【22】助けなければ!
「全員退避!」
ダッカドの声が響くが、逃げ道は、黒いドラゴンのその向こうだ!
「はああああああっ!!!」
その時、立ち込める靄を切り裂いて、サラが雄叫びとともに姿を現した。
左右の柱を交互に蹴りながら、三角飛びのように黒いドラゴン目掛けて飛んで行く!
「(無茶だ!! 人間一人が立ち向かってどうにかなる相手じゃない!!)」
「ギギャアアウ!」
サラに気づいた黒いドラゴンが、大口を開いて右腕を振りかぶる!
「うおおおお!!」
柱を一際強く「ダンッ!」と蹴り、切り違える勢いで、サラが突進していく!
ビュン! ビシャアッ!
一瞬の合間に、黒いドラゴンの鉤爪とサラのバトルナイフが交錯する。
「ギエエエ!!」
指の間から一筋の血飛沫が糸を引く。
苦悶の声を上げる黒いドラゴンは、それでも、すぐさまグルンと身体の向きを反転させた。
そして間髪を入れず、着地際のサラに向かってジャンプした!
「まずい!! ジャンピングスタンプだ!」
ズダン!!
叩き潰すように、右手を打ち据える!
その攻撃をすり抜けて、サラは軽やかに宙を舞っていた!
しかし!
「キシャアアアッ!」
黒いドラゴンが左手を横に薙ぐ!
バシィン!
「ぐあっ!!」
その掌は、サラを見事に捉えていた!
黒いドラゴンの平手打ちに弾き飛ばされ、サラが背中から激しく柱に打ち付けられる!
口から真っ赤な鮮血を吐き出しながら、サラが床に落ちていく。
その姿を、まるでスローモーションのように、ビクトルは見つめていた。
苦悶の表情、口から糸を引く赤い血、細い体の白い肌。
その光景に、心の奥が震えていた。
あの少女を、助けねばならないと────!
気づいた時には駆け出していた。
迷宮管理人ルートの狭い通路を走り、壁に設えられたハシゴを滑るように降りていく。
隠し扉のカードリーダのスリットに素早くカードを滑らせてドアを開けた時、黒いドラゴンの吠え声と共に青い炎弾が襲い来る!
ゴオオオオ!!
熱風とともに炎弾が弾けて、通路いっぱいに炎が迸る。
炎耐性のビクトルでなければやられていただろう。
少し焦げた衣服を気にする間もなく、ビクトルは部屋の中へ駆け出した!
あちこちで炎が揺らめいて、誰かの呻き声が聞こえてくる。
その真ん中で、黒いドラゴンが再び雄叫びを上げた。
サラは!?
どこにも姿が見えない!
そのことに、強い恐怖を覚える。
「みんな、目を閉じろ!!!!!」
叫びながら、ビクトルは腰のポーチから『閃光目眩まし玉』を取り出すと、腰に差した小さなナイフを引き抜いて、グッと『閃光目眩まし玉』に突き立てた。
「キイィ!」と『閃光目眩まし玉』から声がして、黒いドラゴンがギロリとビクトルを睨みつける。
「これでも喰らいやがれ!」
瞬間、ビクトルは思いっきり『閃光目眩まし玉』を投げつけた。
黒いドラゴンが悠然とビクトルに向き直る。
その黒いドラゴンの目の前で、宙に舞う『閃光目眩まし玉』が「キヒイィィィン!!」と音を上げてまばゆいばかりの光を放った!
「ギエエエエッ!!」
モロに閃光玉に目をやられた黒いドラゴンが、情けない声とともに後退る。
グッと目を閉じ、ドタンバタンともがき始めた。
その隙に、ビクトルは床に転がるスライムコアを掻き集め始めた。
「白、黒、青、赤、黄色、よし!」
その中の黄色のスライムコアを掴み取る。
『麻痺』の特性発動をするスライムコアだ。
「ギシャアアオオオウゥゥ!」
黒いドラゴンの呻き声に顔を上げると、その頭の上に人影があった。
────サラだ!
