトルに向き直る。
「あなたは、誰ですか? なぜ、ここにいるのでしょう?」
にこやかに問いかけられても、肩をすくめるしかない。
「さっき、名乗ったろ? それに、事の経緯はプルデンシアが話した通りでいいんじゃないか?」
「そういうわけにも行きません。今のところ、素性不明の不審人物ですからね。プルデンシアさんとサラさんからは信頼を置かれているようですが、あちらの二人とは対立しているようですし」
「ふむ、なるほどね。ちなみに、俺の名前は『ビクトル=ヒエルマン』で間違いない。本科生だったから、マルカデミーのデータベースにも残ってると思うぜ。あと一応、そっちの……ロンとアスタとも、ちょっと前に顔を合わせてる」
「おや、そうなんですか?」
少し驚いたように、ハインツがロンフォードたちを振り返る。
ロンフォードはニヤけ顔で「さあ?」という仕草をして見せ、アスタは照れ笑いを浮かべた。
二人の様子にハインツは「やれやれ」といった表情で首を小さく振ると、少し考えこんでからビクトルに向き直った。
「理事長からは、『迷宮管理人のニコラス爺さんがいるはずです』としか聞いてないのですよ。ですが、先ほど見た限りでは、迷宮管理人の洞窟には誰も居ない様子でした。ニコラス爺さんはどこへ行かれたのですか?」
「ニコラス爺さんの行方については、俺も知らないぜ。ある日突然、俺に黙って姿を消したんだ。この『迷宮管理人のカード束』を置いてね。1年半ほど前のことになるかな」
「そうなんですか」
頷きながら、ハインツが再び、ロンフォードとアスタをチラリと見る。
ロンフォードはおでこに手を当て「はっはっはっ」と笑い、アスタは相変わらず照れ笑いを浮かべて頭を掻いていた。
二人の様子に、思わずビクトルもジト目になる。
「(マジで『ニコラス爺さんが元気にしてた、何も異常は無かった』って報告したんだな……)」
いったい、何を考えているんだか……。
話が大事になってきましたね。さて、ビクトルはどういう扱いになるのか?