【30】ターンアンデッド
「ああ、そうだな。クレ持ちなら、ターンアンデッドが非常に有用だってのはわかるだろ?」
『ターンアンデッド』は、僧侶と騎士が取得できる聖属性魔法で、アンデッド系のモンスターを一撃で葬り去る効果がある。
たとえ葬り去れなくとも、攻撃力や防御力を低下させる効果が期待できるとも言われている。
ただし、ターンアンデッドの重ねがけは効果が無いので、同じ相手に複数回の使用はあまり好ましくない。
使用するなら、一発で、確実に葬り去るのが一番だ。
幸い、レイスは1体ずつ出現する。
「前の部屋で入手した『魔法強化薬』を飲んでターンアンデッドを撃つ、フルバレットブーストでターンアンデッドを撃つ。これで2体のレイスを倒せるはずだ」
先の三人娘も、僧侶娘のターンアンデッドで2体のレイスを倒している。
「うっひょう、そいつぁいいや」
「……いや、『魔法強化薬』はこの先のために置いておこう。通常発動二回、ラスト一体にフルバレットブーストを叩き込むのが得策と見た」
言いながら、ダッカドは顎をさすると、チラリとビクトルを見た。
「言ったはずだぞ。制限時間は54分も無い。生け贄を見殺しにしたくなければ、2体をターンアンデッドで早急に倒しておいて、3体目を攻撃スキルのフルバレットブーストで一気に叩くのが最善にして最良なんだ。迅速にして安全かつ、不慮の事故が少ない」
ここでもまた、二人の意見が割れたようだ。
「このあと、『魔法強化薬』の使いどころはあるんでしょうか?」
ピコピコと大きな耳を動かしながら、プルデンシアが二人の顔を見比べるようにして尋ねてくる。
「無い。パーティに魔法使いがいれば別だがな」
「でしたら、ここで『魔法強化薬』を使う方が良さそうですね。ね、ダッカドさん」
ニコニコ顔のプルデンシアに、ダッカドが片眉を上げる。
「……いいだろう。『魔法強化薬』使用、通常使用、フルバレットブースト使用の三回だ」
「いやいや。ターンアンデッドが失敗することもあるし、3体目に攻撃スキルのフルバレットブーストを叩き込む……」
「決まりだ。他に何かあるか?」
頑として譲らない構えのダッカドに、ビクトルも溜め息をつくしかない。
「やれやれ。こっちも生命を張って生け贄役をやるんだ。きっちり片付けてくれよ」
「大丈夫だ、管理人殿。あなたの生命は、わたしが保証しよう」
「そう言ってもらえると、心強いぜ、サラ。頼りにしてる」
ビクトルが親指をビッと立てると、サラは深く頷いて返した。
「あとは戦闘開始前に、サンクチュアリをフルバレットブーストで展開しておいてくれ。万が一の時の、安全地帯として使えるからな」
「そうしよう」
「ああ、頼む。俺からは以上だ」
ビクトルが皆を見回すと、デクスターがニヤッと笑って首を「ゴキリ」と鳴らした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じゃあ行くぜ!」
魔法陣に立つデクスターが、両手斧を高々と突き上げる。
「我、四つの贄とともに、汝の怨念を雪ぐ者なり────!」
言い終わるやいなや、床に描かれた魔法陣が黒の光を放って輝き始めた。
同時に、『生け贄の台』を囲うようにして、天井に向かって鉄格子が「ガチャーン」と重い響きを立ててせり上がってくる。
見上げると、天井から「ゴリゴリ」と低い音が響き、鋭い剣山がゆっくりとその切っ先を覗かせ始めていた。
「(いつ見ても、寒気がするぜ。毎回、上手く切り抜けているとはいえな……)」
しかも今回は、全幅の信頼のおけないメンバーでの戦闘だ。
サラが奮起してくれるとはいえ、その攻撃がどこまでレイスを脅かせるか、定かではない。
「(頼むぜ、サラ────!)」
黒く渦巻く光の束が寄り集まって、やがてひとつの人影を形成していく。
そしてピカっと光を放ったかと思うと、レイスが姿を現した。
やや薄緑色に発光した半透明の身体。大きな両手持ちの鎌を携え、王族のような立派な衣装の上にローブを羽織っている。
骨の手と顔が覗いていて、豪華な装飾が施された首飾りと腕輪を身につけていた。
頭蓋骨の真闇のような眼窩には、赤紫色の光が灯っている。
それはこの世のすべてを憎むかのような憎悪の色に燃えていた。
足元の魔法陣からは黒の光がシュワシュワと立ち昇り続け、異様な雰囲気を醸し出している。
「クシャアアアアア……!!」
突然、口から白い息を吐き出すと、レイスが手にした大鎌を斜め後ろに振り上げた。
「シャハアッ!!!」
不気味な呼吸音と共に、大鎌をグルリと一閃!
