【21】急転直下!
「もうちょっと右だー! 右ー!」
「ま、待て! スライムをどかしてからだ!」
日傭生たちの威勢のいい声が、肌寒い部屋に木霊する。
今は二手に別れて、『台車付きの物見櫓』を動かしている最中だ。
左右の石壁上部の穴に、何かあると考えてのことだ。
ダッカドの一団は部屋の入口から向かって左側、デクスターの一団は右側の壁を捜索している。
しかし部屋の奥半分は、床も壁も一面、凍ったスライムだらけ。
凍ったスライムは『スライム脳』さえ刺激しなければいいとはいえ、慎重に扱う必要がある。
物見櫓にも凍ったスライムが張り付いているから、それを排除するのに少々手間取ったのだ。
ダッカドの指示で、重しとして物見櫓の台車に載せられていた木箱を解体し、その板を使ってスライムたちを小削ぎ剥がし始めてから、ようやくに事態は収束に向かった。
そうしたところは、冷静だ。
今はもう、邪魔なスライムは、ほぼほぼ排除しきっただろうか。
剥がしたスライムは、部屋の奥半分、柱と柱の間に無造作に積み上げられている。
こういう時、人手があると確かに便利だと認めざるを得ない。
すでに入口側の方は探索が終わり、全員が部屋の中央から奥の扉側に固まっている感じだ。
ここまでくれば、奥扉のある壁上方の穴から宝箱を入手するのも時間の問題だろう。
「(なんかトラブルでも起きねーかな〜。起こりそうにねーよな〜。さすがにな〜)」
あの僧侶娘でも突如現れたりしないかなどと思いつつ、そんなことをぶつくさと呟く。
サラとフォレシアン娘のお嬢は、奥の扉の手前で皆の働きを見守っている。
どこかこの二人だけは、他の連中と比べて浮いている感じだ。
まあ、余計なことをしない、というのはある意味賢い選択でもある。
「(水も凍っちゃってるしなぁ……あれじゃ、スライムコアがスライム化することも無いだろうし……はぁっ……)」
溜め息をつきながら、毒霧の『特性発動』をしたスライムから床に転がり落ちた『スライムコア』を、ボンヤリと眺める。
あれさえ残っていれば、水を得ることで『スライムコア』から『スライム脳』と『スライムジェル』を作り出し、スライムは復活することができるのだ。
この部屋にちょろちょろと流れていた水は、そのためのものだ。
『スライムコア』は直径4.5cmほどの球体で、弾力性がある。
一見すれば、ただのゴムボールといったところだ。
壊れにくく弾みやすいから、何かの拍子にどこかへ転がって移動ができるという利点がある。
さらに、乾燥した場所に放置されても、10年以上耐えられると言われている。
子供が遺跡からゴムボールを持ち帰ったら、実はスライムだった、なんてことはよくある話だ。
「ボフン」と弾ける『特性発動』は、敵を痛めつけるとともに、『スライムコア』を飛ばす意味もあるのだ。
スライムの生存本能といったところだろう。
ちなみに、『スライムコア』にも『特性』は凝縮されている。
『スライムコア』を「高温で燃やす」「電気ショックを与える」「鋭い刃物を突き刺す」などすると、「キイィ!」と唸った3秒後に、断末魔とともに『特性発動』をして自爆する。
つまり、『スライムコア』は、そのまま『閃光目眩まし玉』や『手榴弾』『麻痺玉』などに利用できるというわけだ。
この『スライムコア』を上手く活用すれば、少々の戦力不足はしっかり補うことができる。
この部屋は、その補助アイテムを大量に手に入れられるチャンスでもあるのだ。
ドラゴン迷宮に挑むマルカデミー本科生たちに用意された、設計者の良心といったところだろう。
「(まあ、それを活かすも殺すも本科生次第だが……それにしても、ふあ〜〜あぅ……つまんねーからダレちゃったぜ)」
そろそろ次の部屋に先回りしておこうかと、ビクトルが思い始めていた時だった。
「(……ん?)」
何か聞こえた気がして、ビクトルがビクッと背筋を伸ばす。
奥の扉前で待機しているサラとフォレシアン娘のお嬢も、何か異音を感じたらしく、上の方をキョロキョロと見渡していた。
その他の人間は、物見櫓を動かすのに集中している様子だ。
「(……まただ。何かの吠え声か?)」
さっきよりもはっきり聞こえた気がしたと思ったその時!
ズガシャアァァァン!!
轟音とともに、部屋の中央の天井から、何か巨大なものが落ちてきた!
「(うおおおおおおっ!)」
思わず声を上げるビクトルの目に映ったもの!
全身、真っ黒な鱗にコウモリのような大きな翼。
長い首と長い尻尾、ゴリラのような胸前に、鋭い鉤爪の前足。
背中には鋭い刺のような体毛がビッシリと生え揃い、頭には凶悪そうな角が何本も突き出ている。
口からチロチロと青い炎を吹き出して、その目は紫色に染まっていた。
「(────ドラゴン!!! こ、こんなところでドラゴンだと!? しかも……いつもと違うヤツだ!!!)」
誰もが突然の来訪者に声を失っている。
床に這いつくばるようにして降り立った黒いドラゴンは、すぐにパーティの気配を感じて向き直った。
そして一声、大きく吠えた。
「ゥゴアギシャアアアアアアアアッ!!!!!!!」
耳の奥までつんざくような大咆哮────『極限竜咆哮』だ!
石壁がビリビリと音を立てて震え、腹の底まで振動が伝わってくる。
両手で耳を塞いでも、脳みそごと揺さぶられるような感覚だ。
「(い、いきなり第三段階だと!?)」
通常のドラゴンなら、竜心臓が剥き出しになってから繰り出してくる攻撃だ!
しかも本当に第三段階なら、攻撃パターンはぐちゃぐちゃで、速すぎて隙という隙がない状態になるはずだ!
耳を塞ぐビクトルの背中に、冷や汗が伝い落ちる。
「ウガアアアアア!!」
一同の動きを封じ込んだ黒いドラゴンが、間髪を入れず、首を仰け反らせて頭を引く。
そして続けざまに青い炎弾を吐き出した!
ボン! ボン! ボン! ボン! ボン!
「(炎弾!? しかも五連!!!?)」
いつもは三連のはずだ!
吐き出された青い炎弾が物見櫓を撃ち、柱に当たって弾け散る。
凍ったスライムの群団をも撃ち抜いて、『特性発動』をあちこちで引き起こした!
ボフンと紫の毒霧や、黄色い麻痺霧、爆発や閃光が一斉に上がる。
「うぎゃあああ!」
「ひいいい!!!」
「ひぎゃあああああああ」
物見櫓に乗っていた日傭生たちが炎に包まれ、床にいた日傭生たちが毒霧に巻き込まれる。
一瞬にして、部屋の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した!
な、なんか出たああああああ(アワアワ