【36】システムハック犯
「それでですね、そちらの迷宮管理人さんに、手助けしていただいたわけなんです」
安息処に設えられている二段ベッドに腰掛けたプルデンシアが、ニコニコ顔でハインツに事情を説明している。
時折、ピコリと動く大きな耳と、優雅にユラリと揺らすフサフサの尻尾。
どうやら、ハインツを前にして相当にご機嫌な様子だ。
サラはそんなプルデンシアの横で、二段ベッドにもたれかかるようにして話を聞いている。
「なるほど。つまり、そちらのサラさんの望み通り、狂化ドラゴンが現れた、というわけですね」
プルデンシアの話を聞くハインツは、戸口に立ち塞がるようにして立っている。口元に柔らかな笑みを浮かべているが、その眼は笑っていない。
皆の表情を、注意深く見守っているようだ。
その横で、腕を組んだロンフォードが、壁にもたれかかって口元をニヤニヤさせている。目を閉じ、時折、丸メガネを直したりして、プルデンシアの話に聞き入っている様子だ。
日傭生のアスタは、その横で床にあぐらをかいて座っている。少し眠そうなボンヤリした目をして、あまり状況が飲み込めていない様子だ。
ダッカドとデクスターは、食卓の丸テーブルの前で椅子に腰掛けている。鋭い眼光を光らせて、プルデンシアの話に油断なく耳を傾けているようだ。
ビクトルはそんな一同を眺め回すように、戸口とは正反対の暖炉の端にもたれかかり、成り行きを見守っていた。
「……それで、ダッカドさんのターンアンデッドが見事にバァンと! 華麗に決まって、第四の部屋までクリアできたんです」
「みなさんで協力して、見事に難関を突破したわけですね」
「はい、そうなんです」
「素晴らしい。マルカデミー本科生の模範たる活躍と言えますね」
ハインツの褒め言葉に、プルデンシアがサラに顔を向けて「キャッキャッ」とはしゃいでいる。
呑気なものだと、ビクトルは思わずにはいられない。
「よ〜し、無駄話は終わったかな、ハインツく〜ん?」
壁にもたれかかっていたロンフォードが、嫌味ったらしい言い方をしながら身を起こす。
「私はこれでも暇じゃないのでねぇ。夜も遅いし、さっさと帰りたいのだよ。わかるかい? ンンン?」
ツカツカとハインツに歩み寄ると、ハインツの肩に寄りかかるようにして、ポンと肘を乗せた。
名家の御曹司に対して、相当に無礼な態度だ。
彼も貴族の出身とはいえ……。
ロンフォードの不遜な態度に、ビクトルも閉口せざるを得ない。
二人の横であぐらをかいていた日傭生のアスタも、ビクリと背筋を伸ばし、「あああっ!」という表情で二人を見上げている。
当のハインツは気にする様子もなく、小さくニコリと微笑み返した。
「お忙しいところ、夜分にお手間いただいて申し訳ありません。ですが、理事長命令により、ご同行いただいたのはご承知の上かと」
「あ〜、その件はもういいんだよ。どうせマルマルのくっだらない企みだろ〜? 見え透いてるんだよ、飽き飽きなのさ〜」
さもウンザリだと言わんばかりに、ロンフォードは肩をすくめて手のひらを天に向けて軽く振り上げた。
「それはともかく、私が言いたいのは、だ」
ロンフォードは眉根を寄せて、悪そうな顔つきをすると、ついとハインツに顔を寄せる。
「私のシステムハック嫌疑はもう晴れたかな、ってことさ。晴れてないとは言わせないよ? これだけたくさんの時間をキミに与えたのだからね〜、ンンン?」
ニヤーリと口角を上げて、小さく「うんうん」と頷いている。
今のプルデンシアの話で、それが分かろうはずもない。
どこからどう見ても質の悪い輩だ。
「(変な噂しか聞かないわけだ……)」
入学時に同期の新入生たちを集めて落とし穴にどれだけ入るか実験しただとか、マルカデミー大図書室に大量のネズミを放ってどれくらいの時間で捕まえられるか実験しただとか、マルカグラード大聖堂の石柱を夜な夜なハンマーで叩いて回っただとか……。
「(その存在自体が災厄、という意味では、たしかに呪われてるな)」
本人を見てるだけでも、アダ名の由来が推し量れそうな気がした。
「そうですね。ロンさんの仰るとおり、システムハックの容疑者を見つけ出すのが僕の任務でした」
「そうだよ〜、そうそう。さっさと見つけたまえよ。で? この中にいるんだろう? 私にシステムハックの罪をなすりつけようとしたのは、誰なんだい?」
「それは、わたしだ」
ロンフォードの問いかけに、サラが腰を上げて進み出た。
その様子に、ロンフォードは涼し気な表情のまま、片眉を上げた。
まるで、わかっていたと言わんばかりの表情だ。
