【32】全滅危機!
「やべえっ!」
ビクトルは咄嗟に口と鼻を抑えこんで、部屋の外の方へ身体を向けた。
少し吸い込んだせいか、急激に目眩がして吐き気と頭痛が押し寄せる。
急いで腰のポーチをまさぐると、『解毒剤』を掴み取った。
アンプルの首をパキリと折り、中の液体をすぐさま喉の奥に流し込む。
ゴクリと飲み込んで、胃に冷たい感覚が広がると、ビクトルの身体がフワンと白い光りに包まれた。
そして徐々に目眩が収まっていく。
「う……くぅぅ……間に合ったぜ……」
レイスの毒は強烈だ。
肺から血液中に入り込み、一気に脳へと駆け上がってくる。
大量に吸い込めば、3分ともたないはずだ!
「みなさん、解毒します! あたしの近くに来てください!!」
プルデンシアの差し迫った声が響く。
ダッカドとデクスターが、真っ青な顔をしてプルデンシアの牢獄へと駆け寄っていく。
しかしすでに毒が回り始めているらしく、牢獄の鉄格子に崩れるようにしてしがみつくのが精一杯の様子だ。
これでは部屋の隅に展開されているサンクチュアリも、型なしだ。
牢獄の中で生け贄役の二人の日傭生も、目を剥いて泡を吐き出していた。
「うげえええ! うがあああああ!!」
「うぎょほっ! げふふひいい!!」
酷い呻き声が木霊する。
魔法陣脇でもがく戦闘役の日傭生には、ゴーストの1体がその首を掴み、魂を吸い取ろうと『デスキッス』を繰り出している。
早くリタイアさせなければ、三人とも生命が危険だ……!!
「フオオオオオ……!」
大混乱の中、レイスが赤い目を光らせて舞い降りてくる。
「はあぁっ!!」
すかさずサラが、レイスに斬りかかった!
「……あの毒が、効いていないのか……?」
ミートワームの毒糸が燻された白煙にも、スライムの毒霧でも、サラにはほとんど影響がなかった。
空恐ろしさを感じながらも、今のこの状況では非常に頼もしいことに違いはない。
「ダッカドさん、今すぐ日傭生さんのリタイアを!」
プルデンシアの叫びに、解毒を受けたダッカドがフラフラと立ち上がる。
そしてマルカデミーガントレットを光らせて、三人の日傭生をリタイアさせると、再び苦しげに片膝をついた。
無理もない、レイスの猛毒は疲弊が激しいのだ。
「コオオオオ……!」
そんな中、サラに二度三度斬りつけられたレイスが、両腕を左右に水平に差し上げて、再び天井へと舞い上がる。
その両手の下で、水色の光がキラキラと膨らみ始めた!
「猛吹雪だ!」
しかしキャンセルボタンは、リタイアした日傭生の牢獄だ!
「やばい、サラ! あそこのボタンを押してくれ!」
「ヒイイィィィィ!!!!」
ビクトルの声を遮るように、サラに向かってゴーストが襲い掛かる!
「はァァッ!!」
咄嗟にゴーストを切り捨てるサラ!
しかし!
「────キャンセルが間に合わない!!!」
ビクトルが絶望に駆られたその時!
「マジックキャンセル、発動!」
プルデンシアの声が響くと同時、天井がキラーンと白く光り、レイスの手のひらの光球が掻き消えた!
「へっ!?」
レイスがクルリと身を翻すが、魔法はすでにキャンセルされている!
ハッとしてプルデンシアの方を見ると、一瞬、その瞳がターコイズブルーに輝いていたように見えた。
「(まただ……確か、電撃ゴーレムの時も……)」
確証は無いが、プルデンシアが先天性精霊力者の能力を使ったとしか思えない。
ともかく、危機を脱したのは間違いない。
気づけば全身汗だくで、小刻みに身体が震えていた。
「くっそ! 死ぬかと思ったぜ!」
「デクスター、ゴーストからだ」
「おうよ!」
プルデンシアの『解毒』と『治癒』を受けたダッカドとデクスターが、持ち直した様子で、ゴーストに襲い掛かっていく。
マルカデミーガントレットを煌めかせ、瞬く間に3体のゴーストを引き裂いた。
「はあっ!!」
「フオウ……!」
部屋の中央では、サラがレイスと交戦中だ。
レイスのあちこちが靄と化しているのに対し、サラは全くの無傷だ。
「ダッカド、デクスター! フルバレットブーストを叩き込むんだ!」
「おうよ! ダッカドの兄貴、ここは譲ってもらうぜ!!」
「いいだろう」
さすがのダッカドも、これ以上、戦闘を長引かせるのは得策ではないと考えたようだ。
「古の賢者よ! わたしはここだぞ!」
レイスの気を惹きつけようと、サラがわざと声をあげる。
白い息を吐き出しながら、レイスは油断なく大鎌を構えてサラを見据えた。
その隙に、デクスターがレイスの背後に回り込む。
そして、すかさずスキルを繰り出した。
「おらああ! 剛弾カチ割り斬んんフルバレットブースト!!!!」
マルカデミーガントレットがキランキランと輝いて、デクスターの身体がヒュンと高く跳ぶ!
ズダァン!!
