【20】パーティの事情
「わたしに任せろ」
言うなり、短髪の少女戦士サラが、拡散する毒霧へと突っ込んでいった。
「サラちゃん!」
驚きの声を上げるフォレシアン娘に構わず、サラは毒霧の中へ駆け込むと、二人の日傭生をその肩に担ぎ上げた。
そしてすぐさま部屋の中央に走り出て、ドサリと日傭生の身体を横たえる。
「あと一人、すぐに連れてくる」
駆け寄るフォレシアン娘にそう言うと、すぐさま踵を返して走り出す。
「(なんて娘だ……! どこからあんな力が? いや、それより、毒は平気なのか?)」
こんな人間は見たことがなかった。
相変わらず、先天性精霊力者のスキルを使っている様子も見受けられない。
フォレシアン娘が二人の日傭生に、『解毒』と『治癒』のスキルを使っている間に、サラは残る一人も担ぎ出してきた。
「なんとか間に合ったか?」
「はい、大丈夫です」
最後の一人にも、『解毒』と『治癒』のスキルを掛けている。
その横で、サラは片膝をついて、肩で大きく息をしていた。
口元に手を当て、どこか苦しげだ。
「……これでよし、です。……まあ、サラちゃん! やっぱり毒が!?」
毒が効かないわけがない、無茶だったんだ。
ビクトルは当然だと言わんばかりに眉を潜めた。
しかし、心配気なフォレシアン娘のお嬢を制止するように、サラは小さく手を上げて見せた。
「……大丈夫だ……しばらくすれば……なんともなくなる」
「でも、でも! こんなに大粒の汗を……!」
「どーだ? 間抜けは助け出せたのかよ?」
青スライム掃討を終えたデクスターが、嫌味を言いながらノッシノッシと近づいてくる。
「あ、はい。みなさん、リタイアするほどではありません」
微笑みかけるフォレシアン娘のお嬢を無視して、デクスターは横たわる三人の日傭生の前に仁王立ちした。
「ヘマしたヤツ、起きろ」
「……あ、はい」
怒気をはらんだ声に、一人の日傭生がノロノロと立ち上がる。
毒気は抜けたようだが、まだ、気怠そうだ。
フラフラとデクスターの前に立った日傭生を、やにわに、デクスターが殴りつけた。
ドガッ!
「うげふっ!!」
もんどり打って倒れこむ日傭生の腹を、デクスターが「ドンッ!」とばかりに踏みつける。
「げぼっ、うえっ……!!!」
「勝手なことしてんじゃねえ! クソ野郎! ヘマしたヤツはこうだ! わかったか!」
周りに集まった日傭生に向かって、ギロリとした鋭い視線を投げかける。
日傭生たちは怒声に身をすくめ、辺りを緊張した雰囲気が支配した。
リムテアは情熱的で開放的だ。
反面、激情家でもあり、時としてそれが、目を背けたくなるような暴力となって発揮される場合がある。
そして『組織』も、つまらぬミスをした者には手厳しい傾向にある。
あの古びた館でも幾度か、死人に鞭打つような仕打ちを目の当たりにしたことがあった。
弱い者はふるい落とし、強い者はミスにかこつけて引きずり下ろす。
そういう風潮が、確かにあったはずだ。
当のビクトルには、そうした怒りや嫉妬や憎しみの矛先が向けられることはなかったが……。
今にして思えば、それも大事なポイント集めの獲物だったからなのだろう。
いいお客様扱いだった、というわけだ。
「その辺にしておけ、デクスター」
掃討を終えたダッカドが、ポンとその肩を叩く。
しかし、デクスターは怒りに燃えた眼差しで、踏みつけた日傭生から足を離さない。
「命令していないことをするな。皆、心しておくように」
冷たい視線で一同を見渡すダッカドに、日傭生たちは皆、硬い表情で小さく頷くしか無い。
デクスターはギリギリと歯ぎしりすると、日傭生の腹を爪先で思いっきり蹴り上げた。
「うごっ……!」
二度三度もんどり打つ日傭生に、二人の日傭生が駆け寄って、無理矢理に立たせる。
「今度ヘマしてみろ、ただじゃおかねえからな……」
苦悶する日傭生にズイと顔を寄せて、デクスターはそう言い捨てた。
「酷いことをする。戦士として、最低だぞ」
ピンと張り詰めた空気の中で、サラの声が凛と響いた。
「サラちゃん、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。わたしに、毒は効かないのだ」
確かに、すでに平然とした様子だ。
むしろ、その赤紫の瞳にはユラユラと憤りの炎が燃えているように見えた。
「(……只者じゃないな……いや、それはすでにわかっていたが……)」
心の底が震える、というのはこういうことだろう。
ビクトルは恐怖とは違う、憧れと羨望のような感情を、その胸の奥で感じていた。
「ああン? なんだとテメー」
ギロっとデクスターが、サラを睨めつける。
「戦士たるもの、過ちをえぐるような真似はしてはならない。兵士には寛容であり、毅然として、前に向かって歩むべきだ」
「知るかっ、んなこと。文句あんなら、出て行ってもらってもいーんだぜ?」
威圧するように、パンパンと両手斧で肩を叩く。
ビクトルから見て、とてもじゃないが、サラに敵うとは思えない。
無謀なのか、身の程を知らなさすぎるのか……。
いずれにせよ、どうもサラは、デクスターたちとは深い仲というわけでもなさそうだ。
むしろ、知り合ったばかりで、距離感があるように感じられた。
「やめろ、デクスター。ソイツは使える」
ダッカドの静かな声に、デクスターが片眉を上げる。
「戦士サラよ、お前の心構えは見上げたものだ。だが、我らの一団に加わったからには、我らの指示に従ってもらう」
「……この戦士団の長たるダッカドよ、わたしは無理を言って雇っていただいた身だ。無論、あなたが引けと言うのなら引こう」
サラの首に巻き付いた、白い幅広の首輪が重々しく見える。
そう、彼女は彼らの雇われ人という立場なのだ。
これほどの戦士が、なぜにこんな男たちに────?
しかも、甘んじてその言いなりになるという……。
何度も浮かびくる疑問と憤怒の感情が、ビクトルの胸中に突き上げてくる。
どうかサラが、『組織』と無関係であって欲しい。
その背後で心配そうに見守るフォレシアン娘のお嬢の、昔からの護衛だとかであれば、どんなにいいか。
「うむ。では、この場は収めてもらおう。奥の扉には鍵がかかっている。今はこの部屋の捜索が優先だ」
ダッカドの言葉に、サラは目を伏せて一歩退いた。
それを見たデクスターは、顔を歪めて「チッ」と舌打ちした。
「……ダッカドの兄貴のご指示とあっちゃあ、俺んらも聞かざるを得ねえな」
ニヤッと笑うと、いきなり、後ろの床に向かって「ドン!」と両手斧を突き立てた。
石床に、深々と両手斧の刃が突き刺さっている。
「俺んらナメてっと、こうなると思えよ」
そう言って両手斧を引き抜くと、「フン」と鼻息を鳴らして踵を返した。
「(脅しかよ。脳筋だな、相変わらず……)」
『迷宮管理人ルート』から見守るビクトルも、呆れるしか無かった。
おお、こわいこわい……。しかし、サラちゃんはなんだか部外者っぽいですか?