藻掻き回る黒いドラゴンのおでこににしがみつくようにして、バトルナイフを突き立てている!
「なんて無茶な!」
ドラゴンの眉間は弱点の一つだ!
そこを徹底的に攻めている!
サラは黒いドラゴンの角をグッと握りしめ、再びバトルナイフを振り上げた!
グズッ!!!
「ギシャアアアアアアアアアアアアアッ!」
紫色の鮮血が迸り、黒いドラゴンが耳を塞ぎたくなるような声を上げる!
バトルナイフを引き抜いて、さらに一太刀加えようとするサラに、黒いドラゴンは身を起こして激しく首を振った。
「くっ……!」
大きく揺られて、サラが角を掴む手を離してしまう!
フワッと宙に投げ出されるサラ!
それでも見事な身のこなしでクルリと反転し、宙で体勢を立て直す。
「すげえ!」
驚くビクトルの視界の先で、サラが床に軽やかに降り立つかに見えたその時!
黒いドラゴンがカッと両目を見開いた────!
「早い! もう回復したのか!?」
まだ十数秒しか経っていない!
普段なら、もっと長い間、効果があるはずだ。
ビクトルの背筋に寒気が走り、恐怖に心臓が鷲掴みされたような感覚に陥る。
怒り狂う黒いドラゴンが、翼をはためかせてバックジャンプすると、「ブビュゥン!」と風が戦慄いて、3つの竜巻となってサラに襲いかかった!
サラは強風に抗うようにして、床にバトルナイフを突き立る。
しかし、床にへばりつくようにして耐えるので精一杯だ!
それこそ、黒いドラゴンの思う壺だ────!
黒いドラゴンはサラを見据えたまま、宙でクルリと身を翻した!
「やべえ! 『炎の槍』だ!」
ビクトルは咄嗟に駆け出すと、手にしていた『黄スライムコア』にナイフを突き立てた!
「キイィ!」と声がしたのを確認して、黒いドラゴン目掛けて力いっぱい投げつける!
黒いドラゴンの口の中で、「ゴフュウ」と青い炎が渦を巻き、みるみるうちに膨れ上がっていく!
その首元で、一瞬早く、『黄スライムコア』が「キヒイィィィン!!」と音を上げて弾けた!
ボフンと黄色い霧が拡散すると同時、黒いドラゴンが驚いたように目を見開く!
ガクガクと身を揺らす黒いドラゴンの口元から、ブハッと音を残して、青い渦が掻き消える。
「ズダァン」と落下した黒いドラゴンは、信じられないといった表情のまま、身動ぎ一つできなくなっていた!
「よっし!!! 今のうちに逃げろ!!」
竜巻に耐えたサラに呼びかける。
しかしあろうことか、サラはバトルナイフを引き抜くと、雄叫びを上げて黒いドラゴンに向かって突進した!
「うおおおおおお!!!」
「何をしてる、逃げるんだ!!!」
今は体勢を立て直すべきだというのに、何が彼女をそこまで駆り立てるのか!?
その必死の形相を見て、ビクトルはハッとなる。
命の危険に、死に物狂いで立ち向かう戦士たちの姿は、何度も目にしてきた。
だが、目の前の彼女は、そのどれにも当てはまらない。
まるで、全てを投げ打って挑みかかっているかのようだ。
恐怖、悲しみ、憤り、怒り、憎しみ。
そんな感情はどこにも無い。
黒いドラゴンの頭に飛び乗って、バトルナイフを振り上げる。
ただひたすらに、それを打ち倒すことだけが目的であるかのように、バトルナイフを突き立てる。
そう、言うなれば、捕食のために狩りをする、獣のような────。
「グオオオオオウウゥゥゥゥ!!」
黒いドラゴンが唸りを上げてガバっと身を起こし、大きく首を横に振る。
「……はっ!? 麻痺の効果も、もう切れたのか!」
なんてヤツだ!