「シアアアア……!!」
背中を真っ二つに引き裂かれ、一瞬にして、レイスの身体が靄と化す。
赤く光る目が弱々しく点滅し、口から黒い煙をモワモワと吐き出した。
「頭にトドメ、イケルぞ!!」
「うっしゃああ!! 剛斧弾んんっフルバレットブースト!!」
着地したデクスターはクルンと一回転すると、マルカデミーガントレットをキランキランと煌めかせながら、両手斧をブン投げた!
ザグッ!!
デクスターの放った両手斧が、見事にレイスの首を跳ね上げる!
声もなく、レイスの頭が靄と化した。
そして靄はそのまま霧散して、ゴトリゴトリと、王冠と腕輪だけが床に残された。
「やったぜ! ファイナルアタックいただきぃ!」
パシッと両手斧を受け止めて、デクスターが右腕を得意げに突き上げる。
「やりましたね! さすがデクスターさんです!」
「でへへ……もっと褒めていいんだぜ、お嬢」
にこやかに拍手を送るプルデンシアに、デクスターはニヤッと口角を上げて微笑んでみせた。
「(やれやれ、何がファイナルアタックいただきぃ、だ……)」
危うく、毒霧で全滅してもおかしくないところだった。
そのことを問い詰めたい気分で一杯だった。
「さあ、あと1体です。がんばりましょう!」
プルデンシアの明るい声が木霊する。
こういう時は、彼女の天真爛漫さに救われる思いだ。
ビクトルは小さく首を横に振ると、額をビッショリと濡らす汗を拭った。
「……次は、ターンアンデッドのフルバレットブーストで、きっちり終わりにしようぜ」
「いいだろう」
サラとダッカドが服飾品を飾り棚に収めると同時、魔法陣に黒い光が大きく揺らめいて、三度、レイスが姿を現した。
豪華な首飾りと腰ベルトを身につけている。
「シャハアッ!」
白い靄を吐き出して、大鎌を振るうレイス。
それを「ガキィン!」とデクスターが受け止めたところに、ダッカドが駆け戻ってくる。
そしてダッカドはすぐに、マルカデミーガントレットをレイスに向かって突き出した。
「ターンアンデッド、フルバレットブースト!!!」
ダッカドのマルカデミーガントレットがキランキランと光り輝き、レイスの足元に大きな白い光の輪が現れる。
そして、情けない声を残して、レイスはその白い光の輪の中へと吸い込まれた。
「よっしゃ、決まったな! ダッカドの兄貴!」
デクスターとダッカドが、軽くハイタッチを交わす。
「そいつを飾り棚に納めれば、『生け贄の牢獄』と、宝箱の扉が開く。早くしてくれよ」
頭上に迫る針山を見上げながら、ビクトルが言葉をかける。
さっき、日傭生が連打した分もあって、針山は半分ほどの高さまで降りてきていた。
まだまだ余裕はあるが、やはりこの状況は居心地が悪い。
「コイツを納めなきゃ、どうなるんだ?」
デクスターの意地悪そうな声に、ビクトルがハッとなる。
その手には、豪華な腰ベルトを掲げていた。
今更ながらに、自分の置かれた状況の危機を思い知らされた。
「……生け贄が捧げられれば、またレイスを3体倒すことになる」
ハッタリだ。
今までそうした場面に、出くわしたことが無いのだから当然だ。
「へえ、そうかい」
チャラチャラと豪華な腰ベルトを揺らしながら、デクスターがビクトルを見つめている。
まるで、言葉の真意を測ろうとしているかのようだ。
「……ま、いいんだぜ。レイスの討伐数を増やしたいなら、そうしろ。俺の指示がなきゃ、魔法キャンセルもおぼつかないだろうが」
わざとらしく、ニヤッと笑ってみせる。
「やめないか、二人とも」
すでに首飾りを飾り棚に納め終えたサラが、二人の間に割って入ってきた。
呆れたように、「フン」と鼻息をついている。
「悪ふざけはそこまでだ。早くしないと、プルデンシアまで巻き添えになるぞ」
キッとした視線でデクスターとダッカドを睨みつける。
「大丈夫ですよ〜、サラちゃん。デクスターさんはそんな悪い人じゃありません」
一方のプルデンシアはニコニコ顔だ。
肝が太いのか、ダッカドとデクスターを信頼しきっているのか……。
「デクスター、その辺にしておけ」
ダッカドがクイッと顎をしゃくってデクスターを促す。
「わかってるって。冗談冗談。ヘヘッ」
内心、ホッとしながらも、ビクトルは二人の動向を見守った。
どうやら、不穏な動きはない。
デクスターが服飾品を飾り棚に収めると、魔法陣がフワンと白く光を上げた。
「『はぁ〜い、お疲れさまでしたぁ〜。生け贄さんを解放しまぁ〜す♪』」
あの気の抜けるような口調のアナウンスが鳴り響く。
すると、頭上の針山がピタリと止まり、鉄格子がガリガリと音を立てて下がり始めた。
「(ふう、やれやれだぜ……)」
ダッカドとデクスターに隙を見せてはいけない。
ビクトルは心に強く、刻み込んだ────。
ピンチは脱したものの、まだまだ、信頼が置けるとは言え無さそうですね。……って、プルデンシアちゃんすごすぎません?w