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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第二章 ドラゴン迷宮管理人の困惑
34/68

【34】大ピンチ!

「……何の事かよくわからないが、気のせいじゃないか?」


 興味なさげな演技をしながら、視線を戻すと、鼻歌交じりに皿洗いを続ける。


「へへへ、確かに俺んらは頭は弱いんだ。だがよ、だからこそ気になるんだよ。わかるか?」


 肩をすくめてみせただけで黙っているビクトル。

 するといきなり、デクスターがその首根っこを掴み上げた。


「うぐっ!!」


 胸ぐらを掴み上げ、そのまま反対の壁まで「ドンッ!」とばかりにビクトルの身体を叩きつける。


「うげほっ……!」


 一瞬、呼吸が止まって、苦しげな呻き声が自然と漏れた。

 ビクトルの手から包丁が滑り落ちて、カランと石床に転がる音がする。

 そんなビクトルの胸ぐらを、デクスターがグイグイと締め上げてきた。


「く、苦しい……! 離せ……!」


 デクスターの手首を掴み上げ、引き離そうとするが、その強靭な腕を引き剥がすことはとても叶いそうにない。

 床に届かない足をバタつかせるが、デクスターの身体を蹴り上げるには至らなかった。

 苦しみに顔を歪めながら、ギッとばかりにデクスターを睨みつける。


「……ああ、その目だ」


 やにわに、デクスターがニタリと笑みを浮かべる。

 勝ち誇ったような笑みだ。


「その目にゃ、見覚えがあんぜ。苦しみから逃れようと嫌がるその目だ。ヘヘッ……」

「────ビクトル=ヒエルマンだな?」


 すぐ近くから、ダッカドの声がした。


「(気づいていたか……!)」


 ゴーレム対策の素材集めをしている時か、風呂に入った時か……いや……。

 ダッカドのことだ。

 顔を合わせたその瞬間から、気づいていたのかもしれない。


 ビクトルを生かしておけば、プルデンシアに『組織』のことがバラされてしまう可能性がある。素知らぬフリをして、ビクトルを殺害するタイミングを伺っていたとも考えられる。


 リタイアせずに先に進むことを選択したのも、この迷宮内でビクトルを殺害せんと目論んだため……?


 ゴーレムの部屋で、一瞬、ダッカドに殺気を感じなかったか?

 レイスの部屋で、生け贄の牢獄の中にいる自分を、ひと突きにするチャンスを伺っていたりはしなかったか?

 デクスターがレイスの服飾品を納めるのを渋っていた時も、何か考え事をしてはいなかったか……?

 まさかと思うが、レイスの毒霧も、ああなることを予期して……?


 安息処にやってきた時、先に風呂に入ろうとしたプルデンシアを押し留め、料理を作るように指示したのはダッカドだった。

 そう考えると、デクスターにそのことを伝えたのはあの時か?

 同時に、腹ごしらえをする要件も満たせたわけだし……。


 いずれにせよ、二人はビクトルの事を話し合っていたに違いない。

 ビクトルが、それに気づいた時には遅すぎたようだが……。


「お、俺は……め、迷宮管理人の……ま、マリオだ……」


 咄嗟に思いついた名前を口にする。


「フフッ、この期に及んで、まだシラを切るか……いいだろう」


 ダッカドはほくそ笑むと、ビクトルの手首を掴み上げ、腕をグイッと伸ばさせた。


「なにしやがる……!」


 見ると、ダッカドは火のくすぶる薪を手にしていた。

 それをビクトルに見せつけるように、顔の前に差し出してみせた。


「炎耐性の先天性精霊力者(グァルノイド)だったな。これを押し付ければどうなるか、見せてもらおう」


 言うなり、ビクトルの腕に薪を押し付けた!