「ロン、あなたには以前、世話になった身でありながら、迷惑をかけたようだ。すまなかった。だが、理由あってのこと」
「サラさん、でよろしかったですか?」
ハインツの問いかけに、サラはすぐに頷き返した。
「ああ、そうだ。間違いない」
「では、サラさん。あなたがシステムハックをしたという状況を、お話いただけますか?」
「わたしの証言で、ロンの嫌疑が晴れるのなら、喜んで」
「では、どうぞ」
心配気に見守るプルデンシアをよそに、サラは昨晩の事を語り始めた。
サラは狂化ドラゴンを出現させるため、数日の間、システム管理室を監視していたという。
「中庭の大木、あそこからちょうど管理室の入り口が見えるのだ」
昼夜を徹して監視していたところ、昨晩になってシステム管理者がドアの鍵を開けたまま部屋を出た隙に、忍び込んだのだと。
そして、ドラゴン迷宮のクエスト予約を検索し、モンスター異常が発生するようにシステムをいじったと。
以前、ロンフォードが手助けしてくれた時にやってみせた方法を、見よう見真似でやったということも。
「残念だよ、サラく〜ん。私たちとの出会いを、そのようなことに利用してしまっただなんてねぇ」
「あの時はこのような咎を問われなかったから、まさかあなたに、そのような迷惑がかかるとまでは予期していなかったのだ」
「ふん、なるどねぇ、一理ある。あの時は事前に、マルマルの許可を得ていたのだよ。私の貴っ重ぉ〜な、プライベート時間を代償としてね。だから罪には問われなかったのさ。しかし、今回はそうではないからねぇ……無闇矢鱈と、マルマルに口実を与えてもらっちゃ困るのだよ〜、わかるかい?」
「配慮が足りなかったことは、本当に申し訳ない。心より、謝罪する」
「それにしても、サラくん。確かあの時、キミの目的は果たされたのではなかったのかね?」
ロンフォードの言葉に、サラは悲しげに俯いた。
「あれでは不十分だった、それだけのことだ」
「ほ〜う? で、はたまた狂化ドラゴンなどという迷惑千万なモノを呼び出して、どうしようというのだね? この世の支配者にでもなろうとでも? だったら私としても、面白いんだが?」
ニヤニヤしながらロンフォードが問いかける。
「────『狂化竜の胆嚢毒』を手に入れるためだ」
サラの言葉に、ロンフォードは鋭く目を細めた。
ニヤニヤしていた口元が、ゆっくりとへの字になっていく。
「『狂化飛竜の脳髄液』の次は、『狂化竜の胆嚢毒』かい? ふぅ〜ん……」
「それって、なんなんです?」
横からアスタが問いかける。
しかしロンフォードは、さもつまらなさそうな調子で「フン」と鼻を鳴らすと、クルリと踵を返してドンと壁にもたれかかった。
腕を固く組んで、押し黙ってしまう。
見上げるアスタが、「あれれ?」と言わんばかりに不思議そうな表情だ。
ビクトルは素早く、一同の顔色を窺い見た。
その場にいる他の人間も、それが何であるか知ってはいなさそうな様子だ。
ビクトルとしても非常に気になるところだが、ロンフォードも、そしてサラも、今ここでそれを話す気は無さそうだ。
静まり返った安息処……。
しばらくののち、その静寂を破るようにして、ハインツがそっと口を開いた。
「事情はよくわかりました。ご協力ありがとうございます、サラさん。ですが……」
ハインツは腕を組むと、少し申し訳無さそうな表情で小さく微笑んだ。
「無許可でのモンスターシステムハックは、聖騎士養成都市マルカグラード及び第一州マルカーキス伯領から永久追放ものの重罪です。あなたも一緒に、来ていただきますよ。逃げ出せば、連邦王国全州に指名手配となり、罪も更に重くなるでしょう」
ハインツの言葉に、サラの表情が曇る。
「この地の法を犯したというのであれば、償うに異論は無い。だが……狂化ドラゴン討伐だけは果たさせてほしい。それが許されるならば、わたしは逃げも隠れもしない。戦士の誇りに賭けて、捕縛を受けよう」
そう言って、真剣な眼差しで、ハインツを見据えた。
「それが叶わぬ時はどうするのだね?」
横からロンフォードが問いかける。
瞬間、サラの眼光が鋭さを増した。
「……斬り捨ててでも、この場を脱しよう……」
サラの覚悟に、ピリピリとした空気が一同を包み込む。
その言葉に嘘偽りの無いことは、誰の目にも明らかだった。
ボンヤリしていたアスタですら、眉をキッとひそめてゴクリと生唾を飲み込んでいる。
サラの実力ならば、それも不可能ではないだろうから────。
あれ……? 一触即発ムード?




