【37】協力できるのか?
「あたし思うんですけど、ここにいるみなさんの力を合わせれば、きっと倒せますよ」
ふんわりとした口調で、プルデンシアが言葉を発する。
「ね、ダッカドさん、デクスターさん。あたしたちもドラゴンを討伐して、このクエストをクリアしたいですものね。そのためには、サラちゃんの力が必要かな、って」
「(今はそういう話をしてるんじゃなくて、だな……)」
天使のような天真爛漫さに、ビクトルも思わず頭を抱えて溜め息をつくしかない。
「軽々しく言ってんじゃねーよ、お嬢。あんなヤツ、倒せるわけがねえ」
「あら、そんなことないと思いますよ。だって、こうして援軍も増えたわけですし、管理人さんは倒し方を知ってるとおっしゃってましたし。みなさんの力を合わせれば、きっと大丈夫です」
微笑みをたたえたプルデンシアに、ビクトルはおでこに手を当てて、天を仰いだ。
「(ありゃあ、ハッタリだ……それに……)」
さっき、あのようなことがあったばかりだ。
このまま、ダッカドとデクスターを信用するわけにはいかない。
「頼む、ハインツ。わたしに、狂化ドラゴンと戦うチャンスを与えて欲しい。そして、ロン、アスタ、ダッカド、デクスター、プルデンシア、それに管理人殿。わたしに力を貸して欲しいのだ」
皆を見渡す最後に、サラがビクトルに、期待に満ち満ちた視線を投げかけてくる。
断るとは、露ほどにも思っていなさそうだ。
できれば、その期待に応えたい……。
それがビクトルの、偽らざる本音だ。
チラリと、ダッカドとデクスターの様子を伺う。
二人は、素知らぬフリをしているようだ。
口を閉ざしたままのビクトルに、サラが訝しげな表情になる。
「管理人殿? 何か、気になることでも?」
その瞳に、戸惑いが見えた。
そのことが、ビクトルの胸をギュッと締め付け、息苦しささえ感じてしまう。
サラには協力したい。
だが、このままダッカドとデクスターのことを黙っていては……。
ビクトルは、クッと表情を引き締めると、意を決して口を開いた。
「悪いがサラ、今のままでは協力できない。特に、そこの二人とはな」
そう言って、ビクトルはダッカドとデクスターを指差した。
サラとプルデンシアが「えっ?」という表情をする。
「それと、俺の名前は『ビクトル=ヒエルマン』。────ここの迷宮管理人じゃない。勝手に住み着いてるだけの、ただの浮浪者だ。隠していて、悪かった。そのことは謝る」
ビクトルの言葉に、誰もが表情を変えた。
ハインツは微笑みを浮かべたまま片眉を上げ、ロンフォードは目を細めて「へ〜え?」とイタズラっぽい笑みを浮かべる。
アスタはドギマギしたようにビクトルとロンフォードの顔色を交互に伺い、ダッカドとデクスターは眉をしかめてビクトルを睨めつけている。
サラとプルデンシアは事情が飲み込めない様子で、顔を見合わせていた。
「どうして急に、管理人さんはビクトルさんになったんでしょう?」
プルデンシアが首を傾げて不思議がる。
言葉のニュアンスが妙なのは、ホワっとしてるように見えて、あれで案外、動揺しているのかもしれない。
「そいつら二人に、正体をバラしたくなかったのさ」
ビクトルを見つめるダッカドとデクスターの眼差しが、射殺さんばかりに鋭くなった。
「その二人は、『組織』の人間なんだ。本科生に協力するフリをして、ポイントを吸い取る『組織』のな」
ビクトルの言葉に、ロンフォードがチラリと視線を上げて、クイッと丸メガネを押し上げた。
ハインツは、静かに事態を見守っている様子だ。腕を組み、その口元には変わらず、柔らかな微笑みをたたえていた。
「俺はもともと、マルカデミー本科生だった。が、ソイツらの『組織』にハメられて、マルカデミーポイントを吸い上げられた上、浮浪者同然に落ちぶれたのさ。
いろいろあってここに辿り着き、今は本科生たちの残り物やモンスターの肉塊を漁って生活をしている。
プルデンシア、あんたも、ソイツらにとってはただのポイント集め役なのさ。卒業間際になったら、マルカデミーポイントをすべて奪われた挙句、娼婦宿にでも放り込むんだとよ」
プルデンシアが両手を口元にあてて「まあ」と驚いた表情になる。
「世迷い言だな。急にどうした、管理人殿?」
ダッカドが静かな口調で、さも心配気な顔をしてみせる。
「我らは先ほどまで、酒を酌み交わしていたではないか。管理人殿の作ったミートワームのステーキは、美味かったぞ」
「ハッ! よく言うぜ。とぼけてるのはそっちだろ。これは隠せない事実だ」
そう言って、ビクトルは皆におしりを見せつけるように身体の向きを入れ替えた。
ズボンの真ん中が焼け焦げて、空いた穴からビクトルの尻が覗いていた。
「二人は口封じのため、俺に屈辱を与えた挙句、殺そうと企んだのさ。プルデンシアとサラが入浴中にな。マルカグラードの外なら一般人を殺しても、バレなきゃいい、とか言ってたぜ」
安息処を、再び静寂が支配する。
「俺は炎耐性の先天性精霊力者だ。炎に焼かれない体質なんだ。それを嘲笑うために、その二人がこういうことをね。火のついた薪を、ケツの奥まで突っ込もうとしたのさ」
「寝ぼけて暖炉にケツ突っ込んだんじゃねーか?」
「バカを言え。それなら、人前に出る前に履き替えるだろ」
「ケツを見せたい露出狂かもしれん」
「ああ、確かにそういうところはあるかもしれん。……って、ねーから!」
ビクトルのノリツッコミに一同がしんとなる。
別の意味で、ビクトルの額に脂汗が浮き出てきた。
三人娘には「あるでしょ? 露出狂の気」とツッコまれそうだが……。
それはともかく。
「ロンさん、お願いがあるんですが」
静寂を破ってハインツが呼びかける。
ロンフォードは嬉しそうな表情で、バッと両腕を広げた。
「いいだろう、ハインツくん! 面白そうだ! ただし、現場監督たるキミの責任だぞ?」
「わかってます」
ハインツが頷くのを確認すると、ロンフォードはダッカドとデクスターの前に進み出た。
二人は揃って、鋭い視線をロンフォードに投げかけている。
だが、当のロンフォードは、それを意に介する様子もない。
よほどに、自信があるようだ。
「私の美しくも聡明な従姉妹殿、マルマルが言ってたよ。マルカデミーポイントとその換金システムを、資金稼ぎに利用している良からぬ連中がいるとね!
そして、本科生に失踪者が増えているということも!
キミたちが何か知っているというのなら、是非とも話を伺おうじゃないか!
できれば、連邦王国内の派閥争いに関連していて欲しいものだね!
そうなれば大いに────楽しめるッ!」
楽しくてたまらない、といった表情で口角をニタアッと上げて、手をワキワキさせる。
「さあ、この私を、失望させないでくれよ! ────行け、思慮深き我が下僕たちよ!」
ロンフォードがバッと大きくマントを翻すと、三匹の大きな蜘蛛が飛び出した────。
うわあ、なんだかおかしなことになってきたあああ。