 「ジュッ」と音がして、白い煙が上がる。


「んんんっ!!!」


 如何に炎耐性と言えど、熱さと痛みは少し感じるのだ。

 必死の抵抗を試みるが、完全に身体を押さえられて、身動ぎすら出来ない。


 痛みに耐えるビクトルの髪を掴み上げ、デクスターが強引に前を向かせる。


「見ろ、思った通りだ」

「ああ、本当だなダッカドの兄貴。目がターコイズブルーに光ってやがるぜ」


 ニヤリとほくそ笑んで、デクスターがビクトルに顔を寄せてくる。

 目を見開かなければよかったのだが、この状況でそれを考えている余裕はなかった。


「ヒゲもじゃとボサボサ頭で全然気づかなかったぜ! さーすがダッカドの兄貴の慧眼だ!」


 酒臭い息が、ビクトルの鼻孔を突く。

 酔っていても馬鹿力に変わりはない。


「まーたあの、ファイアーダンスを見せてくるか? ヘヘッ、炎を消すための下水溝が無いのが残念だぜ」

「こ、こんなことして何になる? 俺がいなけりゃ……この迷宮は、く、クリアできないぞ……!」

「構わんさ。プルデンシアを説き伏せて、リタイアすればいいだけだ。それより、我らのことを知っている貴様の存在の方が、重要だ」


 やはり……とビクトルは痛感せずにはいられなかった。

 元から、ここに留まった理由は、ビクトルだったのだ。


「ここは街の外だ。一般人を殺したところでバレなきゃいいんだぜ? ここなら誰も見てねえしな。切り刻んで、ドラゴンのエサにでもしてやんぜ」

「今すぐにでも、プルデンシアが風呂から出てくるかもしれないぞ!」

「残念だな。プルデンシアは、いつも長風呂なのだ。そう、軽くあと1時間は入っているだろう」

「なん、だと……」


 ビクトルは絶望にかられるしかなかった。

 今、この状況を打破してくれるとすれば、サラとプルデンシアだろう。

 だが、頼みの綱の二人が、あと1時間も出てこないとなると……!


 やはり、ダッカドは計算づくだったのだ。


「サラが! サラが訝しむだろう!」

「知った事か。日傭生三人をリタイアさせてしまったことに恐れを成して、姿を眩ませたとか言っておけばよかろう」

「……俺の行方不明に、ぷ、プルデンシアが疑問を感じれば、通報するだろう。そうなったら、お前らは……お前ら『組織』は、おしまいだ!!」


 必死の形相で言い放つビクトルに、二人がせせら笑う。


「『組織』が、何のために”貴様ら”のような無能を担いでると思っている?」


 ”貴様ら”という言葉を強調して、ダッカドが冷たく言い放つ。

 ビクトルは、背筋に寒気を感じずにはいられない。

 胸ぐらを掴み上げるデクスターが、鷲掴みにしているビクトルの頭をグイと引っ張った。


「あんな神輿のお嬢ちゃんに何ができるよ? 手向かうなら、殴りつけて押さえ込めばいい。こんな風によ」

「幸い、性欲に飢えた野獣たちにも事欠かない。思うままに調教を施して、”本国”に送り込めばそれで終わりだ」

「ポイント吸い上げて、はいさようならだ、バーカ」

「貴様も『それだけは許してくれ』と泣いて喚いて許しを媚びただろ? 思い出さないか?」


 思い出したくもない過去をほじくり返され、ビクトルの胸の奥がズキリと痛んだ。

 惨めな敗北と辛酸と、鼻を突く汚泥の匂い。

 それらがまるで、現実のように蘇る。


「『俺こそ、魔物王ビクトル=マルカーキスの名を戴いた、生まれながらの英雄よ!』だっけか? ハハッ、笑わせんぜ」

「ポイントを稼ぐだけのコバンザメが……虎の威を借る狐とは、貴様のことだ」


 静かに言い放つダッカドの視線が凍るように冷たい。


「もっと傷めつけてやりてえぜ!!」

「いいだろう」

「おうよ!」


 「ズダン!」と音を立てて、デクスターがビクトルを床に組み伏せる。

 うつ伏せにされたビクトルの股間を、ダッカドが思いっきり蹴り上げる。


「うごっ……!!」


 脳天まで突き上げてくる痛みに、呻き声を上げて悶絶するしか無い。

 痛みに身体をかがめようとして、自然と尻を持ち上げる姿勢になる。


「ダッカドの兄貴、それを貸してくれ!! このアッグルモンキーのケツにぶち込んでやんぜ!」

「いいだろう」

「な、なにを……あぐっ!!」


 驚愕したその瞬間に、ビクトルの尻に熱い感覚が迸る。

 そしてグイグイと押し込んでくる嫌な感覚に見舞われる。


「なっ!……」


 なんてことだ、あり得ない!

