【31】ゴーストの恐怖
「俺んらに任せろ! 剛来砂嵐いい!!」
即座に、デクスターのマルカデミーガントレットが光り輝く。
身体を軸にグルグルと激しく回転しながら、ゴーストの群れに突進した。
ドガッ! ドガガガガッ!
「ヒイイイ……!」
「ヒャヒイイ……!」
激しく回転するデクスターに弾き飛ばされるようにして、2体のゴーストが霧と消えて行く。
あとの4体は部屋の隅に散るが、それなりのダメージを受けた様子だ。
「ヒィイィィィ、フアァァァ……」
「オラオラ!!」
デクスターが一気呵成にこれを追撃する。
「そちらは任せたぞ」
「おうよ!」
ゴーストが蹴散らされたところに、レイスが宙から舞い降りてくる。
「はァッ!」
「せい!」
「えいやっ!」
すぐにサラとダッカドと日傭生が詰め寄って、三方からレイスを斬りつけた。
「フルバレットブーストを叩きこめ、って!」
ダッカドに向かって声を上げるが、これに従う様子が微塵もない。
レイスは防戦一方だが、あれでは倒すのに時間が掛かってしまうのは明白だ。
頭上の剣山を気にするのは、ビクトルだけではない。
見ると、生け贄役の二人の日傭生たちが、真っ青な顔で頭上を見上げていた。
「(クッ……あまり嬉しくない状況だ)」
彼らには、レイスの魔法をキャンセルしてもらわねばならない。
それすらも満足にできない精神状態になっているようだと……。
ビクトルの脳裏に、嫌な予感が駆け巡る。
「フュオオオオオ……!」
レイスが突然、雄叫びとともに両手に持った大鎌を頭上高くに突き上げた。
そのままフワリと天井へと登っていく。
「石化の魔法だ! プルデンシア!」
「はい! スタンバイします!」
みるみるうちに、レイスの頭上に緑と灰色の入り混じった光球が膨れ上がっていく。
口からも緑の煙を吐き出して、赤く光る目を爛々と輝かせる。
「クオオオオオオオオ……!!!」
唸りながら突き上げた大鎌をクルリクルリと回していく!
「今だ!!」
「はい!」
ビクトルの合図に、プルデンシアが台のわずかに突き出た四角いマークの入ったボタンを「パン!」と叩いた!
瞬間、生け贄たちの頭上で「ゴン!」と音が響いて、針山が大きく沈み込む。
「ひい! ひいい……!」
生け贄役の日傭生が、思わず漏らす恐怖の声。
それを尻目に、天井がキラーンと白く光り、レイスの頭上の光球が掻き消えた!
「フュオオオオウ!!!」
白い煙を口から迸らせて、大鎌を薙ぎ払うレイスだが、時すでに遅し。
魔法は見事にキャンセルされていた。
「よし、ナイスキャンセル!」
「ありがとうございます!」
親指を立てるビクトルに、プルデンシアが微笑み返す。
チラリと日傭生たちの様子を伺うと、頭上から迫り来る恐怖に、身をすくめているようだった。
「(確かに、キャンセルボタンを使うと明らかに近づいてくるからな……)」
ビクトルも頭上を見上げる。
やはり肝が冷えそうな光景だ。
その時、ふと、気配に気づいて横を見る。
すると、鉄格子の向こう、目の前にダッカドが立ちはだかっていた。
目線の高さで、曲刀を水平に構えている。
思わず、ドキリと嫌な音を立てて鼓動が鳴る。
「(コイツ……)」
訝しく思った瞬間、ダッカドはクルリと部屋の中央に向きを変えた。
「(……偶然、か?)」
ビクトルに、確証は持てなかった。
「ゴーストの討伐数稼ぎも美味しいもんだ!」
ゴーストを一掃し終えたデクスターが、明るい口調で魔法陣の近くに戻ってくる。
ゆっくりと舞い降りてくるレイスを見据えながら、両手斧を構えてペロリと舌なめずりをしていた。
「早くレイスを倒すんだ! ボヤボヤしてると、足元をすくわれるぞ!」
「ヘヘヘッ、俺んらは戦闘のプロだぜ? 任せとけって」
「いくぞ、デクスター」
魔法陣に舞い降りてくるレイスを待ち構えるダッカドが、曲刀をブンと振るう。