「ガキィン!」と音を立てて、デクスターの両手斧がレイスの先制攻撃を受け止めた。
「いけ! ダッカドの兄貴!」
デクスターの声に、ダッカドが素早く『魔法強化薬』のアンプルをパキリと折って、中身をゴクリと飲み干した。
フワリとした虹色の光に包まれたダッカドは、右手にはめたマルカデミーガントレットをレイスに向かって力強く突き出した。
「ターンアンデッド!!」
マルカデミーガントレットの白い輝きに、虹色の光が纏わり付くようにして煌々とした輝きを放つ!
瞬間、レイスの足元に、白い光の輪が現れた。
そして虹色の光を撒き散らしながら、白い光の輪が「シュィン!」と一気に収縮した!
「ヒウゥゥゥゥゥ……」
無念の声を上げながら、レイスの身体がその中に吸い込まれていく。
そして、クルクルと回転しながら小さくなって、掻き消えた。
ターンアンデッドの魔法が、完璧に効果を発揮したのだ。
「ゴトリ、ゴトリ」と音がして、レイスが身につけていた首飾りと、腕輪が床に落ちた。
「やりましたね!」
「さっすがダッカドの兄貴だ!」
日傭生たちからも「おー」と歓声が上がる。
出だしは上々のようだ。
「よーし、いいぞ。その首飾りと腕輪を、壁の飾り棚に置いてくれ。そうすると、次のレイスが現れる」
頷くと、日傭生とサラがひとつずつ、レイスの服飾品を拾い上げた。
こうしてる間にもゴリゴリと重い音が不気味に響き、四人の生け贄役の頭上に鋭い剣山が迫ってきている。
「まだまだ余裕はありますけど、急ぎましょう!」
「問題ない、任せろ!」
サラと日傭生が服飾品を収めると同時、魔法陣に小さく渦巻いていた黒い光が、大きく立ち昇る。
そして、異様な呼吸音とともに、2体目のレイスが姿を現した。
今度は頭に王冠、左手に腕輪の服飾品を身につけている。
「シャハアッ!」
先ほどと同じように、すぐに大鎌を大きく振り回してくる。
「ターンアンデッド!!」
すぐさま、ダッカドがターンアンデットを唱えると、レイスの足元に白い光の輪が現れた。
しかし、今度はレイスが吸い込まれることはなく、白い光の輪はキラキラとした光を散らして掻き消えてしまった。
「失敗したか! フルバレットブーストを叩き込むんだ!」
「ヘヘッ! 構やしねえよ!」
デクスターが、ホーリーウェポンのかかった両手斧をブルンと振るって、レイスに打ち掛かる。
駆け戻ってきたサラが、それに続いた。
「でいっ! ふんがっ! ほいっ!」
「はっ! せいっ! やっ!」
二人を相手に、レイスはキリキリ舞いだ。
右腕と左半身が靄とかすむ。
「コオオオオ……!」
レイスが怒りに赤い目を滾らせて、口から白い息を迸らせると、両腕を大きく振り上げ天井高くへと浮き上がる。
「ゴースト召喚だ!」
宙でクルリとレイスが回転すると、魔法陣の黒い光が大きく立ち昇り、青白い半透明の身体をしたゴーストが次々と現れた。
「ヒイィィアアァァァァァ……!!」
この世の何かを呪い、嘆き悲しむような叫びだ。
指示を無視してますが、2体目は無事に倒せるんでしょうかねえ?
なんだかんだで、レイスはゴースト系最上級モンスターなのに……。




