【23】みんな無事か?
「すみません、お怪我はありませんか?」
呆然としたままのビクトルに、フォレシアン娘のお嬢が、トテトテと駆け寄ってくる。
「きゃあ!!」
「へっ?」
ビクトルの目の前で、唐突に、フォレシアン娘のお嬢が床にコツンとつまずいた!
両手を前に伸ばし、ビクトル目掛けて盛大に倒れこんでくる!
ドサリ! ふにゅっ。
「おおお!?」
押し倒されるようにして、その身体を受け止めると同時、柔らかくて温かな感触がビクトルの顔を覆い尽くした。
────思いの外、胸がある?
それに香水だろうか?
いい香りがする!
その香りを鼻一杯に吸い込んで、温かな感触を顔全体で味わおうとした時、フォレシアン娘のお嬢がスッと身を起こした。
「す、すみません! あたし、ドジっ娘で!」
……自分で言うか?
それはともかく、フォレシアン娘のお嬢は慌てて立ち上がると、パタパタと服の埃を払いのけた。
よほど恥ずかしかったのか、耳をペタリと横にして、頬を真っ赤に染めている。
そして両足を揃えると、丁寧にペコリと頭を下げた。
「手助けして頂いて、ありがとうございます! 先ほどの閃光は、あなたですよね?」
ビクトルを見つめる糸目の奥の瞳が興味津々といった様子で、大きな耳がピコピコと動いている。
なかなか可愛い仕草だ。
それに、まだ少し顔が赤らんでいるのも好印象だった。
大きなケモノ耳に、いつも微笑んでいるような細い糸目。
やや黄色みがかった肌は日焼けのあともなく、白い。
ホワンとした柔らかなしゃべり方にもどことなく品があり、人の良さが滲み出ているようだった。
近くで見ると、そばかすが薄らと浮いている。
まだ10代前半の女の子といった感じだ。
ホッとした気分になる反面、ビクトルは少し後悔していた。
「(やっべ……すぐに逃げときゃ良かったかな)」
サラを助けようと、咄嗟に飛び込んでみたはいいものの、ダッカドとデクスターたちとは関わり合いたくなかったのだ。
「どうされました? あたしのせいで、どこかお怪我でも?」
どこか心配げな表情で、フォレシアン娘のお嬢がビクトルの顔を覗きこんでくる。
「……あ、いや。怪我はないよ」
むしろ、いい思いをさせてもらった方だろう。
「そうですか。それは安心しました!」
「それより、あの娘はどうなってる?」
「あの娘?」
お嬢が不思議そうな表情で首を傾げる。
細い糸目の奥で、大きな澄んだ瞳がチラリと見えた。
「えっと……ほら、短髪の赤髪で」
「ああ、サラちゃんですね! サラちゃんなら全然平気です」
ポンと小さな手を合わせて、「フフフ」と笑った。
いやいや、あんな状況で全然平気ってそれはないだろと、ビクトルは思わずにいられない。
「ほら、あそこですよ」
ニコニコ顔のお嬢が、部屋の天井に開いた穴を指さした。
……よく見ると、その穴の壁にバトルナイフを突き刺してぶら下がっているサラの姿があった。
「(まさか、黒いヤツを追いかけようとしたのか?)」
そうだとすれば、なんという執念だろう。
ビクトルは呆れるしかない。
「サラちゃ〜〜ん。一人では無茶ですよぉ。戻ってきてくださ〜い」
お嬢が口に両手を当てて呼びかける。
その声に、サラが振り向いた。
一つ溜め息をつくと、「はっ!」とバトルナイフを引き抜きざまに、壁を蹴って宙に舞う。
見事な弧を描いて、クルクルと回転しながらスタリと床に降り立った。
「ふう、危うく凍りづけにされてしまうところだった」
身体についた氷を払いながら、サラが二人に近づいてくる。
「うふふ、ごめんなさい。でもサラちゃんが、ちゃぁんと回避体勢に入ったのは確認してましたから」
どこかイタズラっぽく、フォレシアン娘のお嬢が肩を小さくすくめてみせる。
「それよりサラちゃん、怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。わたしはまだ、戦える」
そう言って、サラは「ほう」と大きく息を吐き出すと、フッと柔らかな表情をして微笑んだ。
そんなサラの表情に、ビクトルは目を奪われた────。
どこか妖しさを感じさせるその神々しさに、見惚れるしか無い。
原種アッグルの特徴である、『碧い肌』。
仄かな明かりの中で、かすかに輝いているかのようだ。
日焼けの跡一つ無いきめ細やかな白い肌には汗が浮き出て、どこか艶かしい。
形の良い唇は、鮮やかな紅に彩られている。
少し膨らんだ胸と、細い腰つきから丸みを帯びた尻。
女らしい細い肩と細い腕ながら、力がありそうに見えた。
そして、オーラとも言うのだろうか。
強く気高く、誇り高き戦士のプライドに溢れていた。
「あなたは?」
見とれていたビクトルと、視線が合う。
綺麗に透き通った、赤紫の瞳。
知らず、ビクトルの胸がドキリと高鳴った。
「こちら、閃光玉を投げてくださって、手助けしてくれたんですよ」
「ああ、あれはあなたが。では、麻痺させてくれたのも?」
声を掛けられて戸惑うビクトルは、ただ、無言でコクコクと頷いた。
サラはバトルナイフをスッと鞘に収めると、拳を軽く握り、肘を水平にしてその拳を自分の胸に軽く当てた。
「手助けに、感謝する。あなたのおかげで、救われた。好機を活かせず、恥じ入るばかりだ」
凛とした口調に、暖かな真心を感じずにはいられない。
今まで、こうした手合は苦手だとばかり思っていたビクトルだが、今はサラの持つ雰囲気に圧倒され、言葉を失っていた。
「(なんだこの神々しさは……!)」
状況を忘れて、ただただ、サラに見とれてしまう。
「ここにいたか、お嬢! サラ!」
ビクトルが心を奪われていたその時、柱の向こうから、デクスターがドカドカと足音を踏み鳴らして近づいてきた。
「あ、デクスターさん! 日傭生のみなさんの様子はどうですか!?」
「俺の部隊は壊滅だ。全員、リタイアさせるしかねえ」
「そうですか……」
「デクスター、お嬢、サラ。三人とも無事か」
「あ、ダッカドさん! 無事でよかったです」
反対側の柱から、ダッカドが現れる。
服についた埃を払いながら、ゆっくりと近づいてくる。その後ろからは、三人の日傭生が付いて来ていた。
「(やべえ……完全に、逃げ出すチャンスを失っちまったぜ……)」
背中に冷や汗が伝い落ちるのを感じながらも、ビクトルはピクリとも身動ぎできなかった。
逃げ出せない(白目