【25】プルデンシアとサラ
「(ノッて来たか……ははっ、口からでまかせだったが、この場さえ凌げりゃ十分だ)」
ダッカドとデクスターが自分と気づく前に、行方をくらませたい。
その前に、お嬢に『組織』の事を伝えられれば御の字だろう。
どう言い含められているかはわからないが、忠告だけはしておきたい。
その言葉に耳を貸すか貸さないかは、本人次第だ。
さすがに、サラが何を思ってこの一団に加わったのかまではわからないが……。
いずれにせよ、『組織』とは無関係であれば、また協力する機会もあるだろう。
ビクトルはそんな風に自分に言い聞かせた。
「見たところ、随分と戦力が減ったようだ。だがな、俺から言わせれば、十分な戦力だ。さ、どうする?」
ダッカドは黙ったままで答えない。
ビクトルを値踏みするかのように、ジッと見据えている。
「報酬の事なら心配するな。生活には困っちゃいない。まあもちろん、そちらから感謝の気持ちでもあれば、受け取ることもあるだろうけどな」
「報酬が必要ないとなれば、嬉しいですよね、ダッカドさん」
お嬢がニコニコしながら口を挟んでくる。
出世欲のないフォレシアンだが、蓄財には目がなく、ケチ……もとい、倹約家で商人が多いことで知られている。
「ダッカド、わたしの直感だが、この人は信用できそうだ」
サラの言葉に、ダッカドはチラリとデクスターの方を伺った。
「ウソこきやがったら承知しねえ。すぐにでも首を撥ねてやんぜ」
デクスターの言葉に頷くと、ダッカドは「フンッ」と鼻息を鳴らした。
「いいだろう。まずはその言葉を証明してもらうぞ」
遠ざかる曲刀に、ビクトルがニヤリと微笑む。
「そうと決まれば早速、次の部屋の攻略のための準備だ。俺の指示通りにやれば、すぐに終わるさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「サラちゃんだけは、あたしが雇った日傭生さんなんですよ。マルカグラードの大正門のところで、飛び入りでしたから」
散乱する『スライムコア』を拾い集めながら、お嬢がニコニコ顔でそう話す。
ダッカドとデクスター、それに三人の日傭生も、次の部屋の攻略のため、ビクトルの指示通りに素材を掻き集めている最中だ。
部屋の離れた場所で、木材などを掻き集めている。
お嬢の名はプルデンシアだそうだ。
メインクラスはスカウトだが、やはり、サブクラスがドルイドらしい。
簡単な治癒と解毒程度のことはできると言った。
「本当の事を言うと、サラちゃんを雇うのに、ダッカドさんとデクスターさんは、あまり乗り気じゃなかったんですけど」
「そうだろうな。二人の顔に、そう書いてあった」
頷くサラに、プルデンシアがコロコロと笑った。
一方、ビクトルは、『組織』らしい対応だ、と感じていた。
彼らは、自分たちの知らないよそ者を嫌い、出来る限り排除したがる傾向にある。
ビクトルが『組織』に乗せられていた時も、日傭生を雇うのは『組織』の役割だった。
おそらくこの一団も、ダッカドとデクスターが雇った日傭生ばかりなのだろう。
しかもその日傭生のほとんどが、『組織』の息がかかっている連中のはずだ。
「どうやって二人を説得したんだ?」
「いいえ、あたしが強引に契約したんです。手に入るはずの素材1つが欲しいだけで、他に報酬はいらないって言うし、サラちゃんの熱意があまりにもすごいので。あたしの契約した、初めての日傭生さんなんですよ。サラちゃんは」
「それは光栄だ」
サラが恭しく頭を下げてみせる。
プルデンシアも軽く会釈を返してみせると、また二人して笑い合う。
ビクトルの見たところ、とても今日出会ったばかりの二人には見えなかった。それだけ、二人はぴったりと波長が合っている気がした。
「しかしまたどうして、サラは飛び入り参加を?」
「わたしは────『狂化ドラゴン』を倒すためにここに来たのだ」
「狂化ドラゴンだと!?」
「そうだ」
「さっきのあの子ですね」
「ちょっと待ってくれ……ってことは、キミはさっきのヤツが現れると、知ってたって言うのか?」