 デクスターが、尻の穴に薪をねじ込もうとしているのだ!


 ブルブルと身を震わせ、必死の抵抗を試みる!


「ぐ、おおおおおおお……!!!」

「ハッハッハァッ!! 最大限の屈辱を味わえってんだ! くっそ笑える!! ひいっひっひっひっ!!」


 ビクトルを押さえつけたまま、ダンダンと足を踏み鳴らしてデクスターが嫌な笑い声を上げる。

 その度に、尻の突き当てられた薪がグイグイと押し入ってこようとする。


 激しい怒りと憎悪、そして屈辱が、ビクトルの胸に渦巻いている。

 歯ぎしりに血が混じり、涙と鼻水が噴き出してくる。


「欲深き汚物め……神の裁きを受ける時は近いと知れ」

「どうよ!? 肉棒より熱いモノを突きつけられた感覚はよ! ああ、待て待て! 知りたくねーわ!!! アヒャヒャヒャヒャ!!!」


 狂ったように笑いながら、ビクトルの頭を押し潰さんばかりにグイグイと体重を駆けてくる。

 このままでは、穴の奥にぶち込まれるのも、時間の問題だろう!


「ヒャハハハ!! ワインボトルぶっかけてやるよ! またファイアーダンスを踊らせてやろうぜ! なあ、ダッカドの兄貴!」

「調子に乗りすぎるな、デクスター。そろそろ……」


 ダッカドが言いかけたその時だった!


「きゃあああああああああああああああああ!!!」


 風呂場の方から響く悲鳴!


 それは間違いなく、プルデンシアの声だった────!


「ど、どうする、ダッカドの兄貴!」


 デクスターの声が、今までがウソかと思えるほどに、異常に慌てている。


 それもそうだろう。

 大事なポイント源を失うという過失を、『組織』が許そうはずもない!

 弱い者を蹴落とし、強い者にはミスにかこつけ引きずり下ろすのが、『組織』の流儀だ。


 ドガッ!


「ぐへぇっ……!」


 いきなり、ダッカドがビクトルの横腹を蹴り上げた。

 そして即座に風呂場の方へと駆け出した。

 それに続くデクスターの足音も、遠ざかっていく。


「くっ……げぼっ……!」


 横っ腹の痛みにのたうち回りながらも、ヒリヒリする尻に触れてみる。

 ズボンが焼け焦げ、丸い穴が空いていた。

 それでも、どうやら突っ込まれるのだけは防ぎきったようだ。


「くっそ……!」


 屈辱過ぎて笑えない。

 激しい怒りに身を震わせながら、ビクトルは身を起こした。


 行方をくらませるなら、今がチャンスだ。

 転送装置は廊下の突き当りだが、騒ぎに乗じて逃げ出せるだろう。


 痛みに悲鳴をあげる身体を無理矢理に引き起こし、ヨロヨロと開け放たれた戸口へと向かう。


「貴様、何者だ!!」

「きゃあああああああ!!!」


 ダッカドの怒声のあと、再びプルデンシアの悲鳴が聞こえてくる。

 それに続いて、男の高笑いが聞こえてきた。


「ふあーっはっはっはっ! レディの入浴を覗くだなんて、キミも隅に置けないねえ〜!」

「ちちち、違います! 違いますって! お、俺はそんなんじゃありません!!」


 耳に届いた緊張感のない言葉に、思わずズッコケそうになる。

 それに、どこかで聞いたことのある声のようだ。


 いったい、何が起こっているのか────?




<第二章 ドラゴン迷宮管理人の困惑 終>



えっと……いったい何が起きているの……?(困惑

じ、次回より、第三章に突入です!!!

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