ビクトルは今、二つの化け物を目の前にしている気分だった。
サラの身体が、左右に大きく振られたかと思うと、「ブン!」とばかりに投げ飛ばされる。
向かう先は、凍っていたはずのスライムたちの群れの中だ!
黒いドラゴンのブレスで部屋の気温が上がり、そのせいで氷が溶け、スライムたちが蠢き始めている。
「ゴガオウッッ!!」
さらに悪いことに、一声雄叫びを上げた黒いドラゴンが、首をすくめて後ろ脚をグッと踏ん張っている!
同時に、周辺でユラリと青い炎が揺らめき始めた!
「りゅ、『竜爆炎』だと!!!? ウソだろ!?」
こんなところであれを繰り出されたら……一巻の終わりだ!!!!
「みなさん、部屋の端の方に避けてください!」
その時、奥の扉の方から甲高い声がした!
あのフォレシアン娘のお嬢だ!
「天宮の盟約により、汝に命ずる!
永久凍土の天空より吹き降りて、我が御前にその力を示せ!
────アイスストーム!!!」
キランと部屋の奥が光る!!
「ゴアアアアア!!」
それと同時、炎を纏った黒いドラゴンが宙に身を躍らせた!
そして!!
一瞬早く、「ゴオオオオオオオ!」と地面を震わせて、猛吹雪が巻き起こる!!
「うおおおおおおおおお!!!」
咄嗟に柱の奥へ飛び退いたビクトルの背中を、「ヒュウウウ!」と冷気が襲い来る!
そして「ブルウウウンン!!」とものすごい轟音と共に竜巻が一気に駆け抜けた!
「ギシャアアアアアアアアアアアアア!!」
黒いドラゴンの唸り声が木霊する。
物見櫓が吹き倒れ、「ドガン、ガシャーーーン!」と衝撃音が鳴り響く。
部屋の中央に寄せられて蠢き始めていたスライムたちが、アチラコチラに跳ね飛ばされ、ベチャリベチャリと天井から壁から床に叩きつけられる。
そして閃光や爆発、毒霧、麻痺霧などが一気に巻き起こった。
ドン! ボフン! バーン!! バキーン! ドォーン!
カラン、カン……ドシャ……キン……コン……カラ、カラ……。
様々な音があちらこちらから上がった後、不意に、部屋は静寂を取り戻した。
ビクトルが恐る恐る顔を上げると、部屋に、黒いドラゴンの姿は無かった。
部屋中央の天井を見上げる。
あの、紋様の描かれた木製のパネルが砕け散り、その上には暗い穴が口を開けていた。
その穴の中を、黒いドラゴンの唸り声が遠ざかっていく。
「……あそこから来たのか……?」
あの穴は、果たしてどこに続いているのか?
通常のドラゴンが、あいつに置き換わっただけなのか、それとも、別途で出現したのか……?
ビクトルは結論が出せないでいる。
転送装置から、今すぐにでも『竜の間』に行って確認してみたいぐらいだ。
とはいえ、脱力した身体が小刻みに震え、非常に重い。
それにしても凄い威力のアイスストームだった。
黒いドラゴンの『竜爆炎』を、見事にキャンセルしてしまった。
『竜の間』に比べて天井が低かった分、効果があったのだろうか?
それにスクロールが、使用者によって効果がこれほどまで異なるとは……。
部屋の中央部分を正確に吹き荒らしている。
魔法発動者の精度が高かった証拠だ。
ビクトルの知らないことは、まだまだあるようだ。
「とりあえず……助かった……」
呆然と声を漏らすビクトルの耳に、部屋のあちこちから呻き声が聞こえてくる。
この大惨事の中、果たして何人の日傭生が、無事でいるだろうか?
それに、あの短髪の少女戦士サラは、果たして無事なのか────?
いやいや、こんなので生きてるわけが……(フラグ