ビクトルの問いに、サラは深く頷いた。
ビクトルは、それに驚愕せずにはいられない。
マルカグラード聖騎士養成アカデミーのクエストには、時折、『狂化モンスター』が現れる。しかしそれは、システム異常によって引き起こされる不運な現象、とされている。
「(それを意図的に発生させた、って言うのか?)」
にわかには信じ難い。
「そんなことって、できるのか?」
サラは少し考えを巡らせたあと、そっと言葉を発した。
「昨晩のことだ。わたしは、マルカグラードのシステム管理室に侵入したのだ。そして、プルデンシアたちのクエストに細工を」
プルデンシアが口元を手で覆い、「まあ」と言葉を発した。
「やり方は、以前に出会った人物がやっていた方法を、見よう見真似で」
「……見よう見真似だが、上手く行った、というわけか」
「ああ、そのようだ」
ビクトルは顎に手を当てて考えを巡らせた。
狂化モンスターは、討伐ボーナスがつくことが知られている。
だが『組織』が、わざわざそんな危険を犯すはずがないのだ。
彼らのやり口は、クリアしやすいクエストを厳選し、浪費を抑えて人数の力で手早くクリアする道を選ぶというものだ。
期限よりも早くクリアすることで得られる、早期クリアボーナス狙いもある。
たとえ、狂化モンスターを意図的に呼び出せたとしても、彼らがやるとすれば雑魚モンスタークラスだろう。
よほどの名誉欲でもなければ、ドラゴンのような、そもそも討伐の難しい強力なモンスターを狂化させる意味は薄い。
サラの顔をチラリと見る。
曲がったことを嫌いそうな、気の強そうな表情をしている。
狂化モンスターを意図的に出現させることが本当に可能かどうかはわからないが、彼女がウソをついているとは思えない。
「(やはりサラは、『組織』とは関係ない。断言できそうだ)」
そしてプルデンシアをチラリと見る。
今はすでに、彼女が『組織』のターゲットであることを確信している。
プルデンシアが言うには、たまたまクエストで一緒になった本科生の誘いで、とある古びた館に行ったという。
そして、そこに住まう貴族の老婆が館の一員として認めてくれて、タダで生活をさせてもらっているのだとか。
それを聞いて、ビクトルは頭を抱えた。
あの館の連中に違いない、と。
プルデンシアの語ってくれた区画、その雰囲気と言い、確信が持てる内容ばかりだ。
しかも同じようにして、自警団幹部や都市議会議員、州議会議員が客人としてやって来て、将来の就職先を約束してくれるばかりか、「優秀な本科生との出会いに乾杯!」と褒めそやされているという。
ビクトルは苦い過去を思い出し、溜め息をつかざるを得ない。
「(……あの館での賛美の声は、すべて偽り……)」
美味い話があろうはずもない。
今の自分は、いい思いをしたそのツケだ。
だがそれを、立身出世を信じて疑うことのなかったビクトルに、見抜けるはずもなかった。
心の隙を見透かされていたとはいえ、堕ちるべくして堕ちた罠だった。
「見てください、こんなに集まりましたよ」
プルデンシアが得意気に、拾い集めた『スライムコア』を指し示す。
天真爛漫でそれほど欲も無さそうに見えるが、この娘にも、そうした心の隙があるのかもしれない。
フォレシアンの多くはケチ……もとい、蓄財に目がなく倹約家だというし。
プルデンシアの「”タダ”で住まわせてくれるっていうんですよ〜」と言った時の表情ったら……。
『組織』はその性質に目をつけたのだろう。
このまま放っておけば、自分と同じ末路を辿るのは目に見えていた。
助けられる可能性があるなら、その可能性を信じたい。
「なあ、プルデンシア」
「はい? 何でしょう」
『組織』の話をしようと決意した時だった。
ニコニコ顔のプルデンシアの向こうから、荷物を抱えたダッカドとデクスターたちが戻って来るのが見えた。
「(チッ……タイミングが悪いぜ)」
長期化も已む無し。
ビクトルは立ち上がると、ビッと親指を立ててみせた。
「まあ任せとけ、って。俺を信じろ」
そう言うと、プルデンシアは元気よく「はい」と答えた。
サラとプルデンシアはいい人っぽい!