やはりフルバレットブーストを使う気配がない。
「どりゃぁ! せいっ! うらぁっ!」
「ふんっ! はっ! はいぃ!!」
ダッカドとデクスターが、前と後ろからレイスを挟撃する。
その合間に、時折、日傭生が槍を突き刺す。
レイスの身体は靄とかすみ、その攻撃は空を斬る。
ダッカドたちが圧倒的優勢なのは、誰の目にも明らかだろう。
「(それはいい、それはいいんだが……)」
「そらそらそらぁ!! ゴーストを呼び出せってんだよ!!」
デクスターがレイスに打ち掛かりながら、罵声を浴びせる。
「(討伐ポイント稼ぎやってる場合じゃねーっての……!)」
鉄格子の中で、ビクトルは歯噛みするしか無い。
そうしているうち、レイスがまた、両腕を大きく振り上げ天井高くへと浮き上がっていった。
「コオオオオ……!」
「ゴースト召喚だ!」
「はははっ! やったぜ! どんどん来やがれってんだ!」
宙でクルリとレイスが回転すると、再び、魔法陣からゴーストたちが現れた。
「ヒイィィィアアァァァァァ……!!」
「討伐ポイントゲットだぜ! おらァッ! 剛来砂嵐いい!!」
コマのように激しく回転しながら、デクスターがゴーストの群れを蹴散らした。
「レイスは任せたぞ」
そう言い放つと、ダッカドも部屋の隅に散るゴーストに向かって走って行く。
ポイント稼ぎが見え見えだ。
「お前ら、いい加減にしろ! 早くレイスを片付けるんだ!」
「ほっほ〜い! いっちょあがり!」
「フンッ! せいっ! ……ふむ、これはいい稼ぎだ」
ビクトルの言葉にまるで耳を貸す素振りが無い。
「(何かあったらヤバイぞ……)」
サラがいるとはいえ、何が起こるかわからない。
魔法陣の中で、レイスと格闘しているサラに視線を走らせる。
「はァッ! やっ! はいっ!」
サラの攻撃は、確実にレイスを疲弊させているが、トドメにはまだまだ時間がかかりそうだ。
その向こうで槍を構える日傭生も、時折槍を突き出すが、大きなダメージは期待できそうになかった。
やはり、スキル攻撃のフルバレットブースト連打が必要だろう。
「フュオオオオウ……!」
怒りの吐息を吐き出しながら、レイスがブルンと大鎌を薙ぎ払う。
「はァッ!」
サラが宙を舞い、レイスの首元を斬りつける。
「コオオオオ……!」
苦悶の表情に顔を歪めながら、レイスが両腕を胸元でクロスさせた。
「毒霧だ!! ヤツが天井付近で回転を止めたら、三角のボタンを押すんだ!」
ビクトルの言葉通り、レイスがゆっくりと回転しながら天井へと浮き上がっていく。
その頭上には、みるみるうちに紫の光球が膨らみ始めていた。
「まだだ、まだだぞ!」
ビクトルが日傭生の一人を指さしながら叫んだ時!
「うひいぃ、うああああ……!!」
ビクトルが指し示した日傭生が、頭を抱え、ガタガタと震えている!
その鉄格子の横には、1体のゴーストが取りついて、日傭生に向かって金切り声をあげていた!
「しまった! ゴーストの『フィアーウィスパー』か!」
こうしているうちにも、レイスは天井近くまで浮き上がっている!
「(ま、まずい!……そ、そうだ、サラに!)」
レイスを見上げるサラに向かって声を掛けようとしたその時だった!
パニックを起こした日傭生が、「バンバンバン!」とボタンを連打した!
「バカ! なにやってる! 連打をするんじゃない!」
叫びが耳に届くはずもない!
頭上の剣山が、「ゴン、ゴン、ゴン」と音を立てて一気に下る!
「ひいい! うわあああああああああああっ!!」
日傭生は完全に正気を失い、泣き叫ぶ!
その瞬間、天井付近のレイスが回転を止めて、両腕をブワッと左右に薙いだ!
魔法陣付近で、紫色の霧がボフンと広がる!!
「うげっ!」
「ぶほっ!!」
「なっ!?」
毒霧が一気に広がって、部屋全体を包み込んだ!
ヤバイいいいいいいいいいいいいいい!!!




